紙飛行機

水無神 螢

紙飛行機

「私が退院した時、隣で泣いてくれてありがとう」





彼女が渡した手紙の、その最初の一文を読んで、ひどく胸が打ちつけられるのは、多分僕だけだ。






「おーい佐藤」


聞いたことのあるその声に反応して、僕は振り返った。


「なんだ、今日も来やがったか」

「来やがったとはなんだ」


そう言って呼びかけた僕の親友・村上はケラケラ笑った。


「調子はどうだ?熱はないか?体はちゃんと動くか?」

「お前は俺の保護者かよ」


僕・佐藤と村上は小学校からの付き合いだ。今は高校生だが、クラスは別れても学校は別れたことはない。(ちなみに、付き合いだと言っても男同士なので、別にこれといっていい展開にはならない。そもそも僕らは女子に縁がない)芸人で例えると、ボケが村上で、僕がツッコミ担当だろう。多分売れない。


ところで、なぜ村上が保護者みたいな言い方をするのかというと、


「入院生活一か月、おめでと〜」

「どこがめでたいんだおい」

「最高記録はどこまでいくかねぇー」

「んな記録とっとと止めるわ。最近調子いいからな」

「どーみてもこれから検尿に行く人がすぐに退院できるとは到底思えませんが?」

「検尿じゃねぇ、これは緑茶だ!」


病院内では静かに、と、たまたま通りかかった看護婦さんに怒られる。ヘーイと村上が頭を下げた隙に僕は紙コップに入った緑茶(色合い的には確かに検尿だが)を飲み干した。


僕は生まれながらの病気を持っている。保育園に行っていたのだが、休みが多かった。小学校の時も休みが多く、友達がいなかったのだが、学校でサッカーの本を読んでいたところに村上が声をかけてくれ、サッカーの話題で話すうちに、僕らは唯一無二の親友となった。


まさか高校まで一緒に行けるとは思っていなかったのだが、僕は勉強量の少なさ、村上は日頃からのやる気のなさでだいたい学力が同じだったので同じ高校に行けた、というのは余談だ。


話を戻すと、一ヶ月前に僕はその病気が悪化してしまい(もう慣れっこなのだが)近くの病院に入院している。そして、わざわざ来なくてもいいのだが、村上は週に二、三回僕の様子を見にくるのだ。ホントに保護者なのかあいつは。


「まぁ、最近はいつもよりちょっと調子は悪いかな」

「なんだよ。ちゃんとつっこむ気力はあるくせに」

「つっこむ気力がなかったら自分で緑茶を取りに行けねぇわ」

「まぁすぐにこっち来いよ。お前のボレーシュートがまた見たい」

「あれはたまたまだって何回言ったらわかるんだよ」


以前たまたま行けた公式試合で、当時見てたサッカーアニメのボレーシュートを見てたから上手くイメージができて、偶然にも飛んで来たボールを蹴ったら見事に入ったことがあるのだ。


