第6話「敵がラーメン好きだけだと思わない方がいいよ」
「久野。話があります」
巡回の最中、他愛もない世間話の中で白河は声のトーンを下げた。豚骨スープと魚介の奇跡的出会いの素晴らしさを語り合っていた二人の熱は、白河の声と共に下がって行く。
久野は別れ話を切り出された男の顔になり、バックミラーを一瞥した。
「それは、今僕達が尾行されている事と関係ある?」
言われ、白河は目を見開く。
尾行している相手に気づかれる訳もないが、小動物的動きでサイドミラーを確認する。出発する時に見た車と同じ車が一台挟んで後ろについていた。
道を曲がると一瞬居なくなるが、少しすると再び後方に現れる。
「さすがですね。気付きませんでした」
白河は珍しく溜息を吐いて自身の首の裏を撫でた。普段無害そうな面を呈している久野も、今ばかりは筋肉が強張っている。
「単刀直入に言いましょう。香川に勘づかれています。この前とても回りくどい方法で、秘密結社を解散させるように言われました」
「つまり僕の事もバレているし、遠回しに手を引けと言っている訳だね」
「そうでしょうね」
「そっか……なら。丁度いい」
「はい?」
意外な反応だった。少しは狼狽すると思っていたが、未来予知でもしたように出てくる言葉を用意している。
「僕達三人は幼馴染で、三人ともずっとラーメンを愛して来た。仲間外れはなしにしよう。……僕だけ抜け駆けするのも良くないしね」
「何をするつもりですか?」
久野は不敵に笑う。小さい頃、自分の事が好きな男の子に意地悪された顔を思い出した。
「あいつを説得する」
※
尾行に気付いているにも関わらず、久野は堂々といつもの蕎麦屋、秘密結社のアジトに車を停め、裏口へ回った。いつもならすぐにノックをするが、今日は黙ったまま本来の入口の方を眺めていた。
何をしているのかと声をかけようと思った矢先、角の向こう側に対し久野は「いるんでしょ。出て来きなよ」と少し攻撃的な口調で言う。
白河はまさかと思ったが、数秒後に店の角から現れたのは自分たちの同僚だった。登場した彼は黒縁眼鏡を中指で持ち上げる。
現れた同僚――香川と、久野とは喋らずに睨み合った。いや、正確には睨んでいたのは香川だけで、久野の方は口角が上がっていたので敵視とは言えない。
「僕達を尾行してたね。何の用?」
「馬鹿なお前にも分かりやすく言おう。無駄な事はやめろ」
「それは、僕の正体とか、もう全部知っているんだよね」
「……今の、お前の発言で確信した。全部知ってる、と言っていい。俺が上に報告すればお前等はお終いだ。長年のよしみで言ってやる、工場も武器もすべて放棄して投降しろ。そうすれば死ぬことはない。ラーメン派が革命を起こす何て無謀だ。せめて、白河を巻き込むな」
「何か勘違いしているけど、白河も自分の意志でここにいるんだよ。それに、全部知っているならそんな台詞は出ないはず。僕たちは既に国の規模、相当大きなものになっているからね。敵がラーメン好きだけだと思わない方がいいよ。――捕えろ」
久野は鋭く言い放った。その合図で数人の男たちが香川の後ろから飛び出し、彼を地面を叩き伏せた。そのまま簡単な拘束具を付けられ、体の自由を奪われた香川は静かに久野を睨んだ。
乱暴に扱われたせいで背中に痛みが走り、睨んでいた顔に苦痛の色が浮かぶ。
「連れていけ、僕の部屋だ」
「待って下さい、久野。聞いていません。これから何をするつもりですか」
「この堅物眼鏡を「開放」してやるだけさ」
久野が身動きのとれない香川の頭を乱暴に撫でる。その屈辱に首だけを動かし、相手の手を振り払った。
「……お前、何をやっているか分かっているのか」
「勿論」
久野が笑顔で顎をしゃくると、部下たちは香川を地下へ連れて行く。白河は抵抗する香川を心配そうに見つめる事しかできなかった。
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