第150話 試合警備と襲撃
遠くから歓声が聞こえる中、イネちゃんは開拓地の周辺を巡回していた。
今回問題を起こした人数が少人数だったこともあって、数あるスポーツの中から選ばれたのはバスケットボールで2on2、あちらは騎士とその従者でこちらはトーリスさんとロロさん……なので身長という面で圧倒的にこちらが不利ではあるけど、基本的な身体能力の差から考えれば対等くらいになっているとは思う。
ちなみにスーさんと月読さん、リオさんは試合の立ち会いと解説役ということで会場にいるわけだけど……今巡回警備しているのがイネちゃんとキュミラさんだけっていうのが不安が残るところなんだよなぁ、他の戦える面々はそのまま試合会場の警備に詰めてるから仕方ないんだけどさ。
『イネさーん、上空からの様子はあまり変化なしッス。いつもよりもちょっと火山活動が活発で、北の方から雨雲が近づいてきてる以外には特に何もないッスよ』
「了解。会場は屋内会場にしておいたし、万が一のために滞在用の来賓室も作って置いたから、火山が大噴火とかしなければ大丈夫かな」
『そんな噴火するようなこと言わないで欲しいッス……』
「いや噴火しても勇者の力使えば防げるからね。それに火山活動が結構活発にも関わらずジャングルが形成されているってことはそれ相応に理由があると思うよ」
『どんな理由ッスか』
「それは流石に調査しないとわかんないけどね。ジャングルと平原の地層調べたりすればわかるから覚えていたらやってみる?」
『なんか面倒そうだからいいッス』
キュミラさんにはそう言ったものの、実のところスーさんに真っ先に調べてって言われたから調査済みだったりするんだよね、ちなみに火山の噴火でできる地層は沼地が殆どで、ジャングルと平原に関しては火山灰の降灰による薄い層こそはあれど、溶岩地層は確認できなかったから万が一この島最大の火山が噴火しても降灰による日照不足などの被害は出るけれど、溶岩が直接流れ込んでくることはないと断言できるんだよね。
更に言えばその万が一を抜けて流れてきても、島の地形が沼地と海に流れる形になっているためそれこそ島の体積以上の溶岩が流れでもしなければ最悪にはならない。
『でもなんというか……お祭りなのに私たちってなんで巡回してるッスかね』
「島の開拓を始めて1週間、現地でのいざこざだけだから忘れてるかもしれないけど、アングロサン側とはまだ交渉の初期段階だし、ブロブに至ってはどこから来ているのか全く不明だからね、警戒なしってのは流石に無理だよ」
『そういえばそんなの居たッスね。ところでイネさん、1つ気になったッスけどいいッスか?』
「何か見つけた?」
『これ、空で遭遇したら私1人で対処しなきゃダメッスか?』
「通信なり直接なりで知らせてくれればいいよ。勿論対処できるならしてくれて構わないけど」
『いやぁ対処っていうか、既に他の誰かが対処中というか……』
対処中って……。
「もしかしてそれ、会場?」
『燃えてるッス、盛大ではないけど煙が見えるんッスよ』
うーん、今回は決闘関連の罰則によるあれこれから発展した、より平和的に問題解決するための手段としてのスポーツ大会だったわけだけど……もしかしたらなんの罰にもなっていないとか、騎士側の方が不利になったからそちら側の人間が何かしたのか……どちらにしろキュミラさんはそれなりに高い高度から監視してもらっているし、そこから煙が見えるってことはボヤというにはちょっと大きいとは思う。
ただ会場にはウェルミスさんを始めとして人数多めに警備を割いているし、選手として出場しているトーリスさんとロロさんがそう簡単にやられるとは思えないからなぁ……。
「じゃあキュミラさん、会場を確認しつつ必要なら避難誘導と消化活動の手伝いをお願い。状況は逐次知らせて」
