第143話 難民の現状
「再開を喜びたいところですが、物資等は早めに草原へ運んだほうが良いでしょう。あちらは貧困層と王族双方が手を出せない領域として指定されておりますので」
「どういう状況か簡単でいいから詳しく、でないと……」
信用できないという言葉を口にする前に割り込まれ。
「……時間が惜しいですがそのとおりですね。草原は初期開拓をこの世界の方々、ヌーリエ教会から派遣された方が中心となり、この世界への積極的な帰化を希望しているものが参加しておりますので皆さんの安全のためにもそちらのほうが良いと思います」
なる程、確かに現地に派遣されている教会の人と合流できるのならそれに越したことはない。
「わかった、とりあえずこっちでバイオームの位置関係は把握しているから、こっちは自力で移動するよ」
「分かりました。私は彼らを居留地に連行してから向かわせて頂きます」
連行かぁ……力関係とかそういうのが今の短いやり取りで見え隠れしてくる辺り、やっぱり階級とかそういうのに悪い意味で厳格な世界だったのかもしれない。
とは言え既にその世界自体は無くなっているにも関わらず、移住した先でもそれを続けようとするのは流石に無理があるとイネちゃんとしては思うのだけど、それでも続けようとしているのは社会構造というだけの理由ではないのかもしれない。
まぁそれを考えるべきは今ではなく、輸送機を安全な場所に着陸誘導して1度落ち着いた後でいいので今は輸送機に連絡して移動を始めないと。
燃料に関しては最悪イネちゃんが地中から強引に生成するか、転送陣で輸送すればいいという結論に至っているので、先ほど難民の人にイネちゃんが言った言葉は大部分がハッタリだったりするわけだけど……正直自分の命すら放棄しかねない人たちを手っ取り早く諌める手段の1つにしかならないね、いざとなったらやってみろって絶対言われるだろうし。
「日向さん、平原の方に移動お願いします。そっちに先遣隊が初期開拓しているようなので、ヌーリエ教会のベースキャンプがあるらしいので」
「了解した。だが信用して大丈夫なのか?」
「あー……名前は忘れましたけど、あの人イネちゃんに一目惚れだとか言い出した人なので、少なくともイネちゃんに対して不利益を与えるようなことはしないんじゃないかと、ムーンラビットさんのお墨付きでしたし」
「本心から一目惚れと断言できる思考は凄いわね……アスモデウスのお墨付きがあるのならまぁ情報として正確だろう可能性は高いからいいんじゃないかしら。それにいざとなれば高天原も出してしまえばいいだけの話だし」
月読さんって案外武力鎮圧とか躊躇わないタイプなのだろうか。
日向さんの方がそういったことに対して慎重になってくれてる気がするんだよなぁ、いろんな言動を見聞きしてる個人的な印象でしかないけど。
とにかく今は輸送機を着陸させてから現地の状況確認して長旅で疲れた体を少し休めつつ何をすべきか、そしてどれが優先なのかを決めていかないといけない。
「着陸できそうな場所は見えてきたけど……教会の人たちがいる場所はどこかな」
「あれじゃないかしら、簡単な木の柵と木造建築が確認できるし」
「……こっちでも確認できました。輸送機は先行してもらっていいですか、こっちはちょっと後方警戒しつつ平行飛行するので」
「了解した」
イネちゃんとしてはひとまずでいいから一息お茶飲めるだけの休憩が取れればいいなって思うんだけど、とりあえず拠点構築でイネちゃんは初動休める気がしないからなんというか今後の展開が最初の方だけは予想できてしまう辺り、イネちゃんもこの手の開拓に慣れてきてしまっている気がする。
ともあれ輸送機の着陸を確認が取れた後にイネちゃんもロマンの塊をゆっくりと着地させてから島の大地を踏みしめた。
「到着早々申し訳ないのですが、イネ様はどこに居られるのでしょうか」
「あの大きな人型の方だよ」
「お孫様、ありがとうございます」
そして降りたと同時になんだか聞き覚えのある声が駆け寄ってくる件について。
「イネ様、お疲れでしょうが少々お願いしたいことがありまして……」
「あー……囲い?住居?」
「両方です。大陸に移住する以前の社会制度において貧困層だった方々が快適に暮らせるような住居は……」
「いやぁスーさん、快適を求めたら上限がないタイプの世界だったと思うよ、あの人たち」
「はい、それは既に把握しております。ですので地球での大規模集合住宅を、電力と上下水道を後々追加可能な形での生成で構わないのですが……」
「すっごい雑になるよ?いいの?」
「問題ありません。それでも現状よりは遥かに上等なものになりますので」
うーむ、難民の人たちがこの島に来てから数週間は経っているはずなんだけど、こうも進まないっていうのは何が最大の壁になっているのか……まぁ難民側の意識の問題だろうことは理解するけどさ、世界や常識どころか物理法則までそれ相応に違う世界に来ておきながら生きるよりも自尊心優先なのはちょっとイネちゃんとしては理解しがたいものがあるよ?