それはもう漫画みたいな展開で、村上は大興奮だったが、こちらとしては少し納得いかない。何というか、ダメ元でやってみたら成功したような感じで、爽快感がなかった。


「あとさ、せめて着替えて来いよ。練習後の土だらけの汚い服で来たらダメだろ〜」

「別に俺は気にしない」

「お前の問題じゃなくて、病院の問題だわ」


泥だらけでヘラヘラしている村上は、看護婦さんの白い目に気づかない。村上のこういうところにいつも呆れてる。


だが、正直に言って村上がバカ話をしてくれて本当に助かる。照れ臭くて本人には言えないけど、というか死んでも言いたくないかも。


「悪いな、明日の宿題があるんだ。今日は早めに帰らせてもらうぜ」

「おっと、村上が宿題とは、変なキノコでも食べたのかな?」

「いーや、数学の宿題だからな」


それだけで納得した、どうせ美人と評判の数学教師に媚を売りたいだけだろう。


「じゃーなー」


そう言って村上は帰っていった。やれやれ。


僕は今度こそゆっくりと緑茶を飲むために、もう一度取りに行った。だが、


「待て待て、プリントを渡しそびれた。あれ、また検尿ですか?」

「そういうのは先に渡せ!」


親友には、うまいことボケに入れるセンスがあるに違いない。






それは、僕がまたしつこく緑茶を飲もうと歩いている時だった。


「あのぉー」


それが僕に呼びかけたのだと理解するのに、数秒はかかった。振り返ると、黒い髪の毛しか見えず、視線を少し下にずらすと、優しそうな女の子の顔が見えた。


「これ…」


手渡されたのは財布だ、見覚えがあると思ったら、


「えっ、あっ」


慌ててポケットを探った。しかし何もない。


「ごめん、ありがとう。僕のだ」


素直に受け取ると、女の子はにっこりと笑って「よかった〜」と安堵した。


「落ちてるのを見つけて、先に歩いてるのがあなたとお爺さんしかいなくて、違ったらどうしようと思ってたの」


でも、と女の子は僕の財布を見た。


「そのキーホルダーはお爺さんはつけないかなって思って」


絶対この子このキーホルダーガキっぽいって思ったー!!!


と言っても、水色のイルカのキーホルダーなので、ガキっぽいと思われても無理はないのだが…。だがこのまま精神年齢がガキだと思われては困る。


「これはね、昔入院してた時にある友達と交換したんだ。お互い『退院しようね』って約束したものだから、まだ時々入院する僕には約束を守りきってないから未だに持ってる」

「えっ」


女の子が目を丸くする。何やら驚いた様子で、こっちも驚いてしまう。何か変なこと言ったか?それとも何だ、あれか、からかう方針か?


「もしかして生まれながらの病気なの?」

「えっ、ああうん。そうだよ」

「私も生まれながらの病気を持ってるんだー。仲間だね」


女の子はまたにっこりと笑う。笑い話ではないのだが、その表情に少し和んだ。

というか、僕の言葉に引っかかったのは同じ境遇だったからか。と納得がいった。


「ねぇねぇ、名前、教えてくれない?」

「えっ」

「多分あなたもその病気がちょっと悪化したんでしょ」


読まれてる。僕は苦笑いした。


「同業者が同じ病院にいるって知ったら、気が楽でしょ?あっ嫌だったら苗字だけでいいからね」

では、お言葉に甘えて。

「佐藤。佐藤です」

「えっ」


また女の子は目を丸くした。


「私も佐藤だよ」

「えっホントに?」


こんな偶然があるのか。いや、佐藤は日本一多い苗字だから確率は高い。あれ、鈴木だっけか?…いや、それよりも、


「でもどうしよう、これじゃ呼び方が…」


僕がそう言うと、ムムムと女の子が悩んだ結果、


「よし!あなたは『佐藤くん』、私は『佐藤さん』でいこう!」


おいおい、名前で呼ぶっていう選択肢はないのかよ。この子、ちょっと抜けてるのかな。言っちゃ悪いけど。


「あっでも病院に人がいつも人の名前はさん付けで言ってるか…えーとえーと」


いやどっちにしろこの子を指すことに変わりはないんだけどな…。ていうか声でわかるでしょ。


「じゃあ『佐藤ちゃん』にしよう!」


なぜそうなる!?というか僕今まで女子を『ちゃん』付けで呼んだことないんですけど!?


「ね?いいでしょ」


キラキラするその子の目に押され、ついうっかり「お、おう」と言ってしまう。


「やったやった!」


そう言ってその子はじゃあね!と言って歩いて行った。が、見えなくなる直前に「あ、」とつぶやき、「じゃあね!佐藤くん!」とこちらを振り返って言った。


対して僕は案の定、「じゃあね。佐藤…ちゃん」とあまり上手く言えてない。


佐藤さん(心の中だけはさん付けにするのを許してほしい)は今度こそ立ち去った。


なんだかなー…。そう思って僕は緑茶を買った。隣に検尿検尿うるさいガキがいなくて助かった。


持ってる難題と名前が同じだなんて、ひょっとして運命じゃないか、なんて心の中でちょびっと思っていたあたり、僕も充分ガキだ。






それからは、頻繁に佐藤さんと会うようになった。正確には「いつもあの時間帯に飲みに行くから」と佐藤さんが見破っていたかららしいが。何だか酒みたいだな。


佐藤さんは、知らない男子だというのに積極的に話しかけてくる。あまり人見知りしないのかと聞くと、「そうでもないよ」という。ということは、同業者だからか?多分、佐藤さんも僕と同じで、病院での生活が息苦しいのかもしれない。


