第130話 軌道エレベーター完成間近
「あぁもう疲れた……」
ここ数日の作業で疲弊しきっていたイネちゃんは、作業者用住居に戻るとヌーカベの毛皮で作られたソファーに倒れこむ。
「もう、せめて靴は脱いで。ほら、あったかいもの」
「うんー。あったかいものありがとー」
「終わりが見えたけれど、やっぱりイネに頼り切ってる感じがするよね……」
「まぁこれはイネちゃん以外に無理なのはわかってるし、正直なところ皆がここで作業して物資運搬しつつ色々拡張してくれたからかなり楽できてるよ」
「今もソファーに顔突っ込んだままッスもんね。良かったじゃないッスかヨシュアさん、運んできたソファー大活躍ッスよ」
初日は気が張っていたのでいつもどおりには動けたものの、翌日から日記を書くことすらだるくなるくらいに疲労して、最初の頃は硬いベッドにダイブしてそこそこ痛い思いはしたものの、それを見かねたヨシュアさんがこの最高級ソファーを運び込んでくれたおかげでようやく疲労回復スピードがかなり良くなったのだ。
まぁ、日記が再開できたって言ってももう軌道エレベーターは明日明後日くらいには完成する見込みなわけだけど……ただただひたすらに天候に負けず地面に両足突っ込みながらん~~~~って唸ってただけだし、いいよね?
「もう、ほら!イネの履いてる靴は硬いんだから脱ぐ!」
「わかったよおかあさーん」
「怒るよ?」
「ごめんごめん」
おかげでこんな冗談も言えるくらいにはなったわけだけど、実際のところ他の皆も結構疲弊してるからね、リリア相手だからこそできた冗談はこの辺にして靴を脱いでリリアの作ってくれたお野菜たっぷりシチューを口に運ぶ。
「しかし工期は後3日くらいか……本当に完成できるのか?」
「んー、今のペースなら明日明後日くらいには完成できるよ」
「マジか……」
「基礎は設計図よりも強化しつつ前倒しでやってたからね、それに運搬用のあれこれ細かい部分も構造的に作ったり整備しやすいようにして途中から内部に入りつつ雨風に打たれないようにやってたこともあってスピードアップもできてたし、何より外の外壁って実質アングロサンの戦艦装甲と同じだからね、思考的にもかなり楽できたんだよ」
「楽をしてもその疲労具合なのですね……」
「周囲の地形や岩盤の強度が変わらないように結構注意を払ってたからさ、これがまた凄く面倒だった……」
「そりゃあの規模だもんな。ここ数日ずっと疑問だったがそのへんの山とかから削ってたのか……」
「山からもだけど、生物が住むのにあまり適していない沼地とかからも泥を拝借して構造変化してたんだよ。あぁ沼はちゃんと残してるから生態系にまで影響を与えるほどじゃないから安心してね」
ちなみに水分は近くにあった地下湖や川にリリースしているのでこの辺の岩盤にも影響はあまりない。
少なくとも軌道エレベーターを支える基礎には影響はないようにしているし、水をリリースした場所は森なのでセーフ。
そしてシチューの味はちょっと薄めだけど疲労した体にはちょうど良く染み渡ってとても美味しい。
「そういえば皆の方は何か変わったこととかあった?」
「住処を奪われると勘違いした狼が数回襲撃してきたが適当に相手して追い払った程度だな」
「物資運搬も都度道を整備してたから最初は苦労したけど今はかなり楽になってるよ」
「あー……街道整備とか手伝えなくてごめん」
「イネはもっと大変なことをやっているだろう……」
「ヌーリエ教会とアングロサンの情勢について連絡とかは?」
「ないかな。少なくとも家事している間には連絡はなかったよ」
「ということはこっちの完成待ちか……」
まぁそれもそうか、クラウス級を何度も地表に降ろすわけにはいかないからって軌道エレベーターを作ってるわけだしね、まぁ既に低軌道ステーションまでは完成済みだし、そこから上を作るのも勇者の力で行う以上安全性は確保できるから既に会合とかは開けるんだけどね、地上と宇宙を行き来する乗り物のほうがまだできてないから転送陣頼りになるだろうけど。
電力はこっちが賄うだけのものを準備すればいいので、軌道エレベーター用の車両はアングロサンから搬入してアグリメイトアームで設置してもらうのがイネちゃん楽でいいんだけどなぁ……。
「はぁぁ政治ってのはやっぱ面倒なんだなぁ」
「私たちはそういうのに暗いですからね……」
「イネちゃんだって暗いからね?勇者という肩書きの都合上多少なりに関わらずにはいられないってだけで、今でも明るいわけじゃないよ」
「この中で一番そっち方面に関わるのってリリアさんじゃないッスか?」
「私はあくまで1神官ってだけで、神官長になってもあまりそういうところには関わらないと思うよ」
リリアが苦笑しながらそう言ったけれど、ココロさんとヒヒノさんが勇者って都合上そのお兄さんは確定として、司祭長候補でもあったタタラさんの子供な上にムーンラビットさんの血筋、しかもヌーリエ様の加護の強さも申し分ないともなれば周囲の人が絶対放っておかないよね。
……まぁだからこそムーンラビットさんとササヤさんはリリアを可能な限りイネちゃんと一緒に行動させてるんだろうけど。
