第123話 地獄の居住区画

「はいよっと!これでいくつ目だっけ?」

『正直20超えた辺りでバカらしくなったから数えてない。ペースは変わってないから推定で100近いかな』

 居住区に突入してから1時間くらいで悲惨なご遺体をちょこちょこ横目で確認しながら自分たちの街だとでも言わんばかりに蹂躙していたショゴスの殲滅を進めていた。

 ご遺体の様子も概ね覚悟していた予想の通りで想定を超えるものはなかったのだけれど、突入してみてその想定を裏切られたこともあり、想定していたよりも被害者の数が少ないように見えるのは嬉しい誤算と言える。

「それにしても広いなぁ……ここが艦艇の内部だってこと忘れちゃいそう」

『明らかに民間系と思われるような看板もあるからじゃないかな、完全に普通の街だって目隠しとかされて連れてこられたら勘違いすると思うよ』

 エレベーターから出てきた辺りには畑と果樹園、しかも水耕栽培もできるように川まで整備されていて壁がなければ屋内であるということを忘れてしまいそうなほどだった。

 いくら宇宙船とは言ってもここまで地上と同じような空間を作る必要はあるのだろうかと考えるけれど、長期間宇宙空間で生活することを考えれば気持ちはわからないでもない。

 それに艦内で自然循環を完全再現出来ているのであれば空調システム回りの整備を最小限に抑えることだってできるだろうし、私が思いつかないようなメリットもそれなりにあるのかもしれない。

「ケテリ・リ、ケテリ・リ」

『まだいるんだから街に関しての感想は後回し』

「了……解!」

 姿を現したショゴスにバーストナックルを叩きつけて爆発四散させて周囲を改めて感知する。

「……ショゴスはあらかた片付いたとは思うけど、確証が難しいな」

『ご遺体も一緒に感知しちゃってるからね。結構誤感知が多いし』

「この規模の街で人口も建造物の状況と平均比率が同じくらいならおよそ1万人くらいだと思うけれど……今まで見つけたご遺体の数はどのくらいだっけ」

『そっちはショゴスよりも数えてない。でも多分4桁には行ってないと思うからかなり少ないと思う』

 この規模の艦艇で、宇宙船……しかも居住区が市街地と言っていいレベルのものを備えているのであれば相当数の民間人がいても不思議ではないし、先ほどから確認している民間企業らしきお店の看板も確認しているから確実に存在しているだろうと予想できる。

 それにも関わらず民間人と思われるご遺体……まぁ遺体が残っているものに関してはだけれど私は視覚で確認していないし、そこで人が死んだであろう場所には必ずアングロサンで使用されているビーム兵器がどのような状態であっても存在していたので、軍人の遺体から武器を剥ぎ取ってとか、そもそも店舗に備え付けられていたとかでもなければ私が確認したご遺体は基本軍人か治安部隊の人だろうと予想ができる。

「最低でも1万規模の都市と考えれば、軍艦の内部という特殊状況を鑑みても民間人が詰めていても不思議じゃない。ムツキお父さんが配属されてる基地だって民間人が働いているわけだからね」

 最も、基地に関しては雇用対策とか基地を誘致する際にそういう取り決めがあったのかもしれないけれど……この規模の都市を全て軍人で回すのは流石に無理が出てくると思われるので私がお父さんたちから聞いている範囲から想像するならば1万人が詰めているとして民間人はその家族含めて3千人ほどがいる前提で動いたほうが確実……だと思う、多分。

 それにしても既に3桁を超えるだけのご遺体があるにも関わらず民間人だと断言できるものがないということは、民間人の避難は何か異常が発生した時点で終わっていたのか、この艦の作戦目的に民間人を降ろしておく必要があらかじめ存在していたかのどちらかかな。

