危険度九十九

「ご長男は残念でしたね、田中さん……」

「ええ……でもマコトさんはもっと多くの死ぬ人が出るかもしれないって言ってたんでしょう……?」


 田中さんはさすがに少し落ち込んでいます。でも田中さんご自身も弟さんを十八才でなくされたためか、ご長男が十四才で死んだ事に対してもわりとあっさりと受け入れられているようです。


「この村の人間であろうが南の人間であろうが死体は死体ですからね、ちゃんとほうむってあげなければいけませんね」

「しかし死体って重いですね」







 数で言えば村の人が田中さんのご長男を含め六人、南の人が百六十五人、合わせて百七十一人だそうで。いっぺんにそんなたくさんの人が死んだってのは、わたくしの人生の中で初めてなのでさすがにちょっと参りましたね。

 しかし、どうしてわたくしたちの村の死んだ人が六人で、南の人が百六十五人なんでしょうか。


「南の人は私たちに向けてなかなか銃って言うのを撃とうとしませんでした。いろいろああだこうだと言って、その間にみんな攻撃をしかけて銃を奪い取っての繰り返しで」


 田中さんのご次男がおっしゃられたように、口で言うだけでシカやイノシシが捕まえられるのならば狩谷さんの立場なんかありませんからね。しかしマコトさんが言うには千人ぐらいって、って事はまだ八百人ぐらいはいるんじゃないですか?


「山本さんの弟さんにうかがったんですけど、どうも南の人は三百人ぐらいで来たそうです」

「あれ、千人ぐらいは連れて来るかと思ったんですけど……マコトさん、一番えらい人って言ってましたよね」

「それは……たぶん私たちが正田さんを捕まえたのがわかったので……下手に動くと正田さんが殺されるんじゃないかと思ってすぐ逃げたのかもしれません……あるいはまた来るのかもしれませんし……」




 確かにそうです、今回の一件でわたくしたちは南の人を百六十五人も殺しました。南の人がどれだけいるのかわかりませんが、それだけ死んだとなればさぞ生活は大変になるでしょう。わたくしたちに責任ありと言われても言い返せる気がしません。




「でもなー、あんな腰抜けな人たちがまた来るかなあ」

「そうですよ、俺も三人ほど撃ちましたけど、みんなよくわからない事ばかり言ってて、そんな事ばかり言っているだけで獲物が狩れるのならば俺たちなんか要りませんよ。と言うか俺たちシカやイノシシに向かってあんな真面目くさった事言いませんよ。もちろん心の中ではごめんなさいと思ってますし、そして殺した後に手を合わせたりしてますけど」




 わたくしが実際に見、そして狩谷さんがおっしゃる通り、南の人たちはそろいもそろって戦う場に立っているのだと言う気持ちが感じられませんでした。

 毎日シカやイノシシを追っている狩谷さんより田んぼにしがみついて暮らしているわたくしの方が戦いには慣れていないのは明らかですが、そのわたくしよりもっとずっと情けない感じでした。

 わたくしの彼らは戦う事でご飯を食べているんでしょうと言う質問にマコトさんはうなずいてくれましたが、じゃああれは一体何なのでしょうか。




「先ほどもおっしゃった通り、自分たちはあくまで誇り高く知識ある人間であり、その上と言うかそれゆえと言うべきか、相手からの攻撃から自分たちを守ると言う戦い以外正当化できる物ではないと南の人は考えているのです。ですからこの村への攻撃と言うよその土地への侵略と言うべき戦いに元よりやる気がなく、その上に戦いに全然慣れていないんです」


 なるほど、やる気がない上に大して強くもなかったと言う事ですか……それならばなんで攻撃を仕かけたんですか?


「攻撃を仕掛けるように命令したのはおそらく正田義美でしょう、この村の存在が許せないと言う事で言えば彼女はその最たる存在だったと思います。彼女が強引に押し切れば反対できる人間はいなかったと言う事でしょう。でも教育委員たちも内心では乗り気ではなかったと言うか、あるいはこれで失敗して失脚してくれれば次の委員長の椅子が自分たちの物になるのではないかと言う思いもあったのかもしれません」

「あれ、教育委員のみなさんって正田さんの仲間じゃないんですか?」

「上っ面だけはそうですね。実際は教育委員会委員長って言うものすごく権威のある椅子を巡って争いが日夜繰り広げられていて、ああもしかしてそれで三百人ぐらいしか兵士をもらえなかったのかもしれません」




 正田さんってのはかわいそうな人なんですね……。と言うか子どもをよりよく育てるのがきょういくいいんかいって言う物の役目なんでしょう、そんな風に争っていて子どもにいいと思いますか?

