第124話 ショゴス化と可逆性
「ケテリ・リ!ケテリ・リ!」
「随分懐かれていますね……」
「もうちょい待っててなー、ちょいとこいつの中身調べるんで……クトゥは対話試みてくれよー」
「あぁはい。他のショゴたんとは違って友好的ですからね、大丈夫かと思います」
ムーンラビットさんが電話で言った待ち時間を5分ほどオーバーしてから、少し急ぎ気味な感じにムーンラビットさんとクトゥさんの2人がイネちゃんのところまでやってきて合流早々に言われた言葉がこれである。
「しかしまぁ……なんとも懐かしい中身ですよね」
「あんたは対話。まぁ気持ちはわかるがな、しかもそこにショゴスっていうのも何かしらの因果を感じなくはないしで思い出に浸りたくなる気持ちはわからんでもない」
「懐かしいって……2人とも知ってるんです?アングロサンの木星所属母艦なのに」
「ま、ところどころ違うかんな。大元は同じかもしれんが、クトゥがムータリアスに移動する前にいた世界に同じような船があったってだけよ」
優しい口調でそう言われると余計に気になってくるんですが……。
「なる程なる程。ふむ、この子が人懐っこい理由はわかりましたが……やはり初めて聞く展開ですね、インスマス実験以外でこの手のものは聞いたことがありません」
「まぁ頭の中身覗いた感じ、どうにもペットの犬だったんじゃないかってところはあるよな」
「そうですね、意味のある言語はないですが、意味のある意思は存在している感じなので動物が適切かと思います」
「それがイネちゃんに懐いてきた理由?」
「他のショゴスの残骸を調べながら来たが、残留思念からみても知能指数が低い小動物、もしくは昆虫がショゴス化したと考えるのが妥当やね」
残留思念って……ムーンラビットさんちょっと万能すぎないですかね。
「こっち方面に強いだけよ。ま、そういうことなんで最悪想定からはちょっとマシな展開になったな、この艦の連中にとっては十分最悪の展開だったわけだが……クトゥ、そっちの方はどう動く感じだったん?」
「そうですね、戦力をまとめて巨大人型兵器でこの艦自体を破壊しようとしていましたから正気に戻しておきましたよ。一度完全崩壊させたほうが楽だったのでちょっと昔ながらの手法を使いましたが」
「ショゴスと比べたら圧倒的に直葬するやろうなぁ……じゃあ少し耐性持たせて夢扱いか」
「はい。私としても今は友好を望んでいる身なので……最も後々ちょっと私を召喚しようと色々やらかす可能性は否めませんが」
耐性持たせるとか召喚とか……クトゥさんが昔はクトゥルフを名乗ってたっていうのはムータリアスで初めて出会った時に聞いているからわからないでもないけど、今でも召喚に応じちゃったりするのだろうか。
「それで、この手のやつは元に戻せたりは?」
「しませんよ。少なくとも私の知っている範囲ではそんな手段はないです」
「ま、そうよな。私もそんな手段は知らんしこうすれば戻せるんじゃないかって思いつきも出てこん。そこでこれを持ってきてはみたが……」
「トラペゾヘトロンですか……嫌だなぁ、私まだ恨まれてますよ絶対」
「一応私にとっちゃ義理とはいえ子供やからなぁ。んじゃイネ嬢ちゃん、こいつ見つめて?」
そう言ってムーンラビットさんはトラペゾヘトロンをイネちゃんの目の前に突き出してきた。
「えっと……これってどういう?」
「人がトラペゾヘトロンを見つめるとアザたんの眷属であるニャルラトホテプが召喚される」
「ちょっと待って、それかなり怖い」
「はい、怖がられて私は大変嬉しく思いますよ」
「うわぁ!?」
「お久しぶりですね義母様」
流石這い寄る混沌、気配とか全く感じなかった。
「それに……クトゥルフですか。あの時はよくもやってくれましたよね」
「そのへんは私の顔に免じて飲み込め。んで呼び出した理由やけど……」
「ありませんよ、ショゴスになった別生物を元に戻すなんてこと。可能性が電子レベルで存在するかもしれないと言えなくはないのは……この人間が人間やめればいけるんではないですか?あぁ忌々しい力です」
いや初対面で忌々しいと言われましても……。
しかしそれにしても突然瞬間的に現れて、最初からここにいたような雰囲気を醸し出しているニャルラトホテプさん……さんって敬称つけて大丈夫だよね?とりあえずびっくりはしたけれど思考によどみも何もないし、そもそもそれならクトゥさんと真面目な会話している最中でもまずいだろうから。
「ま、イネ嬢ちゃんはこの世界で一番あの子に近い子やからな。こことは別の地球に侵略かました時の記憶で言ってたのならそりゃそれを阻止した最大の力ってことで反発もするやろうが……」
「もうそこは気にしておりません。どのみちあの時一番乗り気だったのはクトゥガァとハスターでしたから。偉大なる父がやれとも言っていないことをやりだしてからにあいつらは……」
