第144話 受け入れ初期

 リオさんが月読さんに弄られることが決まった翌日、最も虐げられている人たちから受け入れを開始したのだけれど……。

「うーむ、この人たちって元奴隷とかそういう階級の人たち?」

「はい。王家からは人として認識されず、決戦時には盾として運用されていたモノたちです」

「リオさんもそう思ってる?」

「お恥ずかしながら世界が滅ぶまでは。大陸の方々にこの世界の在り方を聞き、私たちにのしかかっている現実を理解すれば彼らを人と認め、手を取り合うことが最も生存できる道だと確信しています」

 あ、ダメだ、これ根底の部分でまだ差別意識が残ってるやつだ。

 とは言え恐らくリオさんは滅びた世界の人の中では彼らに対して最もポジティブな考えに変わっている人なんだろうっていうのは理解できる……というよりも嫌というほどさっき彼らをこっちに誘導するときの罵詈雑言やら石やら投げられれば理解せざるを得ないわけだ。

「貧困層もカースト制度みたいに下を見て安心するように刷り込まれてるのでしょうね。自分たちよりも下がいることに安堵できれば、それで精神的に落ち着けるのは理解できなくはないし」

「それで月読さんの意見はどうなんです?」

「クソくらえね。それで技術や文化の発展を阻害して何が楽しいのか理解に苦しむわ」

 理解できなくはないと言った直後に理解に苦しむか……まぁ物事を個人的感情抜きで俯瞰で見られる人と捉えて置くことにしよう、そうしよう。

「貧困層の総人口はおよそ70万、中間層が10万、富裕層が20万で全部で100万人……その上差別意識が強いために全員を平等に扱おうとするヌーリエ教会への反発も強く、今回の連れてこれた最下層の方はおよそ1000人程度でした」

「ペース的に餓死者が出ても不思議じゃないなぁ……」

「食糧生産ペースはお孫様が来られたことで上がりましたので、こちらの開拓地に連れてこれれば回避はできるのですが……」

 貧困層が貧困層を攻撃するような状況な上、全員に同じものを配給しているとそれだけで不満を漏らす人が相当数いる環境だと難しいか。

 復興再建の初期段階だからそこの不満は飲み込んでくれないと先に進めないのに、そういった価値観の根底に根を張った意識が邪魔をしてしまっている。

「ムータリアスみたいに生存戦争してた世界でも、打算で中立を飲み込める人たちの方が多かったのになぁ……」

「やはり歴史文化の差でしょうね。彼らはあまりに長い間階級社会というものに、生物としての遺伝子まで寄せてしまった結果かもしれないですね」

「遺伝子の方がそっちに寄るなんてこと、あるの?」

「全くありえないことではないかと。私は今回が始めてになりますが、他世界外交講習の際にムーンラビット様がそういうこともありうるから留意することと仰っておりましたので」

 過去にそういうことがあったってことか。

 それに、今のところ何も言ってこないししてこないけど、王族が動いてこないってことも気になるんだよなぁ、それだけ階級にこだわるような世界で頂点に立っていたにも関わらず、ヌーリエ教会のやり方に従うって結構な判断だと思うのだけど……階級が絶対だったからこそ、王が協力を受けるとか決めたらすんなり行くのかな。

「王族はパトロンを欲していましたし、現在自分たちが置かれている状況を正しく認識したので。ヌーリエ教会の協力がなければ文明としての存続すら難しいとして貧困層を任せるとのことです」

「養う余裕なんかこれっぽっちもないから、助けたいなら勝手に助けろって言い換えられるよね」

「ですが知識層は打算で動けるということです」

「まぁ……確かに」

 リオさんはその知識層であるのは能力的にも該当していることはわかるし、イネちゃんに対しての恋愛感情を抜きにしてもヌーリエ教会と連携すれば少なくとも食は満たせる判断ができてる。

 それが貧困層の人たちはあれこれ説明してもなかなかこちらを信用しないため、必要かどうかも判断できずに力で奪おうと考えている人まで出ている始末……それでも元上流階級に矛先を向けないのは、スーさんが言ったように遺伝子レベルで階級が絶対であると刷り込まれているって証明なんだろうなぁ、面倒くさい。

「問題は直近のものではないです。それほど無意識に刷り込まれているのであれば平等などの価値観、概念を教えてしまった場合大変なことに発展しかねないので」

「知識層であれば問題はないのですけどね。問題はやはり貧困層です」

「他にも王族の警護をしている方々も少々難しいですよね」

「私と同じ女性を愛した彼以外が問題ですね。彼らはより強いもの、自らの全てを預けても構わないと思った相手以外には社会構造を守ることを最優先致しますから」

「あぁだから今でも王族や貴族を最優先に動いているのですね。最初私たちも獣に襲われましたし」

「食べ物や簡易的な住居においても王族は相応なものが作られたのは彼らの働きもあってですからね」

 うーん、奴隷制が日常で通常な価値観ってイネちゃんは抵抗強いなぁ。

 地球だってそういうことしていた時代はあるのは知っているし、大陸にも名前こそ同じの完全別制度が存在するわけなので、奴隷という単語自体はいいのだけど、大昔の地球でやっていたような人権ガン無視、道具としてしか見ていないってことが生理的に無理というか、本能で拒否してしまう。

