第139話 昔の関係について

「いやぁ……すまなかった。私たちの知ってるアスモデウスは自分の子孫を残すことには否定的だったもんでついな」

「いえ、ばあちゃんって今でもたまに寂しそうにすることがあるので気にしないでください」

 食事休憩を挟んだことで落ち着いた2人にお茶を出しながらリリアが答える。

「しかしばあちゃん、つまり祖母ということは間に最低1人いるわけで……しかも伴侶、もしくは種馬もいるわけだ」

「ばあちゃんの子供は母さん1人ですよ。それに私はじいちゃんには会ったことがないので……母さんはどうやら会ったことがあるみたいなこと言ってましたけど」

 まぁ、会っていればニャルラトホテプさんのことをリリアが知らないってことはないだろうしね、実質同一個体みたいな立ち振る舞いするのがニャルラトホテプさんの特徴というか在り方だし。

「名前も知らないのか?」

「えっと、確か……アザトゥース?だったかと」

 そこでお茶を口に含んだ2人が仲良く吹き出した。

「あの最終決戦の後何があった……」

「……今確認したらアザトゥースが現れて和解した後にひもろぎシステムからアスモデウスが自動消去されてるわ。多分その時に何かしらあったんでしょう……」

「じいちゃんと戦ってたんですか!?」

「いやなんというか……むしろ助けてもらった感が強いな」

「あのまま戦ってたら天の川銀河どころか宇宙全体が危なかったからな、利害が一致しただけだとは思うが……」

 規模が違いすぎる。

 アングロサンでも太陽系から外の情報は殆ど得られていないわけで、となると目の前の2人は外宇宙に旅立っていたわけで……。

「じいちゃんってそんな凄い存在なんです?」

「宇宙の成り立ちそのものを語れる存在の1つよ。最もこちらの状況や情勢に理解を示した理由はぬりえの存在が大きかったみたいだけどね」

「そうなんだ……でもなんでばあちゃんと、えっと……母さんをつくったんでしょうか」

 つくったのところが言い淀んでたリリア、能力とは真逆で純粋だなぁ。

「知らないわよ。私たちが平行世界の波に漂流した後の話でしょうし……でも変ね、私たちの世界の出来事がこの世界に影響を与えたってことなのかしら」

「大陸は元々いろんな世界と繋がりやすいですから、ばあちゃんとじいちゃんがそれだけ凄い存在だったのであれば可能性はあるんじゃないですかね」

「それだと時間軸が……いやそもそもアザトゥースとアスモデウスはそのへんの概念も殆ど意味をなしていないから問題ないのかしら……でもそうなると矛盾も……」

 月読さんがリリアの言葉を聞いて何やらつぶやきながら、おもむろにノートパットにキーボードを接続して打ち込み始めてしまった。

「すまん、こいつこうなるとしばらく帰ってこないから、気にせず他の話題でもしようぜ」

「それでいいんですか……」

「最終的に『なる程わからん』とか言って戻ってくるだろうし問題ない。むしろ甘いものでも備えてやれば喜ぶと思うぞ」

 凄い信頼関係。

 イネちゃんにはまだ分からない……いや厳密には理解はできるのか、イネちゃんとリリアとの関係を考えれば概ねどう行動してどういう結論に至るのかって予想するのは結構簡単だし、そういうものなんだろうなって感じは言動から受け取れてるしね。

 難しい話は月読さん、直感的な会話は日向さんって担当が代わるのもそういう信頼関係から来るものなんだろうね。

「じゃあおふたりはどうやって付き合ったんです!」

「それよりも恋人でいいんですよね!」

 ミミルさんとウルシィさんが食いついた。

 確かに話題が大きく変わるものだけどその内容はいいのだろうか。

「最初は吊り橋効果だったんだろうが、まぁ高天原に乗ってからはお互い理解してなきゃやってられなかったしな。それに告白してきたのは霧巴の方からだぞ」

「え!?」

 思わずイネちゃんが驚きの声を上げてしまった……いやだってもう完全に理詰めで思考する月読さんからって想像できないでしょ。

「俺がこいつのところでテストパイロットになったのもこいつの一存だったらしいからな……こいつ科学者の癖に一目惚れとかそういう感情的なことには積極的だったってことだ」

「そういうものなのか……」

 正直なところ、イネちゃんにはそっち関係の経験値がまるで足りていないので想像することすらできない領域すぎる。

 ただそういった展開の仕方なら、ミミルさんとウルシィさん……ついでにキャリーさんがヨシュアさんに抱いた感情もあながち大外れではないということになる。

 キャリーさんは立場や情勢の関係で一緒に居られなくなったけれど、ミミルさんとウルシィさんは常に一緒にいたわけだしね、ヨシュアさんがイネちゃんと戦ったあの時は流石にヨシュアさんが配慮して待つという選択をしたみたいだったけど。

