1章 魔を狩る神父と夜の支配者
5.ファン
『みんなー、今日は来てくれてありがとー! みんなのために精一杯歌わせてもらうねー!』
音魔法で反響する彼女達の声が響くのは交易都市『ハンズ』の中央広場だった。
夜にも関わらず、光魔法によって舞台に立つ美少女達が煌びやかに照らされ、色の着いた光玉が単純な光に派手な彩りを持たせる。
その場に集まったのは彼女達のファンであり、この日を待ちわびていた。
広場に設置された高台に立つ四人の美少女は可愛らしい衣装で統一され、歌いながら踊る事で可愛らしさと美しさに周囲の者達は魅了されていく。
「もう! 人多すぎ!!」
人気アイドル『ジュエル』の野外ライブを見に集まっている人混みの中で捜し人を見つけた赤髪の女はギルド所属の冒険者だった。
三つ編みに結んだ長髪は背の魔剣を使う際に邪魔にならないように配慮しており、いくつもの魔物を葬ってきた実績を持つ。
彼女は最前列で『ジュエル』に本気で入り込んでいる長身の神父の元までたどり着くと声をかけた。
「サウラ!」
「アンコール! アンコール!」
「サウラ・オーバーン!!」
フルネームを呼ばれて神父――サウラはいつの間にか真横に居た女を見下ろす。
「スカーレット? なぜここに居るのデース! 貴女は『砂の王』の討伐に行っているはずでショウ!!?」
「呼び戻されたの!! 上からアンタを捜すように言われて!!」
大声を上げなければ会話が出来ない。馬鹿みたいに声量を上げると意外にも息が切れる。
「他言無用な話だから、人通りの少ないところに行くわよ!!」
「お断りデース!」
「はぁ!!?」
「この最前列を取るのに三日前から待機していましタ! 絶対お断りデース!!」
と、歌は最も盛り上がるパートへとさしかかる。周りのファンが一斉に声を上げた。スカーレットは思わず両手で耳を塞ぐ。
「アンタ馬鹿じゃないの!!?」
「うるさい女デース。この後握手会があるので、その後になら話を聞きマース」
「どのくらいかかるのよ」
「ライブが終わるのが四時間後デース」
「ふざけるんじゃ無いわよ!! この不良神父が! 本当にアンタ神父なの!?」
「ワタシの神は空の上には居まセーン。神は目の前に居マース。崇めてマース」
サウラはアイドルの追っかけとして片手間で神父もしている。
「普通逆でしょ!! いいから来なさいよ!! ライブ中止させるわよ!!?」
「なに!? ライブを中止させるだと!?」
すると、近くにいる別のファンがスカーレットの言葉に反応する。
「クリスタルちゃんの歌声を妨げるなどゆるさんぞ!!」
「なにぃ!? エメラルドちゃんのライブを中止させるだとぉ!?」
「ルビーちゃんはワシが護るぞい!!」
「マリンちゃんはぁぁ天使なんだぁぁ!!」
「あ、ちょっと! 何すんのよアンタら! 放しなさいよ! ちょ、引っ張るな! サウラ! なんとかしなさい!!」
ファン達に押しやられてスカーレットの姿は遠ざかっていく。
「愚かな女デース。この場所で我々を敵に回すとハ」
そんな彼女にサウラは十字を切ると、仲間たちと親指を立て合う。そして、再び歌って踊る『ジュエル』に熱中するのであった。
スカーレットはぺっとライブの群れから放り出されると、怒りのボルテージがふつふつと上がっていく。
「……もういい。もういい!! スルト! 『レーバテイン』を準備しなさい!! 会場を吹っ飛ばす!!」
怒りのままに背の魔剣を抜こうとその柄に手をかけた所で、
「苦労してるわね」
気配もなく現れた声にスカーレットは一気に冷静になった。
「なんだ。来てたの?」
スカーレットは背後に立つギルドの紋章を肩に着けた、本部直下の職員である女に向き直る。
眼は閉じているかと思うほど細眼であり、穏やかな雰囲気を持っている。うなじで結んだ長い黒髪と極東人特有の顔立ちは『ジパング』出身の人物だった。
「ええ。上は少し急ぎとの事ですので私が話をしてみましょう」
「無駄よ。アイツ、何も聞きやしない――って」
