2章 求道者と世界を殺す者
23.交易都市『アスル』
ギルドは魔物の討伐や道中の護衛と言った、内容を選ばない依頼を管理し『冒険者』達に斡旋する組織である。
その象徴となる【巫女】と呼ばれる存在は、ギルドと言う巨大な組織の象徴であるのだ。
本来は『聖人の骨』を持つ者が引き受けるのが習わしの役職であるが、今世代は聖人の生まれ変わりとされるサウラ・オーバーンが拒否した事と、奇跡を直接行うことが出来る存在が別に現れた事で【巫女】の称号が表に現れた。
ギルドは【巫女】を象徴に置き、『五柱』の監視と、それらの対となる存在の管理を行う事にも尽力する。
特に『五柱』の一つである【魔剣オリジン】は厳重な封印と監視が24時間体制で行われていた。
「今回は集まりが悪いですね」
ギルド本部。召集がかかったのは各部署の責任者たちであるが、席は半分ほどしか埋まっていない。
『勧誘部』『戦闘部』『調査部』『管理部』。
大きな部署は主にこの四つであり、そこから更に細かく分野ごとに部署が分かれる。
現在の会議に集まれたのは『勧誘部』と『管理部』の部長である二人だけ。他は空席となっている。
「『魔王』の四天王が動き出し『ナイトウォーカー』も不穏な動きを見せると聞く。しかたねーだろうぜ」
『勧誘部』部長――イワンは愛煙家であり、部長の中でも最も年を取った老練の男『
「緊急であったとはいえ、後任が育たなさ過ぎでは無いでしょうか? 内部調査の時期を早めるべきです」
『管理部』部長――
「てきとーな感じで良いんだよ。極東人ってのはみんな神経質なのか?」
「【巫女】が集めると言うのは手紙のやり取りでは困る内容であるという事です。情報の漏洩を第一に考えての動きだとすれば、無理をしてでもこの場に座るべきでしょう?」
「みんな忙しいんだよ。察してやれ」
「察しています。故に、この場には居るべきだと――」
「やぁ、相変わらずリンは手厳しいね」
すると、そこに現れたのは【巫女】ではなかった。
若い見た目ながらも聡明な印象を与える彼はギルドの総司令であるエルフの男――ディオスである。
「少しっ! 遅れましたぁ!」
その後に、全力疾走で会議室に飛び込んできたのは、【巫女】のゼウスであった。
「今回、緊急で召集をかけたのは、サウラ・オーバーンが失敗したからだ」
ディオスが司会を務めながら、今回の会議の意味を各員に端的に説明する。
「諸兄らも知っている通り、事態の確認と収集の為にサウラ殿にはレッドフォレストに出向いてもらった。しかし、帰還した彼からの報告は無視できないものだったよ」
資料を見てくれたまえ。と、雑務の事務員がイワンとリンに資料を手渡す。
「『ドラゴン』を確認か。後は――」
「…………魔力をも持たない極東人」
資料に描かれた後半の記述に場の空気が変わる。
「ディオス。コイツは何かの冗談か?」
「事実だよ、イワン部長。調査部が遅れている理由がこれだ。事実確認のため『師範』に問い合わせている。リン部長、ジパング出身の君は何か知らないか?」
リンの中では思い当たる節は一つだけある。しかし、
「……同世代で魔力を持たない人間と遭遇したことがあります」
「家は?」
「桜でした。数年様子を見てから処理を決めると言う話があったきり、その件は私は知りません」
「ふむ。『本家』に事実確認をしたい。席を設けてもらえるかな? もしも、この事実が隠されたモノだとすればしかるべき責任を果たしてもらわなければならないからね」
「わかりました」
魔力を持たない存在はギルドでも何度が発見の報告を受けていた。しかし、複数ではなく必ず一人見つかって、処理されてから二人目が現れると言うサイクルである。
前に見つけたのは『妖精族』の中の一人だったが、既に処理されている。
「これは『師範』にも確認を急いだほうがいいな。彼を疑うわけではないが事が事だ。我々の管理下にない存在となれば、世界が危うい」
これまで積み上げた魔法技術は、その大半が察知や感知と言った代物だ。相手の存在をいち早く知る事で様々な事に対応する猶予ができる。
ソレを一切無視していきなり目の前に現れる事が出来る存在など、世界中の人間が命をを握られているようなものだ。しかも、無手で人が殺せるほどの技術を持っていればその危険度は更に跳ね上がる。
「『ドラゴン』の件に含めて、魔力無能者の件も最重要だ。特に後者の方は生死問わずで処理を行いたいね」
目を覚ますと、そこは木漏れ日が涼しく感じる深緑の中だった。
光に反射する白き鱗と高くなった目線に懐かしさを感じながら我は本来の姿で眠っていたと理解した。
すると、寄り添うように【英雄】が眠っていた。全身が黒い甲冑に覆われ、中が何者なのかは知るよしもない。
戦うことを止めたように剣は少し離れた場所に突き立てられ、その周囲には、我の鱗が落ち葉のように散乱していた。
考えた事はなかった。
我の為に創られた【英雄】は我を討った後はどうなってしまうのだろう。
一人ぼっちでは生きられないこの世界に流れ落ちるのだろうか?