スーさんを初めとする夢魔の人たちとしても難民同士がドンパチし始めないように動いていたからか、ベースキャンプがかなり簡易的になってるのがその証拠か、ヌーリエ教会の矜持か畑の方は結構な面積に広がってるけど、それだけでは足りていないってことでもあるし……問題しかない状態なのは確実か。
「それで範囲は?」
「草原からジャングルに向けておおよそ10000を目安にお願いします」
「地球単位か大陸単位、どっち?」
「数字的には同じものかと。ですがイネさんはどちらの方が?」
「地球の方が直感でわかるかな。メートルでいいんだよね?」
「はい、お願いします」
10km包囲か、結構大きいけど世界単位の人口が移住してきているわけだし、人口比率で言えば圧倒的多数だろう貧困層の方の衣食住を満たすとなればそれでも小さいくらいか。
到着早々こういう展開になることは予想していたし、イネちゃんとしても降りる前にエネルギーバーを3本、スポーツドリンクを1本飲んでおいたので文句で返さず早めにお仕事が進むようにしたけど……スーさん、地球担当じゃなかったっけか。
「地球側はだいぶ落ち着きましたので、ムーンラビット様から直接こちらの開拓の先遣隊主任に任命されました」
「説明ありがとう、納得した」
スーさんはムーンラビットさんの右腕と言っていいポジションらしいし、より難しい場所に配属するのは文字通りの信頼の証だろうしね。
とりあえずまずは囲い。
建物生成中に難民の人が押し寄せてきた場合、イネちゃん巻き込む自信しかないのでそれを防止するための囲いを優先する。
これは1分程度でできるので、城門っぽい作りを200m間隔で作りつつひとまず指定された10kmで作っておく。
しかしながら本当、この島すごく大きいよなぁ……勇者の力で地面と融合して大規模生成しているからより体感、実感として把握できたけれど、シックからトナくらいの距離の全長してるからかなり大雑把だけど数万kmと言っていいかもしれない。
「建物建てるから、少し盛り上げたところから皆退避して、難民の人たちも近寄らないように注意していてねー」
あらかじめ対策しておいたとは言っても完全ではないので、輸送機のそばで荷下ろししている皆に向かって報告ついでにお願いしてから建物を作っていく。
後々機能拡張や増築、リフォームができるように高層建築は流石に現実的じゃないので、ここは2階建てのアパートメントを複数、コピペする形で並べていく方向で進める。
こういう場合、長期的利用前提で作っておいた方が無難なので日本でちょくちょく見るような金属階段や純粋な石造りではなくコンクリートで基礎も含めて構築していく……骨組みになる部分はちゃんと鋼鉄でやってるから強度も問題ない……はず。
後々地球の業者か、そのやり方と道具の使い方を学んだ大陸の人間が工事する前提ならコンクリートであれば無理無茶と言われるかもしれないけど、無謀ではないと思うからね、うん、イネちゃん専門家じゃないから知らないけど。
ともあれ碁盤目の形で数千人は収容できるくらいの生成が終わったところで、スーさんと月読さん、そしてイネちゃんに一目惚れしたあの男の子が近づいてきた。
「ファンタジーもここまでくると3Dプリンターと変わんないわね」
「いやまぁ実際勇者の力でこういうことするときは似たような原理ですよ、本当。特にこの手の簡単な構造だとコピペですし」
「それでイネ様、どの程度の収容人数まで?」
「家族構成とかわからないから厳密には答えられないけど、数千人くらいかな。難民の人たちの元の世界がどういう社会構造でどのような文明だったのかわからないから一概に断言できないけど、地球の日本基準なら概ねそのくらい」
「ですが建物としてこれは小さいのでは?」
「とりあえずの簡易だからだよ。雨露凌げることが最優先でしょ?居住性に関しては今後そっちの人たち主体でやらないとね」
割と厳しい状況にも関わらず社会構造を維持する以上は自分たちの文明に対して思い入れが絶対に強いからね、この住居で満足できないようなら仮住居として入居してもらうしかない。
そうなると内装や機能的なことはこちらが難民の人たちの文化や生活を理解しないといけないのだけど……残念なことに現状積極的に協力してくれそうなのが目の前の1人だけというのが現実である。
「流石ですね……ですが貧困層の人間ならば大丈夫やもしれません。少し中を見ても?」
「1番近いそこのやつなら強度補強もしておいたからいいよ」
「それでは」
そう言って男の子はアパートの1室に入っていく。
そしてその背中が完全に見えなくなったタイミングで、イネちゃんはスーさんにあのことを聞くのだった。
「彼、名前なんだっけ?」
「リメオンティウス、ご本人が長いのでリオと呼んでくださいと言っていましたが……」
「脈なしなのだな……リオ君はかわいそうな子なのは理解した、そのようにいじることにしよう」
どうしよう、名前を聞いただけでリオ君の今後が多難になったような気がするぞ。
まぁ……イネちゃんとしては好意はありがたいけどごめんなさいというのは事実なので特に止めることもしなかったのであった。
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