第151話 自称革命者

「あ、イネさんやっと来たッスか!」

「キュミラさん、状況」

「外に出てきた人たちは煙吸ってるだけで重症っぽい人はいないッスけど……そっちの対応で中の様子はわからないッス」

 どうやらイネちゃんが遭遇した連中はこっちからは来ていないようだけど……直線の最短距離で来てればここが1番会敵してておかしくないのに、どういうことだろう。

「了解、キュミラさんは今すぐリリアを呼びに行って、更に言えばシックに救援要請もお願い。さっきイネちゃんが対応した相手が結構な強さで足止めされたくらいなんだけど、それを部下にしてた奴がこっちに来てるから、場合によってはココロさんたちに後詰を任せたい」

「イネさんが苦戦ってマジッスか……ともあれわかったッス!呼んでくるッス!」

「うん、お願い」

 キュミラさんの危機回避能力なら万が一にも対応できるし、少し遅れたとしても後詰を頼むこともできた。

 イネちゃんとしては到着と同時にあの男と戦うだろうという予想をしていたから、これはイネちゃんの想定からしてみれば良い方向に転がったってことでもあるけど……この展開だと別の悪い方向も想起されてしまうんだよね。

 あのクズ男よりも強いかもしれない相手が裏口から既に中に入って滅びた世界の要人を殺害してしまっているとか、それを防ごうとしたトーリスさんとロロさんもやられている可能性が出てきてしまう。

「とはいえ……煙を吸った人を放置していくわけにもいかないわけで、人手不足がここまで深刻なの本当辛い」

 夢魔の人だってスーさん含めて10人程度、内4人が会場内部で6人はリリアと一緒に屋内の事務作業をしているので、キュミラさんが仕事を達成してくれなければそう早い内に来ることはないし、イネちゃんが今ここを離れてしまうと滅びた世界の人たちの、ようやくこちら側の文化とかに歩み寄りを見せてくれた人を見捨てたとか言われかねない。

「ここは私たちに任せなさい」

 イネちゃんが悩んでいると転送陣の近くにある輸送機で高天原とロマンの塊を整備していたはずの月読さんたちが走ってきた。

「人命救助なら俺たちが手伝っても問題ねぇだろ。それにイネちゃんなら生身でもあの中に突入して余裕で帰って来れるだろうし適材適所だ」

「……お願いします。一応キュミラさんにリリアたちに状況を知らせるようにお願いしてあるのですぐに増援がくると思いますから、最悪それまででも……」

「最後までやるわよ。狼はトリアージしてきなさい」

「初期治療は任せた」

 イネちゃんの言葉が終わる前に月読さんに遮られ、2人はすぐに動き出した。

「ありがとう」

 それだけ言ってから炎上している会場の中に突入するけど……当然ながら肉眼では煙で何も見えなくなる。

 とは言えサーマルセンサーは即焼付確定だし……仕方ないのでパーフェクトイネちゃんモードでいつもつけてるスコープヘルメットだけ生成してムーブセンサーと超音波による物質センサーを作ってメイン会場を目指す。

 この時焦っていたからちょっとうっかりだったけど、勇者の力で地下水組み上げて消化したほうが絶対よかったよね、まぁそれもそれで水蒸気爆発の危険があるレベルだったから結果的にはよかったのかもしれないけど。

 自分で建造した建物だけあって迷うことなく本日バスケが行われていたはずのメイン会場の出入り口まで到着すると、中から戦闘音が聞こえてきた。

「なんでこんなことしやがった!」

「世界が滅び、異世界に来たことでようやく私たちは階級絶対主義という呪いから解放されるのだ。だからこそ、これは必要な儀式なのですよ」

「ロロ、要人はどうだ!」

「瀕死!」

 ロロさんが叫ぶ程事態は切迫しているようなので、ここは勇者の力を隠す云々は考えずパーフェクトイネちゃんモードになって会場内に飛び込む。

「勇者……!」

「うん、遅れてごめん……やっぱさっきの人か」

「彼でも足止め程度でしたか……あわよくば計画の邪魔をしてくれそうな最大の壁を排除できればと思っていたのですがね」

「突入前にちょっと聞こえたけど、今回の交流が成功してればあなたの計画なんか実行するまでもなく階級絶対主義は衰退する流れだったと思うんだけど?」

「本当にそう思いますか?世界の成り立ち自体が階級という呪いに縛られていた世界の住人が、そう簡単に捨てることが出来ると」

「それこそ時間をかけてだろうに、こんなことをすれば余計に硬くなるって考えなかったの?それに元の世界でもできたことじゃない?」

 とりあえずイネちゃんが会話している間にトーリスさんとロロさんに要救助者を連れて行ってもらいたいのだけど…………ところで夢魔の人の姿がスーさん含めて見えないのはなんで?