それとも、彼らのもとで未来永劫、不具合を処理し続ける道具と化すのか……
後者は考えただけでおぞましい。
「……なぁ、貴様は何故――」
あの戦いの最後で剣を――
「ルー、起きろ」
「ん……おはよう」
光陽に揺さぶられて、ルーは覚ました。
場所は暗い空間。床は板で、光陽が動くと僅かに揺れる。屋根のついた馬車の荷台だった。
「着いたぞ。ほら」
眠っていた間に落ちた帽子――キャスケットを投げられルーはその手に受け取る。
「そうか。む……」
と、ルーは動こうとすると半覚醒の視界と荷台が揺れた事でバランスを崩して思わず倒れる。
「っと。気をつけろよ」
咄嗟に光陽が受け止めて事なきを得た。彼が居なければ頭から馬車の外に落ちていただろう。
「……悪くない」
「阿呆なこと言ってないで、さっさと降りろ」
馬車の揺れ程度では足を取られることのない光陽のバランス感覚に感謝しつつ、ルーは荷台から太陽の元へ降りる。
広がる光景は夕刻の街並み。多くの人が往来し、家に帰る従業者、買い物をする家族、任務を終えて報告に向かう兵士などが所々に確認できる。
「ルー君は起きたかい?」
馬車の主である商人――レイナードは荷台から降ろした荷物を引き渡した所で二人に声をかける。
「見ての通りだ」
光陽への質問だったがルーが答える。
馬車のたどり着いたのはレッドフォレストが持つ都の一つ『アルス』。四つある交易の流通拠点であり、同時に国通列車の停車駅もあるのだ。
「道中、お世話になりました」
「助かったのはこちらの方だ。君たちが居なければ積み荷を奪われていたし、命も失っていたかもしれない」
二人は『アルス』を目指す道中、商人の親子を野盗から助けたのである。
追い払った後もしつこく追撃してくる野盗を壊滅させたのが二日前。結果として護衛のような形で、一週間ほど商人の親子と行動を共にしていた。
「ルー!!」
「ん?」
呼ばれる声と共に、銀閃が向けられたルーは欠伸を挟みながら摘まむように剣を止める。
「ふふん。甘いよ、女児。アホみたいに剣を振るならこん棒でも叩きつけた方が良い」
「くっ……」
レイナードの娘――テレサは涼しい顔をするルーに苦悶の声を漏らす。
剣士でもある彼女はルーに摘ままれたまま押しても引いても動かない剣を握ったまま更に睨み付けた。
「剣に効率よく殺傷を持たせるために『剣術』があるんだ。何度も言うが、才能に任せて振り回すだけなら槍の方がいいぞ。リーチ長いし」
ルーは剣を引っ張って握り手を引き寄せると足を払ってテレサを転ばせ、得物を容易く奪う。
「師でもつけてやった方がいい」
「あてはあるんだがな。どうする? このままではルー君に傷一つ負わせることはできないぞ?」
レイナードは商業の伝手でとある武術家と知り合いであり、そちらに紹介すると前からテレサに話していた。
「旅の護衛は誰がするの!?」
「適当にギルドから雇うよ。強くなって帰ってくるんだろ?」
「……分かった」
ほら、とルーは剣をテレサに返す。彼女は剣を受け取ると鞘に納めた。
「『師範』の事ですか?」
光陽は商人があてにしている武術家に対して素朴な疑問を抱く。
「いや、『鬼人』だ。知っているかい?」
「初めて聞きました」
「戦場傭兵と呼ばれている戦争屋だ。様々な武器に精通し、あらゆる武器術の達人であると聞いている。彼には貸しがあってね。確かジパングの出身で、君と同じ極東人だよ」
商人の親子と別れた光陽とルーは目的である国通列車へ乗り、王都へ向かうために『アスル』を目指す。だが、
「悪いが席は売り切れだ」
乗車チケットを買おうとした光陽は売り場の男にそのように言われた。
「今戦時中でな。客用車両はかなり少ない。次の分は満席だよ」
「その次は?」
「その次も満席だ」
「その次は?」
「満席だ」
「……空いてるのは?」
「半年後ならまだ空きがある」
