16.上位個体
ナイトウォーカーの『感染』の治療法は存在しない。
だがそれは、戦いが終わった後にワクチンを作ることが出来ない為にそう思われているからである。
ナイトウォーカーは集合体に見えて一体一体は別々の生体である事が分かっている。その為、『感染』を受けた個体の体液があればワクチンを作る事は可能であった。
しかし、その生成難易度はかなり高い。
活動不能となったナイトウォーカーは、時を待たずに消滅する為、体液もすべて無に還るのだ。その前にワクチンを作る必要があるのである。
「はい、これで大丈夫です」
ライラはルーからその情報を聞いていた為、『感染』を受けたナイトウォーカーの血液を使い、ワクチンを作る事に成功していた。
材料を迅速にワクチンへ変えることが出来る技術をギルドが持っていたことも起因である。
「おかーさん!」
寺院へ無事に戻ることが出来た
娘のぬくもりと愛を肌で感じるライラは心から生きて帰ってこれた事に誰よりも安堵していた。
「特に怪我もないみたいだから。落ち着いたら防衛に回ってもらうよ」
「マナ。アレってどういうことだと思う?」
「そうだね。少なくとも良い状況ではない、かな」
寺院を護る様に展開される結界はナイトウォーカーの侵入を阻害するもの。寺院の各所で発動する式によって結界は維持されている。
ナイトウォーカーは寺院を囲むように包囲――しているのではなく、正面に一定のラインを維持しつつ、距離を取っていた。
寺院側には結界の中にエルフたちと、矢面に立つガロンの部隊。
そして、ナイトウォーカー側には二体の個体だけが前に出てきていた。
『五柱』の一つナイトウォーカー。
影を移動し、強靭な力と身体能力と、まき散らす体液は『感染』を引き起こす猛毒を持つ。
基本的に理性はなく『食欲』だけが奴らの思考を埋め尽くしている。
喰らう事。それがナイトウォーカーの根源であり行動理由であるのだ。
そして、その過程で『喰えない存在』が現れた場合、奴らはどのように対処するのか?
「やっぱ出ましたね」
「どう……します?」
アンティスとリーネはその場に残り、スペルと複数の隊員は少し距離を置いたところで寺院の警護。クロウは空から状況を確認し、逐一エキドナに伝えている。
ホーキンスは寺院の前に座り、結界の強化と『ゾーンダイバー』を探っていた。
エキドナは全ての情報を集約し他の部隊員の指揮をとる。
「あれって! 上位個体ですよね!」
ニーナは歩いてくる二体のナイトウォーカーを見て目を輝かせている。
「ニーナ、お前はホーの護衛に回れ」
「了解です!」
「エキドナ。クロウに伝えてくれ。援護は要らん。寺院の周りを見張れ、と」
『わかりました』
「俺が行きましょうか?」
アンティスは歩いてくる二体のナイトウォーカーに対して前に出る様に剣と刀を鳴らす。
「待機だ」
だが、ガロンの命令はアンティスが反論する余地のない気迫を含んでいた。
「……了解っス」
「……待つ」
代わりにガロンが前に出る。
先ほどまで交戦していたナイトウォーカーは下位個体に区分され、連携も理性もない脅威度の低い個体である。
しかし、ナイトウォーカーの中には自らの食欲を押さえ、理性を持った個体が存在する。
武器や武術と言った技術と闇魔法以外の魔法をも使用するソレは、単騎で熟練の戦士を容易く仕留める実力を持つ。
『上位個体』と区分されるその存在はナイトウォーカーの中でも特に警戒しなければならない存在であるのだ。
ソレが二体現れた。もし、奴らが結界まで近づけば容易く破壊されてしまうだろう。後ろの下位個体の群はソレを待っている。
「下がって待っていろ」
ガロンは二体の『上位個体』へ単身歩みを進める。
二体の上位個体は特徴的な外見をしている。
笑っている様に裂けた口には獣のような牙が生え、前かがみのソレは下位個体を大柄にしたような怪物。
仮面をつけ、胴着と袴をつけて槍を持った人型。
二体とも不気味な雰囲気を持ち、その能力と実力は計り知れない。
だが、ガロンの部隊員たちは全員が感じていた。
あの二体は部隊の熟練戦闘員と互角かそれ以上の力を持つと――
「うふふ」
「獅子よ。肉を我らに捧げよ」
「なんだ? マトモに喋れんのか」
お互いに歩みを進め、槍持のナイトウォーカーの間合いがガロンを捉える。
「一刺」
音速の突きがガロンに襲いかかる。風操魔法によって加速した「突」はあらゆる防御を無意味とする一撃。だが、
「面妖な」
槍は当たらない。僅か数センチの所で止まり、ガロンには届かない。
「意識、狂わせてる?」
次に大柄のナイトウォーカーが、ガロンに拳を振りかぶっていた。
身体強化と熱操魔法による攻撃力の超化。こちらも、正面から受けて無事でいられるものではない。
「そんなわけあるか」
その拳もガロンには僅かに届かなかった。
ナイトウォーカーに突出した個体が居るように、ギルドにも専属の戦闘員は存在する。
ギルドの直属の戦闘員になるにはギルド側へ申請するのが一般的だ。しかし、ごく稀に圧倒的な力を持つ強者をスカウトすることがある。
貢献度など関係なく、是が非でもギルドが側に置いておきたい実力者を破格の待遇で迎え入れる。
数多の戦場を渡り歩いていたガロンの傭兵団に声がかかったのは必然だった。
