第141話 難民の島
「えっと、難民組の編成は……」
「いつものメンバーにこだわらずに志願者でってことにしたんだけど……」
結局いつもの顔ぶれであるリリア、ロロさん、キュミラさんの3人……ティラーさんはヌーリエ教会にいるぬらぬらひょんの面々と合流して動くことにしたから居ないものの、イネちゃんを含めたいつもの4人は一緒。
いつもとちょっと違うのはここにトーリスさんとウェルミスさんが追加されて、更に、よりにもよってというべきかは悩むところだけどヨシュアさんたちも同行を申し出た。
「事情は知らないけれど申し出たときの彼の目は信じてあげてもいいと思うわよ。何かしら覚悟を決めてのことなら、あの暗さが解消されるかもでしょう?」
「でも、ヨシュアさんと難民の人たちはちょっと複雑でしてね……」
「だから色々ともつれてるんでしょう。だったら当人同士顔を合わせて解いていかなきゃ解決もなにもあったもんじゃないわよ。一応、あなたよりもわずかばかり人生を長く生きている先立の老婆心」
とまぁ今会話した相手、月読さんと日向さんも何故かこっちに同行することになったのだ。
アングロサン側に存在を明確に確認されて技術供与を要求されないように遠ざける意味合いが強いらしいけど……今イネちゃんたちが乗っている大型輸送機の設計構造を見直して高天原とロマンの塊を運搬可能にした上、転送陣で送るのが後回しになりやすいいくつかの物資を積んだ上に居住性を快適にしてくれたこともあって2人の同行を認めざるを得なくなったわけである。
「まぁ……受け取っておきますけど、当人に言ってあげてもらっても?」
「外野だからこそってことを考えてるかもしれないけど、むしろ外野に任せられてもってことになるかもしれないわよ?」
「何のフォローもなしにってよりはマシかもじゃないです?精神的に結構やられるきっかけを作った人たちと対峙することになりますから」
「精神的に、か……その単語だけである程度は察したけど、それなら情報無しに私が動く方が危険。むしろ今あの男の子に気軽に話しかけてる狼の方が適任だわ。あいつ思慮深いときもあるけど、根っこの部分が正義感溢れる熱血漢だから」
確かに遠巻きで見ている限りは和気あいあいという雰囲気で、最近は見ていなかったヨシュアさんの笑顔も確認できる。
「確かにそうみたいですね」
「正直事情を知ってればあんなに踏み込めねぇとは思うがな」
トーリスさんが話題に混ざってきた!
「外野という点ではトーリスさんも適任でしょうに、なんで事情を把握してしまっているのかしらね」
月読さんは結構辛辣である。
「そりゃ俺たちランカーもシック防衛戦には参加していたからな。あの坊主とイネちゃんの戦闘を見ているし、最初に会った時には背中を預けるくらいに信頼し合ってたのにあの規模の戦闘をするなんてのは何かあった証明でしかねぇよ。それにあの時襲撃してきてた軍隊は勇者がいればだのほざいてやがったからそれなりには察するさ」
あの時イネちゃんが正面を抑えていたけど、包囲戦を仕掛けられていたわけだからこそか……ってその状況でイネちゃんたちが見える範囲にいたってことなのか、かなり集中していたし気付かなかった。
「楽園も怠惰を貪れるような世界じゃないなんて世知辛いわね……少し情報を集めただけでも直近で4つの世界から侵攻されて、必要があれば難民として受け入れて衣食住まで面倒を見るとはね」
「間接的ではあれどヌーリエ様が滅びた世界の消滅カウントを早めちゃったからとはばあちゃんから聞かされましたから。それにそういうことがなくても人が亡くなるよりは助ける方が断然いいですよ」
「リリアちゃんだったかしら」
「はい」
「その考えは相手によっては傲慢だとか、偽善だとか好き放題に言われることは覚えておいた方がいいわよ」
「わかっています。もう何度か、そういう経験がありますので」
ムータリアスの開拓事業の時、開拓総責任者はイネちゃんじゃなくリリアだったからね、あの時も受け入れていたのは人類と亜人双方の難民で一触即発な時期もあったし、かなりの心無い誹謗中傷や片方を追い出せなんて言葉をイネちゃんだって聞いてたのだから、リリアはもっと多くのそういう言葉を聞いていたことになる。
「ヌーリエ教会の神官になるということは、そういう事案や事態に対しての最悪も想定して訓練を受けていますし、偽善という中傷に対しては実際にやりきることで偽物でなくす努力を優先するようにと教えられますから」
「……徹底してるわね。アスモデウスが主導ならそりゃ重箱の隅までたっぷり詰めたり洗ったりできるようにマニュアルは作ってるか。でもそこまで徹底するのであるからこそ人手が足りなくなると」
「だからこそギルド所属にもしっかり仕事が回ってくるってわけだ。思想信条の自由の元教会所属じゃない方がとか、そのやり方が気に入らない連中がその辺をカバーしてきてはいたんだがなぁ」
地球の一部の国による侵攻やどこに現れるかもわからなかったゴブリンの襲撃、それによって野盗をやってた元貴族による被害も相まってギルドの冒険者や傭兵の数も地球と繋がる以前よりも遥かに減っているらしいからね。
だから仕方ないなんて言葉は決して言ってはいけないけれど、人口的に言えばかなり厳しい状況が続いているのも事実なんだよね、文明規模だけで見れば多いけど、他の世界の総人口を丸々受け入れるだけの余裕があるのかって言われれば物資的のみ可能としか言えないわけだし。
「アスモデウスには考えがあるんでしょうけど、この調子で他の異世界がまた新たにーとかなったら流石に破綻するんじゃないかしらね」
