第129話 ココロの日記/双子勇者の会話

 宇宙文明アングロサンが出現し、数ヶ月が経過しましたが世界の流れは大きく動きつつある。

 幸いムーンラビット様と師匠、そしてイネさんという無酸素状態でも活動でき対応できなくはない方々が完全に自由とは言い難いまでも対処に回ることができたためムータリアスの時と比べれば圧倒的に素早く、そして対話を開始できたのは大変良い流れだったと思う。

 しかしながら楽観できる状況でないことも事実であり、今後万が一のことがあれば相手の生死を問わずヒヒノをベースとしたフルアクティベート、フルアクセス状態で対処しろと言われたのだから私としても相応の覚悟をしておかなければいけない。

 あまり優しいヒヒノに命を奪うということは必要であってもして欲しくない。

 故にムーンラビット様が想定している最悪を避けるために姉である私が全力を尽くすのは元より、今行き詰まっている修行の内容も限界とは思わず己を追い込むことが今まで以上に必要になってくるだろう。

 とはいえ私は空を飛ぶことはできず、師匠のように空気を蹴って空を走るという境地にもまだ至っていないのだ。

 反してヒヒノはその能力で空を自由に飛びまわることもできるため、万が一アングロサンと戦うことになってしまえばヒヒノに頼ることになってしまう……。





「いや頼ればいいじゃん」

「うわぁ!ヒ、ヒヒノ、日記を盗み見るなんてやめてといつも言っているでしょう!」

「ココロおねぇちゃん日記書くとき内容を全部口にだしてるんだからそれは無理だよ?」

「まさかそんな……いや本当に嘘ですよね?」

「ココロおねぇちゃん、ここで嘘をつく必要はないよ。そういえばイネちゃんたちは軌道エレベーターってやつ作り始めたって」

「確か空の上まで伸びる昇降機でしたか。今大陸と接続している全ての世界と協力……いえ、アングロサンの方々はまだ理解し合えているとは言えない以上頼れないので、やはりイネさんに頼らざるを得ないですね」

「そもそもアングロサン側が出してきた提案が実質不可能だよね。絶対あっちで同じもの作る場合半年とか余裕をもって区切るよ」

「それは……確かに。こちらの力量を図るためとしか思えないですから」

「力量をって言っても既に戦闘能力ではこっちが優位だって証明したのに?」

「それはあくまで個人技ですから。あちらが見たいのはこちらの地力である工業力などの部分でしょう」

「……でもイネちゃんの個人技だよね?」

「いえ、いくらイネさんがヌーリエ様のお力を行使するとはいえ空の上まで貫く建造物を生み出すとすれば無防備になります。そこをどうカバーするか、という点だけ見てもそこは個人技ではなくなりますので。……それにあえて不可能な工期を指示してきたということはです。初めからこちらはそういった個人技に頼ることを見越してだと思いますよ」

「うーん、でもそれじゃあ本当の意味での地力ってわからないよね。むしろ余計にこっちの文明レベルがわからなくなるんじゃない?」

「まぁ……実際のところ生活レベルについては市民生活を見ればわかりますし。少なくとも地球、日本と呼ばれる国と比べれば大陸の生活水準は物質的には劣っていますが精神面では優っている……その程度には認識できるでしょう?」

「でもそれって殆ど意味はないんじゃないかとも思うよね」

「市民のレベルは文明のレベルです。大陸では識字率はおよそ9割、ヌーリエ教会の影響下においては飢餓は無し……大陸ではこれが通常値ですが他の世界では違うということはヒヒノも見てきているでしょう?」

「それを準備する社会的余力ってこと?」

「準備ではなく日常的、恒久的に行える社会制度が重要です。これは間違いなく1人の力で成し遂げられるわけでもなく、統治者が変わっても継続可能なシステムを構築し、それを争いなく平和裏に継続しているということは例え腐敗が横行していたとしても十二分に力量を証明することになりますよ」