「世界を滅ぼすような外敵がいましたからね。そのようなタイミングで革命を起こせば世界よりも早く人類が滅びるだけです」

「それを把握できる人がテロ行為をしちゃうわけか……よっぽどだね」

「えぇ、失敗すればただのテロ、成功すれば革命ですからね。ところで時間を稼いでおられるようですが、逃がすと思いで?」

 男の声に反応するように要人を数人担いで移動していたロロさんの目の前に火柱が立ち上った。

「炎使い?」

「さぁ、見せても良い手の内を晒しているだけですよ」

「で、イネちゃんに勝てる算段ってこと?」

「まさか。世界を救世可能な力を付与されているはずの勇者が勝てなかった相手に私程度が手も足も出るはずはありませんよ」

「そういうなら投降してくれるとありがたいんだけど」

「やるべきことを終えれば投降するのもやぶさかではありませんが……私としても目標以外を殺すことはあまりしたくはありませんからね」

「その割には好きにしろとか言ってた記憶があるのだけど」

「あの男を従順にさせるには必要だと思いませんか?」

 ロロさんたちを逃がすという目標は難しそうだけど……キュミラさんが援軍を連れてくるまで時間を稼げればなんとかなるはず。

 問題はロロさんの担いでいる要人の1人が炎に照らされていて細かいところまでは確認できないけれど、どうにも瀕死らしいというのが不安材料か。

「じゃあこっちが先に動いてあなたを無力化すれば大丈夫になるってことかな」

「勝てる要素はありませんが、抵抗はさせていただきますよ」

 お互いそう言って武器を構えようとしたその時。

「そいつ1人じゃねぇ!」

 トーリスさんが叫びながらロロさんがカバーできていない要人……というか問題起こした騎士のひげおやじにタックルして転がると、今までトーリスさんたちが居た場所に火柱が立ち上った。

「勇者……感知!」

「……こっちの手の内の状態を知らせる形だけど、ちょっと残骸とか色々多くていつもの感知じゃわからないんだよ」

「なる程……そちらの彼の叫びには少し焦りましたがそんな弱点もあったのですね」

「別にイネちゃんは万能でも神様でもないからね。できることだけできる人間だよ」

「異世界の勇者。あなたはそのできる。の範囲が異常すぎるだけでしょう?」

「否定はしない。勇者の力を抜きにしてもあのクズ相手には負ける気はしなかったし……まぁ頭にきてちょっと本気だしたけど。それでさ、そこまでわかってるのになんでそこまで落ち着いてるのかな」

「この世界の人間を殺したわけではないですし、もしそうであってもあなた方は戦いにおいてまず生かしたまま無力化する方法を考える方々ですので。命が保証されている以上は自由を拘束されるのを恐れなければ取り乱す必要なんてないでしょう?」

 なる程、目の前の男はあのクズ以上に厄介極まりない人間だってことは理解できた。

 いわゆる法律の穴をつくのが凄く得意なタイプ、でもそれは概ね間違いで、そもそもの社会倫理……いや大陸の場合は世界倫理的な面で大きく逸脱しているものなのは間違いない。

「残念だけど彼らももう大陸の住人だからね、その理論を押し通すのであればもっと早く、混乱期にやるべきだったと思うよ」

「ふむ……次があるとすれば気をつけることにしましょう。ですが結局のところ殺されない事実には変わりないのでは?」

「まぁ、少なくともあなたはね」

 というか会話中は攻撃が止まるのが少し不思議だな、1人じゃないっていうトーリスさんの叫びを改めて考えてみるとそれも当然、今イネちゃんが会話している男はあの時クズをイネちゃんにけしかけてきた人物であって、その時には既にこの会場は炎上していたわけなのだからもっと早めに気づくべきだった。

 ただ感知が不確かな状態であっても手段がないわけではない。

 肩部キャノンの発射を実弾からビームに変更して天井に穴を開けるタイミングを狙う。

「でしたら私の立場、状況というものにはあまり変わりはありません。どのみち私は大罪人であることには変わりませんからね、私の行いは未来の子供たちのためなのだから」

「緩やかだけど変われたはずのものをぶち壊してまでやることだったと?」

「はい。緩やかでは今の子供たちが階級という呪いに囚われたままになってしまいますので、変えるのであれば大きく、派手に。しかし命を奪うということは大罪であると教えるには革命者が処断される必要もありますからね」

「でも殺されないことに安堵してるように聞こえるんだけど」

「えぇ、革命者は必ず死を持って終わりを示す必要はないのですから、死ななくていいのでしたら無論、そちらのほうが私としてもありがたいので」

 狂人の領域かな……多分この人は死というものが救いになるタイプだし、罰則を受けることも最初から織り込み済みだから……。

『それだとおかしい。あの人は抵抗する気なんだから』

 イーアの声で思考力が少し戻ってきた……確かに初めから死んだり死なないにしても捕縛されるつもりであるのなら抵抗する必要なんてないわけで……。

「考え事でしょうか。もしかして私が潔いことを言っているのに抵抗の意思を示していることに疑問を持たれているので?」

「……頭の中でも見えるの?」

「いえ、会話の流れからして恐らくはそこが引っかかっておられるのかと。答えは単純、私はまだ目的を果たし終えていないからです。王と元老院の貴族を殺せていないのだから」

『観客席全周囲!要救助者か死体だと思ってたのは全部敵!』

 イーアが叫んだと同時に観客席から炎だけではなく、様々な遠距離攻撃が飛んできて……。

「トーリス!」

 ロロさんの叫びと同時にイネちゃんは真上に向けてビームキャノンを発射して、天井に穴を開けた。

「この状況で威嚇ですか?」

「いや……そろそろかなって思って合図を送っただけだよ」

 キュミラさんに頼んだ援軍がそろそろ到着していてもおかしくはない程度には時間を稼いだからね、要救助者を守るために動けないロロさんとトーリスさん……しかもトーリスさんの方は今のロロさんの叫びから察するに今の攻撃に被弾しただろから要救助者を会場から安全に避難させるのは難しくなった以上こちらも増員するだけの話。

「合図……突入口というわけですか?」

「さて、どうなるかは正直なところイネちゃんにも予想はできないけど……」

 言葉を続ける前に、会場を燃やしていた炎が全て消化された。

「どうやら、あなたの生存を保証できない人の方が来たみたいだね」

「うん、結構な惨状だね……お待たせ」

 援軍に来たのはヒヒノさんだった。

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