『イネさんはどうするんッスか?』
「外の巡回を0にするわけにはいかないから、イネちゃんは周辺警戒」
『楽な方ッスか……』
「万が一有事が起きたら、こっちは1人で戦うことになるけど……キュミラさん代わる?」
『会場行ってくるッスー』
本当、キュミラさんはわかりやすい……ただこれでも何も言わず逃げてたとかそういうことが無くなってる分肝は座ってきてるんだよね、前のままなら会場にすら向かってないだろうし。
さて……それはそうと巡回はイネちゃん1人になったわけで、勇者の力で地べたを来る相手は判別できるけどブロブが来たら遭遇戦か襲撃を受けた場所を目指すっていう後手に回ることになるわけだけどやるしかない。
実のところ地上探知でジャングルから集団で駆け寄ってきているのは既に把握しているので、とりあえずそちらに向かいつつも俯瞰で周辺状況を確認できるような状況を作れないかなーとは思うんだけど……こういう時にスマホやPDAじゃなくってスマートウォッチとかそういった媒体を準備できればドローンとか買って対応できるけど、スマートウォッチの方が圧倒的お値段の高さな上戦闘することを考えると壊れやすさが心配で手が出せないんだよね。
「女が1人、ガキですぜ」
「俺は興味ない、お前たちの好きにしろ」
「おい許可が出たぜ!」
うーん、ティラーさんたちとは違ってテンプレートみたいなヒャッハーが出てきたよ、ぬらぬらひょんの人たちは見た目ヒャッハー中身紳士なんだけど、こっちはもうどうしようもないお仕置き対象かな。
「同士は既に始めたようだ、子供の相手は少人数にしておけ。では残りはついてこい」
同士、ねぇ……十中八九会場のアレとこの人らが連動してるよね。
3人程度を残して会場へと移動を始めようとしたヒャッハーのリーダーらしき人間が残った3人に向かって。
「ただ女、しかも子供だとしても侮るなよ」
大物感は出してるけど、やってることは若手のクーデターヒャッハーなんだよなぁ……血の気たっぷりでろくに情報を調べもせずに自分たちが絶対正義だと盲信して動いてる感じがたっぷりある。
「さぁて、どう楽しむとしますかね」
ド三流ムーブしているので遠慮なく地面を蹴って距離を詰めてからお腹めがけて発勁をしようとすると。
「ぶね!」
「侮るなって言われたじゃないですか兄貴」
「うるせぇぞ」
真後ろから声が聞こえてきたかぁ……地面の状態は変わってないし、これは高速で動いたわけではなく瞬間移動、テレポートの類だろうね。
「とりあえず腕はいらねぇよな」
そう言って大きく腕を振り上げた気配に反応して足を伸ばしたまま横転し、今度は顎を狙って見たけど……。
「ちっ、メスガキのくせにうぜぇ」
うーん、勇者の力と飛び道具を使わずに済ませようとしてちょっと面倒なことになってきてるかな。
会場の方は大丈夫だろうけど、流石に必要以上に時間をかけるわけにもいかないのでさっさと決めないといけないし……とはいえ殺さずとなるとこの手のテレポート系の相手ってどう封じ込めればいいんだろうってなるよね、延髄に1発入れて気絶とかできなくはないけど、他の連中が邪魔してきたり下手な抵抗されたら殺しかねない。
正直なところ、イネちゃんの実力と勇者の力ってこの手の相手を殺さずにっていうのが難しすぎるんだよねぇ、ココロさんの能力が1番向いてる。
「クソ!このガキ考え事しながら躱してやがる!」
「旦那が侮るなって言ったくらいだからな。ただのメスガキじゃねぇってことだ」
会場の方も結構な炎上してるし……とにかく早く片付ける方向に変えよう。
「ま、俺たちもせっかくの祭りに参加できなくなるのは不本意だからな……本気で行くぞ」
「兄貴が本気って……お楽しみはなしですかい!」
「もういい加減うるさい」
ファイブセブンを抜く動作と同時に取り巻き2人を速射しておく。
