第148話 滅びた世界の王
「本日は我が配下が迷惑をかけてしまったようだ、申し訳ない」
面倒なことになると予想していたイネちゃんたちに、予想外な言葉が返ってきた。
あ、今イネちゃんたち5人はジャングルに作られた木造の宮殿らしき場所に赴いて騎士のひげおやじの引渡しと事の顛末を説明しに来たわけなんだけど、老人で構成された元老院に所属する貴族と若い人間で構成された賢人会、その両方から代表として選ばれた貴族……なんかステフお姉ちゃんに教えてもらった日本の昔の衆議院と貴族院って感じがするけど、階級絶対主義なのに成り立つものなのだろうか。
「いえ、こちらこそそちらの流儀を守ることができませんでしたので」
「ここは貴殿らの世界なのだ。今我々が今でも旧体制を維持している理由は急な変化による歪みを減らすためにしていること……本来なら我々はそちらで言えば民間人と変わらない」
「王!だからと言って我らはまだ我々が神から与えられた階級と制度を運用しているのです。お咎めなしということをしてしまえば王の決断に不満を抱いているものがそれこそ禁忌を犯しかねない!」
「賢人会はこの豊かな世界を構成する社会の一部となるべきと一枚岩ではありますが……元老院の方々はやはりまだ難しいですか」
「物質的な面だけを見れば元老院とてその考えでまとまっておる。問題は我々の精神的支柱でもあった社会制度を完全に捨ててしまうことへの抵抗なのだ」
「理解はしますが、完全に捨てる必要はないと王とヌーリエ教会、そして私たちでの会議で決めたではありませんか。そもそもヌーリエ教会側はこの世界の倫理道徳を守りさえすればパトロン程度に収まって下さると確約しているのですよ」
「それが信用できぬというものもおるのだ……」
「お互い沈まれ、客人の前だぞ」
王様の一言で脱線した話が戻ってくれた。
一枚岩じゃないっていうのはわかったけれど……まぁどっちも間違ったことは言っていないとは思う。
急に知らない、自分たちの常識が根本から通じない異世界に連れてこられればこうもなるよね、初動の大陸で最大の組織であるヌーリエ教会に戦争吹っかけて、更に虎の子であるミスリルによる動物操作と召喚予定だった勇者であるヨシュアさんと合流した上での敗戦をしてしまったわけだから、ゲリラ活動をするにしても勝ち目のないことを延々と続けられるのかわからない以上は王様と若い貴族さんの言い分はモアベターなわけで……それでも精神的支柱をなくすことに抵抗があるっていう初老くらいの貴族の人の言葉だってそのとおりなわけだからね。
「しかし貧困層の人間が全員いなくなるというのは、ここの暮らしを維持するのが困難になるのも事実……」
「合流するってのはダメなのか」
王様の言葉にトーリスさんが最もな疑問をぶつける。
「貴様……!」
「よい。見苦しいものを見て察してくれればと思うのだが……なかなかに難しいのだ、世界を失った直後の敗北、そしてその結果による精神的支柱の喪失というのはそれほどに重いのだ」
「……いや、俺の配慮が足りなかった。すまない」
「しかし何かしらのモノがあるにしても、どのような事をお考えなのですか」
「それはこれから検討します。ただ……今回の暴走に参加したものはまだ負けていないと考えている者が多いので、少々荒事方面での解決が望ましいでしょうな」
となるとムータリアスでやったように闘技場とかかなぁ、あれ作るの結構疲れるというか、結構細かく整備する必要があるから1日仕事になるから勘弁願いたいところなんですが。
「ペナルティ……罰則のような形での荒事となりますと、流石にこちらも素直に受け入れるわけにはいきませんよ?」
「こちらとて無駄に不和を広げるようなことはしたくはありません」
「となるとスポーツ的な感じで発散できるのが1番好ましいのかな」
「スポーツ?この世界の勇者殿、そのスポーツというものは一体どういうものなのだ」
王様がスポーツに食いついたけど……そうかぁスポーツの概念すらなかった世界なのか。
「ようは運動、球技などを含んだ総称です。そしてスポーツというものは単独でやるものと誰かと競うものがありますから、武器を持たずとも平和的に競い合うことができるのですが……これもそちらの世界にとっては新しい概念になるんじゃないですか?」
