第128話 軌道エレベーターの役割
「というわけで建造中はイネちゃんは動けません!」
「つまり俺たちは嬢ちゃんを守ればいいんだな」
結局軌道エレベーターを作る場所に選ばれたのは、ルズート領のイネちゃんたちが生態調査を行っていたダーズ近辺の草原。
イネちゃんを中心にいつものメンバーと今回はトーリスさんとウェルミスさんを加えて竣工前の情報共有をしているのだった。
「守るのもだけど、民間人が物珍しさで近づいてきたら離れるように注意したりがメインかな。本来軌道エレベーターって宇宙ステーションを先に作ってそこから地表に向けて伸ばしていくのが標準的な作り方だからね、下から伸ばすとなると結構危なくなる場面が結構出てくるしね」
「えっと、それはイネ様であってもでしょうか」
「ウェルミスさん、別に様はいらないよ。質問の答えはYes、イネちゃんの勇者の力で常時制御しておくわけにはいかないからね、休憩したり寝ている最中に構造的に弱い部分が上空で強い風で煽られると倒壊する危険があるから……まぁできるだけイネちゃんが制御しないタイミングになる前にそういった危険をできるだけ減らすようにしておくけど、絶対安全とはあまり言いたくないんだよね、イネちゃんだって軌道エレベーターを作るなんて初めてだから」
「そりゃ確証できないってだけで、勇者様が全身全霊で可能な限り安全を留意して動くってことだろ?なら十分だぜ嬢ちゃん」
「まぁそういうこと。巡回メンバーのシフトはロロさん中心で組めば大丈夫だと思うし、そこは皆に任せるから」
「ま、順当なところだな。ルズート領は未だ生態調査が完了していない地域ってこともあってそれなりに危険な野生動物もいないわけじゃねぇし、情勢不安定な上一時的にでも無政府状態になってんだ、野盗対策もしろよってことだろ」
「うん、そこはそっちに任せるからね」
イネちゃんも地表から成層圏を抜けて安定軌道上まで伸ばす建造物を作るとか今までやったことがないし、今までの勇者の力を使っている経験から考えてもまったくもって自信がないから出来うるだけの準備と体制を整えておきたいと思った結果、ギルド側からも実力者を投入する形になったのだ。
しかも建築場所が決まった後に軌道エレベーターも比較的小型の宇宙船が停泊可能な低軌道ステーションと、クラウス級でも余裕で停泊できる高軌道ステーションを両方作れなんて言われたからね……そこまでやるならイネちゃんがもうひとりくらい欲しくなるレベルなんだけど、それは流石に無理なので人材とある程度余裕を持った日程……と言いたいところだけど、最長で1ヶ月、最短1週間とか勇者の力をフルで活用して割とギリギリというか……アングロサンの技術でも絶対数ヶ月から半年くらいは絶対かかるものをそんな短期間しか用意してこないって無謀もいいところだよなぁ。
「でも……短い、から……早く……はじめ、ないと」
「そうだね、イネは可能な限り軌道エレベーターってやつに集中してもらわないといけないからね」
「じゃあキュミラさんには最初のほうで頼るかもしれないから」
「え!?」
「いや空から建造場所の寸法確認してもらうだけだから大丈夫だよ?」
「あぁそれなら問題ないッス」
絶対資材運びやらなんやら頼まれると思ってたな。
「んじゃハルピーの嬢ちゃんは勇者様と一緒ってことで俺たちはさっさとシフトを決めちまおうぜ」
トーリスさんが場を仕切り始めているけれど、まぁあっちは任せた都合文句やトラブルがなければイネちゃんが特に口を出す案件でもないかと思い、さっそく作業を始める。
「イネさんイネさん、今から作るやつって本当に必要なんッスか?」
「んー必要なのは主にアングロサンの人たちになるかな。大陸側もあちらの文明が作り出したエンタメとかそういうのを入れるのに使えるけれど、どっちかというとこっちからの鉱物資源と食料の輸送運搬が主な役割になる予定だよ」
将来的に大陸の人も使うことになる可能性は低くないけれど、直近10年程度の長さで考えればアングロサン側の工業利用が中心になるだろうし、軌道エレベーターの1つの目的であるエネルギー方面に関しても大陸では地球ほど電気文明は普及する感じではないので、マイクロ波みたいな感じに物理敵な繋がりがなくても送電するシステムを安心安全、周囲への影響がないレベルで実現しない限りは普及しないとも予測できるからね。
そうなるとアングロサンから入ってくる物資次第では大陸の人はまったくもって軌道エレベーターの恩恵を受けることはないという形になるわけなのでキュミラさん相手にはそのへんを濁して伝えておく。
「そんなもんなんッスねぇ」
「そんなもんだよ。大陸でそれなりに建造されてる電波塔だってメインで使ってるのは地球から入ってきた傭兵の人とかだし」
「でもそれって結構大陸でも活用してないッスか?」
「ギルドとヌーリエ教会、それに一部の貴族はね。まだ民間に降りてきてるわけじゃないから社会的な活用とは言えないかな」
通信システムに関しては電気が必要な都合上、送電線が整えられる場所じゃなきゃ使えないからね。
だから大陸は圏外の箇所の方が圧倒的に広いし、通信遅延もシックや積極的に地球とやり取りしているオワリみたいな場所でなければかなり強い。
