第120話 収穫祭当日

「それではこれより奉納刈り入れを開始する」

 司祭長であるココロさんとヒヒノさんの両親が夫婦で、声を揃えて宣言した。

 奉納の刈り入れの順番はまずはタタラさんが最初の鎌入れをし、リリアが続き、その後イネちゃんが勇者の力を全力で使って畑1面を丸々収穫することになっている。

 それまでの間、イネちゃんは待機なのだけれど……特に神職とかそういうのがわかる服装だとかはせずにいつもどおりの服装のまま刈り入れを初めてる。

 タタラさんなんていつもそうなのだろうことがわかる上半身裸で、イネちゃんから見てもまさに大岩と呼ぶべき筋骨隆々な肉体でいくつかの稲穂に鎌を入れてから、こっちは正装って感じの巫女服で身を包んだリリアが、こちらも慣れた感じに鎌を入れて収穫した。

「イネさん、出番だ」

「頑張ってねイネ」

 うーん、普通の収穫風景から非日常をドーンと見せるっていうのは確かに視覚効果とかそういう意味でも効果抜群なんだろうけれど……やっぱこう、普通に刈り取ろう?って思えてしまう。

 とはいえ既にそんな愚痴をこぼす段階ではないので、勇者の力を発動させて意識を集中させる。

『畑の大きさが結構広いから私の方で範囲指定は制御する』

「うん、イーアはそっちお願い。こっちは地面を波打たせる感じに根こそぎ収穫する形にするから」

『了解』

 とまぁこんな感じに数日かけて練習しただけのことはあり、私とイーアの連携もちゃんと役割分担で行えているので結構スムーズに進められてるし、力の制御に関しても自立型のビーム兵器を運用するよりも繊細な部分は無いので存分に大味な感じで動かしていく。

「ふむ……以前見た時と比べて格段に制御が出来ている」

「イネは毎日みんなのためにやってくれてたからね」

 親子の会話が後ろから聞こえてくるけれど……きっとリリアのファザコンっぷりが発揮されてやたらと距離が近かったりしてそう。

『地面を波打たせる感じに根こそぎ持っていくのって誰の案だっけ』

「ムーンラビットさん。見た目派手に、でも堅実にって割と難しい注文出してきたから」

 目の前の畑が波打つたびに周囲の見物人の皆さんがおぉーとか感嘆の声を上げているのもわかるし、あれだけ何度も何度も練習をさせてきた理由がよくわかるよね、本番でここまで人目があってしょっちゅう感嘆の声で集中が途切れそうになる辺り反復練習で体に覚えさせるというのは大変有効だからね。

 非日常な状況で訓練通り、日常通りの動きをするっていうのは本当に体に覚えさせるというのは重要だからなぁ、お父さんたちにまず反復って感じに訓練受けさせられて意味はあとからを徹底していた理由を絶賛実感中なのは本当ありがたさを感じてしまう。

 反復が癖として身についていたからこそ、集中力が途切れ気味になってもこうして目の前の催事をこなすことが出来ているわけだからね、うん。

『あと少しだからもう一度集中する!』

「はーい」

 とはいえ体に染み付かせた動作をやるだけなのであと少しで終わる……そのタイミングでそれがシックの上空に現れたのである。

天船あまふねか」

「でも今って飛行禁止……」

「様子がおかしいな。リリア、一応結界を張るぞ」

「う、うん」

 感嘆の声がどよめきに変わっていることは気づいている。

 ただもうすぐ収穫が終わるのでイネちゃんはそっちに集中して、催事を妨害されることで色々と不利益を被りそうなヌーリエ教会側が動いてくれることを信じてあと数本となった収穫作業だけは終わらせようとしたとき、急に姿を見せた宇宙船が攻撃をしてきた。

 まぁそこは大陸で一番の重要拠点とも言うべきシックであるので、光学的にも完璧とも言えるレベルでその攻撃を防ぎきって、収穫祭に参加していたアングロサンの人に周囲の視線が集中する。

「はーい責めないのなー。一応私らと友好条約を結ぼうとしていたのは今回の収穫祭に私が招待したんだがな、アングロサン側が一枚岩じゃないということ……つまりは社会構造や世界情勢で言えば繋がったばかりのときの地球よりも大規模でそこそこ複雑であるのは、先遣大使として情報を集めさせていたココロから説明させるんよ」

「はい、それでは結界にて防げている間に簡単に説明させて頂きますと……今現在シックに攻撃をしてきた相手は今回お招きした方々と政治的に敵対している存在であると推測できます」

 何やら演説みたいなことが始まっているけれど……。

『ひとまず終わり!終わったから状況整理!』

 収穫を終えたことで私の意識を今起きている騒動へと向ける。

 シックをすっぽりと覆うようなほどの巨大な艦艇が上空に1つ、なる程確かに技術体系だけで言えばアングロサンのものと断言できてしまうだろうね、あれほど巨大な航空艦船が必要になってくるとなればそれは宇宙空間を長期間航行し、外部補給がほぼ受けられない環境で運用する前提の設計だろうし。

