第138話 こちらの地球とあちらの地球
本日はアングロサンとの公式会議の日。
「いやぁこの数日でファンタジーの常識というものを嫌というほどに思い知らされたな」
「まさか軌道エレベーターなんて難工事をたったひとりでやってるとか最初は冗談かと思ったよな」
「厳密にはひとりじゃないけどね、休める場所とかお料理とか」
イネちゃんたちと高天原に乗って大陸に現れた、メインパイロットの日向狼さんと、開発責任者であり複座でシステムを制御したり自己メンテの調整を担当している月読霧巴さんの2人とお話していた。
というのもイネちゃんの今回の役割は軌道エレベーターを公式会議の日に間に合うように建造するところまでで、会議の参加は今後やることになるかもしれないココロさんとヒヒノさんは立ち会う形にはなっているけれど、イネちゃんの場合勇者の力が大陸の神様と呼ばれているものの力な上に、限定的とは言えその神様自体を降臨させられるものだから必要以上に疑心や警戒をされないために、アングロサン側の前に出すには衝撃が大きすぎる高天原及びそのパイロットは軌道エレベーターの下で待機ということになったのである。
「しかしまぁ……ものの数日で電気、水道、通信、全てのインフラを整えるとはな。流石はこの世界最大勢力、しかも宗教団体というわけだ」
「あまりにも地球の宗教とは違いますけどね。布教を積極的に行わない宗教が世界最大規模になって敬虔な信者の方が多いなんて地球では殆どありえないですし」
「そこは驚くところだったな……」
「いや、衣食住完全保証、治安管理もし銀行業も行う。職業斡旋に安定した医療の提供……ここまで税金も献金もお布施も無しに行う完全な慈善団体なのだからとりあえず信奉しておいてもデメリットはないからな。しかも他の宗教も別に自分たちだけを信じろというものがない世界だ、胃袋が保証されている組織が最も強いだろう?」
「……そう言われると確かに」
まぁ圧倒的に特殊なのはそのとおりだからね、そこは誰も口を挟まない。
実際大陸の政治情勢って奇跡的だからなぁ……ヌーリエ様が鉱物資源を無限再生させたり、どんな環境であってもそこに適応できる食物が地球の比じゃないレベルで育つし、栄養価も高く収穫量も遥かに多い。
その大前提があって初めて成り立つ情勢だからね、他の世界からしてみればその辺りは異常としか映らないのも当然すぎる。
「しかしイネといったかしら、本当にぬりえそっくりなのよねぇ……」
「言動もです?」
「そこはまぁぬりえと比べれば圧倒的に人間だけどね。少なくとも容姿という点においては完全一致と言って差し支えないレベル」
そんなにかぁ……ってそうだ、月読さんたちの地球の文化レベルって、イネちゃんが暮らしていた地球と似通っているんだったよね。
「それなら写真とかないんです。月読さんたちの地球ってどれだけこっちの地球と似ててどこが違うのかってちょっと興味あるんですけど」
「取捨選択はさせて貰うけど、構わない?」
「いいですよ……ねー」
イネちゃんのねーに呼応して興味あるくせに遠巻きで待機してた皆が近づいてくる。
皆イネちゃんのスマホでその手の写真データが小さい画面ばかりでしか確認できていないっていうのもあって距離がすごく近い近い。
「そんなに寄られたら操作できないわよ、まったく……」
そう言いながらも月読さんはノートパッドを操作して結構な量の写真データの中からいくつかピックアップして見せてくれた。
「今の段階ではただの思い出だけどね」
「あいつら、無事に地球に戻れたかね」
「ぬりえが一緒だったのだから大丈夫でしょ……ほら、私たちの機密に該当する部分以外の平和な場面だけ厳選したわ」
ノートパッドからデータを抜き出し、SDカード……これが完全にこちらの地球で作られた既製品がそのまま利用できたんだよね、なのでSDカードを差し込む機械とモニターは地球から輸入された既製品である。
正直ここまで完全一致したのは奇跡だとは思うのだけど、どうにも今囁く感じで聞こえてくるヌーリエ様の声が文明進化ラインはほぼ同一ですとか言ってるし、そういうこともあるんだろう……というか囁くくらいなら直接出てくればいいのにってちょっと思っちゃうよね、知らない仲でもないみたいだし。
まぁともかく今は月詠さんが厳選してくれたあちらの地球の写真を見ないとね……って。
「なんだか見覚えのある看板と食べ物が見えるのですがそれは」
「ワンコインラーメンがこっちにもあって助かった」
「時折無性に食べたくなるのよね、あれ。とびきり美味しいってわけでもないのに」
「それに次のこれって狼さんに幼女が抱きついてるんだけど……」
「クトゥルフだぞ、それ」
クトゥさんの過去を知ってしまった……いや最初の会話でなんとなーくそっち系の流れは想定していたけれど、こう実際に画像として見てみると……。
「ロリコンの疑い?」
「あぁそれなら私が違うって保証するわよ」
月読さんがフォローするって、その流れは……。
「最終的に狼が選んだのは私だから」
「「その話詳しく!」」
恋バナっぽいモノにミミルさんとウルシィさんが食いついた!