「どうした? 間合いだぜ?」
攻撃距離を見切り、数センチの間合いで二体の攻撃をかわし続けたガロンは悠然とした足取りで大柄のナイトウォーカーの間合いに入っていた。
「ガロン・バロン」
「あ?」
「アンタぁ、旨そうだ」
太鼓を叩いたような音と共に電撃が大柄のナイトウォーカーに走る。ガロンの拳がナイトウォーカーの腹部にめり込んでいた。
「『雷鼓』」
大きく仰け反る大柄のナイトウォーカーに代わる様に槍持のナイトウォーカーが横から踏み込んでくる。
「三段突き」
頭、脇腹、太股を狙った三刺。先程と同じ防御不可の音速である。
「『雷影』」
貫いたモノはガロンが動いた際に残された残像だった。
「早い!?」
「速いねぇ!!」
二体のナイトウォーカーはガロンを称賛する。その上で、ニ対一を躊躇いなく選んだ。
組みつくように大柄のナイトウォーカーが手を伸ばし、槍持のナイトウォーカーが構えを取る。
「悪くねぇ。だが」
ガロンの攻撃は三発。
一発目は大柄の顔面に、二発目は動作を行う前の槍持に、三発目は大柄の胸に叩き込まれた。
瞬きの間に行われた高速の三打は、二体の上位個体を怯ませる。
「遅すぎだ。お前ら」
圧倒的。その言葉を誰もが連想する程の実力を遺憾無く発揮するガロンはこの場で、最も強い生物であった。
「うふふ、いいよ。ガロン・バロン。アンタを喰ったらとても満足出来そうだぁ」
「我が槍、今だ向上の機会に感謝する」
大柄のナイトウォーカーは闇魔法を唱え始め、槍持のナイトウォーカーは構えを変える。
「全く……粗相がねぇな、お前ら」
対するガロンは自らに纏う電位の数を徐々に増していく。彼がこれ程の電力を発生させるのを隊員たちが見たのは『亡霊騎士団討伐』の以来であった。
口調とは裏腹に余裕は全くないのだと隊員たちは認識する。
「“
途端、ガロンは自身に重くのしかかる感覚を受ける。
闇魔法『
一定の範囲内にある物質の重量を一時的に引き上げる魔法である。それは敵味方共に作用する魔法でもあるのだが、ナイトウォーカー達はソレを相殺する魔法を外部より作用されている。
「『者の型』」
槍持は得物を逆手に持ちガロンへ技を繰り出す為に間合いを詰める。
僅かに遅れて、大柄もガロンへ拳を放つ。
時間差の攻撃。ガロンに攻撃が当たらない理由を二体の上位個体は見抜いていた。故に迎撃感覚を混乱させる行動を取ったのだ。
面白れぇ!
ガロンは歓喜する。ヒリヒリと肌に感じる戦意に毛が逆立つ。久しく味わえなかった強敵との命のやり取りが彼の命を湧き立たせていた。だが、
「――――!」
ガロンを纏う電位が消えた。足元にいつの間にか現れている鉄の棒が地面に電力を流したのである。
やっぱり『ゾーンダイバー』が居やがるな――
「お・わ・り」
「二刺一殺」
刹那で用意できる電位は一撃分。『
どちらかの一撃を受ける事を前提にガロンは拳を握る。
その時、不意に横から襲ってきた刃に槍持のナイトウォーカーは咄嗟に方向を変える。刃を槍で受けると、次に襲い掛かってくる剣と刀の銀閃を全ていなし距離を取った。
「ほう……。初めてだぞ、浮かぶ刃と六刃に襲われたのは」
「どーも」
アンティスは今の奇襲で一撃も入れられなかったことが驚愕だった。
リーネは『
「ふん!」
ガロンは大柄のナイトウォーカーに拳を叩き込むと大きく仰け反らせる。
「隊長。命令違反すみません」
「お前は納得だけどな。リーネまで出てくるとは思わなかったぜ」
リーネは申し訳なく、ぺこりと頭を下げる。
「力不足かもしれませんが
『
「フッ。命令だ、アンティス、リーネ」
ガロンは改めて部下二人に告げる。
「背中を護れ」
「了解」
「わかり……ました」
二体の『上位個体』は改めて割り込んできたアンティスとリーネも捕食対象とした視野に入れる。
「いくぞ」
「…………」
寺院の前でニーナと他の隊員の護衛を受けているホーキンスは別の式の上で身動き一つしなかった。
『ゾーンダイバーを見つけろ』
それがガロンの命令である。ナイトウォーカーは制限なく自由にどこでも現れられるわけではない。現れるには『ゾーンダイバー』と呼ばれる、出現座標を指定する特別なナイトウォーカーを介してその地に現れる。
つまり『ゾーンダイバー』を始末することが出来れば、ナイトウォーカーの出現を止める事が出来るのだ。それはこの場の戦いを終わらせることが出来る手段の一つであり、最も重要な任務でもある。
上位個体が出てきた事で朝までの防衛は被害が出る可能性が高くなった。『ゾーンダイバー』を倒さなくては大きな被害が出る。
その為、意識を集中させ、影の中の魔力の軌跡を辿り続けている。全ての意識と神経をソレに向ける為、今のホーキンスは無防備であり護衛は必須であった。
どこ? どーこだ?
未だに見つからないのは敵も容易く発見できるような浅瀬には居ないという事だ。
もっと深く……深く潜らなくては――
ナイトウォーカーに感覚を近づける。彼らの一部に共感し、更に深く影の中へ――
ガロンの大恩に報いるため、この戦いを終わらせるため、なによりも大切な
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