まぁ僕はこうして佐藤さんと話していて気が楽で、同じ難題を抱えた仲間だから安心を感じている。笑顔で話す佐藤さんも、やはりそういう面で僕と関わっているのだろう。


でも、村上には見られたくない、となぜか心のどこかで思っていた。何というか、秘密にしたいような、…申し訳ないような。


気づけば、出会ってから1週間が経ち、僕ら佐藤二人組は友達よりも一個上ぐらいの親密な関係になっていた。僕らは毎日、時間を決めて病院内の休憩所のようなところで待ち合わせるようになった。


そして、僕らは長い時間会話する。ゲームだとかそんなことはせずに延々と。話題が尽きないのが不思議なくらいだった。佐藤さんと話している時間は、村上とどんな遊びをした時より楽しかった。(ごめんな村上)


そして、僕は佐藤さんに好意を持っていることに自覚し始めた時、僕らは約束した。






「ねぇねぇ、そっちの調子はどう?」


調子とはもちろん病気のことだろう。


「以前よりは楽かな。でもそれ以上ではない。そっちは?」

「私は、少しずつだけど調子は良くなってる。この調子なら退院かな」


佐藤さんはボソボソと言っている。多分調子が変わってない僕に対して申し訳なさがあるのだろうが、


「おお〜よかったじゃん!!」


僕は佐藤さんに笑顔を向ける。佐藤さんは少し照れたように笑った。


「佐藤ちゃんが退院したら、あとを追って僕も退院するよ」

「じゃあ約束」


ん?


「約束?」

「そう約束」


約束とは、まさか…。


「ゆびきりげんまんしよ!」


出た〜!お約束の儀式!だが佐藤さんなら嫌だとは言えない。


というか何気に女子とのゆびきりげんまんも初なんですけど!


「ゆーびきーりげーんまーん嘘ついたら…」


ダメだ。顔が赤くなる。僕は思わず俯く。


「針千本飲ーます、指切った!」


ふふふっと佐藤さんは笑う。僕はどう反応すればいいのかわからず、やはり俯いてしまう。


とりあえず!とりあえず話そらさなきゃ!


「退院できたらまた遊ぼうよ!テレビゲームとか!それか体を動かすとか!」

「えっいいの?」


佐藤さんは急に深妙な顔になって、


「でも退院できる自信はあまりない…」


そして僕が声をかける間も無く、


「よし!おまじないしよう!」


さっきのゆびきりげんまんだけじゃ足りないのか!?


ちょうどいいや、と佐藤さんは手提げ袋から紙を一枚取り出して僕に渡した。見るとなぜかスーパーのチラシである。


「……えーと?」

「それで紙飛行機作って、願い事を一つだけ念じて、あそこのゴミ箱に飛ばす。入ったら、いずれその願いは叶うでしょう」


そう言って佐藤さんは自分の分の紙を出し、早速折り始めた。ちなみに紙は見たところ塾のチラシだろうか。というか、


「そんなおまじないあったっけ…?」

「えっとね、今作った」


おいおい、それってする意味あるのか!?


佐藤さんって真面目だと思ってたけど、意外とそういう面もあったの!?


「いいからいいから、飛ばすよー」


佐藤さんは既に紙飛行機を作り上げていた。そして、


「お母さんが新しい漫画を買ってくれますように」


と、小声で言って(聞こえたが)投げた。


紙飛行機はカサッと音をたてて、ゴミ箱のすぐ横の壁にぶつかった。


「ああっ、漫画が…」


佐藤さんは頭を抱えて嘆いた。いやそれって佐藤さんの即席のおまじないだろ。当たる前提かよ。


「じゃあ佐藤くんも」


促されるままに僕は投げた。と思ったら大きく右にそれてしまった。


「ああっ!?何でだ!?」

「佐藤くん、あれはくるくる回る折り方だよ!」

「えっあっしまった!」


ついうっかり、ひと昔に流行った折り方で折ってしまった。


「ちょっとー、佐藤くんって意外とドジなの〜」


明らかにからかって言われているが、何も言い返せずに「クソォ〜〜」と頭を抱えた。それを見て佐藤さんはクスクスと笑ってる。みっともないなぁ、僕。


そうして僕らはそれがおまじないであることを忘れ、いろんな願いをかけて紙飛行機を投げた。ゲームがもらえるだの、雑誌が読めるだの、そうしているうちに、そろそろ自分の部屋に戻る時間が近づいていた。


そろそろか、と時計を見ていた時、


「そろそろ、本題しようか」


そう佐藤さんは言って、紙飛行機を持って願った。


「一ヶ月以内に退院ができますように……。」


そうして、投げた。


紙飛行機はカサッと音をたて、視界から消えた。消える直前は、ゴミ箱の上にあった。


ということは…、


「えっ、嘘っ、本当に!?」


佐藤さんは口を覆ってモゴモゴと言ったあと、


「やったーーー!!!」

「えっちょっ」


佐藤さんは僕に抱きついてきた。だが本人は歓喜のあまり気づいていない。


これは…これは僕の命がある意味持たないんですけど!


