第146話 受け入れ後期、階級問題
「定例報告ですが……やはり数少ない中流階級の方を受け入れようとした辺りから階級問題がはっきりとした壁になりました。貧困層の方々は最終的に衣食住の完全保証という待遇で渋々ながらも受け入れてくれましたが、元の階級が中流層以上の方々は貧困層の方々と同じ待遇なのが満足できないと任意による移動を拒否されます」
毎日の仕事終わりに行われる定例報告でスーさんの報告内容に皆が頭を抱えた。
「いやぁ……あれこれ小手先したけどやっぱダメだった?」
「ダメでしたね。はっきり拒否されました」
「申し訳ありません……」
そして報告の度にリオさんが申し訳ないと体を小さくするのにも既に慣れきってしまっているのだけど、流石に今回は小さくなるだけじゃ難民移住者の安定が実現不可能になってしまうので話を戻す。
「となれば場所や食べ物のランク、それに調度品とかかな?」
「中流層は主に前の2つを要求し、支配層はその全てと安定後の政治権力の独立を要求していますね。別に独立してもらうのは構わないのですが、その全てを準備する労力を考えていませんし、後に請求してもいいですかと言うと怒鳴り散らした挙句戦争を始めようとか言い出す始末です」
「いっそ王侯貴族と全面戦争してみてもいいんじゃないかな……実力差を嫌というほど、階級絶対主義っていうDNAに上書きするレベルで叩き込んであげれば事態は動くと思うし……」
「流石にそれはダメですよ……無論それが手っ取り早いというのも承知の上で言いますが、それでは戦後禍根が残ってしまいますので」
正直、どんな手段をとっても禍根は残りそうなんだよなぁ……地球基準で言えば中世初期以前くらいの思考してるっぽいし。
「こっちの問題も喫緊だと思うのだけれど、アングロサン側の方も今大変みたいよ」
「月読さん、あっちの情報把握してるの?」
「質問を受けて答えられるもののみ答える仕事とか暇だったから、この世界の現状を把握する意味合いでも情報収集をしていたのよ」
「ネットサーフィンしてたって言えよ……」
「今から言う情報はシックからメールされたものだからネットサーフィンで得たものじゃないわよ。どうにもアングロサン、地球圏の外周にあるアステロイドベルトの一部が消失したとか送られてきていたわ」
「消失……」
リオさんが消失って単語に反応して呟いた。
イネちゃんだって、先日の滅びた世界のお話を聞いていなければ外宇宙から軌道が少しずれた彗星の一部がぶつかったんじゃない?とか冗談言ってたと思うけれど、ブロブが出現している世界で消失となれば滅びた世界と同様の事象が起きていたとしても不思議ではない。
「状況と文明規模の違いから比べるのは間違いなのは理解しているけれど、あちらの問題の方が深刻なのは間違いないでしょうね」
「月読さん、断言する理由はなんです?」
「滅びた世界の人間から聞いた情報と状況が酷似しているから」
「知ってたんです?」
「暇だったから」
まぁ、リオさんだって聞けば答えてくれたし、相談を受けるってポジションならいくらでも聞く機会はあるか。
それにスーさんもその情報で驚きもしないから、むしろ皆聞いていたことのようである。
「でもあちらにはササヤさんがいますし、ココロさんとヒヒノさんがこっちに来ないってことはアングロサン側の対処に回す流れと思うので……イネちゃんに招集かけてきたら本格的にまずいってことになるわけなので、連絡が来てからでも遅くはないと思います」
「ま、アスモデウスが陣頭指揮を取っているからそれもそうね。でも情報としては滅びた世界の人間にも把握しておいて貰うのも悪くはなかったんじゃないかしら」
「はい。もしかすると仇を討てるかもしれませんし、私たちの実力では無理だとしてもイネさんたちのような能力を持っている方々であれば、代わりに倒してくださるかもしれません。目の前で討たれるのを見ることができれば私たちの心情としても大変嬉しいですから」
「自分で仇、とれなくても?」
「もう二度と世界を滅ぼすような、滅ぼされるような出来事がなくなるのでしたら。無論私たちの力がそこに加わっているのでしたらそちらのほうがより嬉しく思いますが」
……そういう考え方もあるのか。
もしかしたらロロさんも、イネちゃんがグワールと対峙して決着を付けた時にはそんな心境になっていたのかもしれない。
「さて、話の腰を折って申し訳なかったわね。それで、中流層以上の階級へは今のところどうしようと考えてるのかしら」
「最悪イネさんには今以上に頑張って頂くしかないと……」
今以上か……初日から今日までずっとペース上げ続けて1日で10万人規模の集合住宅建造できるようになったけど、今以上なのか……いや本当辛いんですが。
「それは現実的じゃねぇだろ。流石にイネちゃんへの負荷が重すぎる」
「そうですね……イネさ……んの仕事量は勇者の力がある前提であったとしても流石に量が凄まじいものがありましたし、私としても他の手段を考えるべきと思います」
