14.迎撃戦
「急いで! 早く!」
光陽と別れたライラ達は光陽がナイトウォーカーの注意を引いている間に寺院に向かって走っていた。
恐怖状態からは全員が回復しているが、木々の影からナイトウォーカーは次々に現れる。
「まってー」
「にくだ!」
「あ、あああ」
我先にとナイトウォーカーは迫ってくる。
幸いにも夜の森を走り抜ける技量はライラ達が上。距離はとれているが、進行方向に現れるナイトウォーカーの方が厄介だ。
すると、前方に森の切れ目が見えた。
「拓けた場所に出たら風操魔法で一気に加速する! 全員、準備しなさい!」
全員が風操魔法を使えるわけではなく、使えない者は使える者とペアを組んで移動する事になる。その時、
「くわせて」
若いエルフが、横からのナイトウォーカーに補足される。間合いに入るまで気づかなかったのだ。
「あ……」
数秒後に自分が喰われる事を悟った若いエルフはそんな言葉しか出ない。
だが、横からの風操魔法で加速したライラが、そのナイトウォーカーに体当たりし、もつれて倒れた。
「ライラさん!」
「止まるな! 走り抜けなさい!」
そのナイトウォーカーと倒れ込むライラは止まることが死につながると知っていた。
若いエルフは涙ながらにライラを置いて走る。
「あは、あはははは」
エサが自分から来たことにナイトウォーカーは歓喜する。
しかし、拘束されるよりも早く、ライラは短刀を抜くと、ナイトウォーカーの頭部に突き立てた。返り血を浴びる。
「仕方ないわね……」
仲間たちは森を抜けた。それで、今は十分だ。ライラに他のナイトウォーカーが殺到する。
「ごめんなさい、アナタ。愛してるわ、ミナ」
夫と娘に向けて最後の言葉を残した。
矢が木々の隙間を飛行する。
風魔法がのせられ、速度の上がった矢を受けたナイトウォーカー達の頭部が近い順に消失した。
隙間撃ち。その神業を意図して放つことができるのは村でも今だに二人しかいない。
ライラは自分が倒したナイトウォーカーが完全に消え去る前にその血を服の端に染み込ませる。
「……前言撤回よ。ちゃんと援護しなさい!」
一人でも孤独ではないと理解したライラは立ち上がり、走る。
「やるな。ドラグノフ!」
拓けた場所。仁王立ちで魔窟の森を見るガロンは的確に木々の隙間を通して敵を射抜くエルフの狩人長を絶賛する。
寺院の正面から拓けた空間は戦う場としては戦略性を考えられなかった。
隠れる場所も、利用できる地形もない。本来、その場所に生えていた木々が得る為の魔力だけが大地から漂い出ている。
「これくらい出来ないと狩人長はつとまらんのよ。それより他の奴らは問題ないか?」
ドラグノフは森から逃げ延びてきたエルフの仲間たちが後ろで簡易検査を受けている様子を見る。
「恐らくは大丈夫だろう。ナイトウォーカーの体液を直接体内に取り込まない限り『感染』はしない」
ナイトウォーカーが単に闇から現れるだけの存在ならば、ある程度予測できる事もあり、さほど驚異ではない。
問題は存在そのものが撒き散らす疫病が原因だった。
発症するとナイトウォーカーと同じ様に「喰らう」ことしか考えられなくなり、どのような手段を使ってでも満たそうとする。
過去に世界でも有数の実力者が感染してしまい、町一つの『肉』を食らいつくした事件があった。
その『肉』には町の住人も含まれており、ギルドの対応によって事が収まった後、全貌が明かになり世界が戦慄したのである。
「そして、感染した場合もワクチンは存在しない」
故に『五柱』。世界を滅ぼす魔物としては身近に居る最も危険な存在だった。
「……そうか」
ドラグノフはライラが返り血を浴びた様を見ていた。彼女は手遅れだ。しかし、仲間を見捨てる事など考えられなかった。
「大丈夫です。ドラグノフさん」
エキドナはまだ希望があるように呟く。
すると、森を抜けて来るライラの姿を捉えた。
その後を数歩遅れてナイトウォーカーの群れが彼女を追いかけている。
「総員戦闘用意! ホーとスーはワシと来い! 他はサインはBだ!」
「奴らは跳ね回る森の獲物よりも当てやすい! 一矢必中を心がけろ!」
それぞれの隊の長が出す指示は隊員達に敵が『五柱』あることを忘れさせるほどに士気を高揚させる。
「行くぞ、お前らぁ!」
「射て!」
精密なエルフの射撃が前に出る戦士達の間を抜けて、ナイトウォーカーの群れに先制射撃を見舞った。
ガロンの中隊は数多の亜人たちの特性を生かして役割を変えている。
今宵、ナイトウォーカーと相対するのはその中でも古参となる戦闘に特化した隊員達。人数にして20人前後だがその誰もが、ガロンと共に数多の戦場を駆け抜けた戦闘のプロフェッショナルである。
