第127話 アングロサン側の事情

 木星空母クラウス内部での最初の簡易的な対話の後、ひとまずイネちゃんとムーンラビットさんはシックに戻り状況の整理のため報告をしてから休憩に入っていた。

「さて、ようやく大手を振って休憩に入れるわけだけれど……」

「イネ嬢ちゃんは常に動けるようにしといてなー」

「ですよね、知ってた」

 というやり取りの後、シックにある職員仮眠室にあるソファーに座ってリリアが作っていたおにぎりを口に運ぶ。

「おつかれ」

「まだ疲れるお仕事が多そうだけど……ありがと、リリア」

「金属中心の文明だとイネの知識と勇者の力って活躍しそうだもんね」

「むしろおいてけぼり食らってたんだけどね」

 平行世界の昔の出来事の会話とかイネちゃん入れるわけもないし、それなのに木星の人は少しは認識できてたみたいで本当イネちゃんだけおいてけぼりだったからね。

「イネがそこまでおいてけぼりって珍しくない?」

「そうでもないよ。結構虚勢とハッタリで誤魔化せてたパターンばかりだったってだけで、今回は完全においてけぼり。ハッタリはできなくはないけどするくらいなら激しく消耗してもさっさとヌーリエ様に変わったほうが無難って状態だっただけでね」

「ヌーリエ様にって……地球の知識とか知恵とか、そういうのが役に立たない相手ってこと?」

「むしろこっち側だったよ。ムーンラビットさんとクトゥさん、それにヌーリエ様の3人に共通する過去の話で盛り上がっちゃってて、完全においてけぼりだった」

「あー……」

 リリアも納得してくれたようで苦笑に変わる。

「昔話されると確かにわかんなくなるよね」

「しかもそれがアングロサンの主力に影響与えてるっていうのがなぁ」

「なんというか……本当におつかれ」

「元気な老人の昔話は手に負えないっていうルースお父さんの言葉の意味を垣間見たよ……まぁイネちゃんがやるとするならヌーリエ様に体を貸して説明とかしてもらうくらいになりそうかな」

「んー……それはどうなんだろう。ばあちゃんはイネに本格的に動いてもらうつもりなのかも」

「リリアはなんでそう思ったの?」

「ココロ姉ちゃんが仕事を頼まれる時によくばあちゃんがやる追い込み方だなーって。大体もう自分がやらざるを得ないかなって思わせて納得できる形で仕事を回せるようにするからさ、今のイネってヌーリエ様が直接説明しなきゃいけないからイネがやらなきゃってなってるじゃない」

 まぁ……たしかに。

 よくよく考えれば神託って形で言葉を伝えられるわけで……それならイネちゃんじゃなくても大丈夫だし、そもそもヌーリエ様でなければならないのであればあの時ヌーリエ様がイネちゃんに体の主導権を戻す必要がなかったわけだからね。

 まぁあの段階でヌーリエ様が応対していたとしてもゲルヒウラルさんが神様の実在証明やファンタジーを信じなかった可能性もあるし、どっちもどっちだったのかもしれない。

「なんというかもうちゃんと説明されないと都度都度で混乱して絶対パフォーマンス落ちるパターンだよ」

「ははは……でも流石に説明はしてくれると思うしさ」

「それはまぁ、うん。一番怖いのは聞いたら聞いたで受けなければいけないという使命感が生まれる可能性が高いのがね」

「イネのパターンだよね、それ」

「それは……考えないようにしてたのにぃ……」

「お、やっぱここやったな。今回は規模が規模なだけにギルド側にも参加可能な人材が限られててなぁ」

「絶対聞いてたでしょばあちゃん」

「まぁな。ちゃんと説明はしてやるんでそこまで怖がらんでもええんよ」

「怖がるというか……やっぱイネちゃんは確定なんですかね」

「いつも以上に消極的やね」

「宇宙空間に出ることになりそうですし、イネちゃんの勇者の力だと酸素生成とか難しそうだしで……」

 ヌーリエ様の力とは言っても虚空空間での戦闘とかになった場合、いざ酸素生成がうまくいったとしても今度は戦闘能力がそれほど高くない子になるだけだしさ、それにイネちゃんは実弾多めな上ビームも特性が質量兵器寄りなだけあって発射と同時に撃った方向とは真逆に飛んでいっちゃうのも想定しちゃえるからね、推進能力を別に準備しないといけないし、ジェット燃料とかそういうのを使わないとすれば相応量の酸素を消費しなきゃいけないからこれもこれで問題を解決するのは大変難しいからなぁ。

「あー……戦闘に関しては今のところなんとも言えないところやな。そのへんはあちらの事情が逼迫していくとそういう可能性もあるっていうのが現状の認識やね」

「ということは積極的に関わらないの?」

「関わるにしてもまずは交易から。人的交流は限定的にして物的交流を中心にすることで距離を取ることでひとまずは決定したかんな」

「……それでもイネちゃんに真っ先にお願いする事案があるってことですよね」

「おう、あちら側はワームホールで超重力らしいがこっちの宇宙にあるアングロサンと繋がったゲートは重力力場はないらしくってな、そこを中心に交流拠点を勇者の力で作って欲しいんよ」

 さっそく無茶ぶりされている気しかしない。

「いや酸素作れるかわからないって言いましたよね……」

「だからイネ嬢ちゃんにしか頼めないんよ。地上から宇宙空間まで伸びる建造物を作るとなれば現状イネ嬢ちゃんに頼まざるを得ないやろ?」

「軌道エレベーターを作れと?」

「アングロサン側から設計図は提出ずみよ。構造と素材に関しては大陸基準にすればもっと堅牢で強いのが作れるかんな。ゲート付近の虚空はこちらが資源を提出することでアングロサン側が建造することで折り合いつけたからそこは安心してええんよ」

「……となるとアングロサンは今後しばらく宇宙空間のみでの活動なんです?」

「規模が規模やからな。いちいちクラウス規模を地表に降ろすリスクも大きいからってあちらから提案してきたわ」

「20km規模の空母ですからねぇ」

 その規模を空中に浮かせるだけでも相当量のエネルギーを消費することになるし、それを成層圏の外、更にいえば星の重力に引っ張られない高度まで上昇させるエネルギーはそれを遥かに倍増させるものになる。

 となれば本来クラウス規模の艦艇は宇宙空間で建造、整備、補給を済ませられるように運用システムを構築するのが普通になるし、その規模を運用するための最初の段階で軌道エレベーターのような一度作ってしまえば輸送コストを鉄道輸送レベルまで落とし込めるから必須と言っていい。

「ま、イネ嬢ちゃんが今考えているようにあちらの都合よな。それがこっちの都合とも合致した結果すんなりと今回の合意に達したわけよ。どうしても直接あっての会合が必要になった場合は元々歩兵規模での揚陸も想定されてる火星北部が乗ってきた規模のやつか、連絡艇でシックまで降りてくるか、こちらの作った軌道エレベーターを利用する形になるんよ」

「あんな大きいのが頻繁に降りてきたらお野菜の生育に影響出ちゃいそうだもんね」

「いや市民感情じゃないの……?」

「正確には両方やね、大陸にしてみりゃどっちも大事よ、どっちだけでもダメ……というかリリア、人命もちゃんと考えないとあかんよ」

「蔑ろにしたつもりは……」

「わかってるけど、考えを読める相手ばかりじゃないってことな。ちゃんと言葉にせんと伝わらない事の方が圧倒的に多いんやから」

「ごめんなさい……」

「ま、身内が注意できる間に直せばええよ」

 それは生涯に渡ってOKと言えてしまえそうだなと一瞬思ったものの、ムーンラビットさんがそこまで甘えさせるのかっていうのもあるし……ちゃんと身内にも平等に教育を行えるってことだよね。

「でも軌道エレベーターを作るって言ってもどこに作るんです?シック周辺は広大な田畑だしまさか街中に建造するわけにもいかないですし」

「そこは選定中やな。最有力は領主のやらかしでちょっとごたついてるルズート領の人が少ない荒野か平原だが……まぁ数日以内にはまとめる予定よ」

「そんなに大きいの?」

「うーん、イネちゃんも軌道エレベーターとかアニメとかでしか知らないけれど……少なくとも街中に作るっていうよりは後から街ができるタイプの構造物かな」

「構造物?」

「軌道エレベーター自体は物資運搬用の建物だからね。まぁ電気文明であるのなら軌道上で太陽光発電をして地上に送電するっていう目的もあるにはあるから……そうだね、地球で言うところの鉄道の駅舎に近いかも」

 物流拠点の近くは栄えるっていうのは人が人類らしく文明を築いていればよほど特殊な環境でもなければ恐らくはそうなるっていう流れだからね、そこで働く人の家族とかから始まって働く人を相手にするサービス業とかが発達していき街になるっていう流れが。

「別に構造物って言わんでもええけどな、殆どが建造物である事の方が多いんやし」

「まぁ……そうですね、港や空港なんかは最低限揃ってればそこで荷下ろしして保管しておければいいですし構造物って言っちゃっただけですので」

「ま、そういう感じやからな。そもそも作る最中は普通なら危なっかしくて近くに街どころか村すら作ってられんよ、設計図を見ただけでもそれはよくわかる」

「軌道エレベーターですもんねぇ」

「うぅ……おいてけぼりだぁ」

 リリアの悲しそうな鳴き声を聞いてイネちゃんは笑顔でこう言った。

「それが、上でイネちゃんが体験した寂しさだよ」

 しかしまぁ軌道エレベーターか……竣工から完成まで1週間以内の突貫工事して強度をアングロサンのものよりも上位にするとなればそりゃイネちゃんしか無理だよなぁ……そんなことを考えながらも設計図を穴が開く勢いで見ておくイネちゃんなのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る