トーリスさんとウェルミスさんが意見してくれた……リリアも手をあげようとしてくれてたし、ありがたい……。
「はい、ですのでシックも大変な状況ですが本土から調度品などを資材があれば生み出せるような方を招致したいと考えています」
「招致?」
「貧困層の方に技術を教え、手に職をと。購入ではそれは無理ですからね」
なる程、確かに現状を変えようとするのなら必ず必要となる部分ではあるし、難民の自立はいいことだしね……まぁその難民の人たちが望んでるかは別としても。
ただ現状でも農業と畜産業には積極的に従事してくれてるから、もっと他の技術を身につけてくれればっていう方向なんだろうね、実際木工とか石工の技術は文明としては基礎も基礎だし、あの人たちも持ってはいると思うのだけどどうにも練度が低いというか……かなり質の悪いものばかりが目についていたりする。
「いいと思いますが、問題は貴族のお抱え技師という中流層の人間の心情が悪化しかねないといったところでしょうか」
「あ、やっぱそういう技術者職人はいたんだ」
「文明として成り立っていた以上存在していて然るべきなのだから今更でしょうに。それでどういう軋轢が生まれそうかわかるかしら」
「単純にやっかみ、出る杭はといった程度のものかと……ただ本物の職人の領域に該当しそうな技術レベルは与えないほうが無難ではあるかと」
「職人同士のあれこれは私も見たことあるからそれには同意するわ。あれって本当めんどくさいのよね……」
「俺がラボにスカウトされる前はよく起きてたらしいからな……」
「おやっさんがいなかったらかなりの人材が他に流れたでしょうからね。あの人には感謝しかなかったわ」
日向さんと月読さんが懐かしむ表情をしているし、スーさんもどこか悲しそうな顔を……これは多分、おやっさんって呼ばれている人は故人だったりとかのパターンかな、触れないほうが良さそうなので話を戻す。
「じゃあ技術を教えるって言っても普通に使える程度の家具とかの範疇でってことでいいのかな」
「そうした方が無難かと。貴族以上の階級の人間と比べてまだマシですが、だからこそつまずく訳にはいきませんから」
「しかしそうなると……イネちゃんが勇者の力で建造する部分って、中流層以上ではある程度骨組みとか外壁のみに留めたほうがいいのかな。調度品とかにこだわるってお話なら内装……それこそ玄関扉や壁紙、部屋とかのレイアウトまでこだわったりするでしょ?」
「中流層の方、特に職人の方であれば職場にはこだわるようですが住居にはあまりこだわる方が多いですよ」
「……それは早めに言って欲しかったなぁ。それだと区画整理したほうが無難になるし」
職人街と商業区はほぼ同一に近い世界だった可能性が出てきたけど、違ったとしても商品を運搬する経路は短い方がいいし、商業区は居住区の近くが好ましいわけで……既にかなり巨大な居住区があってその殆どが入居されている状態なので、これもまたトラブルの種になる。
「すみません……」
「なっちゃった以上仕方ない。いっそ商業区は地下に、職人街は今の居住区の外周に作ろう。ただそうなると現在の畑に少し干渉しちゃうんだけど……」
スーさんの方を見ると少し考えるジェスチャーをしてから。
「そうですね……お孫様、生育魔法を使って頂いても?」
「いいけど……1回見せたら甘えるだろうってやめたんじゃ?」
「区画整理をする必要が出てしまいましたので、緊急用という名目で使用します。よって明日の昼食は敢えて質素にしてくださるとありがたいのですが」
「もう下ごしらえしちゃったんだけどなぁ……でもうん、わかったよ」
リリアは既にメニューを決めていたらしく、既に下ごしらえまで終わらせているとは……こんなに早くから下ごしらえしておくなんて絶対美味しい料理が出てくるじゃないか、しまったなぁ。
イネちゃんがリリアの料理におあずけをくらったその時、外から角笛の音が鳴り響いた。
「……何、今の?」
「貴族が使う戦闘開始の合図です……ですが彼らは納得ずくで今の状況を受け入れていたはずですので……」
「でも実際それは鳴らされたわけだ。今周辺警備しているのって誰だっけ?」
「トーリスさんです。ロロさんも居住区の警護をしていますのですぐに合流するかと」
「数ですべてを踏みつぶす勢いで来られなければ大丈夫だと思うけど……まぁ対話可能な人間がここで動かないわけにはいかないし、最悪の流れに備える必要もあるか」
「はい、私とリオさん、そしてイネ様だけで十分かと。月読様と日向様は万が一に備え高天原で待機して頂いてもよろしいでしょうか」
「動かさないで住むことを願うわね。高天原で生身の人間を踏みつけるなんてしたくないし」
まだ根本的な開拓運営方針を変える前に起きた問題は、この時の想定通り軽いものであったのだけれど……後々に面倒に発展してしまう出来事なのであった。
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