「否定できないけど、そういう言っちゃうと本当になっちゃいそうな奴ってどうなんですかね……」
「言霊の概念だから可能性はあるわよ。とは言え考えないといけないところでもあるし、案外こっちの仕事の方がこの世界の今後にとっては最重要かもしれないわね」
「どうしてです?」
「リリアってやっぱその辺の察しが悪いよね……。滅びた世界の人たちの状況が落ち着いて自立してくれればヌーリエ教会としては最低限の人材派遣だけで良くなるってことだよ、通常業務の範疇に戻すことができれば今の状況と同程度の負荷なら問題がなくなるどころか、同じ世界に住むものとして彼らにも協力してもらえる可能性があるってことね」
今後の展開が最悪になるか、楽になるかは結構こちら側の比重が重かったりする。
無論アングロサン側だって1つ悪い方に転がれば連鎖的にまずいことになりうるけれど、木星空母が艦隊で強襲してきたとしても初動は確実……と断言できるかはわからないけれどササヤさんがいれば対処できるのは間違いないので、リスク対策はできている。
そうなると問題はやっぱりこっちで、運搬物が多くて転送陣が使えないからという理由で今、地球製月読さん魔改造の大型輸送機を運用しているわけだからね即応できる人はココロさんとヒヒノさんなので転送陣という手段は使えるものの、あちらとこちらが同時に有事に発展してしまった場合は援軍として優先されるのはどちらかという問題点が出てくる。
あちらはササヤさんのみが仮想敵を圧倒できる実力で、こちらはイネちゃんの勇者の力の特性上対多数が極めて得意なため、数的な理由ならあちら側、実力敵な理由ならこちら側になりそうかな。
「ところで、今向かっている島という場所はどういう場所なの?」
「ヌーリエ様の加護自体はあるものの、殆ど未開拓の場所なので野生動物が多いです。移住計画の最初で教会が開拓の基点となる場所は確保して動物に対しての防備は固めておいたらしいですよ」
「原生林とかそういうところかしら」
そういえば現地の詳細データを記した書類に目を通すの忘れてた。
出発のタイミングで渡してきたし、忘れ物がないかの確認に追われていたこともあって今の今まで忘れてたよ。
「えっと、渡された資料では海岸から内陸に向かって1km程度進んだ場所にベースを作ったみたいですね、ベースの周囲は地球で言うところの熱帯地域に該当する植物の群生地で、そこから南東には開拓第1候補で現在進行中の平原地域、真南に沼地で、沼地にはそれなりの肉食獣と穀物類の原生が確認されているみたいです。西南方向は標高の高い火山ですが、山頂付近には積雪が確認できて島での飲み水は基本ここからの雪解け水だろう……らしいです」
「その内容なら確かに平原が最も適しているでしょうけど……なんで初期ベースをそちらじゃなくてジャングルと呼んで差し支えないような場所を選んだのかしら」
「単純に食糧と資材じゃないです?」
「……まぁ食糧確保は喫緊だと思うけど、それなりにリスクも高いでしょうに。難民と言っても世界規模の人数なのでしょう?」
「あー……世界がなくなる直前に大陸に全軍で突撃してきてまして。少しでも戦える人間がそこに集中していたらしく……」
「あちらが自分から口減らしをした後だったと。で、具体的な数字は?」
「およそ100万。戦闘をこなせるのはそのうちの100人程度です」
「本当に軒並み口減らしたのね……」
「こちらは生存前提の戦闘したんですけどね……」
「自害か。ま、自分たちが侵略者であることを認識したうえで行ったのなら、命を持って生き残りに罪は問わないでくれってことかしら」
「死んだ人の思いはわかんないよ、イネちゃんたちがどれだけ考えたところで憶測でしかないし。とりあえずはイネちゃんたちは目の前の問題を粛々と進めるしかできないから」
「随分ドライなのね」
「まぁ……イネちゃんは軍人の人に色々と教えてもらってたから、線引きがはっきりしてるっていうのは確かかもです」
4人のお父さんの内2人が元軍人、1人が自衛官だからね、ゴブリンへの復讐心をフォローしつつ実際その時になったら最低でも自分の身を守れる以上の訓練を指導してくれたし、イネちゃんが引き取られた時は政治関係が混乱していたこともあって結構ガッツリ、実際の訓練にも何度か参加する実践派だったので深く考えないようにと色々と叩き込まれたものである。
「アスモデウスが重用するわけだわ、相手を悪意を持っている前提で動く人間と、善意前提で動く人間がこうしてお互いを信頼し合っている2人というのは貴重でしょうし、替えがほぼ効かないでしょうからバックアップも厚くする……イネさんとリリアさんを中心としたパーティーに異邦人を任せる理由でしょうね」
「流石に買いかぶりじゃ……」
「実力と実績から考えれば買いかぶりとは言えないでしょう?最も、最初にこの構成を作り上げたアスモデウスが居たからこそだから、謙遜も理解するけどね」
「まぁ……うん、実力は別にしても実績は認めないと色々とほかの人に失礼になるから、それを言われるとね」
そう返すと月読さんは「頼りにしてるわよ」と小さな声で返してきた。
絶対焚きつける……いやこれは改めて自分の立っている立場ってやつを認識させるために今回の雑談をしてきたなっていうのを感じつつ、そろそろ到着する難民の人たちがいる島へと到着するのであった。
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