教会所属ではない勇者と常に行動を一緒にして、その関係もかなり良好ともなればわざわざその関係を破壊してまで政治中枢に連れ込むのはメリットとデメリットの部分でデメリットが大きくなる可能性が否定できないからね。
そうなれば常に外部の勇者と連絡が取れる状況をしておいたほうが便利な状況ってのは、大陸の特殊性を鑑みれば大いにありうるというか、そっちのほうが柔軟に動きやすいからね。
敵対的異世界に対しての最大戦力の1つが常に遊撃体制であれば初動において優位に立てるわけだしね、アングロサンの時とかまさにそれだったし。
それに大陸では一応は個人意思が尊重されてるわけで……というか尊重されてなかったらイネちゃんはギルドの後ろ盾では足りませんとか絶対言われて今みたいに……あぁまぁ今はやらざるを得ない形で選択の自由は殆どなかったけど、そんな状況でも一応拒否権は存在していたし、手段に関しては完全にイネちゃんに一任されたからね、まぁ単純にイネちゃんがお人好しってことだろうけどさ、うん。
「タタラのおっちゃんも収穫祭の時以外は親切な親父さんだしな」
「トーリス!タタラ様はあれで……」
「知ってるって、最も司祭長に近かった人だろ?自分には政治は向かないし土いじりしていたほうがいいって言って今の地位に収まったってのは有名な話じゃないか」
「だからと言ってあの方の凄さが消えるわけではないんですからね……」
「勇者を除けば大陸で最もヌーリエ様の加護が最も強いってんだろ。しかもそこに頼りきらず自己研鑽も怠らない聖人君子。オワリに滞在しておきながら余裕があれば世界各地に飛んでって話だったか?」
トーリスさんとウェルミスさんが元々血筋という点においては一番すごい人であるタタラさんの話題で盛り上がってる。
その娘であるリリアがすごく恥ずかしそうにしているけど……止めるのもこう、必要あるのかなって感じだし……あえて止めるとすれば軌道エレベーターかアングロサンの話題になるのだけど、こっちも話題としては弱いしなぁ、皆把握していることしかイネちゃんだって知らないわけだし。
「ともあれ明日明後日にはアレは完成するってことでいいんだよな?」
「何も襲撃してこなければ、上から更なる無茶ぶりがなければ……つまるところ何も起きなければ、今のペース維持で行ければその予定だけど?」
「……その言い方は何か起きる予感しかしねぇんだが」
「起きるも起きないもどちらにしても確定してないからどっちも想定しておいて損はないよ。起きる前提で動いて何も起きなかったらその準備の分損だって人もいないわけではないけど、起きない前提で起きてしまった場合を考えたら、ね?」
「そりゃそうだがなぁ……起きちまいそうでなんだか嫌だな……」
「そういう不安を軽くする意味でも、準備は無駄じゃないってね。それじゃあここから起きうる最悪は……最初に言ったけどやっぱアングロサン側からの襲撃かな。軌道エレベーターは既に宇宙まで到達済みで、後はクラウス級が停泊可能な港にあたる部分を作るだけってところまで完成しているわけだけど……現状の一番高い場所ですら今の体制では守れる人材がイネちゃんを除くと恐らくココロさんとヒヒノさん、それにササヤさんで計4人だけってことかな」
「足元は問題ないのか?」
「高高度はまぁ、空が飛べる前提の上に低酸素でも問題なくポテンシャルを発揮できる人限定になるからアレだけど、それより下ならハルピーの人たちでも対処できなくはないし、地べたならそれこそロロさんがいれば襲撃者の出方を限定させられるから楽だよ」
実際のところ、今言った高高度は成層圏付近を指してるから実質宇宙で戦える人のみっていうね。
しかも空を飛べるって前提から考えるとココロさんは多分無理だろうし……むしろそこを攻撃されるのが現状どころか今後を含めて一番きつい弱点部分なんだよね、ササヤさんと勇者が常駐するわけにはいかないから何かしらの防衛手段を作っておかないとまずいというか……通常運用するのはそこの問題を解決しないといけないか。
火星北部の人が完全にこっちと友好的な協力関係を構築さえできれば頼めそうではあるけど……できれば頼らなくても防衛できる手段を何か考えておかないと。
「空を飛ぶ前提か……しかも宇宙って場所はそんなにきついのか?」
「空気がないからね。地球側の宇宙と殆ど変わらないんじゃないかなって思うよ」
「呼吸ができないのですね……」
「それどころか普段は空気の圧力で血流とかを保っているわけだけど、宇宙は0気圧ないし限りなく0に近い気圧だからね」
「……破裂ですか?」
「しなくても体内の液体が沸騰するよ。まぁその時点で多分死んでるけど意識が保たれてたら最悪、血液が気体になって破裂する感覚が人生最後に体感した出来事になるっていう展開になると思うよ」
勇者であればその勇者の力で対処可能ではあるし、ササヤさんは……気合とか言ってなんとかしそうだからね、うん。
「なんというか……食欲なくなるッスね」
「あ、ごめん」
キュミラさんだけではなくロロさんを除くほぼ全員がゲンナリした顔をしているのを見ながらシチューを口に運び、高高度防衛という難題について考えるのであった。
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