「そうなんだぁ」

「えっと……1人の男の子に複数の女の子が同時に恋人になったりするのっていいと思いますか!」

 ウルシィさんの質問に日向さんが死んだ目になって。

「あー……うん、別にいいんじゃね、しらんけど」

 どうやらトラウマをえぐったようだった、しかも結構深めに。

「と、ただ1つ言えることはだな……」

 だけどすぐに感情が戻ってウルシィさんの目をまっすぐ見つめながら。

「男の甲斐性を試したり、追い詰めるようなアプローチだけは、やめてやってくれ、うん、本当、やめてやってくれ」

「「あ、はい……なんか、ごめんなさい」」

 ウルシィさんだけじゃなくミミルさんまで謝っちゃったよ。

 となると日向さんのことを主殿とか呼んだクトゥさんが関係していそうだな……話題にするのはやめておこう、ちょっとどころじゃなく気にはなってるけど。

「えっとそれじゃあ……アングロサン側の文明レベルについてどう感じました?」

「どう感じたって……俺たちの地球よりは上くらいだぞ」

「上って……高天原、いやそれだけじゃなくおふたりは外宇宙にまで進出してたんじゃないです?」

「あー……まぁ確かに銀河飛び出して宇宙の中心にまで行ったのは確かなんだが、俺たちはアレよ、ワンオフ特化で向かったからな。文明全体で見れば今上にいる連中よりも下だぞ、間違いなく」

 ワンオフ特化って……神様の力を借りるからってことかな。

 でもそれって軍事転用するのにかなり致命的な問題が発生するはずだけど……。

「なる程、わからん。そこはちゃんと量産して市場を作った上で、試験機は基本全乗せ上等で負荷テストしてただけよ。ま、量産機のフレーム強度は試験機よりも高く、精霊機関は据え置きで推進剤多め、降ろす神様はひと柱から三柱までに限定してたけどね」

「お、帰ってきた」

「人様の恋愛事情なんざ結局当事者がいなきゃわかんないわね、やっぱ。ただ私の得意分野の会話が聞こえてきたから切り上げただけだけど」

 諦めてないんだ……。

「アングロサン文明全体の技術力と、私たちの地球全体の技術力を比べればそりゃ宇宙文明であるアングロサンの方が上に決まってるでしょうが。あちらさんはほぼ真空の宇宙空間に居住区画建造して安定した政治、治世が成り立っているだけの科学技術を確立しているわけなんだから当然。私たちの地球の文明レベルは今この世界と繋がっている地球とほぼ同等、精霊機関の差で私たちの方がちょい上程度だもの」

「じゃあもし万が一にも戦争になったら?」

「負けることはないわね。アングロサンの艦艇を護衛する形で儀仗兵っぽいロボットが映ってたけど、聞いた話ではフォトンエンジンでしょう?それならこっちが太陽神を降ろした精霊機を……そうね、10機用意できれば拮抗すると思うわよ」

「億単位の機動兵器相手に10機程度なんですか?」

「光の概念そのものを運用することができる機体が10機もあれば十分でしょ。100機準備できれば戦争自体優位に進めて勝つことだってできるわ」

「でもそれって神様を……」

「分霊すれば大丈夫なのよ。最も、その前提のおかげで全部天照大神ってことになるから、パイロットの方が問題になるけどね」

 分霊できちゃうんだ……ってそうなると精霊機関ってもしかして。

「えっと、今の会話でちょっとイネちゃんなんとなーく精霊機関の正体がわかった気がするんですが……」

「神社だってもうバラしてるから正体もなにもないでしょう?別に分かっても問題ないわよ」

 20mより小さい人型ロボットに神社を建立するってどんな技術なのか。

 あぁでも確か神棚も神社って聞いたこともあるし不可能ってわけではないのかな、よくわからないけど。

「ともあれ仮定を話したところで今は意味がないわね。私個人としてはむしろそう流れてくれた方が考えることも少ないし楽できていいのだけど」

「え!?」

「だってそうでしょう?私たちがわずかな手がかりしかない状態で探らなきゃ行けなかったことをわざわざ手間を省いて帰り道を繋げてくれるのだから」

「その後を考えろよ……」

「地球に帰還できた皆だけでも対処可能だし、予想を上回っていたとしてもこちらも相応の戦力を投入できるのだから最悪には転ぶことはほぼないわ。だって最大の戦力として私たちが同時に戻るわけなのだから」

 凄い自信だ……いやまぁこんなに自信満々だからこそ社会的成功を収めて高天原だとかディーバなんてものを作り上げれたのだろうけど、正直ここまで断言できるのは慢心に近い気がする。

「はぁ、苦労するのはメインの俺だろうに……」

「えぇ、狼、あなただからそう断言できるのよ」

 あ、慢心じゃない、これノロケだ。

「あ、ふと今思い出したんですけど……おふたりって放射線とかそういうのに耐性とかって……」

 大陸の地表にはそういった鉱脈が存在しているわけだからね、今この場に存在している建築物や道具には放射性重金属製品は存在していないから直近の心配はないけれど、今後大陸で活動するとなればそういう危険はゼロじゃない。

 お父さんたちはそのへん調べてからゴブリン狩りのサバゲーをしていたし、ヨシュアさんに関してはヌーリエ様が大陸に引っ張った時にそのへんの耐性は付与したっぽいので問題ないけれど月読さんと日向さんは調べる時間もヌーリエ様の加護もないわけだから……。

「外宇宙に出る時にぬりえが何とかしてくれたわよ。宇宙線への耐性付与するついでだってね」

「重金属のみで構成された惑星だってあったもんな」

 帰ってきた答えはぬりえさんとヌーリエ様の類似点を示すだけのものだった。

 本当、ここまで似た感じだと同一人物って線を否定できないよなぁ。

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