15.世界の供物たち
世界には物語が必要だ。
万人が平等に夢を見ることが出来る物語を創る必要があった。
それらは世界を救う物語。
ある存在が犯した過ちが世界を“輪”から“螺旋”に変えた。
螺旋となった世界は形を維持できなかった。
支えとなる物語が必要なのだ。
『英雄と竜の物語』もまた、この世界の供物なのだと――
現れたドラゴンを前に英雄の剣は振るうべき存在を改めて視認していた。
「神話の物語へようこそ。今宵は誰にも語られる事はない、我らだけの物語だ」
地に降りるドラゴン。英雄は光陽の首筋に停止していた剣をゆっくりと放すと彼女へ疾駆する。
「ふふん。流石は黒き疾風だ。我だけを撫でる風は健在だな」
動作なしで発生した土壁がドラゴンを囲むように現れる。飛び上がれない様に上も塞がれた。
「おい!」
光陽が叫ぶ。彼は英雄を止めようと動くが足が動かない。英雄の土魔法によって足首まで沈んでいる。
英雄の剣が囲んだ土壁ごと、ドラゴンを両断した。
「心地よい程に真っ直ぐな殺意だ。【英雄】殿はそうでなくては」
土壁が剣圧で崩れる。ドラゴンは剣を指で掴み止めていた。英雄の剣は皮一枚もドラゴンに届いていない。
「ガオォォォ!!」
至近距離にいる英雄へドラゴンは咆哮を放つ。発生した光線は英雄を呑み込んだ。
「うお?!」
光と余波に光陽は思わず腕を覆う。今までとは比べ物にならない威力。彼女の自力を目の当たりにする。
やっぱり、今までは本気じゃなかったのかよ……
生物としての格が違いすぎると改めて認識した。
ドラゴンは手に残った英雄の剣の一部を捨てる。視線の先は果てまで貫通した熱射口が空いていた。すると、
黒い煙と共に英雄はドラゴンの背後に現れた。
「なんだ? もう一発欲しいのか?」
竜眼によって英雄の姿は見えていた。ドラゴンは振り向きつつ、英雄の頭を鷲掴みにすると、そのまま地面に叩きつける。
英雄の鎧が一部砕け、叩きつけた衝撃で大地が吹き飛んだ。
「まぁこの程度じゃ終われんよな。互いに」
衝撃によって発生した土煙が晴れると、目の前に英雄が立っていた。まるで、今までのダメージがなかったかのように平然としている。
剣は鞘に戻っており、鯉口が切られた。
「カァ!」
銀閃が見える前にドラゴンは英雄を蹴りあげた。重々しく見える鎧が高々と月夜に舞う。
「終幕だよ」
翼を展開し、英雄に追い付いたドラゴンは人形のまま、鱗と竜眼を展開していた。
「『
その熱魔法は一定の範囲を超高温に引き上げるものである。燃える過程を越えて、一瞬で炭と化すほどの高温。
無論、自分も巻き込まれ、耐えられる生身以外は全て炭へと変わる。
英雄も炭へ変わっていた。そして、ボロボロと崩れて落下していく。
「…………たっは」
ドラゴンは息を吐くように空気を吸う。そして、フラフラと地面に降りた。
戦いを唯一見ていた光陽は、途中で翼を維持できなくなり落下するルーを受け止める。
「ナイスキャッチ」
「お前、裸になるのが趣味なのか?」
『
「いいのか? サービスショットだぞ。嬉しいだろ?」
「……勝手に言ってろ」
ルーの口調は相変わらずからかうように笑っている。しかし、余裕な様とは裏腹に身体には力が入っておらず弱々しい。
「自分が立てないくらい力を使うなよ」
「ふふん。手加減出来るヤツじゃないんだよ。残った魔力を全て使ってやっとだ」
「……あれは何だったんだ?」
炭となって霧散した甲冑について訪ねる。光陽は先程までルーが戦っていた存在が異質なもの手あると察していた。
「英雄さ」
「英雄?」
「おとぎ話の主人公。竜を狩る存在にして究極の竜殺し」
「なんだそりゃ」
「相対する存在に合わせて必要最低限しか上回らない。まぁ、物語を劇的に演出する小道具と言ったところだ」
それを越えられるかどうかが素質なのだが、今は気にする事じゃないと、ルーはそれ以上は語らない。
「我らドラゴンはね、物語の中の存在なのさ。だから【英雄】だけが唯一の理解者なのだよ」
「……お前が何を言いたいのかよくわからんし、理解するつもりもない」
「ふふん。それでいいよ。貴様はそれであってほしい」
「竜殺シヲ開始[閉]」
感情のないその声は背後から聞こえた。
甲冑が剣を振り上げている。もう振り下ろす為に力を加えているのがわかる。
時間にして一秒もない。
光陽は声が聞こえた瞬間に支えているルーを剣の間合いから突き飛ばしていた。
剣が振り下ろされる。
ルーは風操魔法で光陽を動かそうとするが到底間に合わない。
走馬灯など、高尚なモノは光陽には駆け巡らない。
『越え続けろ』
師の言葉だけが鮮明に甦る。