「それよりも概ねの範囲は今からイネちゃんが上空からわかるように囲うからさ、上から確認、お願い」
「了解ッスよ。ところで合ってるかどうかってどうやって判断するッス?」
「あれ、渡してなかったっけか。この写真に記した印を目安にしてかな」
懐から1枚の写真を取り出してキュミラさんに渡す。
ちなみにこの写真はアングロサンに撮影してもらったものではなく、ムーンラビットさんとササヤさんが暇を見つけて5分くらいの間に撮影したらしい。
あの2人、ずっとシック詰め状態だったからシックからここまで来て撮影して戻るまでに5分しかかかってないってことなんだよなぁ……距離でいえば東京から大阪くらいの距離あるのに。
まぁそんな頂点な人外のことは今は関係ないとして、キュミラさんが飛んだことを確認してから勇者の力を発動して今立っている場所を起点としてキュミラさんが確認できる程度に軌道エレベーターの基礎にあたる場所を少し隆起させる。
あらかじめ野生動物や近くでキャンプを張っていた貴族側の調査員は避難させているけれど感知で生き物がいないか確認しつつやらないといけないわけで……初動の段階でも結構神経使うなぁこれ。
「イネさーん、もうちょっと広くッスー」
「今の範囲でも小さいのか……キュミラさーん、障害物になるものとか生き物いないか確認お願いー」
「今はいないッスよー」
しかし曖昧な指示だなぁ、キュミラさんだし仕方ないけどもうちょっと細かい指示があればイネちゃんも楽になるんだけどなぁ。
でもまぁ土台さえ完成して周囲からの侵入を防ぐ形さえ出来てしまえばイネちゃん含めて皆も楽になるからね、とりあえずそれは今日中に終わらせてしまいたいところだけど……まぁ大丈夫かな、こういう作業中に来られて一番困るタイプの火吹きトカゲは先日問題解決したところだし、狼とかなら簡易的に塀を作ってしまえば驚異ではなくなるわけだしね。
そのためにも今この土台をささっと作って、次に塀、更には作業中皆が詰めることができる寝舎を作れば初日は完璧かな。
「イネさーん、少し大きくなったッス!」
「むぅ……微調整が難しい」
「大丈夫ッスー、ストップッスよー」
「よし、キュミラさん降りてきてー。今から巡回組に合流するのもあれだし、リリアたちの手伝いに回ってー」
「了解ッスよー……って本当に大丈夫ッスか?」
降りてきたキュミラさんに心配されてしまった。
「まぁ……本当ならもうちょい監視もしていて欲しい気持ちはたっぷりあるけどね。火吹きトカゲの問題は先日解決させたばかりだしそうそうやばいのはいないと思うけど万が一ってこともなくはないし」
「そうッスよねぇ、監視して伝えるだけなら楽ッスし別に続けてもいいッスよ?」
「やばいのはいないと思うけど……それにリリアたちの方は結構人数少なくなっちゃったし、物資運搬にヌーリエ教会の人に頼り切るのも色々と情勢を考えるとあまりやりたくはない時だしさ」
「そっちもわかるッスねぇ……どっちもっていうのはどうッスか?」
「いつになく積極的だね……でもまぁそれはやめた方がいいかな。どっちもそこまで事態が悪い方向へと流れる様子はないけど、万が一はどっちにもありえるからさ」
「ここでイネさんが想定している最悪ってなんッスか?」
「野生のヌーカベによるトランプル」
「それは発見できても防ぐのは不可能じゃないッスかね……」
「知らせてもらえればヌーリエ様と
「それじゃあ物資方面の最悪ってどんなのを考えてるッス?」
「アングロサンとブロブが実は関係してて一斉に攻撃してくる。そこにおまけでショゴスも来ると割とやばい。前者の対処で実力者が全員動けなくされるところに単純質量攻撃のショゴスに襲われると教会の兵士さんだけじゃ対処が難しいと思う」
「前提がおかしくないッスかね」
「アングロサン自体が一枚岩じゃないっていうのと、ブロブの出処がわからないこと。ショゴスに関しては大元の方が関与していない感じだったって点から自然発生的なものか人為的なものか不明でね、可能性としては高くはないけど低く見積もることも首をかしげるっていう難しい感じなんだよ」
実はアングロサン自体が内部分裂寸前の政治情勢になってる可能性もあるからね、大陸からあっちに直接乗り込んだ人がいないから情報が足りなさ過ぎてそんな突拍子もないことすら万が一として考えておかないといけないっていうリソース配分が本当につらいんだよね……まぁこっちに人員を回したのがムーンラビットさんの指示だからそこまで最悪のことはないかもだけど。
「なんというか……どっちにしろめんどくさいことになりそうッスね!」
「うん、ただキュミラさんが参加したほうが確実に対処できるようになる可能性が高いってだけだから好きなほう選んでいいよ。そこまで重要なこともないし気軽に選んで」
「最悪の想定の内容の割にやたら軽いッスね……まぁそれなら楽なほう選ぶッスよ。じゃあ監視してくるッスー」
そこで迷わず楽な方を選べるキュミラさんはかなりの大物だよなとイネちゃんは思ったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます