第147話 決闘文化
「我は誇り高き騎士!散々我らの所有物に知恵を与え拐かすようであれば容赦はしない!決闘を申し入れる!」
イネちゃんたちが到着した時に聞こえたセリフ、これがそのままである。
どうにも個人名を示すものが基本的に存在しなかったらしいんだよね、リオさんたちの世界。
じゃあなんでリオさんたちには名前があるのかっていうと、異世界では名詞が存在することを事前調査してあったから適当に名づけて送り出したとかなんとか。
正直名前がないのって管理側からすれば不便この上ないと思うのだけど、そういう世界だったのならイネちゃんたちはそういう説明で納得せざるを得ない。
「拐かすってぇのは、自立させんなっていうのか?」
「技術、知識は神が選ばれしものにのみ与えた力である!」
「度量のちっせぇ神様もいるもんだな……」
「侮辱するか!」
トーリスさんがあしらうって感じのテンションで会話してるけど……まぁこっちの常識からすれば神様が選んだもののみに全てを与えるなんてのは度量が小さいって考えになるのは致し方ないか。
ヌーリエ様が特別な力や加護を強めに与える場合って、世界に対しての責任も同時に付与してたりするし、その上で人権とかそういった方面には全くもって平等であるって思考の人にしか基本付与されないみたいなので、大陸の歴史上問題になったことは1度もないらしい。
「剣を抜け……!」
「いやぁ……俺はやるつもりなんざこれっぽっちもないんだがなぁ」
「腰抜けか?」
「実力差がその目で見て判断できねぇ奴とやる気はねぇよ。それが戦争とか野盗相手であるのなら俺のちっぽけな矜持なんざ無視してやるけどよ、今はそうじゃねぇ。だったら俺は自分自身のちっぽけな矜持を守るってわけだ」
実力が圧倒的に下扱いされたことはわかったようで、騎士を名乗った筋骨隆々のひげおやじは顔を真っ赤にさせて。
「後で恨むなよ!」
そう言ってトーリスさんに斬りかかった。
「あーはいはい、わかったわかった。まぁそっちが先に手をだした以上はそっちも恨むんじゃねぇぞっと」
大ぶりの一撃を最小限の動きで避けると、剣の切っ先を踏みつけて地面に埋め込むと、拳で1発顔面を殴った。
イネちゃんと同じように靴底に鉄板が入っているんだろうね、トーリスさんは大味な大剣使いだけど、結構器用な戦い方をしていたからこういった戦いかたも想定して訓練していたのだろう、凄く鮮やかに終わらせた。
「たくっ、こっちだって暇じゃねぇんだぞ。この1発だけで実力察して帰ってくんねぇか?」
「き、騎士である私を殴るとは無礼な!」
「肩書きで安心してるようだからいいこと教えてやるがな、ここはもうお前らの世界じゃない、俺たちの世界でお前らは今居候の立場なわけだ。お前さんの上司はそのこと納得して受け入れてるんじゃねぇのか?それなのに騎士が1人で暴走して場合によっては宣戦布告みたいなことして平気なのか?そこんとこ頭冷やしてきやがれ」
「トーリス、辛辣……」
あ、ロロさんも合流した。
ってイネちゃんたちも目の前で起きたジェットコースターというかレーシングカーというか、ものすごい速度で展開した流れを見守るだけじゃなくって合流しないと。
「私が1人だけ不満を持っていると思わんことだ……」
騎士を名乗ったひげおやじがそう呟くと、イネちゃんが作っておいた外壁の上にズラッと弓兵が顔をだして既に発射体制に入っているのが見えた。
「はぁ……ロロ、頼んだ」
「頼まれ……た」
それだけのやり取りでトーリスさんは体を小さくしてロロさんの後ろに隠れ、ロロさんは盾をいつものスパイクモードではなく、大盾モードにして完全防御体制になった。
「あー……万が一を考えて2人もイネちゃんの後ろに、どうぞ」
「だ、大丈夫なんですか?弓兵は鋼鉄をも貫通させる魔法兵なのですが……」
「鋼鉄より硬いものは?」
「それは……難しいかと」
「なら大丈夫。ロロさんの装備はイネちゃんが強度ガッチガチに増してるから」
勇者の力で壁を作りつつ、状況を恐る恐る確認しながら質問してきたリオさんに落ち着いて返事をして事態を見守る。
「は、あれだけ大口叩いた割には子供、しかも女を盾にするとはな!放て!」
うん、ロロさんの装備と動きを見てもそんな間違ってるフェミニズムを出しつつも攻撃命令をしちゃうわけか……。
「リオさん、決闘って本来は1対1じゃないの?」
「えっと、今回のような突発的なものはその限りではありません。私たちの世界で決闘というのは事前に様々な取り決めを行い中立な第三者を立会人として行うものなのですが……」
「つまりお酒の席の喧嘩と差異は殆どないわけか……」
「決してそういうわけでは……ですが、はい、確かにこの世界で体験した常識などを照らし合わせて考えてしまうと……すみません」
リオさんがまた謝っちゃった。
でもまぁ騎士を名乗ったひげおやじの自信の割には矢雨の威力は低い。
それこそリオさんの言ったような鋼鉄を貫けるのか怪しいってレベルの威力しか発揮していないことに驚きを隠せないのだけど……重力を含めてこの威力ならイネちゃんどころかロロさんも自分だけであるのなら盾を構える必要すらないレベルである。
「あのよぉ、男だとか女だとか、そういう狭量なこと言ってっから弱いんじゃねぇか?」
「戦いは男のものだろう!」
「誰が決めたんだよ、そんなの」
「神が我々に与えた権利だ!」
うーん、トーリスさんの言葉にどんどん余裕をなくす自称騎士……誇りってなんだっけって思うけれど、多分滅びた世界ではそれが不偏的な常識だったってことだろうね、あそこまで断言しちゃうってことは。