今は期限追放とは言っても元々は子孫を残すための伴侶探しに出てたわけだし、ヨシュアさんはまだ落ち込んでて大変な時期だし、何かしら手助けになる情報があるなら……ってわけじゃなく単純に乙女の好奇心って顔してるわ、うん。
そんな思いで様子を見ていたら次の画像にそれが映った。
「集合写真……」
「嘘、真ん中にいるのってイネそっくり……」
「俺たちにしてみりゃイネさんがぬりえそっくりなんだがな」
「それにこれを撮影した場所って、艦内?」
「よくわかったわね。それだけアングロサンの航宙母艦がディーバの真似をしているってことかしら」
写真は木星母艦の内部、居住区画で見たあの日本家屋の前でぬりえって呼ばれてるイネちゃんそっくりな人を中央にしてその左右に日向さんと月読さん、そしてディーバ……ドイツ語かなんかで歌姫だっけか、その名を付けられた艦のメインスタッフなんだろうというのがわかる感じで皆笑っている。
「それで、おふたりが居た地球とイネが暮らしていた地球、どこが違うんです?」
「技術的には似通ってはいるわね。ただ歴史や主力兵器が全く違うわ」
軽く沈黙が支配しようとしたところでリリアが話題を変えた。
まぁ技術的というかアングロサンの事情に関することが質問に上がりそうな流れだったし、月読さんもそれに乗っかったからありがたいんだけどさ。
「歴史が?」
「少し調べてみた感じだと大きいのは……第二次大戦にこの世界と繋がっている地球では日本は敗北しているけれど、私たちの世界では負けてないの。まぁそれでも引き分けという形ではあったのだけどね」
「終わりの方までは似たような展開なんだがな。まず沖縄上陸戦の前に小笠原諸島を橋頭堡にされて原子爆弾で攻撃されて、それを神様が防いだって流れになってんだ俺らの世界では」
「それが精霊機、
十分ファンタジーな展開な気がするのだけど……常識の違いってところだよね。
「つまりはそれの小型化になんやかんや成功して、ロボットが作られて運用されるようになったってことです?」
「小型化は私が提唱するまでされてなかったわよ。ただ神様が全力介入してくるっていうんで同程度の技術、最低でも精霊機関を採用したものでなければってこともあってつかの間の平和を享受出来ていたってわけね」
「そういや精霊機関に呼応する神様がいる国以外はこっちの地球と近い技術進化してるんだよな」
「えぇ、わかりやすいのは米国ね。新興国家で既存宗教が中心だったために精霊機関を外部から入手しても運用する術がなかったから航空戦力を中心にこちらの地球の軍隊の標準よりも強力な編成になっていたわね」
強力なってわざわざ付けたってことは……まぁミリタリーバランスが確実にこっちの地球とは違ってるから致し方なしか、アメリカの仮想敵がそのまま日本なわけだし、神様と戦う前提で軍を編成する必要があるわけだから。
「とは言え終戦日も同じ、その後の技術進化は差異はあるとは言え似通った形で電子機器に関しては同一進化と言って差し支えがないのには驚きを通り越して何かの意思を感じざるを得ないな……ひもろぎシステムの次はその辺を研究対象にしてもいいかもしれないわ」
「お前骨を埋める気か……」
「半分冗談よ。ちゃんと帰る約束は覚えてるから安心しなさいって」
「帰るって……手段はあるの?」
「なくはない。高天原に転移時のデータがしっかりと記録されていたからな、状況を再現できればまた世界を飛び越えることは可能だろう」
それは元の世界に帰れる保証はないのではないだろうか。
いやそのへんは流石に月読さんも理解して言ってるだろうけど、計画性がないように聞こえるのがちょっと心配してしまう。
「ま、ぬりえに似た存在がいるのなら大丈夫な感じがしてるな。それに私たちのような明らかに異質な存在が現れた場合はその……ヌーリエ様という神様が出てくるんだろう?」
「必ずってわけじゃないですよ」
「だが、イネさんと一緒にいればその可能性は極めて高くなる。なら心配はしていないさ、一緒にいられない場合にもアスモデウスのところに押しかけるだけだから気にしないでいいわよ」
「そういえばばあちゃんとはどういう知人なんです?」
「あぁそれは……ちょっと待て、ばあちゃん?」
「はい、おふたりの言うアスモデウスがムーンラビットのことであれば、ムーンラビットは私の祖母ですので」
リリアの説明を聞いた月読さんと日向さんは大笑いをした。
うん、昔はそういうことをしそうにもない言動をしていたってことなんだろうけど……。
「ちょ、ちょっとなんでそんなに笑うんですか!?」
結局笑いが止まるまで会話が中断することになった……しかも軽い酸欠状態で一旦食事休憩を取ることになったのでムーンラビットさんやクトゥさんとの関係性について聞くのは一旦おあずけになったのだった。
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