25.常闇の足音
「もしもし、お母さん。ボクだよ、早苗。ちょっと聞きたい事があって電話にしたの。ん? 並んだよ。相当並んだ。みんな家族に電話したいみたいで、なんか兵士さんたちには悪いことしちゃってる。だから手短に話したいんだけど、お祖父ちゃんいる? 会議に出てる? そうなんだ。まいったなぁ。いやね、お祖父ちゃんの弟子を名乗る人が現れてさ。王都に会いに行きたいらしいんだけど、切符が取れないんだって。だからお祖父ちゃんに確認しようと――いいの? だって知らない人だよ? お祖父ちゃんの弟子はみんなボクも顔知ってるけどさ……技? 使ってたよ。『白尾』だったけど【玄武】も修めてるって本人は言ってる。お母さん何か知ってるの? お祖父ちゃんから聞いてるって? ボク初耳なんだけど……じゃあ、連れて行くよ。え? お祖父ちゃん帰って来た!? 代わって代わって――」
「ご苦労な事だな。ギルドの本部は北だろうに。直々にお前が来るとは」
「本部の命令だ」
「従うような性格ではあるまい」
「まぁな。ただ、俺自身も興味があってね。『ドラゴン』ってヤツに」
ゲンサイの元に直接現れたのはギルト調査部部長ライバック。彼は『鳥翼族』の王族の一人である『鷹』の一族であった。顔に残る火傷痕は、かつて『紅の炎竜』と戦った時のものである。
「後、リンの奴に会いたくねぇ。あの女、何かとうるせーんだよ」
ライバックは元々、空賊であり、かつての『紅の炎竜』の戦いを機にギルドへ参入した経緯がある。
しかし、空賊上がりの粗野な性格から、何かと規律を重んじるリンとは馬が合わなかった。
「その様子だとリンも元気でやっているようだな」
「こっちの事情はいいんだよ『師範』。そっちの事情を話してほしいもんだね」
ライバックの付き添いで二人の部下も同じ部屋に居る。世界が関わる事であるとライバックも重要視しているからこそ、同行させたのだ。
「『ドラゴン』は居なかった。少なくともワシがエルフの村を出た時はな」
「なるほど。確かにその時居なかったのなら虚偽はねぇな。だが、知りたいのはもう一つの方だ」
ライバックは『魔力を持たない人間』について言及する。
「そいつは『桜の技』を使ったと聞いている。無関係じゃねぇだろ?」
「弟子だ。まともな鍛え方では生きていけないと思い“技”を伝えた」
「と、いう事はアンタは魔力を持たない事を知っていたのか?」
「発現すると思っていた。だが、そうはならなかった。30年経っても」
「おいおい、アンタなら――」
気づくはずだろう? と、続けそうになったライバックはゲンサイの表情を見て口を紡ぐ。
「家族か?」
「出来は悪い。ヤエと比べれば才能は全くなかった」
「だが、見捨てられなかったか?」
「さぁ、ワシは信じていただけだ。魔力を持つとな」
ジパングの事情がどのようなものかは知らない。だが、魔力をも持たない存在は全世界で共通する禁忌なのだ。どれだけ危険な存在であるかゲンサイ自身も理解しているハズ。
「無視は出来ねぇ。アンタの発言も含めて『ギルド』と『本家』にも話を通させてもらう」
「構わん。必要であれば紹介状も書くぞ?」
「そつちの心配は良い。“城理”の『姫』とは知り合いでな。直接聞く」
「『
「『本家』の“影”か。一度戦ったけどな。アンタと同じくバケモノがいたよ。隻腕のジイさんだったな」
「エイジだな。奴相手によく生きていたものだ」
すると、一度ノックの音が聞こえゲンサイは扉に向かう。そして、僅かに扉を開けると、その向こう側に居る桜ケイに二、三言告げると戻ってくる。
「すまんな。孫からの電話だった」
「サナエか? そういえば姿を見ないと思ったが」
「薬の買い付けに出ている。ケイの調合で必要な分を直接買いに行った」
「どこか悪いのか?」
そのような様子は微塵も見えないゲンサイだが、ライバックは冗談交じりに尋ねた。
「……少し腰をな」
寄ってくる年の波に勝てないのは『師範』も同じであるとライバックは失笑した。
「桜サナエ……か」
ルーと光陽はサナエを待つ間、酒場で食事を取ることにした。
ギルドのカウンターも兼ねている酒場は大テーブルでは集会場としても使われている。
木を隠すなら森。というルーの提案で混雑する中に紛れるという、捜索の盲点をつく方法を取っていた。
無論、席は一番端っこであることは当然の配慮である。
「両親は桜エトと桜ケイと言っていたな。どっちかがサーライトの肉親か?」
「サーライト呼びすんのかよ……」
「ふふん。どこで耳があるか分からないからな。ぶふっ! ナイスな偽名だぞ」
「バカにしてんだろ」
