第142話 盛大な歓迎

「うーん……多少なり予想はしていたから現実にならないように口には出さなかったんだけどこれは……」

「言っても言わなくても変わらなかったようね。この様子では着陸した瞬間略奪されるわよ、どうするの?」

 自動操縦からイネちゃんにハンドルを握り、副操縦士として現役ロボットパイロットである日向さん、そして何故か後ろに月読さんがいてこんな会話をしているわけだけど……。

「物資投下したらしたで人が死ぬレベルの暴動が起きる流れだし、一旦離れるか、誰かが降りてこの騒動を収める以外に手段はないよ」

 大型輸送機が難民の人がいる島に到着、今はホバリング状態で地上を観測している状態で、ジャングル地帯から平原地帯にかけて現在住んでいるはずの住人の多くが海岸にまで押し寄せてきているのである。

 しかもどうにも身なりが貧相……というのも控えめで、ボロ切れと呼んだ方が無難なレベルのものしかまとっていない人が多く、現地の担当夢魔の人はお仕事サボってるのかと疑いたくなるほどで、どうにも飢えているだろうことがわかるくらい骨が浮いて見える。

「収めるとなると、それも死人が出るコースじゃねぇか?」

「好き放題殴られるという意味でなら、イネちゃんとロロさんで問題ないと思う。だたそれだと時間がかかりすぎるからどうしたものかってところかな」

「それは本当に大丈夫なのか?」

「イネちゃんは勇者の力で、ロロさんは鎧と盾に多数の相手のあしらい方の技術は間違いなく大陸随一だからね。ただやっぱり怪我人続出は確定だから、早めに対応を決めないと状況は悪化するだけなのは辛い」

 降りて収めるにしても、物資投下するにしても、一時この場を離れて改めるにしても、時間が過ぎれば海岸に集まっている暴動寸前な人たちの心情は悪化するだけだからね、できるだけ早く決めて動かないと厳しいことになるのは確実。

「大陸のやり方で難しいということね」

「いや、日本のやり方でも厳しいだろ……となればだイネさん、ここは軍隊、海兵式のやり方ってのが必要なんじゃねぇか?」

「海兵式でも国によって違いすぎるよ。言いたいことはわかるけど……その後の展開がやりにくくなるから避けたいんだよなぁ……」

「だがやらなきゃそもそもその後には進めないんだ。どうする、高天原でやるか」

「……いや、ロマンの塊でやるよ。操縦任せていいです?」

「言いだしっぺだ、こいつの操縦は霧巴にスカウトされる前に習得してるから安心して行ってこい」

「細心の注意を持ってやりなさい。1つミスをすればあなたの懸念よりも悪い方向に簡単に転ぶから」

「ご忠告ありがとうございます」

「人を相手にする……いえ、正しく言えば非武装の民間人を相手にしてその慟哭を収めるのは慣れていないように見えたから」

 そんなことがわかるものなのだろうか……確かにイネちゃんはあまり悪意とはまた違う自分が助かりたいために他者の命は関係ないという純粋な生存意思による本能は相手にしたことがない。

 お父さんたちならこういう場合でもうまくやれたりするだろうって思うと、やはりイネちゃんはまだまだ未熟もいいところなんだろうね、アドバイスの言葉だけでもいいからって頼っちゃうのは子供なんだろう。

「イネ、どうしたの……」

 居住区域入ると同時にリリアが聞いてきて、イネちゃんは足を止めずに答える。

「下が暴動に発展しそうで、穏便にやろうとすると時間がかかるから少し荒っぽい手段で早く終わらせる」

「荒っぽいって……」

「あぁ大丈夫、別に攻撃しようってわけじゃないから。問題は下の人は全員大陸の人間じゃないってこと。それにムータリアスの時とも違う……あの人たちは物資のためなら殺すことを躊躇わない、そういう状態」

 以前都市機能が麻痺し、農作物の生育も最悪になっていたヴェルニアに入った時は感じなかったけれど、今回は確実にそれが起こるっていうのが直感で理解してしまうほどの状況。

 大陸の人間なら本当に命を落とす前にヌーリエ様が助けてくれるって考えがあるし、直接誰かが手を下したりしなければ実際にヌーリエ教会が介入するという絶対的な認識のおかげで殆ど暴動は起こらないけれど、下にいる人たちは自分たちの生まれ育った世界が滅びる経験を経た人たち……自分たちが信じていた神様に助けられることもなく別の世界の神様に拾われた人たち。

