24.桜早苗
「此度の戦争は他国による深刻な被害は出ていないとの事だが――」
円卓の会議室。四席に座る四人の将軍たちはレッドフェレスを管理する部門のトップたちである。
「諸君の状況を確認しておきたい」
四席と別の上座の一席に座る者は、この国の王――レッド・カラロット六世である。蓄えた顎髭と彫の深い顔立ちは衰える事のない眼光を宿していた。
「国境の防衛は他国による深刻な被害はありません。しいていうのなら、レインメーカーにやられたアスルの森の方が問題です」
防衛部将軍カーティスは外部から移民にも対応し、主に国防の任を担っている。
「あちらはギルドの【雷獅子】が居るし、しばらくは大丈夫わいのう。問題はロイスの方じゃわい。あっちに【最強】の姿を確認した。狙いは『紅の炎竜』か?」
諜報部将軍レミリーは前王から王家を支えてきた一族の出であり、国内の情報統制を担っている。
「王よ。やはり、『紅の炎竜』は我が国の戦力であると言えましょう。アスル方面で『五柱』が二体も現れた事は決して無視できる事ではありませぬ。対等の戦力で対策を講じる事は必然でしょう」
軍事部将軍レジェドは、常日頃から他国への侵攻を進言している強硬派であった。
「かつての伝説を掘り返すつもりですか? 『五柱』を制御できるとは思えません」
「何のための『剣の英雄』だ。『ドラゴン』と対を成すのであれば、討ち取る事も可能という事ではないか」
「私も賛成は出来かねるわいのう。かつてあった『紅の炎竜』との戦いの被害は無視できるレベルではないのう」
「ならば、三度『五柱』が現れた時、どのように対策を講じるつもりだ?」
「三人とも落ち着け」
少し荒れ出した場を王の一言が鎮める。そして、唯一発言していない一人に意見を求めた。
「この件を当事者としてどのように考える? ゲンサイ」
その場で唯一、将軍という肩書を持たない軍事顧問の『師範』桜玄斎は黙って全ての話を聞いていた。
「兵の質は他国を上回っています。易々と侵攻されることはありません」
「ならば攻め入る事も可能ではないか!」
「ただし、自国の森があるからこその戦闘力と思っていただきたい」
ゲンサイはレッドフォレストだからこその均衡であると語る。
「森こそレッドフォレストの戦力。敵は鎧に騎馬。魔法戦隊。平地に出れば瞬く間もなく、兵を失う」
少ない兵で戦いを継続できるのは、レッドフォレストの密林を駆使しているからなのだ。
鎧は足をとられ、騎馬は入れず、特殊な樹木は魔法を阻む。
「討って出るべきではない。耐えていれば兵糧が尽きるのは敵が先だろう」
レッドフォレストの森は戦略的な地形であるだけではない。
森に実る作物や、生息する魔物は現地の者達しか把握していない種も多い。
無論、敵もそれらを理解して進撃する事もあるが、その森に潜むのは森林戦闘に秀でたレッドフォレストの正規兵である。
他国の兵が森の中に拠点を設けたとしても、二週間と維持できずに排除していた。
「特殊な調理が必要な果実に、魔物の脅威は敵兵に対して大きな優位性となっている。故に戦えているのだ」
食料に関しても森や魔物を知る自分たちの方が有利であり、それによって非戦闘員を徴兵せずとも戦えていると告げる。
「それに『ドラゴン』を使う事も現実的ではない。アレとは戦ったが、制御できるような存在でもなければ――」
かつて『剣の英雄』と共に戦った『紅の炎竜』は大きな犠牲に元に勝利を収めることが出来たのだ。
灼熱と悲鳴。灰塵と化す大地。肺の焼かれる戦いは『剣の英雄』が居なければレッドフォレストが世界地図から消えていただろう。
「話を聞くような存在でもない。封印した我々に手を貸すなどあり得ない。復活と同時に王都は跡形もなく消滅するだろう」
「『剣の英雄』も子供ではあるまい」
「先代が相打ちだったのだ。二代目が勝てる保証はどこにもない」
「勝てる保証が無いだと? 何のための【英雄】だ!」
会議は現状維持という形で終わり、レジェドは悪態をつきながら廊下を歩いていた。
『夜の国』へ遠征すれば誰もが分かる。『五柱』に対抗するには『五柱』しかない。ナイトウォーカーは神出鬼没。今までレッドフォレストに出なかったのは森が作り出す天然の結界によって移動を阻害されていたからだ。
その均衡が『レインメーカー』によって破られた。
そして、今魔王軍の【最強】が戦争に手を出して来た。目的は『紅の炎竜』の心臓だろう。
破壊するのも選択の一つだが、そしたら誰が【最強】を止めるのだ!?
