6.エルフの村

「感染症の心配は無い。明日から少しずつ身体を動かして良いよ」


 寺院に一時的に避難してきたエルフ達は、適度にテントを張ってアウトドアな生活に移っていた。

 家屋は無くなり、材料となる木も周囲からは調達できない。食料はギルドから送られてくるが復興に関しては問題が山積みだ。


「完治するまでよろしくお願いします」


 光陽は村で唯一の医療知識を持つエルフの女――マナセの治療を受けていた。彼女は村で治癒魔法が使えるエルフだが、同時に医師としての知識も持つ。

 アスルの森にある薬草を混ぜた包帯を患部に巻き、薬で内部からの治癒も早める。


「『師範』からもくれぐれも眼を離すなと言われているからね。特に右腕は完治するまでは使わない方が良い」


 光陽の負傷は治癒魔法を使えば数時間で治る怪我だ。しかし彼の身体には魔力が存在していないため、治療には原始的な薬方を用いるしかなかった。


「この薬を食事の代わりに飲むように。栄養も兼ねている。食事による臓器の激しい動きは危険だからね。二日は空腹感を我慢してもらうよ」

「はい」


 光陽の傷跡は綺麗な貫通口だった。マナセが見る限り、そんなことが出来る魔物はアスルの森には存在しない。そもそも、


「光陽、君がここまで傷を負ったのは初めて見たよ。敵はなんだったのかな?」

「レインメーカーです」


 光陽は自らが相対したモノの事を包み隠さず告げる。


「村はどうなっていますか?」

「死者や怪我を負ったのは者はいない。家屋は全部倒壊したけど」


 その情報を聞いて光陽はマナセに対して正座をすると深く頭を下げた。


「オレの軽率な判断で皆の生活を壊してしまいました。本当にごめんなさい」

「確かに村は無くなり、これからの生活は困難だ」


 光陽は本当に自分のしたことを後悔していた。多くの人と協力すれば上手く出来たはずだ。

 人と関わらない様に生きようとした、自分の変な意地が今回のような被害を招いたのだ。


「でも、誰も死ななかった」


 マナセは頭を下げる光陽の肩に手を置くと寺院の前でテントを張る者達を見る。

 逞しくもこれからの生活と復興をどうするか話し合っているエルフ達は過去よりも前に進むことの方が大事だと解っていた。その中には、配給を手伝うミナの姿もある。


「あの雨の日。誰がどう動いてもミナが生き残るのは絶望的だった。誰かがレインメーカーをなんとかしなければならなかった」


 それは自分たちでは無理だったのだ。見つけることも相対することも、倒すこともミナの命が消えるまでに達成することは出来なかっただろう。


「理由はどうにせよ、“皆”生きている。君も含めてね。二度と戻らないモノは何も失わなかった。だからこれからの事を君が気にかける必要は無いよ」

「……はい」






「ふむ。こんなもので良いか?」


 ルーは濡れた衣服を乾かす作業を行っていた。日照りが続くとはいえ、明日にでも着れるものが無いのが現状だ。


「十分よ。次はこれね」


 加えて、服タオルや着替えなどの常に用意して衛生面などを考慮しておかなければならない。特に包帯や綺麗な布はいくつあっても足りない程だ。


「うへ。まだこんなにあるのかよ」


 ライラが持ってきた籠には山積みの洗い終わった洗濯物がある。その一つずつを手にとって目の前の張った縄に干していく。全て干した後で熱魔法を使って水分を飛ばすのだ。


「ルーさんが熱魔法が得意で良かったわ。ミナも出来るけどまだ不慣れで焦がしちゃうのよ」

「貴様はあの女児の御母堂か。女児は中々の才を感じるが、師などをつけて教えを請わせないのか?」


 小さいエプロンを着て、ごはんですよー、と可愛らしく声を出しているミナはルーの目から見ても無視できない才を持つらしい。


「まだ小さいし、外に出すお金も無いのが現実なの。レインメーカーも角をちょこっとだけ残して逃げちゃったみたいだし」


 レインメーカーは逃亡し、角の一部だけを手に入れたと周囲は認知している。


「しかし、角の欠片程度でここまでの支援を貰えるとはな」


 寺院に立てられたテントや配給などの最低限の生活必需品のはギルドと呼ばれる組織からの支援物資である。

 村までの交通がまだ塞がれている為、翼竜によって運ばれてくることもあり多くは無いのだが。