 そもそもの常識も違うし、大陸の人が安心できる要素の前提条件である性善説が保証できない相手で、そういう出来事を見てきたであろう月読さんと日向さんが真っ先に今からやろうとしている手段を思いつくくらいなんだから今イネちゃんが抱いている不安とかも大きく間違いではないと思う。

「……わかった、気をつけてね」

「うん、むしろこの機体の燃料管理がちょっと厳しくなりそうだし、最悪イネちゃんか日向さんたちに機体を担ぐことになる方が怖いからできるだけ早く終わらせてくるよ」

 ちょっと不安にしてしまうようなことを言ったのは、直近の問題にリリアが前のめりにならないようにするためである。

 リリアが下の様子を見たら真っ先に降りるとか言い出すだろうしね、とりあえずちょっと怖い感じに言っておくと、例えイネちゃんの頭の中を見ていたとしても色々と察して待機してくれると信じているからなんだけど……言い方が下手だったかな。

「勇者……ロロも、少し後に……降りる」

「いやロロさん……あぁうん、こっちの合図の後にお願い。そっちのほうが結果早く終わらせられそうだから。それと後ろのトーリスさんたちはここで待機お願いしますね、まともに戦える人って今の状態だとウェルミスさんとトーリスさんくらいですから」

 イネちゃんがやろうとしていることを察したのか、ロロさんたちが先回りでパラシュートまで用意して待機していた。

 というかロロさん、装備重量的にパラシュートは厳しいような気がするけど……付与魔法でなんとかなったりするのだろうか、ウェルミスさんってノオ様の神子だから浮遊とか得意そうだし。

 ともあれイネちゃんはロマンの塊に乗り込み、勇者の力で固定ボルトを外してから架空金属粒子でゆっくりと高度を降ろしていく。

「えー……お集まりの皆さん、物資はこちら側の裁量で均等にお配りする予定ですので詰め寄ったりしないでください。詰め寄ったままですとこちらは着陸することもできませんし、何よりこの状態ですと怪我人、最悪死人が出てもおかしくありませんので安全のため一度海岸から下がってください」

 後付けしたマイクに向かい、海岸にいる難民の人たちに対して注意と警告を行いつつ高度を下げるものの、どうにも一度タガが外れた熱狂は落ち着くことなく、むしろ逆効果のように海に飛び込む人まで現れ始めた。

 ここまで来るとやっぱりやらざるを得ないか……命のために命を捨てるような行為をする人は、死にたくないという強迫観念に押されての行動なわけで、それならより強い死のイメージを喚起させて今の行動をやめさせる手段は、近代文明でよく使われている手段が1つ。

 何もない上空に向けて最大チャージのビームを1発撃ち、もう1度マイクに向かって注意の言葉を叫ぶ。

「今のは警告です。これ以上こちらの誘導に従わない場合、私たちは物資を積んだまま帰還します。それで1番困るのは誰か、冷静に考えなさい」

 今ので半分程度の人は慌てた表情でジャングルへと走り始めたものの、最も熱狂しているだろう海岸線、それに海に飛び込んだ人たちには届いていないようだった。

 仕方ないので次はできるだけ海岸から見えるけど影響がなさそうな位置に銃口を向けて、ビームをチャージしようとしたタイミングでジャングルから最近見慣れている銀色の液体金属が伸びてきて詰め寄っている人たちの足を絡めとり一気にジャングルまで引きずっていった。

「何故自らが不利になるようなことしかしないのか、理解に苦しみますね……」

 その言葉と同時に海岸一帯が雨雲に覆われ始めた。

「そしてそちらの巨人、その声は私は忘れません……来て頂けたのですね、イネさん」

 あー……天候の急変とそんなことを言うミスリルの世界の人にイネちゃん、1人覚えがあるよ、うん。

 というか戦闘要員としてシック攻撃作戦には参加していなかったのか、いやまぁ民間人保護というか、人種保護的な意味合いで後方部隊に配属されてたりしたんだろうけどさ、あの戦いの時に天候の変化がなかったから。

『名前、覚えてる?』

「忘れてる、イーアは?」

『同じ』

 そんなわけで名前を忘れてしまったけれど、イネちゃんに一目惚れとか言い出したあの人が現れたことでひとまずはこちらの大型輸送機の着陸ができるようになったけど……その後も盛大に歓迎されてしまうとなれば今後の展開を予想してしまってため息を漏らさずにはいられないのだった。

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