昨日までの自分を、半日前の技を、一時間前の己を、刹那の間で常に“今”を越え続けろと――
【白虎】『白尾』
先程まで逸らせなかった甲冑の剣の力の流れを完全に掌握。剣の側面を手の甲で動かす。
剣線は光陽を避ける様に地面だけを切りつける。
「【玄武】――」
踏み込む音が消えた。
レインメーカーに放った時よりも極致に近づいた『一門』。
甲冑の胸部に触れて、思い出した様に衝撃と破壊音を発生させる。
「『一門』」
その言葉と共に甲冑の胸部は粉々に砕け、大地が衝撃で沈む。
人のたどり着く到達点とは、その身に宿った可能性であるのだ。
光陽に宿っている到達点は、彼が30年間が集約した一撃であった。
「……」
光陽は、剣を杖変りに膝で立つ甲冑に対して構えを崩さなかった。油断と言う考えは一切ない。
「アハハ。とんだ大物食いだな貴様は」
少ない魔力で最低限の戦闘状態を維持しているルーは歩み寄る。
レインメーカーに加えて英雄でさえも膝を折らせるか。
「必死なだけだ。お前みたいに傷がすぐ治る訳じゃないからな」
甲冑の胸部は少しずつ回帰している。程無くすれば、再び動き出すだろう。
光陽とルーもそれは解っている。そして、どうすればコレを止められるのかが分からない以上、二人は戦闘状態を維持したまま、甲冑から目を離さない。
『試練を』
「あ?」
甲冑からの言葉に光陽は反応する。ルーは無反応だ。聞こえていないらしい。
『世界に物語を。正しき終わりを』
甲冑は最後まで立ち上がることなく、姿は空間に融けて行った。
「ようやく引き上げたか」
甲冑が消えてから暫くしてルーは警戒心を解く。
「……」
光陽も同様に警戒心を解く。そして、甲冑の最期の言葉が気になっていた。
「どうした?」
その様子にルーは気にかける。
「色々有りすぎた。少し混乱してる」
「当然の事だ。ゆっくり考えると良いさ」
まるで全てを知っているかのような彼女の口調は、光陽がどのような答えを出すのか期待している風にも見えた。
「……ルー」
「なにかな?」
「帰るぞ」
意外な言葉にルーは一度目を丸くする。
そうだ……そういう奴だったな、貴様は。
こちらから話すまで何も聞かない。聞いてくれないのではなく
だから、
「貴様の隣は心地いい」
「なんか言ったか?」
「別に愛の再認識というヤツだよ」
「……意味わかんねぇヤツだな」
「嘘つけぇ。解ってるくせに」
「いいから寺院に戻るぞ」
一人なら朝まで隠れる選択しかなかったが、ルーが居るのならナイトウォーカーを突破できる。
ライラさんたちも自分の事を心配しているはずだ。下手に助けに来てもらうよりもこちらから寺院へ向かう方が危険も少ないだろう。
「お?」
「どうした?」
光陽の上着を着たルーは本来感知していた巨大な魔力の反応を寺院の方から感じ取っていた。
「急いだほうがよさそうだな」
「『ナイトウォーカー』の出現に合わせて、【英雄】を送りましたが結果は失敗しました」
「聞きました。現地の『無色の器』に阻まれたそうですね?」
「はい」
「『無色の器』は排除される様に意識を設定していると思っていましたが」
「それに間違いや不具合は生じておりません。単純に産まれた地によるものかと思われます」
「今後ともそのような事が起こると思います。対策は?」
「『崩月』を早めました。そして、現れるのは『桜』に設定しています」
「わかりました。『無色の器』に関してはそれで様子を見ましょう。話を戻します。【英雄】の件です。竜に大分遅れを取ったそうですね」
「世界との適合率の問題だと思っています。自己完結している竜と違い、【英雄】は他の繋がりをもってして、その力を高めます」
「そうであるべきです」
「世界と繋がりを持たない【英雄】など只の戦士でしかありません。故に力に大きな差が生じているのです」
「そうなる前に排除出来る手筈では無かったのですか?」
「私の予測違いでした。抑える存在の居ない竜の成長は予想以上に早く、制限がありません」
「改善案はあるのですか?」
「正しき手順にて【英雄】を決めます。少し手間がかかりますが、中途半端に交戦を続けるよりは高い効果が期待できるでしょう。既に候補は決めております」
「わかりました。これ以上、余計なページに手間をかけぬよう」
「はい、評議長」
ルー。お前は気づいていない。その世界は何よりもお前を排そうとしている。
もし、お前の最も大切だと思う者が“殺す者”となったとき、お前は結末を受け入れられるか?
物語の供物よ。
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