「レインメーカーの角はソレを持ってるだけで水操魔法が使えるようになるから価値がものすごく高いのよ」

「あんなのが?」


 レインメーカーの素材としての価値は角が高く、その次に毛皮である。

 特に角は水魔法に適正の無い者でも水操魔法を使うことが出来る魔道具として高く評価されていた。


「ある程度加工して効果を高めるんだけどね。レインメーカーの討伐は50年前に一度しか無い上に、資料は紛失したみたいだから詳細な生態は解らないの」

「ほう。よく知ってるな」

「当事者だから」

「ああ、長寿だったなエルフは」


 話によるとエルフの平均寿命は200歳とのことで、ライラは現在90歳でまだ若い部類らしい。ちなみにミナは32歳だそうだ。


「そんなエルフに一つ聞きたい。お前達から見て光陽って何歳に見える?」

「18くらいかしら」

「だよなー。そのくらいだよな」


 前に言っていた30年の修練という所は聞き違いだろう。どう見ても光陽は30代には見えない。


「でも実年齢35歳よ。彼」

「嘘だぁ」

「あら、ルーさんは『魔法』と『氣』の関係は知らない?」


 この世界に生きる存在は二つの要素を体内に宿している。


 一つは『魔力』。主に魔法を行使する為に使われ、個々で特性が存在する程に多彩に変化すると言われている。


 次は『氣』。主に魂を構築するためのエネルギーとも言われているが、その全容は未だに解明されて居らず、魔法に比べて気安く頼れるようなモノではなかった。


 生物は魔力7、氣3の割合で構築されており、外的要因で使用されるのは魔法。

 『火』『水』『土』『風』と言った四大要素と、『光』『闇』の二大現象から構成される。


 魔法はありとあらゆる事象を証明できる要素であると当時に不可能を可能にする万象の簡略化に他ならない。

 魔法こそ、この世界を構築する絶対の要素であり、全ての生物が大小にかかわらず魔力を宿す。

 ただ一人の例外を除いて――






「そうか……光陽がレインメーカーを」

「ああ。少々過ぎた行動だったと思っている」


 エルフの村長――クルウェルと『師範』――桜玄斎さくらげんさいは瓦礫と化した村を歩いていた。

 使えそうな物資を探して、エルフの男子達が瓦礫の山を掘り起こしている。


「結果的にはアイツがレインメーカーを討った事が引き金で津波が起きたと言える」


 ゲンサイは判明している情報からこの結果を生んだのは弟子の過失であると判断していた。


「だったらどうする?」

「この地を去る。『ジパング』に連れ帰り、然るべき責を負わせる」


 誰も死ななかったとはいえ独断で動き、世話になっている村を壊滅させたのだ。責任を取らせなければならない。


「その考えは我々の意見では変わらんか?」

「根拠があればな」

「雨の降っていたとき、ギルドの調査隊は全くアスルの森には近づかなかった」


 クルウェルは調査隊の知り合いにその事を聞いていた。


「ゲルマンが言うには、アスルの森の地下に水操魔法の反応を早々に検知していたそうだ」

「なんだと?」


 ギルドはレインメーカーが何をしようとしていたのか早い段階で気づいていた。

 部隊編成に時間がかかると言うのも、様子を見るための誤情報であり、事が終わってからレインメーカーを補足し、一気に攻め入るつもりだったらしい。


「ゲルマンは伝えようとしてくれた。結構近くまで来とったらしい」

「津波に呑み込まれて死んだか」

「奴は水操の使い手だ。波に乗って事なきを得たと」

「しぶといのはお互い様か」


 死んだと聞かされても、ひょっこりと顔を出すのは彼らの世代では良くあることだ。


「話を戻す。つまり光陽がレインメーカーを討たなければまだ最悪の可能性で終わっていたかもしれないと言うことだ」


 全ては推測の域だが、クルウェルとしてはどうにか光陽を庇いたいと言う意図が感じられた。


「とまぁ色々と屁理屈をこねた訳だが、本音を言うとな、ゲンサイ。光陽には孫三人を助けてもらった借りがある」

「……それは、村一つと釣り合いが取れる物なのか?」

「当然だ。光陽が寺院に居なかったらミナは今日を向かえられなかった」


 結論として、レインメーカーの件はゲンサイの提案通りに事を納めて良いと言うことだった。