1番強いだろう目の前の奴はイネちゃんが銃を抜こうとしたときに警戒する気配があったので撃たずに距離を開けることを優先したけど……驚いた表情をしている辺り撃つのを優先すればよかった。
「てめぇ、鋼鉄クラゲの仲間か?」
「心外すぎる……というか世界を滅ぼした上、別の世界に居候なのにまだ自分たちの欲望を満たすためだけにしか行動しないとか頭大丈夫?」
「悪いが俺が滅ぼしたわけじゃなくてね、その上実力は今回問題を起こした騎士よりも俺の方が上なんだぜ?それなのに評価されねぇ世界になんざ興味はもうねぇ」
あー反社会危険分子な思考。
同時に大陸に関して無知すぎる上に自分の能力を過大評価しちゃうタイプ……まぁ使ってる力を考えればわからなくはないけど、言動自体は理解したくないタイプ。
「そんな世界からせっかく解放されたんだ!好きに動いて悪いかよ!」
「悪いね。少なくともこの世界でその行動をするのなら社会的な倫理観を学んでからにしたほうがよかったってくらいに。この世界は命と尊厳を大切にしない人には自由なんて贅沢品、与えられないんだよ」
逆に命と尊厳を大切に出来るなら相当自由になるわけだけど……今はそれを口に出す必要はない。
「俺は奪うのが好きなんでね」
「そう、ならあなたはゴブリン以下の存在だね」
「あぁん?」
「今痛みで苦しんでる2人は別にしても、私はあなたを殺さずってことにはちょっと抵抗があるってことだよ」
「そうかい、俺も五体満足でお前を封殺するのは無理そうだってのはちゃんと理解してんだ……ぜ!」
男が語尾を強く言ったタイミングに脳を直接殴られたような感覚……はあったのだけど、勇者の力全開にした直後だったこともあり、あまりダメージはなかった。
「おいおい、サイコショックも効かねぇのかよ。大抵のやつは昏倒するか死ぬんだぜ?まぁ生きてても今のを喰らった奴は俺の支配下に落ちるんだがな。こう、脳を直接操るってーの?まぁまず武器捨てて脱げや」
……なる程、テレポートに洗脳系の力まであるのならこの過剰な自信も納得だ。
「わかった」
「へっ、ほれ脱げ、さっさと脱げ」
「この世界にあなたの居場所なんてないよ」
男の足元をいつも使っているレベルに縮退したビームを出現させて維持して落とす。
男は脛から下が焼失したものの即座に転移したらしく、痛みに呻きながらこちらに再びサイコショックを飛ばしてきたけど、その発射方向の地面を今度は炸薬に変換して爆発させる。
「なんでだ!なんで効かねぇおまけに俺がこんなにやられてやがる!」
「単純に相手を間違えすぎただけ。まぁ……そもそも洗脳とか催眠とか、そう言った類のものは大陸の人間は根本的に効かないし、今私にやったことでヌーリエ様も把握しただろうから、脳を直接攻撃するのも効かなくなったと思うよ」
「なんだそりゃ……ふざけんな!化物が!」
今度はテレポート能力を直接私の体の一部に使おうと思ったのかゼロ距離に転移してきたので、男が触った部分を核物質に変換、少しだけ核反応を起こすとテレポートを使う間もなく男の手は燃え上がった。
「ホールドアップ。ここまでやってもわからないならもう生きたままの拘束は不可能と判断して……殺すよ?」
私がそう言うと男はジャングルの方へと数回に分けてテレポートで逃げていった。
どうにも射程距離とかそういう制限もありそうだけど……今はまぁいいか、あれだけ四肢の損失と片腕の被爆なら今すぐ動くことはまず無理だし。
「悪いけど2人はお互いで止血とかしといて。イネちゃんは会場に向かわないといけないから」
あのクズ男を部下にしていた旦那と呼ばれていた男はどれだけの実力を持ち合わせているのか不安に思いながらも会場に急ぐのであった。
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