第152話 焔の勇者と男の言い分

「うーん、状況はあまりわからないけど……顔見知りが怪我人担いでて近くに顔見知りが大怪我。それでイネちゃんが全身武装状態で偉そうな人と対峙してたってことは……この惨状を作り出したのはあなたでいいんだよね?」

「そうだとしたらどうなさるので?」

「捕縛してムンラビおばあちゃんに引渡しかな。抵抗が酷くて生きたまま捕縛が難しいようなら仕方ないって流れになるけど……どっちがいい?」

「どちらでも。但し私の目的はまだ果たされていないので、処断はその後にして欲しいのですが……」

「いやぁ建物に人がいる状態で着火とか無差別でしょ。外で治療受けてた人の中に子供もいたけど、ちょっと重症で後遺症残る可能性まであるようなことする人の言い分は聞けないかな」

「……そうですか、子供を巻き込んでしまったことは私の落ち度です。しかし王と元老院を倒さなければ本当にその犠牲すら無駄になります」

「そっちの勝手な思い込みからくる都合は知らないよ」

「ですがこちらとて諦めるわけにはいかない!」

 遂に声を荒らげ始めた男の声に呼応するように観客席の人間が全員ロロさんたちに向かって炎を飛ばした。

「いやぁ私がいる状態でそれ使う?使っちゃう?」

 ヒヒノさんが指を鳴らしたと同時に、その全ての炎が消えた。

「私と火の扱いで勝負するって無謀もいいところだけど……まだやる?」

「なる程、あなたが炎を使う異世界の勇者でしたか。ですが手段はいくらでもあるのですよ」

 男の言葉に合わせるようにして、今度は水の刃を飛ばした……けれど。

「火に水とか安直すぎるよねー」

 ヒヒノさんが再び指を鳴らした瞬間、水が全て蒸発した。

「あのね、私は便宜上火の勇者って呼ばれるけどさ。実際は火の概念そのものなんだよね。破壊と再生とかそういうの全部使えるわけだよ……それに熱量、温度も自由自在ってわけ」

 イネちゃんも初耳の内容がたっぷり出てきてる……けどヒヒノさんなら全部任せてロロさんたちを避難させるだけの猶予は生まれたはず。

「ヒヒノさん、ここは任せても……」

「イネちゃんは捕縛をお願い。あの人たちにはちょっと悪いけど自力で脱出して貰うよ。ココロおねぇちゃんなら1人で完封行けたと思うけどね」

「ならば付け入る隙はあるはずだ、畳み掛ければ隙が生まれ我々の目的も果たせるぞ!」

 男の号令で今度は様々な遠距離攻撃がヒヒノさんに向かって……いかずにロロさんたちの方へと向けられて放たれた。

「試合には勝つってことね。まぁそれも想定済みだけど……細かいところはイネちゃんお願い、私ココロおねぇちゃんがいないと全部大味になっちゃうから巻き込んじゃうし」

「ココロさんは?」

「ココロおねぇちゃんはアングロサンの世界で起きた異変の調査。火星を主体として木星の宇宙船に乗って行ったよ」

 珍しい、ココロさんとヒヒノさんが一緒に行動していないってあまりないと思うのだけど……それだけ人手が足りていないって証左でもあり、そしてその影響がこういう現場に全力で跳ね返ってきているわけだ。

 ともあれ今はヒヒノさんのフォローに徹する必要があるわけなのでロロさんたちの周囲に防壁を生成しつつ攻撃の発生源を把握しておく。

 どうにも地面への加重とは別の場所から攻撃が発生しているようなので、今観客席にいる連中がどういう体勢でどのような体格をしているのかの判断がかなり難しくなっていて、攻撃と防御のどちらかに徹する必要がある状況だった……そこはヒヒノさんが単独でも来てくれたから解決しているけど状況打開の最初の一手を打てない。

「異世界の勇者2人相手にこちらが攻勢を続けている!目的達成まであと少しですよ!」

「……あぁだいぶわかってきた。これイネちゃんじゃ把握できないはずだし相性悪いね」

「随分余裕じゃないですか……」

「当然だよね、なる程なる程……そういうことならヌーリエ教会の倫理に照らし合わせても今すぐあなたの命を奪うっていうことも考えても良くなったわけだけど、ここで降参する気はない?」

「どのような倫理に触れたと?」

「他者の自由意思の致命的な侵害。人間生きているなら何かしら侵害するけれど、意思を完全に奪って操るってのは流石に人間普通に生きてたら本来侵害されるものじゃないでしょ」

「大陸の方々にはまるで影響がないことでは?」

「あなたたちの文明がこれで終わるってことは、他人の意思を息をするように奪うような価値観が標準な人間が権力を握って交渉を始めるってことでしょ。ムンラビおばあちゃんがなんで自分はそういうことできるのに頑張ってそう思われないように相手の意思を汲み取って交渉しているのか少しは考えてもらいたいんだけどなぁ」

「見解の相違では?」

「そう、まさにそれ。全部が全部自分の思い通りに進めないとすぐ破壊活動に走る人の認識を全世界の見解扱いするところが問題なんだよね、既に繋がっている世界の中にはそういうことを考える人もいないことはないけどさ、それでも人類のあり方全部を強制的に好き勝手いじりまくっちゃうような人はいなかったよ」