「身内に甘いのはお互い様か」

「祖父としては心から孫が死んでも良いとは思わんだろう?」


 それに問題は他にもある、とクルウェルは話をしながら魔力の反応を頼りに探していた純白の鱗を見つけて拾い上げる。


「これの持ち主を特定する方が重要だ」






「詐欺だな」

「唐突になんだ?」


 光陽は配給を受け取った所でルーにそんなことを言われた。ルーは相変わらず防水ローブ姿である。


「そんなことよりも、ルー、お前。服はどうした? 買えって言っただろ」

「そんなことよりも光陽、お前。35歳なんだって?」

「人の話聞いてんのか?」

「初めて聞いたぞ」

「おい」

「『氣』なんてモノはな」


 微妙に話がかみ合ってない。光陽は少し言葉を選ぶために沈黙する。


「オレの知る限りで良ければ教えてやる」

「お、マジ?」

「代わりに服を買ってローブ返せ」

「ルーさんって服ないの?」


 洗濯物を運ぶライラは二人の会話を横から聞いていた。


「ライラさん。すみませんが、コイツに服譲ってくれませんか? お金は払うので」

「失礼な。服着てるだろ」

「防水ローブは服じゃねぇ!! お前が燃やしたから、その一着しか残ってないんだよ!!」

「ああ、そうだったな。着させてくれたんだったな。裸で気を失っていた我に」

「お前……マジでそう言う言い方止めろ!」

「事実だぞ。アハハ」


 からかわれる光陽を見て、周りのエルフ達は少しだけ驚いていた。

 今までは時折顔を合わせる程度の付き合いだった光陽は、いつもぶっきらぼうに他人とは関わろうとしなかったからだ。エルフ達もどことなく光陽とは距離を置いていた。

 しかし、ルーにからかわれる光陽を見て彼に対する評価が少しだけ和らいだ。


「ルーさん、古着で良ければ無事なのがあるから着てみない?」

「いい提案だな」


 ようやく服を着る方向に思考が向いたようで、光陽は疲れた息を吐く。ローブ一枚とか眼に毒なんだよ。まったく――

 すると今度は、がっちりと肩を組まれた。


「よう、光陽。あんな美少女、どこから拾ってきたんだ?」


 肩を組んできたのはエルフにしては筋骨隆々で顔に傷のある男だった。


「勘弁して下さいよ、ドラグノフさん。オレ襲われたんですよ」


 村の狩人長のドラグノフは村の中でも一、二を争う弓の名手。光陽は何度か森の中で獲物と間違えて矢を射られたことがある。


「その傷がこれか? 最近の竜人ドラゴニュートは加減を知らんなぁ」

「竜人?」

「ああ、そうか。お前さんはわからんか。あの娘っ子、魔力反応は竜人ドラゴニュートのものだぞ。人族への擬態は完璧だが、ある程度集中すれば解る」


 魔力による感知は誰もが当然に行える技術だ。特にドラグノフは長年の狩人生活に置いて魔力から獲物の種類を感知する術に長けており、それはヒトであっても例外では無い。


「なんにせよ警戒対象だな。光陽、お前に懐いてるみたいだから任せるが、あのダイナマイトボディにメロメロになるなよ」

「……ドラグノフさんから見て、アイツってどう見えます?」

「普通に可愛いと思うが? まぁ、ウチの嫁と娘には負けるがな」


 ドラグノフは支援物資の中から薬品を確認しているマナセを見る。

 光陽はいつの間にかアイツのペースに呑まれてしまっていると改めて自覚した。精神的に弛んでいる。締め直さねばならない。


「こんな所を師匠に見られたら『一門』どころじゃ済まないな」


 この場に居なくて良かったと改めて安堵した。


「まぁ、こんな惨状だ。しばらくは交通の整理が中心になるだろう。ギルドの支援隊が入れるようにしとかんといかんからな」


 いつまでも翼竜の支援だけではいずれ物資が足りなくなる。

 ただでさえ、周囲の木が存在せず、森の実りや獲物を狙うのであれば森の反対側まで行かなければならないのだ。

 更に同じ理由で食糧難に陥った魔物が、集まってくる可能性から24時間体勢での見張りも必要だろう。


「人手はいくらあっても足りん。お前も戦力の一人だからな。さっさと完治しろよ」


 と、ドラグノフは一回り年下の友人の背中をバシッと叩くのだった。

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