大衆の間をすり抜ける様に移動する女は数秒もかからずにサウラの隣に立っていた。
スカーレットは遠目でその様子を見守る。サウラは女に気付き、話をしているがスカーレットと同じように、我関せず、と言ったように聞き入れないようだ。
すると、女は『ジュエル』のセンターであるエルフのクリスタルに手を振ると、明らかに意図してクリスタルは手を振り返す。
サウラは驚いて女と会話をして大衆の中から共に出てきた。
「…………おい」
スカーレットは思わずそんな声が出る。
「クリスタルちゃんの故郷に関する事デース。緊急デス。こっちが優先デース。早く言いなサイ」
「ほんと、アンタぶっ殺すわよ!!?」
「ふふ。ギルドに向かいましょう」
ギルドの個室で三人は事の詳細を話し合っていた。
「事の発端はアスルの森で起こった、レインメーカーの出現です」
その名前は一攫千金を夢見る戦士なら誰もが進んで討伐に名乗りを挙げる一方、戦って生き残った者なら二度と会いたくないと思う魔物だった。
「アタシの所にも話が来たわよ。それ断ったけど」
スカーレットの魔剣はレインメーカーに対して優位性が持てる。故に討伐チームに召集されたのだが彼女は断っていた。
「貴女の実力なら申し分無いと、上は判断していたのですが」
「勝つ確率が0から1に上がるくらいよ。前はお金がなくて参加したけど」
レインメーカーは気分屋だ。神出鬼没で、戦場に現れた事例もある。
場違いな雨が降りだしたら、レインメーカーが近くにいると言われる程に決まった生息地を持たない。
「それで、ワタシですカ?」
サウラはスカーレットが蹴った枠に自分が呼ばれたのだと確認する。
「いえ、レインメーカーに関する事態は既に終結しています。相対したのは桜殿です」
レインメーカーは逃げた。対峙したのは現地に偶然、訪れていた『師範』。彼が言うにはレインメーカーは迷い込んだだけで、道を示してやるとさっさと移動したとのこと。
「海の方に逃げたそうでして、この件に関しては追跡困難です」
相対した証拠として『師範』はレインメーカーの角の一部をギルドに渡し、見返りとして被害に遭ったエルフの村の復興支援を約束させた。
「サウラが呼ばれる理由ないじゃない」
「デース」
「同時に別の問題が浮上しました」
雨が止む寸前、遠目でアスルの森を監視していたギルドの調査チームは圧倒的な水量から生まれた津波がエルフの村を呑み込む様を見ているしかなかった。
その時、津波の上空に白い影を確認したのである。
「これが、その時の摸写です」
広げた紙に描かれたモノは翼竜系の魔物に似ている。
「只の翼竜じゃない。四脚じゃなくて二脚と二翼だから、ワイバーン種?」
「ハッ」
サウラだけがその正体を一瞬で理解した。
「鱗があるのです」
その言葉にスカーレットは改めて絵を見直す。精密に摸写されたソレには確かに鱗が描かれてあった。
翼竜には共通して鱗がない。これは、飛行する事に特化するための進化だと言われている。
「まさか『ドラゴン』? 描き間違いじゃないの?」
「こちらを残したのはゲルマン老です」
「あー、あの変態ジジイか」
ギルドで最も間違わない摸写を残す事で名が知れる人物を出される。癪だが、スカーレットは納得するしかなかった。
「絵に間違いがないとして理屈に合わないわよ。『銀甲竜』は北のアレス山脈でアイズさんと睨み合ってるんでしょ?」
今現在、ドラゴンは英雄と交戦中なのだ。正反対の場所に現れる筈がない。
「そこで『巫女』は真偽を確めるように言いました」
「行きマース」
サウラはそれ以上の説明は不要だと言わんばかりに任務を承諾する。
「気をつけてくださいね、サウラ」
「いざ行かん、聖地アスルの森へ」
やる気になったサウラに安心する本部ギルド員は必要な情報を全て渡す。
「……ただアイドルの故郷に行きたいだけでしょ、このオッサン」
スカーレットだけがサウラの真意を見抜いていた。
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