「おい、目的のモノは出来たか?」
レジェドは部下に用意しておくように告げていたモノを確認する。
「はい。ですが、実行するのは当日でなければ気づかれてしまうでしょう」
「金に糸目はつけるな。竜の心臓は必ず奪取しろ」
「はっ」
「今の『白尾』でしょ」
足を止めたルーは光陽に囁くように寄ると、後ろ眼で制止をかけた少女を見る。
「我に繋がりはない。あるとすれば、貴様の方だよ光陽」
「……
この国で『桜の技』を知る者は師匠の身内だ。それは自分たちの身元が捕捉されることを意味している。
「危険な賭けだぞ」
「どうにでもなるさ。貴様と一緒なら」
ルーの言葉に色々考えていた自分がアホらしくなり、一度頭の後ろを掻く。そして、振り向いて言い寄る少女へ事実を告げた。
「【白虎】と【玄武】を極めている」
「【白虎】と【玄武】を? 誰から教わったの?」
「その前に名前を聞いていいか?」
さりげなく情報を引き出しにかかる。
「ボク? ボクは
「……『師範』の孫は一人だと聞いているが?」
「え? 確かに姉さんは居るけど……ボクも正真正銘、お祖父ちゃんの孫だよ」
「両親は?」
「桜エトと桜ケイ。って! ボクばっかりズルくない!?」
両手を上げて一方的な質問を打ち消したサナエは光陽に問う。
「オレの名前はさ――サーライト・コウだ」
「ぶっ!」
咄嗟に思いついた偽名にルーが吹き出した。そして、必死に笑いを堪えている。
「さ、サーライト・コウ?」
疑惑のサナエを見て、流石に無理があるか? と光陽は嘘くさい偽名を告げたことに少しだけ後悔した。
「極東人じゃないの?」
「……祖父の血が濃くてな。よく言われる」
「祖父って事は……出奔した一族かな? 姓とか聞いてない?」
「……いや、そういう話は聞いてない」
「それで【白虎】と【玄武】は誰から教わったの?」
遠回しにしていた疑問をサナエは改めて尋ねる。
桜家の継ぐ技は身内以外には門外不出であり、誰かに盗まれるような単純な技ではない。
伝えるのは血を継ぐ者のみであり、よほどのことが無ければ本質を他人に教えることはないのだ。
「『師範』
「え? お祖父ちゃんが? たまに姿を消してたけど……そう言う事だったのかなぁ」
サナエはうーんと考えながら次の質問を投げかける。
「レッドフォレストに何の用? もしかして、お祖父ちゃんに会いに来たの?」
「ああ。だが、列車に乗れなくてな。なにか方法は無いか?」
「うーん。兵士の皆が優先だからね。ボクもお使いじゃなければ乗らなかったし」
サナエは母に頼まれてアスルにしかないエルフの村から出る薬を買いに来たのである。
しかし、『五柱』の襲撃で現地は復興を優先し、入荷は一時停止していた。
「ほほう。小娘、貴様が欲しいのはこの薬か?」
と、ルーが取り出したのはエルフの村で貰った治療用の薬であった。光陽が受け取らなかった為、ルーが代わりに持ってきた残りである。
「……今エルフの薬って、『レインメーカー』と『ナイトウォーカー』の襲撃で入荷しないって聞いたけど」
「偶然だな。我らは旅の途中でエルフの村に寄ってな。少し復興を手伝ったら貰ったんだ」
ルーは適当な嘘を混ぜつつ、入手経路を語る。
「それって本物?」
「失敬な。正真正銘の本物だぞ」
「ライラさんからもらったのか?」
「そー。貴様が受け取らなかったからな。我が貰っておいた」
「ライラ……ってロックさんの奥さん?」
サナエは道場に来ていた徴兵のロックから家族の事を聞いていた。故郷の村に妻と娘を残しており、名前がライラとミナであるとの事。
「我らは列車に乗りたくてな。手配してくれるなら特別にあげてもいい」
「別にボクの名前を使えば席二つくらいは用意できるけど、あまり素性がはっきりしない人にはそう言うのは――」
他国からの密偵も入っている可能性がある以上、サナエとしても確実な身元が分からない人間に王都行きの切符を用意するのは気が引けるのである。
「まぁ、考えてもみたまえよ
「……わかった。これって結構重要な案件だから『師範』に確認するよ。少し待っててもらえる?」
「いいぞ。貴様もそれでいいな? サーライト・コウ」
「……任せる」
光陽は笑いを堪えながら告げてくるルーに怪訝そうな顔を向けつつも納得する。
「なんか、ずっと君と話してるけど一番素性が知れないんだよね。何者?」
極東人にも見えないルーに対してサナエは改めて疑問を抱く。
「妻☆」
「ただの連れだ!」
Vピースを決めるルーの発言を光陽は力強く否定した。
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