「それだと男のモノだって説明になってねぇ!」
「常識がなっていないな!蛮族!」
「って言ってますよリオさん」
「すみませんすみません……」
「とは言え矢が魔法で撃たれているものであるのなら、止むことはないかな」
「魔力は消耗しますので無限ではありません。ですが大陸に来てからは食糧事情もかなり好転したこともあり相応な時間撃ち続けられるかと」
栄養抜群なのは野生の果物とかでもやっぱ同様か……まぁ餓死されるよりはいいんだけどね、こういう事態になってヒャッハーされると面倒ってだけだし。
「イネさんなら反撃できるのでは?」
「この距離で壁上まで届く武器は軒並み必殺になるよ。それにイネちゃん狙撃は得意じゃないから」
今までうまくいってたのって、イネちゃんが狙撃に集中できる状況を作り出していたり、外したら誰かの命が危なくなるって状況で自分の被弾を無視できる状況だったわけで……現状だとそこまで緊急性がないし、正直なところロロさんがゆっくりゆっくりと自称騎士に詰め寄っていってるので状況打開は時間の問題という、イネちゃんが必死になる理由がこれっぽっちもないのでどうしても気合が入らないのだ。
矢雨程度とは言え流石に少し防御を柔らかくすると、スーさんはともかくリオさんが危なくなるし、相手が大軍を出してきたとは言えリオさんの言う感じではまだ決闘中らしいし、また面倒な流れになっても困るのでひとまずイネちゃんは待機。
「トーリス……動く、よ」
「おう、ちゃんとついていくから動いてくれ」
ロロさんの言葉に合わせて2人が同時に騎士の人の場所まで走り出した。
もうトーリスさんならひと蹴りって間合いになっていたこともあり、トーリスさんは騎士のひげおやじを立った状態で関節を決めてホールドアップ、ロロさんは盾を構えることすらせずに壁に向かって走り、弓兵を威圧する形になって遂に矢雨が止まった。
「とりあえず弓兵には戦闘停止の命令、しといたほうがいいぞ。ロロはあぁ見えて単純な格闘戦なら俺より強いからな」
まぁ耐久能力と全身鎧と盾による質量打撃だからね、それで純粋な殴り合いになれば流石にトーリスさんでも厳しいということである。
ロロさんが言うにはトーリスさんの方が強いって言うけれど……イネちゃんの見立てだと大剣使う前提ならトーリスさんが、大剣なしならロロさんがってところだと思うし、どっちも間違っていないと思っている。
「ふ、あれが弓兵だといつ私が言った?」
「あん?じゃあ鎚持ちとかか?」
「あのような防御が硬い相手に対しての戦術、戦法がないと思っているのであれば愚かだな」
「……あぁそういうことか。だったらそっちも考え改めておけ、ロロの奴は鎧がなくても強い……っていうか強さのベクトルが別だがむしろ多数相手になら強くなるぞ、それが人間であるのなら尚更な」
まぁ、全身鎧って地球基準でも20kg程度が標準だし、そこにギミック盾を両手で持ってそれがそれぞれ10kg超、ロロさんの場合装備に軽量化をかけるわけじゃなく自身の体力と筋力をブーストするタイプの付与魔法に長けていて、鎧を脱いだら弱体化なんていうのはありえないよね。
「それにな、ロロの奴はゴブリン相手に有効なものをなんでも取り入れたからな、自分の防御が抜かれる事なんざ最初から起こるという考えで動く癖ってのがあるんだぜ。だからあいつは今、このタイミングで動いたんだ。あんたごと俺たちや周囲全て焼け野原にするかもしれないって少しでも考えたらそれを防ぐために手段は選ばないからな」
「あの女性が人を殺すと?」
「ヌーリエ様は命を奪うこと自体は否定しねぇからな」
命を頂くことと、降りかかる火の粉を払い、大切なひとを守るという意味でだけどね。
悪意を持って来るひとならやむなし……つまり今の状況に当てはまるわけだ。
「さ、どうする?まだ決闘って奴を続けるかどうか、早く決めてくれ」
「……総員、戦闘を停止しろ」
「個人の誇りって奴にほかのやつを巻き込む事態は避けれたな。さぁて、それじゃああんたのその不平不満ってやつは然るべき場所にちゃんと言えよ……んじゃそこの3人、こいつは頼んだ」
「バレてたんですね……」
リオさんはそう言うけど、イネちゃんたちがこの場に来た次点でトーリスさんはこっちのことを把握していたし、ロロさんだってイネちゃんたちが仲裁か後始末をしに来ただろうと思った結果、こちらが動かないのを見て飛び出したわけだしね。
「まぁそれはそれとして……問題になりそうな事件となってしまいましたね。幸いきっかけはあちら側、こちらはそれに怪我人はだしたものの穏便と言える範疇で事を収めはできましたが……」
「決闘が始まってしまった時点で止めること事態が問題、更に当人が連れてきていない第三者が介入することは本来認められないのがこちらの習わしでしたから……」
「ロロさんの時点でダメだったってこと?」
「いえ……ロロさんの本日の仕事はいわば衛兵でしたから言い訳はできます。それよりも騎士を名乗ったものに役職がない者が勝ってしまったというのが貴族たちに受け入れられるか……」
「えー……」
なんというか、我侭とかそういうのを通り過ぎて滅びるして滅んだのではと思ってしまうよね。
そしてその原因になったのかもしれない理由をぶつけられるかもしれないってことなのか……凄く面倒なことが起きてしまった。
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