「とりあえずあれがどういうものかの説明はできますか?」

「恐らくは木星圏の主力艦だとは思いますが、ところどころデータにない構造に変化していまして……それに先ほどからこちらのコンソールにケテリ・リなどという単語が送信されていて……」

「ん、ショゴたんか?」

「知っているのかクトゥ!」

「それどんなテンションなんですか……まぁ私よりももっと上の連中が肉体労働を任せるために生み出した子らがそんな鳴き声してますよ」

「アングロサン側としてはどう判断する?」

「こちらからの通信に応答がなく、謎の単語をひたすら送ってきているだけであることから制御を失っているものと判断し何かしらの処置は行われるという軍規はありますが……」

「あの大きさを単純に撃破しちまうと地上への被害がどうしても出るか。物理的に落ちても、爆発四散しても」

「ですのでまずは横か縦に移動させる必要があるわけですが、我々が乗ってきた艦では空母級を牽引することはまず不可能なので……」

 うーん、偉い人たちが状況確認を進めているようだし……私はいつでも動けるように勇者の力を発動させつつ、リリアとタタラさんのところに近づいておく。

「まだ状況確認中みたいだけど……現場の独自判断で動いちゃったらまずいかな」

「事態が事態なので多少は問題ないとは思うが……イネさんが単独で危なくなる可能性がある判断は流石にさせられない」

「イネ、とりあえず様子見してシックの結界外に被害が広がりそうと思ったら動くでいいんじゃないかな」

「大丈夫かな……」

 相手の規模が規模だし、あちらがやる気満々だからすぐに悪い方向に流れそうなものだけど……。

「おーいイネ嬢ちゃーん。収穫祭の直後で悪いがちょいとクトゥと一緒にアレに乗り込んできてもらってええかなー」

 待機から即乗り込み……いやまぁ流れとしては当然ではあるけどさ、相手の規模がどれだけ大きかろうが金属で構成されているのならイネちゃんの勇者の力で掌握余裕なのは間違いないし。

 でもなんでクトゥさんと一緒なんだろう。

「いやぁケテリ・リって鳴く相手に心当たりがありましてね。私がムータリアスに移住する前の世界でも大暴れしてましたんで、ここはその時と同一線上の個体か確認しておきたいところなんですよ」

「クトゥさんって移住前名乗ってた名前って……」

「クトゥルフですよ。ぬり……ヌーリエ様にはその時からお世話になってましたから返しきれない恩をほんの少しでも返せる機会なら是非、微力をお貸ししたく」

 なんというかクトゥさんの本名やらブロブやらトラペゾヘトロンやら……SF系神話体系まで一気に広がって面倒くさそうからものすごく面倒くさいにランクアップしている気がしてならない。

「場合によってはその時お前が乗ってたっていうアレもだして欲しいんやけど……」

「動かないと思いますよ、あれは神と呼ばれる連中の力や場所概念の力を具現する装置でしたし、そもそもアス……ムーンラビット様に誘われたときにもう離れていましたから」

「そっかー……まぁ時間軸を過去に繋げる必要もあるしダメならダメで諦めた方が良さそうやね」

「そのへん無視しすぎると大変になりますからねぇ」

「えっと……乗り込むなら乗り込みにいくけど……」

 このままだとなんか話がヘンな方向に進みそうで進まないとかいう頭が混乱しちゃうので私の方から話を進めさせてもらう。

 時間をどうとか過去をどうとかどうにも笑い話になりそうな内容じゃないからね、過去を変えられるとかそんなことになれば普通に考えても面倒という言葉だけじゃ済ませられない事態になるだろう予想がつくしね、私だって今の状態で過去に移動できるのであれば自分自身を消すことになってもゴブリンに殺された皆を救いたいという欲求が出てきちゃうからね。

「いや流石に過去を変えるとかはできんからな?昔生きていた存在の力を借りるとかその程度のことよ」

「直接来てもらう形なんでやっぱ変わる可能性はゼロじゃないですけどね」

「その制約がなければとっくに呼んでるもんな!」

「確かに」

 ここでムーンラビットさんとクトゥさんが笑い合う。

 超越者同士、そして悠久とも言える時間を生きているもの同士の何かなんだろうけれど……。

「もう、置いていきますよ」

「おっとすまないね」

「んじゃ行ってらっしゃいよー」

「気をつけてね、イネ」

 そういえばリリアとタタラさんもいたんだった……会話に入ってこなかったのは呆れていたのかわからなかったのか、少なくとも空を飛び始めたときに見えたタタラさんの表情から感じたものは慣れているといった表情に思えたのだった。

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