第8話 ……この男、厄介だな
――ラーメン取り締まり課、会議室。
月に一回だったはずの会議は二週間に一回と期間が短くなっていた。会議室は例によって独特なニンニク臭が漂っていたが、今までより香川の眉間の皺は浅くなっていた。
まるで三日ぶりの飯のように違法ラーメンにがっつく会議役員。最近は替え玉が多くなり、終始香川の報告を聞かない者も多くなっていた。
「あー、あー、もうほとんどが駆逐されたようだな。蕎麦屋とうどん屋が急激に増えたせいで路頭に迷う物も多いらしいじゃないか。可哀想に」
香川は眼鏡を上げ、自分が作った資料を捲る。
「えぇ、廃業に追い込まれた業者集団のストライキや暴動もありましたが、全て我らが部隊により鎮圧に成功しました」
「成程成程。そう言えば、例の秘密結社と言うのはどうなったんだ?」
この中ではまだまともな役員が資料に目を落としながら言う。彼は会議の際にラーメンを食していない唯一の人物だった。首から下げられている名札には「伊勢 鴨」とかかれている。
長身の香川と同じくらいの背丈だが、筋骨隆々で香川より随分大きく見える。三十代後半の伊達男で、役員の中では最年少だ。
彼は雰囲気や態度で異彩を放っているが、その最もたる理由はスーツではなく彼だけ和装をしているからだ。髪も後ろに結っていて、侍めいた印象を受ける。その「キレ者」として有名な彼の質問に、普段から厳しい香川の目つきが更に鋭く光る。
「問題ありません。武装していると言う噂も、デマの可能性が高いようです」
「そうかそうか。じゃあ、なぜ報告書にそれを上げないんだ?」
「申し訳ありません、報告書を作っている最中です。細々とした情報が、多いもので」
香川と伊勢は対照的な顔をしていた。罪人を罰する裁判官の顔を模す香川と、相手の心を見透かした上で金を巻き上げようとする占い師のような、悪い笑みを浮かべる伊勢。
「悪い悪い、それはすまなかった。忙しい身なのに、急かしてしまったねぇ」
伊勢は不敵に笑ったままお茶を飲み、ふぅとわざとらしく息を拭く。
二人のやり取りを真剣に見守るのは、局長の小泉だけだった。
「ラーメン、召し上がらないのですか?」
香川は彼がラーメンに手を付けた映像を見た事がなかった。この会議の名目上報告会だが、違法ラーメンを食べる為だけに集まっている。伊勢の事も例外なくそうだと思っていた。
「ん?あぁ、この汚い油の汁の事か?俺は結構。ラーメン嫌いなんで。君と違ってな」
へらへらとしていた伊勢の目尻が上がる。口元は相変わらず笑っている者の、声色は何かを攻め立てているような強さがあった。
「伊勢隊長、俺が何か失礼な事をしましたか?それであれば謝罪させていただく。そうでないのに俺に何かの容疑をかけ、そのような態度を取っているのであれば、見当違いです」
「あぁ、あぁ、勘違いするな。こういう性格なんだ。自慢じゃないがパワハラで何度も訴えられてる。その辺の激辛ラーメンより俺は辛口なんだ」
「本当に自慢じゃないですね、それは。自覚があるなら勘弁して頂きたい」
伊勢はカカ、と乾いた笑いを出し、再びお茶を口に含んだ。
(……この男、厄介だな)
再び資料に目を通す伊勢を横目で観察しつつ、香川は小さく舌打ちをした。
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