あはは。と笑うルーはメニューを片手に食事を注文する。
「桜エトの方だ。オレの父に当たる」
「ほう。なら後妻だな」
「……あの人は母を愛してたと思ったけどな」
「事情でもあるんじゃないか? その辺りは老練者に聞けばいいだろうよ」
父は母の事を大切に思っていたハズだ。
母が死んだからと言って他の女に乗り換えるような事を祖父も黙ってみているわけはない。
「師匠に聞くことが増えたな」
「おまたせしました」
「おお、マジで来た」
ウェイトレスが運んできたのはパンを薄くスライスして、具を挟んだものだった。皿には三切れ乗っている。
「これは……なんだ?」
「マジで言ってるのか? サンドウィッチだよ」
ルーが頼んだのは、肉と野菜がパンで挟まれた食べ物である。魔物の肉やスープばかりを食してきた光陽にとっては未知の食べ物だった。
「さんど……うぃっち?」
慣れたように手に取って一口目をおいしそうに頬張るルーは幸せそうに咀嚼する。
「色々と驚きだよ。こんな酒場にメニュー表があるとはな。加えてパンを使った料理がいつでも用意されている。食料も文化も豊かな証拠だ。本当に戦時中か疑いたくなる」
酒場を見回すと兵士の姿は殆どない。それどころかギルド所属の冒険者の方が多く、隣接しているギルドカウンターに依頼の報告をしている者も見える。
「オレとしてはバレないかの方が心配だ」
「大丈夫だって。顔バレしてるわけじゃない。あの変人神父がどこまで伝えたかによるが、我らのような存在を見つけるのは藁の中から針を見つけるのと大差ない作業だよ」
大規模な組織であるからと言って、人海戦術では効率が悪すぎるとルーは推測していた。ある程度身元を洗い、その付近で待機して捕らえるのが必然の流れだと告げる。
「中々、統率の取れた組織であるようだからな。中枢はそれなりの人員で動いているのだろう」
「欺くにも一筋縄ではいかないか」
「あの老練者の元にも居ると考えて接触するべきだろうな」
光陽もルーの真似をしてサンドウィッチを手に取って食べる。
「悪くないな。保存食として考えてみるか……」
「干し肉に比べれば保存期間と品質に難があるぞ」
「それもそうか」
「はい、あーん」
すると、ルーは一切れを光陽へ差し出した。
「……お前が食えよ」
「我は味を知れればそれでいい。サーライトは栄養として摂取する必要があるだろう? ほら、あーん」
「…………あ、あーん」
慣れない状況に流された光陽は差し出されたサンドウィッチを一口咀嚼する。
「美味しい?」
「…………おいしい」
「ふふん。顔真っ赤だぞ」
「うるせ。やったのはお前だろ……」
「かじったのはそっちだがな」
悪戯な笑みを浮かべるルーは嬉しそうに残ったサンドウィッチを食べる。
「ほら」
すると、今度は光陽がルーへサンドウィッチを差し出す。
「お、気が利くじゃないか」
ルーは小さい口を最大限開けるとかじり、咀嚼する。
「旨いか?」
「とってもおいひい」
「ちゃんと食べてから喋れ」
「なに……恥ずかしい事やってるのさ」
通信所で電話を借りたサナエは酒場に行くと言っていた二人の姿を見つけて同じ席に着く。
「無粋だな、小娘。我らの時間を邪魔するとは」
「あ、なんかごめん……って君も小娘じゃん! あ、すみませーん。ボクにもサンドウィッチをくださーい」
手を上げて注文を頼むサナエと、追加で同じものを頼むルーと光陽。
「それで、結果はどうなった?」
注文を待つ間、ルーは本題を進める。
「連れて行くよ。本来はサーライトさんだけでいいんだけど、どうせ君も来るんでしょ?」
「当然だ。我とサーライトは一心同体だからな」
「ああ? なんだって?」
残ったサンドウィッチを頬張る光陽はルーの発言を話半分に聞いていた。
傍から見れば若い三人組であるが、一人年齢不詳で一人30歳越えである事など分かるはずなかった。
「ちなみに小娘よ。貴様は何歳だ?」
「ボク? ボクは16歳だよ」
「アレが“桜”か?」
その三人を監視するように気配を消している存在があった。
「桜サナエ。エトの娘ですね」
「まだ仕掛けるな。確実に捕縛できる機会を待て」
気配を周囲に紛らせて隠しているのは二人の暗殺者。彼らは桜エトに殺されかけ、その報復に首を狙ってた。
「この国には師範もいる。奴が出たら、任せるぞ『殺害者』」
二人は殺し屋の中でも確殺を遂行してきた伝説の一端を連れていた。
「報酬分は働くわい。さてさて、若い衆のお手並みを拝見と行くかのう」
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