「いや、訓練に近いものだと言えば騎士たちも不満はあれど完全に否定はしないだろう。そして人を殺すようなものでなければ確かに鬱屈した気持ちを発散させるのに適している」
「それならばその方向で検討致しましょう。大陸の方々には罰則という名目で強制的に此度の騒動に関わった人間を参加させるという形であればよろしいかと」
「俺は構わねぇが……」
「ロロも、問題……ない」
「でしたら賢人会はそのスポーツという物についての調査を行います。元老院の皆様は騎士たちへの伝達と大陸の方々との調整をお願い致します」
「調査には時間をかけれないが、構わんのか?」
「そこの調査員のおかげでこちらは比較的彼らとのパイプがありますので、人を用意できれば問題にはならないでしょう」
「ならば双方、そのように頼む」
「「は、承りました王よ!」」
王様への反応が完全に一致してる辺り、賢人会の人たちもあまり既存階級制度を大きく崩すつもりはないというところかな。
まぁ王様の人徳がそれほど高いってだけかもしれないけれど、どちらにしろ王様は自分が世界を滅びるのを止められなかったとか自責してる感じがするし……滅びた世界の人たちは現状を維持するので手一杯ってのが現実なのか。
「それでは大陸の方々、元老院と詰める会議を行うものは残り、そうでないものは賢人会のものを連れてスポーツと言うものについての知識を教えてやって欲しい」
「はい。それでは元老院の方々には僭越ながら私が、イネ様たちには賢人会の貴族の方にスポーツを教えるため戻らさせて頂きます」
「ではそのように」
こうして、イネちゃんは滅びた世界の王様とのファーストコンタクトを終えたわけだけど……特に言及されなかったね、イネちゃんが滅びた原因だとかそういう罵倒まで覚悟していたのに肩透かしの感じ。
賢人会の貴族の人は調査するために10人くらい人選するらしく、後で開拓拠点に来るとのことだったので、先んじてイネちゃんたちは彼らを受け入れるための準備をすることになったわけだけど……。
「それで、私たちは隠れていた方がいいかしら?」
「月読さんたちはむしろ居ていいんじゃないかな。スポーツを教えるのであれば正しい知識を持った人が複数居て、更に地球のネットに繋ぐための端末操作もできるとありがたいわけだし」
「なる程、地球から来た人間ということにして高天原は隠す方向かしらね」
「幸い輸送機はロックしておけば中に入られる心配もないからね。それに念には念を入れてイネちゃんがミスリル対策もしておくから安心していいよ」
「それは安心できるわね。……しかしまぁ、機械にも生物にも有効な制御を奪うことが出来る液体金属ねぇ、SFな代物がファンタジーで生まれるなんてなんの皮肉なんだか」
「SFなんです?」
「単純に炭素系生命体や窒素系生命体っていうのはよく使われる手法ではあるけれど、無機物生命体もSFでは定番の1つでしょうに」
「でもファンタジーではゴーレムとかいるじゃないですか」
「ゴーレムはファンタジーではなく地球の歴史上で本気で研究された物の1つ。しかも原理的にはAI搭載型のロボットと同列と言っていいわよ」
となるとイネちゃんがミスリルを使ったみたいにしてたコーイチお父さんの持ってたあのアニメのやり方は完全にSFだったというわけか。
「ま、それはそれとしてスポーツねぇ……狼、あなたはどう?」
「俺がやってたのは剣道とかだからな。子供の頃に野球サッカーバスケを遊びでやってた程度だぞ」
「私はそれすら殆どないのよね……」
どうやら体験談は不足気味みたいだね……イネちゃんも人のこと言えないけどさ、スポーツって言えば実弾使ったサバゲーだったし。
「うん、とりあえずルールブックといくつかの試合中継の映像を入手しないといけないね。地球と通信して色々と準備しないとだね、うん」
全部注文したら案外いい金額になってしまい、イネちゃんの懐に大きな罰則がボディブローのようにぶち込まれた案件となったのであった。
勇者の力で作りにくい物品をいくつか買おうかなってウィンドウショッピングしてたけど、とりあえずグレネード各種と整備キットをダースで買うだけになりそう……ぐすん。
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