『少なくともこの辺にはいないよ、生存者はって但し書きがつくけど』

「民間人っぽいご遺体見つけた?」

『いやまだだし、見つからないほうがいいでしょ。この規模ならイネが予想したように子供がいてもおかしくないし』

「まぁ……この規模ならシェルターが各所にあってそこに避難しているっていうのが妥当かな」

『一応それっぽいのは確認してるけど、中に誰もいない感じだったから確証はないけどそんなところじゃないかな』

「テケリ・リ」

 こちらの脳内会話に相槌を打つようにしてショゴスが現れた。

 しかしなんというか悪意とかそういうものを感じない。

 今までは出会い頭に攻撃をされていたので迎撃という形で肉片に変えていたけれど、どれも殺気を感じるくらいに悪意をもって突撃してきてくれていたから近距離の探知を疎かにしても問題がなかったからうっかりしていた。

「……攻撃されないね」

『クトゥさんが最初に対話をしようとしていたから、本来はこの個体みたいな感じなのかもしれない』

 とりあえずどう対処していいのかをクトゥさんに聞いておかないとこの手のやつは後々絶対問題になるパターンなので胸ポケットからスマホを取り出しヌーリエ教会に備え付けられている固定電話に対して発信する。

 今まで使ったことはないけれど、ギルドの規約とヌーリエ教会の方針で公的な仕事をしている最中、現場の判断だけでは決断が難しい状況に陥った場合に使用する回線が存在している……のだけれど、地球の技術をスライド運用しているために普及率がいいとは言えず、維持費がかさばっているとかなんとか。

 とはいえ今こうして役に立つのであれば今まで払っていた維持費も報われるってことで、真横にショゴスがなつくような動作をしている間、あちらが電話に出るのを待つという謎の光景を展開する形なのは少しアレな感じではある。

『はーい、こちら緊急回線よー』

「ムーンラビットさん?」

『丁度下では休憩と安全確保のために避難を開始させているところやから私が暇になりかけたところだったんよ。それで何かあったん?』

「それがなんだか懐く感じに擦り寄ってくるショゴスが出てきまして。万が一ってこともあるので判断を仰ぎたいんですけど」

『クトゥは何してるん?あいつがいれば解決できる問題に聞こえたんやけど』

「正気を保ってた兵士さんを任せちゃいました」

『あー面倒な感じだったか。まぁショゴスが大量に沸いたのなら当然と言えば当然かね。わかった、とりあえずこっちは他に任せられるんで私がそっちに行かせてもらうんよ……ただ10分程度時間はもらうがええかな』

「最悪に転がらないのなら10分程度大丈夫です。今真横にいるショゴスも攻撃してきませんし、周囲の破壊もする様子がないので待ちます」

『現地に行かないとなんとも言えんが、ちょいと悪い予感もするかんな。殲滅してただろうがちょいと無力化の方向に方針転換してもらうかもしれんからそのつもりで頼むんよ』

 ムーンラビットさんが最後に気になる言葉を残して通話を切った。

 殲滅から無力化に……それにムーンラビットさんの悪い予感っていうのは世間一般の悪い予感というにはズレが大きいし、具体的にいえば世間一般でいう最悪を定義すればそれがムーンラビットさんの悪い予感に合致する……まぁ経験則だけど。

 となると私が想定していた最悪を軽く飛び越えてくることも覚悟しないといけないか……嫌な想像だけが頭によぎるけれど、もしそうだとすればちょっと虐殺してしまっていた可能性があるわけで、精神的にくるなぁ。

『住人がショゴスになった可能性ね……そうだとすれば確かに虐殺とも言えるけれど、それとは別に元に戻せる可能性の有無が重要なんじゃないかな』

「それはそうだけど……考えることが凄く多くなりそうだしこれはムーンラビットさんと合流してからかな」

 最も、合流するのはクトゥさんかもしれないけれど、今私の頭に浮かんでいる最低が事実だとすれば私はアングロサンとの関係に溝を既に作ったことになるわけで……本当にどうなるか不安に押しつぶされそうになりながら横にいるショゴスに頬?すりされつつ待つことしかできないのだった。

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