しばらく佐藤さんははしゃぎ、我に返ると、「あっごめっ…」とパッと離れた。もう少し我に返るのは遅かったほうが良かったかも。


「…さっ佐藤くんも」

「…よし」


気をとりなおして紙飛行機に願掛けする。ここで外したら、きっと佐藤さんは悲しくなってしまうだろう。


「…僕も、退院できますように」


そう言って、時間をためずにパッと投げた。


紙飛行機はまっすぐとゴミ箱に向かい…ふちにカツンと当たって、入った。


入った?


「えっちょっ、よっしゃああああ!」

「えっ本当に!?やったーー!!!」


静かに!と看護婦さんに怒られる。すいません、と縮こまり、看護婦さんが行ったあとで小さくガッツポーズ。


「これで2人とも退院だね!」

「もつかな?」

「えっ」


佐藤さんは目を丸くする。


「佐藤さ…ちゃんが退院したら、僕感動して泣きそう」


しばらく無言が続いた。


「…嬉しい。けど、」


けど?


「今『佐藤さん』って呼びかけたでしょ!」

「あっえっ、ごめん…」

「もう〜〜〜〜」


怒った顔も可愛い。やっぱ退院した後も遊びたい。


僕も退院に努めなきゃ、僕はこっそり決意を固めた。








佐藤さんが退院したのは、その1週間後だった。








現実を受け入れるのには、やはり時間がかかる。


僕は気がつくと泣いていた。本当に泣くとは思わなかった。



佐藤さんは、帰らぬ人となってしまった。







生きる気力を失くしたように、僕は部屋で体育座りをしたまま動かなかった。村上が来ても、ろくに会話をしなかった。村上は何かを察したのか、何も聞いてこなかった。彼が親友で、本当に良かったなと、落ち着いてから感じた。


病気とは、本当に恐ろしいものだ。完全に回復に向かっていた1人の少女の命を、期待を裏切るように呆気なく持っていった。その恐ろしさに、次は自分かもと震えてしまうも、…もういっそ、佐藤さんのところに連れてってくれとやさぐれた時もあった。


しばらく、何もせずに寝て食うという生活が続いた。時折体をビクッとさせるのは、あの時の記憶が流れこむからだ。もう固まって動かない体。その子の親がくるまで時間がかかるから側にいてあげてください、と看護婦さんに言われて、椅子に座ってその手を握った時に感じたぞくっとするほどの冷たさ。



その感覚に襲われる度、僕は1人で声を抑えながら枕を濡らしているのだった。






『それ』が来たのは、あの日の数日後だった。


朝起きると、ベットの横の椅子に手紙が置いてあった。


表には「佐藤くんへ」と書いてあり、裏返すと「佐藤ちゃんより」とある。


一瞬で目が覚めた。例えていうなら、ずっと身の回りにあった深い霧が、一気に晴れて青空が広がっていくような、そんな感覚だ。


ゆっくりと封を開けていられず、少し雑になってしまった。だがそれを後悔している暇はない。


中からは、佐藤さんが書いたとわかってしまうような、優しい字が連なった一枚の紙が出てきた。


『私が退院した時、隣で泣いてくれてありがとう』


その書き出しだけで、僕の視界がボヤけ始めた。


『とは言っても、本当に泣いてくれたかはわからないから、この手紙は看護婦さんに預けて、佐藤くんが泣いていたら渡す手はずになっています(笑)。でもこれを読んでいるってことは、泣いていてくれたんだね。こんな形の退院になってしまって、ごめんなさい』


ああ、泣いたさ。だって好きな人ともう会えないとなったら、誰だって泣くだろう?