「はっはっは。しかしそうか、戻せないか……イネ嬢ちゃんが神化しない限りねぇ」
「いや見つめられても長くもたないですし、ここだとできないんじゃないです?」
いくら足元の構造物が鉱物資源の塊だって言っても流石に厳しいと感じるのだけれど……せめて小惑星とか衛星ならできるかもしれないけど。
「いえ、ここの構造であるのなら、もし、あの場に日本家屋がそのままコピーされているのであれば可能性はありますよ」
「そういえばここはあの艦の居住区に近いですね、他の構造に関してはそれなりに違っているようですが」
「動力もアレからフォトンに変わっているから別物やけど、最終決戦のあと乗員を帰還させて他の世界に飛んじまったかんな、謎の技術満載で外宇宙航行艦としては完成度が高めやったからコピーされていても不思議ではないしな」
一体なんの話をしているのか完全においてけぼりを食らっているのですが……完全にイネちゃんの今後の予定を決められるにも関わらず何もわからないのはやっぱり胃にくるものが……。
「とはいえ戻すべきかという疑問もありますがね。インスマスとは違いここでは知的生命体の変異は感じられないのですが……」
「ペットも家族よ。まぁその家族が無事である保証はまったくもってない状況ではあるが」
「あぁいえ恐怖の感情はたっぷり感じますので住人は生きているのではないでしょうかね、義母様はそちらの気配に対しての反応は疎いですからわからなかったのでしょうが」
「そっか……んじゃあんたはこの恐怖の感情食っていいから、ありがとな。あぁそれとアザたんによろしく言っといてくれな」
「本当に扱いが雑ですね……まぁこの世界は少々生の力が強すぎるので別に構いませんが」
生の力とかイネちゃんもう本当おいてけぼりな感じ。
「よし、クトゥは記憶を頼りに案内を、イネ嬢ちゃんはついてきてな」
「それでは私はこれで。恐怖を頂いた上でショゴスはこちらで処分しておきますので……よろしかったですよね?」
「おう、ただその人懐っこいやつは残しといてくれると助かるかもな、なんで変化したかの原因を探るのに必要になるやもしれんしな」
「了解しましたが……ショゴスを見ても大丈夫なので?」
「あんたを直視しても大丈夫な人間がそこにおるじゃろ?」
「なる程、やはりあの加護ですか。まったく存在否定をしておきながら受け入れるとは残酷ですね」
「アザたんはそこを気に入ったんやからな」
「わかっています。義母様もお元気で」
言葉が終わると同時に、そこにいなかったかのようにニャルラトホテプさんは姿を消した。
「えっと……もしかしてヌーリエ様ってC系な神様たちに何かやっちゃったんです?」
「んー……あの子の加護の範囲内の人間は連中と共存可能にしちまっただけよ」
それはC系な人たちのアイデンティティが消失してしまったと言うのではとも思ったけれど、それを受け入れているだろうクトゥさんもいるわけだし特に口には出さなかった。
今の3人?の会話が事実だとすればクトゥさんにも色々と事情があるのだろうし、本来上位存在であるニャルラトホテプさんに逆らうだけの何かがあったってことだからなぁ……聞いたら絶対面倒というか、面倒じゃなくても恐ろしく長い昔話を聞かされる予感しかしないし。
まぁ今はそんなクトゥさんの大昔の記憶を元に、この宇宙艦内部でもイネちゃんがヌーリエ様と
「ところでさ、このついてきているショゴスはどうするの?」
「可愛いワンコと思っとけ、元々ワンコなんやから」
「ケテリ・リ!」
「今のは肯定の鳴き声ですね、正直変異してしまっても元の生物の性格などがそのまま引き継がれている事例は本当にインスマス実験でしか確認されていませんので興味深いですよ」
「もうどうにでもなれという正気を手放したくなって来ている人間がここにいるよ……」
「それももうすぐ終わりますよ……記憶通りの場所にとても懐かしい間取りの日本家屋、もう完全一致と言って問題ないでしょうね」
到着した場所に建っていたのは土壁が特徴的な茅葺き屋根の日本家屋、なんだかイネちゃんの無意識のところで懐かしさを感じているけれど……これはどういうことなんだろう。
「間違いないな。この木星母艦の大元になった技術と艦内構造は私らがマヨヒガやムータリアスに移住する以前にいた地球で作られた多目的潜水艦、ディーバで間違いないんよ」
いよいよ謎の単語が出てきてしまった気がしながら、イネちゃんの中の懐かしさに引き寄せられるようにヌーリエ様が出てきて……。
『少し、お体をお借りしますね』
こうしてヌーリエ様による説明やら浄化が始まるのであった。
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