「飛翔します」
黒い翼を持つ翼族の『烏』――クロウは翼を広げ、一度大きく上下させると体重を感じさせない様子で飛び上がる。羽の一つ一つに風魔法を付与できる彼女の役割は上空からの状況の確保と援護であった。
「つかまえーた」
浮かび上がった彼女の影から現れたナイトウォーカーはクロウの足を掴んでいた。
ナイトウォーカーは本人から離れた影に移動できる。クロウを地面に叩きつける様にナイトウォーカーは腕を振るった。
「貸し一つな」
そのナイトウォーカーが輪切りにされた。
六つの腕を持つ殻人族の『蟻』――アンティスはクロウを捕まえたナイトウォーカーを剣と刀で始末したのだ。使った腕は二本だけ。残りは両腰にある剣と刀をいつでも抜ける様に手を添えてある。
「前に返したでしょ?」
「前にポーカーの負けた分だ」
「それはお金を返しなさいよ」
そんなやり取りをしながらアンティスはクロウが十分な高さに達するまで援護する。
その二人から少し離れたところで、ナイトウォーカーの首が次々に吹き飛んでいた。
柄のない刃が風を切る音と共に旋回し、間合いの外からナイトウォーカーの首を切断している。
「あまり……近づかないで。ばっちいから……」
アラクネのリーネは複眼で180%の視界を使い、その身から生み出す糸に繋いだ刃を踊る様に操って数多の敵に相対している。その様は死のダンスともいわれ、戦場では敵がソレを見る事は死を意味する。
「うっはぁ。リー姉ってホント容赦ないよねー」
その刃を躱しながらリーネの討ち漏らした敵に糸を巻き付けて捕縛を行うのは、同じアラクネのニーナである。
彼女の役目はリーネの補佐である。リーネの動きを勉強しながら、彼女の死角をカバーする事が仕事なのだ。
「返り血に……気を付けて」
「それよりもリー姉の刃の方が怖いわ」
ニーナも複眼を使って視野を広げているため、リーネの動きに対応できるのだ。
『全員、あまり前に出過ぎないように。死角に関してはエルフの援護を頼ってください』
エキドナは魔力を介してその場の主要人物全員と自分が中継として通信を繋いでいた。
角有族の角が持つ特有の魔力伝達はエキドナのレベルまで熟達すると一定の範囲内に限るが一度に十数人と通話をすることが可能であった。
エキドナの加入により、ガロンの部隊は大きく戦略性が広がり数多の任務で成果を上げている。
「よし! 確保!」
エルフの援護と前衛部隊の殲滅力は逃げてくるライラが前に出たガロンの元にたどり着くには容易であった。
「返り血を浴びたわ」
ライラはガロンに『感染』している旨を伝える。そして、返り血の染みついた布を見せた。
「これで何とかなる?」
「おお? 知ってたのか?」
「少し前にね」
ライラは何気なく出たルーとの会話から、『ナイトウォーカー』について聞いていた。『感染』した際にただ一つだけの治療法があることを。
「一応は極秘事項なんだがな。その辺り事は後に色々と情報元を聞きたい」
「ええ」
「スー! 奥方を連れて後ろに下がれ!」
「御意」
人間の男――スペルディアは風操魔法でライラの身体を浮かせると、そのまま運んでいく。
「エキドナ! 前線を下げつつ寺院に後退する!」
『了解』
「ホー! 後退だ! 時間を稼げ!」
「りょーかい」
背に光の翼を持つ『妖精族』のホーキンスはアイマスクで瞳を閉じた少女である。彼女は一度手を払って地面に切り込みをつける。
すると間を置かずに地面から五メートルの巨大な土壁が果てまで現れ、ナイトウォーカーたちを遮った。
「いつもよりスゲーな!!」
「周囲に魔力余ってますからねー。別に殲滅でもいーですよ?」
「おい! ホーキンス! あぶねーだろ!」
丁度土壁の発生位置に居たアンティスが文句を言ってくるがホーキンスは無視していた。
「どんぐらい出てくるかわからんからな! なるべく温存しとけ!」
「はーい」
「おい、こら! 無視すんな!」
しかし、月の光を遮る形で出来上がった土壁には根元に影が出来る。そこからナイトウォーカーは抜けてきていた。
「三秒足止めしましたよっと」
物理的な障壁は意味がなかった。最前線の戦闘員は後方が十分に下がるまで、その場に留まりナイトウォーカーを押さえる為に皆が魔法を解放する。
「ったくよ!」
アンティスは身体能力を向上させる。
「ちょっと……本気出す」
リーネは更に刃の数を増やす。
「聴覚を使いますねー」
ホーキンスは両手を広げると周囲の魔力を身の回りに纏う。
「ガハハ! そう来なくちゃな!!」
ガロンは自らの身体に帯電を開始した。
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