「ともあれ今はその人たちのことは考える必要がない……ってわけにはいかないにしても、目の前の問題を横に置いてまですることじゃないのは確かだね」

「いずれは対応しなければなりませんが、イネさんのおっしゃることも事実ですね。最も優先すべきは餓死者、及び人喰いが出てしまわないようどう配給を行うかです。今日こちらに入居してくださった方々にはお孫様と私の部下が炊き出しを行いますので大丈夫なのですが、来なかった方々への配給はどうするかですね」

「リオさん、あなたたちの世界では人喰い……カニバリズムって存在した?」

「……世界が滅びる以前からそういったことを行ってしまう奴隷が居たとは記録で確認しております」

 少し間が有ったのはそう言った事実を恥ずかしいと思うだけの倫理観がリオさんの中にあるってことか。

「大陸ではそのような記録はありませんが、地球には確か……」

「大昔、中世以前の時代に大規模自然災害が発生したときにはあったらしい……というかイネちゃんがそういう言葉を知っているってことは地球にはその概念が存在してるってことだしね」

「私も地球外交の担当時に歴史書を見させていただいた時に始めて知りましたので」

 大陸ではヌーリエ様を初めとする神様たちがそんなことにならないようにして色々と手を尽くしてくれてるからこそだから、むしろ大陸の方がマイノリティと考えるべきなのは確かで、ムータリアスだってかなり荒廃した地域が多かったし、アングロサンも宇宙文明に至るまでの歴史の中にそう言ったことも存在している可能性の方が圧倒的に高いからね、特にアングロサンなんてペースト状のレーション中心の食文化に至っているのは、人口増加に対して食糧生産と栄養ベースによる配給制にした結果だろうし……そう考えると地球だって近い将来そういう地獄が待っている可能性は否定できないよね。

「というわけで大陸がマイノリティだからリオさんはそんな気にしないこと。むしろそれを防ぐ手段を思いつく可能性が1番高いポジションだからね、期待してるよ」

「イネさんに期待されては、全力を、限界を超えて見せなければなりませんね」

 本当、惚れた弱みって今のリオさんを見てると申し訳ない気持ちになる程度には理解してしまうね。

「それじゃあスーさん、リオさんと一緒に呼びかけに応じなかった貧困層の人の説得をお願いしてもいいかな。イネちゃんは島に来る時脅しみたいな手段で動いたから、イネちゃんが言ってってなるとちょっとこじれる可能性が高いからさ」

「まぁ……ビーストテイマー以外の方にとっては不安と恐怖の方が強いでしょうし仕方ありませんか。ですがイネさんにはここで居住区の拡張と畑以外にも畜産業のための畜舎とサイロをお願い致します」

「基礎というか有機物以外全てってことだよね」

「いくつか私たちでも作りはしましたが、どうしても資源的、時間的制約が大きく……」

「それと人的資源もでしょ。まぁいつものことだからこその再確認だよ、ただそうなるとイネちゃんは対人関係のあれこれはできないけど大丈夫?」

「それは私たちの通常業務ですし、リオさんによってあちらの知識層でも王族中心の体制を続けることに疑念を抱いている方との協力関係構築に尽力してくださっていますのでご安心ください」

「うん、精神面とかは心配してないんだ。こちらがどう言ったところで聞く耳持たずに暴動みたいな勢いで詰め寄ってくる民間人の対処とかがね」

「そこはギルドの方々にお願いしようかと思っています。皆さん野盗や王侯貴族の小競り合いなどにも参加していたようですし、相手を生かしたまま無力化という技術にはかなりのものがありますからね」

 まぁそれなら大丈夫……かな、大陸の小競り合いって他の世界のそれと比べれば帰属どうしの仲が悪くってのスポーツやお祭りみたいななるべく死人が出ないようにって程度のもので、簡単に言えば模擬戦に相当するものだしね。

 最もそれでも実際武器を持ってやり合うことになるから普通に死人は出るし、貴族同士のやり取りで上の方では最終的な人の損耗には追求しないっていうのもあるらしく、遺族になんの保証も与えられない以上貴族による小競り合いを嫌う人は多いので傭兵をどれだけ雇えるのかという資金や人材確保能力の対決みたいになってたようだけどね、でもそのおかげというべきか、トーリスさんのような大剣使いだったとしても相手を殺さずに無力化するという技量が凄まじいレベルで持っていることが標準な感じになっているわけで、こういった異世界の相手に絶対殺してはいけないという状況においてはすごく頼りにできるし信頼できる。

「わかった。ロロさんやトーリスさんが一緒っていうのなら間違いないだろうしそういうことで動こうか」

「イネ様もご無理をなさらず、適時対応くらいの感覚で問題ありませんので」

「その適時の時に楽するために、適当に自分でノルマを決めてやるよ」

 とりあえず、受け入れ初期の頃は問題山積みでも目の前のことをこなしていけばなんとかなるだろうという考えだったわけなんだけど……まぁイネちゃんが派遣されてるって時点で一筋縄じゃないって考えておくべきだったよねって事件がこのあと起きるのであった。

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