『正しいほうの退院ができたら、佐藤くんに言いたいことがあったんだけど、ここで言います』


佐藤さんは、わざとここで文字を大きくしていた。


『佐藤くんのことが、好きです』


ここからはもう、何も気にせずに、涙をこぼしながら読んでいた。


『好きな人には、ちゃんと幸せになってほしいです。だから、佐藤くんには将来、もっといい人と結ばれて、幸せに暮らすことを、私と約束してください』


そんなこと…そんなこと、できるわけないだろ…。


『実はね、私と佐藤くんは、運命の相手じゃないかって思ってたの』


えっ?


『私が小学生の時、長いこと入院してた時期があってね、その時はけっこう重病だったの。病院だから知り合いがいなくて、1人で寂しく過ごしてた。でもね、1人知り合いができたの。その子は男の子で、いつも私の相手をしてくれてたの。その上、私と同じ苗字なの』


心臓が、変に跳ねまわり始めた。


『それでね、その子に病気の不安とか、全部吐き出したの。その子は長いこと私の話を聞いてくれた。そしたらね、その子は私にキーホルダーをくれたの。親からもらったもので、パンダがついてて可愛かった。その子はね、「それを持ってると、調子がよくなるんだよ。僕、それつけてて、前にも病気治った、だから」って言ってくれた。私、嬉しくて、お返しにイルカのキーホルダーをあげたの。水色の』


ドクン、と一発、体全体に心臓の音が鳴り響いた。


『それからその子には会ってないんだけど、佐藤くんのことでしょ?あのパンダのキーホルダー、パンダだけ取れちゃったから袋に入れてるんだけど、あっちの世界に持ってっちゃうね。いつまでも佐藤くんのこと忘れたくないから』


涙が止まらない。こんなに僕の中に水があるとは思わなかった。


『おまじない、覚えてる?私が退院したら佐藤くんも退院するって。佐藤くんは、正式な退院をしてね。

数十年経って、私のほうの世界に来たら、またいっぱいお話しようね。

また会える日まで』


そこで、佐藤さんの手紙は終わっていた。多分、全てを悟って、それでなお、僕に伝えたいと思ってくれたのだろう。


まだ涙は止まらない。全部出たら枯れ果ててしまうのかな。それくらいの影響力が、この手紙にはあった。


ひとしきり泣いた僕は、やがてゆっくりと顔を上げ、その手紙を佐藤さんに見立てて、語りかけるように、心の中で思った。


佐藤さん、僕はこの手紙を読んで、君に言いたいことができたよ。届くのなら、聞いてほしい。











その子は、僕じゃない。


その子は、僕のいとこなんだ。








僕のいとこは、生まれつきじゃなくて、後から来た病気なんだ。


病気が重すぎて、助からなかったんだ。


いとこが死んでしまう一日前、僕はいとこからキーホルダーを貰った。そう、水色のイルカのキーホルダーだよ。このキーホルダーをもらった経緯も、全部聞いた。大丈夫だよ。いとこも、佐藤さんのことが気になってたみたいだから。佐藤さんは可愛いから、僕も、多分いとこも一目惚れだったと思うよ。


僕のお父さんのお兄さん、つまり僕の叔父の子供だから、名字も同じだった。多分血筋も同じだから、顔も少しは似てて、間違ったんじゃないかな?


いとこは、キーホルダーを渡してくれる時に、僕が持っていたことにしてくれ、って言ってたよ。もしうっかり佐藤さんに会った時に、死んだなんて不安にさせない為に。それと、僕と佐藤さんを結ばせる為にとも。いとこはわらってたけど、僕にとっては笑いごとじゃなかったんだよなぁ。


それにしても、いとこの力は凄かった。だって、本当にいとこのシナリオ通りに、僕と佐藤さんは出会ったんだから。


でも僕は佐藤さんの側にいるべきではない。僕のいとこがいるべきだよ。


僕が思うに、佐藤さんの死は、悲しいことじゃないと思う。むしろ、神様が選んだ運命だと、信じてる。


———だから、


僕は涙を拭って、その手紙を折り始めた。くるくると回る方じゃない、スタンダードな折り方で。そして、体をひねって狙いをつける。


狙った先は、僕の部屋のゴミ箱だ。




僕の、最大の願い。




ゴミ箱に向かって、投げる。





叶って欲しい。





紙飛行機はゴミ箱に向かって、一直線に。




そして、




スコン、と、音を立て、紙飛行機は見事に、








「…入った」











佐藤ちゃんと、いとこが、向こうで巡り逢えるという願いが、今、叶った。

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