「腐敗なぁ……」

「王侯貴族には少なからずあるので完全否定はできませんよ。それにヌーリエ教会内部にも個人単位では存在していますからね」

「割と面倒なベクトルのお仕事だよねぇ」

「最初から教会所属の勇者は歴史的にも少数ですからね。私たちが勇者に選ばれたということはそういうことなのでしょう」

「ココロおねぇちゃんは勇者の力のベクトルもそういうのを処理するためって感じだからいいけど、私の場合どうしてもオーバーになっちゃうからさぁ」

「それこそ役割分担でしょう。そういった事務的なことは私を表に……」

「はいそれ!そういうことだよココロおねぇちゃん!役割分担!私は戦闘向き、ココロおねぇちゃんは対話向き、だから日記に書いたみたいにココロおねぇちゃんがあれこれ気負う必要なんてないんだって」

「……ですが私はヒヒノに荒事を任せきりにしたくは」

「それも承知の上でだよ。私だってココロおねぇちゃんに全部押し付けるようなことなんてしたくないんだからさ、役割分担でいいんだって」

「ヒヒノ……」

「えっと……美しい姉妹愛を展開しているところいいかしら?」

「あ、ササヤおばちゃん何かあったの?」

「いえ、情報共有のためにあなたたちにも地球性の情報端末を支給することになったから持ってきただけよ。しかしまぁこんなことで悩んでいたのかしらこの馬鹿弟子は。最初の頃に比べれば確かにあなたは他のものよりも戦えるようにはなっているけれど、それはあくまで大陸の人間種の限界値まで鍛えられたからよ。そこから先は先天的な何かが必要になる、そういう領域までもう到達済み」

「それじゃあ私はもう……」

「すぐに諦めろって私は教えたことあるかしら?先天的なものであるのならあなたは持っているでしょうに……他の物よりも強いヌーリエ様の加護と、後天的ではあるものの先天的資質を上回るほどの力を授かっているのだもの、後は創意工夫の領域。そのための免許皆伝のつもりだったのにまったく……」

「創意工夫、ですか……」

「あなたの勇者の力、調和や調整、調律……和を成す力は完全制御してしまえばその場の空間全てを制御できるほどのものよ。時間の流れ、過去現在未来全てを制御可能だしヌーリエ様が把握していない異世界にだって干渉しうるだけのポテンシャルを秘めているもの。これも免許皆伝を言い渡した時に教えたと思うのだけど……聞いていなかったのかしらね」

「あの時のココロおねぇちゃんテンション上がって喜んでたもんねー」

「はぁ……まぁ、今後はココロ、あなたの創意工夫と努力次第ってことよ」

「でも師匠は私にしかと言われた内容、全てできそうなのですが」

「ヌーリエ様も母様も父様も把握していない世界にまで干渉はできないわよ」

「それは実質存在しないというのでは……?」

「あぁ言えばこう言う……またしごいてあげる必要があるかもしれないわね。まぁ今は別にいいわ、とりあえず渡したそれの使い方は習熟しておくこと。一応地球のものをそのまま利用することになるから娯楽も楽しむことができるから、息抜きの手段を増やせるわよ」

「へぇ……イネちゃんが使ってる奴と一緒なのかな?」

「大区分では同じらしいわね、私たちに支給されたのはイネさんのものよりも性能は低いものとは言っていたわよ」

「娯楽ですか……私はあまり使わなそうですが」

「運動量計算ができるものもあるらしいけど、それはそれで別に専用機器が必要らしいわ。要望を出せば支給品に加えられるかもしれないわよ」

「そうだなぁ、私はイネちゃんがやってるゲームって奴やってみようかな」

「ヒヒノ……いえ娯楽の知識というのも必要ですね。ヒヒノがやるのであれば私もやってみましょうか」

「それじゃあヒヒノ、任せたわね」

「はーい」

「まったく、どっちが姉なんだか……」

「……遊ぶのなら大人数の方がいいですよね、ヒヒノ?」

「そうだね。ただなんというか……手のひら大回転は控えよ?」

「何を言いますか。他のことならいざ知らず私は妹への愛でそんな回転をしたことはありません」

「ははは、まぁそれでこそだよね」

 何がそれでこそなのか、ココロは少し首をかしげたものの、日記にこう追記したのだった。




 とにかく私にできることを、できる範囲でやっていこう。

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