第125話 平行世界のヌーリエ様

「まず、間違ってはいけないのはこの構造の艦艇に乗艦していたのは私であり私ではないということです」

 最初からわからなくなるようなことをヌーリエ様が言い始めた件。

 私であり私でないってトンチというか哲学というか……さっぱりだよ。

「私は私が自然発生した世界から分岐した全ての世界に存在していますので、ディーバに乗艦した私も私ではありますが別の私ということになります」

「だから普通は知りえないようなことも知っていたのですか」

「はい。ですのでクトゥちゃんが昔どのような言動をしていたのかも……」

「あ、はいごめんなさい、ヤブヘビでした」

 やだちょっと気になる。

「ま、キャピキャピガハハは置いておいて」

「やめて!」

「その上で私が感じたところでは、ここはディーバのオリジナルに近しいですが、ディーバが作られた世界とこの世界はそれなりに遠いのは確実です。それはクトゥちゃんとムーンラビットちゃんも承知していると思いますが……」

 ヌーリエ様の言葉に2人が頷く。

「しかし同時に2人があの世界に残ったという世界も分岐しているわけですので、そうやって私は増え続け、大元の原初の世界に情報が集約され、全ての私がそれにアクセスすることができますので、基本的には私とは別の私が体験し、得た情報も即座に共有されるわけですね」

 即座に共有されるのであれば大陸と接続する世界って簡単に分かったりするんじゃないかなと思うのだけど……。

「今イネちゃんが大陸と繋がる世界の情報も即座に共有できないのかという疑問をもっていますが、残念ながら世界の構造は1つではありませんので……」

 全ての宇宙理論が神話的、物理学的、数理学的、文学的の全部が正しく、間違ってるみたいなものなのかな、どれも他を否定しようとして、でも現実では全部存在しているというふうに今のヌーリエ様の言葉から受け取れるけど。

「そこまでは断言できませんが、少なくとも1つではないというのが私が出した結論ですよ、イネちゃん。それにそうであったほうがより多くの人と出会えるのですから」

「なる程、あなたらしい考えだ」

「最も、それぞれの世界での私には大きな個体差が存在していますし、ディーバに乗艦した私のちからはそれほど大きいものではありませんでしたので……」

「あれでですか……いやぁ確かに大陸、マヨヒガでのあなたは他の世界の創世神話で言うところの原初の神と定義されてもおかしくないほどですので、比べてしまえばかなり力の差があるのは納得できますが」

「そこは私が直接確認してるんよ、私も似たようなところがあるかんな。最も、この子と比べればかなり少ない広がりでしかないが」

「ムーンラビットちゃんはアスモデウスという概念がある世界限定ですからね。私の場合認識されていなくてもひっそり存在することができていましたので……それこそ吹けば飛ばされるような私も存在していましたから」

『えーっと……完全においてけぼりな上に艦内の浄化を急いだ方がいいんじゃないかなーってイネちゃんは思うわけですよ、昔懐かしな場所で思い出話に花を咲かせるのはそりゃ楽しいのはわかりますけど』

「やっていますよ。ニャルラトホテプさんがショゴスを9割引き受けてくださったおかげでかなり楽でしたから」

 そんな感じはこれっぽっちも感じていなかったけれど、潜在意識状態のイネちゃんが集中して外の様子を確認してみると確かに艦内の空気が変わっていっているように感じることができた。

 懐かしみながら雑談しつつこの規模の艦全体を浄化するなんて……流石神様というかなんというか、元々イネちゃんが利用している力はヌーリエ様の力なのだから普段イネちゃんが使いこなすとかそういう次元どころじゃなく息をするようにイネちゃん以上のことができるのは当然といえば当然か。

「ま、この子……ヌーリエ様は大陸全土から信仰されている文字通り主神と言って差し支えのない存在やからな、その分力は間違いなくトップクラスだと思うんよ」

「私としてはちょっとこそばゆいんですけどね。それはそれとしてやはりこの木星の空母はディーバ級と言うべき艦艇で間違いないと思います。しかし私はアングロサン

という世界……文明を知覚していませんのでやはりディーバが高野天原の転移に巻き込まれた際にアングロサン文明の世界に落ちたものかと」

 高野天原って日本神話の天津神が住む場所だったっけか。

 それが転移してそれに空母が巻き込まれたって……どういう状況だったのかイネちゃんの頭と想像力じゃちょっと思いつかない。

 しかもなんだか目の前でムーンラビットさんとクトゥさんが勝手知ったる他人の家みたいなノリでお茶とか準備しているけれど……間取りや家具の配置とかまで昔のままってそんなことありえるのかな、特に家って人が住まなくなるとすぐにダメになるって効いたことがあるし、その点今いるこの日本家屋はどこも手入れが行き届いていて人が住んでいるような生活感を感じるわけで……。

「はい、お茶よー」

「銘柄が一緒と思いましたがまさか中身まで同じで新鮮だとは思いませんでしたね」

「アングロサンにも地球は存在していて人類文明が存在したって話やったからな、それにこの艦内で栽培されている感じでもあるし、何かしら特別なものを感じたからこそ一緒にしているってことじゃないかね。それが信仰とは思わず、艦を運用する上で何かしら重要な意味があったと思ったんじゃないかね」

「まぁ……動力が動力でそれはある意味正しかったわけですからね」

「さて、そろそろ非常事態の解除があると思いますよ。皆さんの精神も正常化に向かっていますから」

「あぁではショゴたんは私が下に連れて行きましょうか。ムータリアスの魔族領でもいいと思いますが、シックで調査を行った方が良いでしょうし」

「全員必要っちゃ必要やけど……まぁ無難か、なんだかんだクトゥも同質な存在やしそうしてもらうか」

「クトゥさん、よろしくお願いします」

 そのやり取りをしてクトゥさんは元わんこであるショゴスと一緒にシックに向かって転移したところで、艦内の警報が収まった。

 あのショゴスわんこが原因で警報が止まらなかったのか……いやまぁそうだよね、ショゴスが原因で非常事態になっていたんだから当然だった。

「んじゃここでちょいと待つとしましょうかね、ここがここまで人の手が行き届いているのであれば私らがゆったりお茶飲んでることに気づくやろうし」

「なんだか撃たれてしまいそうですが……とりあえず私はイネちゃんに体をお返ししますね。次はあのわんちゃんを戻しても大丈夫になったときですね、こちらでも調べておきますのでまた会いましょう」

 そう言ってヌーリエ様が抜けて行ってしまい、結局イネちゃんがこの短時間で抱いた疑問の解決はかなりの数先送りになったところでさっそくムーンラビットさんに切り出す。

「えっと、でもここでお茶してて大丈夫なんですかね」

「あ、まず聞くのそこなんやね」

「もう色々わからなすぎて逆に清々しくなったというか、特に害になったりアングロサンとのあれこれやショゴス問題に関係なさそうなものはどうでもいいかなってなりましたので」

「まぁそうやなぁ。正気を失っていた連中を無力化したのはイネ嬢ちゃんなのは間違いないし、まずは外敵扱いで突入作戦なりなんなりされる可能性はあるな」

「それでいいんです?」

「いいもなにもあちらさんは状況確認しようとまず何するのか、正気を失ってたやつが何をやるかわからないからこそ外を攻撃するようなことを避けるのに相手の初動をほぼ固定できるようにしているわけよ」

「ムーンラビットさんでも予測できないんですね」

「万能じゃないかんな、無論あの子……ヌーリエ様も同様に極めて確率が高い未来は既存情報という形で認識はできるが、それは確定情報ではない。今回の件は完全に予想外でしばらく別の世界と繋がるっていう神託は教会幹部の誰にもなかったかんな」

 むしろ不確定ではあるけれど未来の出来事も認識できるっていう情報、イネちゃん初耳なんですが。

「基本あの子は用意周到、準備万端を是とする子やけれど、ムータリアスの時もだったが今回も不意打ちだったかんな。ヌーリエ教会はその保険的な備えを行って対応するわけなんよ。特に矢面に出るのは私やからこそ、平穏無事に楽しく美味しく明日を迎えたい連中が集まってそれを守れる体制と準備を整えておく……おくがこの艦は流石になぁ、撃破するわけにもいかんし、事前情報が火星北部代表から聞いた木星圏勢力の母艦ってだけだったのが原因でこういう手段をとっているわけな」

「今回完全に場当たり対応でしたもんねぇ……シックが襲撃されるって時は事前にギルドから人員を確保していたみたいですし」

「全部が全部対応できるわけでもないけどな。ヴェルニアや地球の一部の国に貴族領が蹂躙された時は完全に後手になっちまったし。あの子が世界と同化したおかげで満遍なく加護が広がったが対応能力は明らかに下がっちまったのがな」

「動くな!」

「お、来たみたいやな」

 APエリアポリスと思われる人たちが乗り込んできたと同時にビームを構えて来た……にも関わらずムーンラビットさんは落ち着いてお茶を口に運んだ。

 いやイネちゃんだって近づいてきて乗り込むタイミングは把握してたから落ち着いてはいるけど、流石にお茶はすすらないよ?

「動くなと言ったぞ!」

「撃つとは言われてないかんな。まぁ状況わからんで混乱しているやろうし説明してやるから責任者連れてきてなー」

 本当……ムーンラビットさんは屁理屈がすごい。

 困惑しているAPさんたちといつも以上に落ち着いているムーンラビットさんに挟まれてイネちゃんは次の展開が始まるまで考えるのをやめたのであった。

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