 わたくしたちなどは子ども同士で何かあった時には、はげしくしかりつけ時には手を下す事もあります、それがいいのか悪いのかはわかりませんけれど、基本的なやり方です。まあ、おねしょのように言い聞かせてもなおらない物については話は別ですけど……。




 ああそう言えばその正田さんはどうしました?確かマコトさんの言う通り近くの家に運び込んで傷口をしばってねかせたんでしたっけ。


「マコトさんは弾を取った方がいいって言いましたけど、どうすればいいんです?」

「麻酔、つまり痛みを抑える物がない以上相当に痛みがきつく耐えられるかどうか……それに道具もありませんし……でも取らないとなるとそこからどんどん悪くなって行きます」

 そういう訳で皆さんで正田さんの体に入った弾を取り除く事になりました。わたくしは会いにくいのでマコトさんといっしょに外で控えておきます。




「うう……」

「大丈夫かい、これから弾を取りますから」

「そうだ、そうすればだいぶ楽ぶらくに」

「やめなさい!!」




 あれ急に元気になったようですね、と思ったら体を起こしながら鈴木さんの首根っこをつかんでいるではありませんか!田中さんや村尾さんによって正田さんの両手は鈴木さんの首から引きはがされた物の、田中さんいわく正田さんの目は今の今まで痛くてねていた人の目ではなかったらしいです。



「そのような汚らわしい言葉を私に……ううっ……!」

「やめなさい、そんな体で……!」

「こうやって私をいたぶるつもりで……くっ」


 何が正田さんと言う方をこんなにしてしまったのでしょうか、わたくしが弾を当てたからなのでしょうか。



「こう、なればっ……そのような汚らわしい物言いを行う者たちを、一人でも……」

「落ち着いてくださいよ!」

「私は皆さんを、清く正しく美しく……生きさせる為に、こうして……」


 どうして急にこんな元気になったんでしょうか、いやいや女性ってのは強い物ですね。

「……しかし田んぼの方は大丈夫でしょうか」

「ちょっと収穫は減るかもしれないけど何とかなるでしょ米くらめくらい」

「何だよまたあばれ出したよ、まるでちびっこびっこみたいだな……あーあーまたあばれてる」

「そうそう狩谷さん、この人と一緒に今度森どもりに、ああまだダメだ」

「両手を抑えてもまだ抵抗しようとしてる、一度肩どかたを抑えて」

「もうやめてくださいよ。もうこれは口はくちを……ああちょっと、あばれると危ないってば!」


 正田さんは十人がかりで抑え込まれながらまだバタバタしています。いったい何が彼女をそこまでさせるんでしょうか。しかし朝からずっと戦って来たせいかもう外もかなり暗いですね。おや、あれは月?違いきちがいましたまだ夕日で……


「あっ!」


 えっ皆さんどうしました?あれ正田さんの顔が真っ青になってます。さっきまで真っ赤だったはずですよね、あれもしもし、もしもし……!!













「身体障がい者を指す侮蔑語であり、決して使ってはなりません。」


「被差別民の集落、及び集落の住民を指す言葉であり、決して使ってはなりません。」


「目が見えない人間を指す侮蔑語であり、決して使ってはなりません。 →盲目、視覚障がい者」


「足の不自由な人間を意味する侮蔑語であり、決して使ってはなりません。」


「言語障がい者を指す侮蔑語であり、決して使ってはなりません。 →吃音」


「建築従業者を賤業視する言葉であり、決して使ってはなりません。 →土木作業員」


「重度の知的障碍者、精神障害者を指す侮蔑語であり、決して使ってはなりません。」


「正常な感覚を失った人間を指す最大級の侮蔑語です。こんな言葉を使うなど人間ではありません。」




 どうやら黒辞書の危険度九九の所に記されている言葉を鈴木さんが使った事により正田さんはおこって鈴木さんを殺そうとし、そしてわたくしたちが立て続けに危険度九九の言葉を口にした結果正田さんは強い怒りをいだかれ、その結果受けた心のきずにより頭の血の管が切れてお亡くなりになられてしまったようです。


 あとそれから、田中さんのご次男が殺されたのもまた同じく危険度九九の言葉を使った事が理由のようです。

 田中さんのご次男と同じように戦う相手であるはずのわたくしたちを狙う事に対しては全然動かなかった南の人が、やけに積極的に田中さんのご次男を撃ったのはそんな理由だったんですか。

 本当、そんな所に暮らしていたら何をしおしたらいいのか困りますよね……えっ今のわたくしの言葉もだめなんですか、マコトさん?


「口の不自由な人間を指す侮蔑語であり、決して使ってはなりません。 →ろう者」


 まったく、大変ですね南の暮らしって言うのは…………。
















「どうかお願いします」


 正田さんと言う人の死体がうめられてから十日後、一人の男の人が南から村にやって来ました。

 そうごふかしん、要するにもう二度とお互いを攻める事はしないと言う約束をしに来たそうです。南の人から村で一番えらいとみなされている村尾さんは、すぐさまその話を受けました。

 わたくしもそれに賛成です。六人の村の人が死んだのは全て運命ですし、わたくしたちに南の方に対して戦争をする理由なんか何にもありませんからね。

 それから、非常時とは言えあなた方の物をうばって勝手に使ってしまった事については申し訳なく思います。そういうわけで、わたくしを始め村の人全員が南の方からうばった銃を代表の方に返しました。


「恐れ入りました……」


 するとその人はなみだを流しながら深く深くおじぎをし、そんな事を言いながら去って行きました。娘たちを守りたいから使わせてもらっただけで、本当はあなた方の物だったのですから当然の事だと思うんですけど、一体何があったんですかね……。

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