光陽はその場で即答せずに一旦チケット売り場から離れる。そして、駅の隅で野良猫を撫でているルーの元へ戻った。
「ダメだったろ?」
「……知ってたのか?」
「戦時中なら、帰還兵とか負傷兵を乗せる。特に最前線に一番近い街なら尚更だ」
なついてる様子で野良猫はルーの前で腹を見せて寝転がる。
「それで、どうするんだ? 歩いて向かう?」
「王都まで歩くと二ヶ月ほどだが……」
半年待ちなら歩いた方が早いが、正直なところ現実的ではない。
時間を掛ければかけるほどギルドに捕捉される可能性が高くなる。そうなれば師の元にたどり着く事さえできなくなるだろう。
「飛んでいくか? 休憩を挟めば一週間で行けると思う」
「それは最後の手段にしておこう」
ルーは光陽を抱えて飛行する提案をするが、レイナードから聞いた情報は無視できなかった。
この世界では「空を飛ぶ」と言う行為は本当に珍しいモノであり、得に重宝されている。飛行する代表的な種族は『鳥翼族』。その次に『ドラゴン』、羽翼展開できる『竜人』という順だった。
ギルド側に「レッドフォレストにドラゴンがいる」と認識されている以上、飛行での移動は捕捉される可能性が高い。
サウラを退けた事で、それに匹敵する実力者を差し向けられる可能性は高く、ドラゴンに対する対策を持った人材が送られるだろう。
戦えば勝ち目はない。例え退けることが出来たとしても、繰り返される襲撃にいつかは限界が来る。
そうなったらルーは止まらない。
消耗していたとは言え、あの夜に【英雄】との戦いで垣間見た彼女の本気は世界を滅ぼす存在としての信憑性は高いものだった。
50年前に起こった『紅の炎竜』の再来となれば、レッドフォレストがルーを敵と見なすだろう。
ギルドとレッドフォレストの二つに追われれば流石に逃げ切る事は不可能だ。
それだけは絶対に避けなければならない。
「じゃあ、どうする? 運よく席が空くのを祈るのか?」
ルーの言う通り、自分たちには頼れる伝手も知り合いもいるわけではない。
レイナードを頼る事も考えたが、彼は商人だ。商人はギルドとも関係が深く、巻き込んでしまう事を考えると、これ以上は関わらない方が良いだろう。
「ちょっと! 誰か! そいつ止めて!!」
駅前に響く声。見ると武器を持った男が強盗を働いた瞬間だった。入り口近くに走って逃げてくる。
「光陽、任せた。我は猫の相手で忙しい」
「兵士が何とかするだろ」
「武器持ってるからな。誰も止めないし、兵士も間に合わない」
ナイフを片手に振り回しながら強盗は強引に道を開けさせていた。
「目立ちたくないんだがな」
「どけ! コラァ!!」
逃走経路を塞ぐように入り口に立ちふさがった光陽に強盗はナイフを振るう。
すると、振るったナイフから風の刃が発生し光陽に襲い掛かった。しかし、ナイフの軌道から風の刃を予測していた光陽は容易くかわすと、逆に距離を詰めて手を取る。
『白尾』
一瞬で力の方向を支配され、掴まれた手を起点に強盗は地に伏せるように腕を取られて押さえつけられた。強盗は何が起こったのか分からない様子で目を白黒させる。
「っんだ!? こりゃ、痛てて!!?」
「暴れんな。折れるぞ」
完全に極まっている様子に後ろから警備兵士と声を上げた少女が追い付いてくる。
「確保ぉー!」
「暴れんなコラ!」
「魔法武器は没収! 手を放せコラ!」
「連行して連行ー!」
と、少女が指示をしている様に兵士たちは一度敬礼して強盗を連行していった。その隙に光陽もルーに声をかけてその場から離れる。
「あ! ちょっと待て! 待ってよぉ!」
待ってだとよ。無視だ。ひそひそとそんな会話をしながら二人は知らぬ顔でその場から姿を消そうと――
「今の『白尾』でしょ?」
少女の言葉に光陽が足を止めた。
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