「その方々には力がなかっただけでしょう、私にはその力が備わっています」

「それもまさにだよねー。力があるから世界を統治していないとおかしいって考えとも言えるじゃない」

「あなた方も一緒では?」

「そこは否定しないけどね、でもあなたは自分のベストこそが世界にふさわしいって考え方してるじゃない。ヌーリエ教会はより多くの人にとっての無難な着地点を探るべきって考えしてるんだよねー」

「ここは自分たちの世界だからそれに従えと」

「服従は必要ないよ。皆仲良くを守れるのならね……イネちゃんその壁解除して!」

「そちらも時間稼ぎだったようですが遅いですよ」

 2人のやり取りを少し聞き入っていたおかげで反応が少し遅れて、ヒヒノさんの指示から1拍遅れて防壁を解除すると、要救助者がロロさんとトーリスさんの首を絞めている様子が視界に映った。

「えぇ大陸の方々に手を出したくはありませんでしたが、恐らくはこれが最も効率良く我々の目的を達成することができます。しかしながら私は命令しておりませんがね」

「ロロさん、トーリスさん。ちょっと目を瞑って!」

 男の声を無視してイネちゃんはフラッシュバンを投げる。

 この際破裂音からくる耳のダメージは致し方ないので視覚だけを確保するように指示を出すだけ出したけど、これで操られているだろう人の動きが止まってくれれば少なくともロロさんは脱出できるはず……ただ問題はどれだけの間首を絞められていたのかという点ではあるけれど、ここまでされた以上はあの男はさっきのクズ同様の攻撃をしちゃってもいいかもという思考が頭をよぎってくる。

「くっ、耳が……」

 男もどうやらイネちゃんの言葉から察したようで目の保護はしていたようでそんなことを口走っているけれど……。

「大丈夫、私が洗脳を燃やすまでもなく解けたみたいだよ。じゃあ洗脳されてなかった人の処理は任せるから、この男は私に任せてね……でないとイネちゃんさくっとやっちゃいそうだし」

「そんな顔してました?」

「してたしてた。頭の中見ることができない私ですらそう思っちゃう程度にはね……ちなみに観客席から逃げようとしてる人も殺さないようにね?」

「よほどのクズじゃなきゃできるかぎり避けますって」

 ここに来る直前に本気でやったけど、まぁ流石にあそこまでのがポンポンいたら困るからね、そうならないだろうと信じたい。

「それじゃ、もう私とは言葉を交わす必要はないよね。拘束させて貰うよ」

 ヒヒノさんが一気に決めに行ったのと同時にイネちゃんは観客席に向かってアンカーフックを射出して巻き上げる形で登り、感知で今の会話の間に動いていたモノに向かってこちらにもフラッシュバンを投げた。

 イネちゃんが非殺傷のまま無力化する手段となるとやっぱりこれが1番手っ取り早い以上今回は多様せざるを得ない……要救助者を盾にされてる可能性が高い場面って本当、イネちゃんの普段使いしている武器ってとことん向いてないよなぁ、1度ムツキお父さんに救出訓練つけてもらえるようにお願いした方が良さそう……。

 フラッシュバンが破裂したのを確認してから観客席に突入し、苦しんでいる男の腕を背中に回して結束バンドで動きを封じる。

「ヒヒノさん、どうなりました!」

「うーん……とても言いにくいけど逃げられた。とりあえず怪我人の治療するよ」

 ヒヒノさんがあの状況で逃げられたって……何が起きた。

「逃げられた経緯は簡単、転移能力者が状況確認する間もなく首謀者と一緒に逃げたからなんだけど……あんなのもいるのかぁめんどいなぁ」

「……そいつ、足の膝から下がなかったりしませんでした?」

「してたけど知り合い?」

「ここに来る前に戦って本気で殺しかけたゴブリン並の思考してたクズです」

「なる程、イネちゃんがやたら殺意高かったのはトラウマ逆鱗触りまくられたからか。さて、肉体的な治療終了っと。精神的な方面は外にいるリリアちゃんと夢魔皆にやってもらうとして……さてどうしよう」

「イネちゃんたち開拓団はあくまで滅びた世界の人たちの補助に近い立場だった以上は王様が回復するまで現状回復に努めるくらいしかないんじゃ?」

「あっちも大変だから問題解決次第戻ってくるように言われてるんだよね。だけど問題解決とは言い難いしこっちもかなーりめんどい方向に転がってるみたいだからさ。私じゃなくムンラビおばあちゃんに1度訪問してもらう必要があるかなーと思ってね」

 確かに、あの手のタイプ相手となると普通の夢魔の人は勿論、スーさんだってあまり戦闘能力が高いわけじゃないから交渉しようとしても肉体を滅ぼされて一回休みって形にされてしまうだろうから、ムーンラビットさんに来てもらう必要はあるかもしれない。

 ただアングロサン側への対応は序盤も序盤なわけで、そっちの対応を見誤るようなことはできない以上ムーンラビットさんが対応する方が絶対的に安定するわけで、そういう意味でヒヒノさんのどうしようの意味は大変よくわかる、わかってしまう。

「私は今回みたいなやつはあまり向いてないからねぇ。あくまでもひどいことになるよーっていう抑止力だから」

「大砲で繊細な交渉するとかないですもんね。まぁイネちゃんも似たようなものだけど」

「大砲同士考えても仕方ないし、怪我人を外に運んじゃおっか。イネちゃんは怪我人を寝かせるためのベッドも作らないといけないだろうし……できるよね?」

 戦闘後のことも考えてイネちゃんに温存させていたということをイネちゃんは察するのであった……それにしても本当、ここで解決できなかったのは面倒が継続して大きくなることを考えると頭が痛くなってくる。

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