第119話 収穫祭の練習
お休みの日から数日後、イネちゃんたちは進まない調査から収穫祭の準備に駆り出されていた。
「すまんなぁ、あの手の調査なんざなにもわからんって結論に至るまでずっと同じことの繰り返ししかできないのに、それを要求してくる連中が無駄だとか言い出してきてな」
「まぁ明らかな驚異なのはわかっているのに何もわからないっていうのはそれだけでストレスなのはわかりますから」
それにそれを言い出してきているのは地球の政治家野党の皆様だっていうのも理解しているので、イネちゃんとしては苦笑しつつわかりませんと答えるしかできないわけである。
というか分子構造とかそういった点に関しては既に報告済みだし、装甲材に関しても現代戦車の正面装甲の半分くらいの厚さで、防御性能は数倍だっていうのは報告していて……むしろそういう地球としては不安になるような情報ばかり先行しちゃうから余計になのかもね。
「むしろイネ嬢ちゃんがいなかったら本当に何もわからない状態で、現状かなり解明されているという事実も無視してくるかんなぁ」
「素人である以上はわかるものかわからないものかってこともわからないですし」
イネちゃんも似たようなものだけど……でもわからないということがわかっているということが大変貴重なことであるのはここ数日の調査で嫌というほど自覚させられたよね、説明できる範囲で説明すると終わった直後に『で?』とか『それから?』って言葉がほぼ確実に飛んできてたから、本当わからないことの証明って必要。
「その点収穫祭の準備は楽やろ、やるべきことは確定してるしイネ嬢ちゃんが関与する部分だけをしっかりこなせばええからな」
「奉納のための最初の刈り入れの1人になるのは完全に想定外でしたが……」
「ヌーリエ様の力を一部でも行使できる勇者ってことで情勢の把握が難しい地域の神官長連中がやるべきだって意見が多くてなぁ。まぁ異世界からの侵略が立て込んでここ数んえは暗い話題ばかりだったから、たまには明るい話題のひとつもあっていいってことですまんな」
「別にいいですけどね、ヌーリエ様の力ってのは事実ですし……ただイネちゃんに刈り入れの記憶がないってのが心配ですけど」
「そこはほれ、今も練習してるわけやしな」
そう、今イネちゃんは特別ヌーリエ様の加護が強い人が行うという奉納刈り入れに選ばれてしまい絶賛練習中なのである。
「でもなんでイネちゃんが畑丸々1面担当なんですか?」
「勇者の力を全力で使って根っこから抜くような感じにしてくれれば視覚的に一番わかりやすいやろ?そんなことしている畑に入って無事収穫できるやつはタタラ以外には不可能やと思うし」
タタラさんなら大丈夫なのかと。
「そういえば奉納刈り入れはわかるんですけど、奉納ってどこにするんです?」
「ん、皆の胃袋やけど?」
「神棚とかで飾るとかじゃないんだ……」
「あの子……ヌーリエ様は基本的に皆で仲良く美味しいものをっていうのが好きやからな。最初の炊き出しに即使ってできる限り多くの人に振舞うのが通例よー」
なんとなくそういう感覚はイネちゃんの中にもある。
ヌーリエ様はどうにも他の人の意識を尊重してくれるようにしてイネちゃんとイーアという2つで1人という感覚もそのまま維持して、むしろ最近ではイーアと意識共有レベルが上がっていたり、意識せずに2人で会話して状況整理することも多くなってきているし。
「あぁそうだ。オオル君ってどうなるんです?家族で過ごすのが大事ならリリアの弟なんだからこういうお祭りの時に、大陸にいるのならって思うんですけど」
「オオルはまだ見習いやからなぁ……でもまぁそこまで拘束はせんからな、オオルのやつが来たいっていうのなら別に止めはせんよ。それにあの子ら家族は最近一緒に暮らすことができていなかった以上むしろ推奨するように通達……せんでも共通認識でいるが、形式的に毎年直接本人に伝わるようにはしてるんよ。それにあの子だって私の孫の1人やしな」
あぁそうだった。
リリアの弟なんだから当然ムーンラビットさんの孫だよね。
「リリアが寂しがってたか?」
「お休みの日にちょっと話題になっただけなんですけどね」
「そっか、どっちが話題に出したかは関係なさそうやねぇ。リリアがそういう話題に乗ったという事実だけで十分。わかったんよ、オオルには暇を見つけて私かササヤで直接出席するように伝えておくんよ」
「それって大丈夫なんです?」
「大丈夫も何も地球の近しい言葉を使うのなら安息日とかそんなところやからな。義務じゃないが日常の仕事は基本休んで家族と過ごすのが普通よ。まぁあまりに真面目すぎたり、帰宅やシックへの移動が難しい場合はその限りではないが」
ムータリアスの、しかも錬金術による汚染地域の浄化開拓事業をしていた去年のリリアはその例外に当たっていたわけだ。
あの時は結構急がないと現地難民を養うために色々と作業の手を休めることができず、主要人物であったイネちゃんとリリアは休むことができる状況ではなかったからね。
「ほら、集中。イネ嬢ちゃんが今年の収穫祭の主役みたいなもんやからな」
「なった記憶はないんですが……」
「ま、勇者となったやつの宿命みたいなもんと思って諦めてな。ココロとヒヒノも勇者になって落ち着いた辺りに同じ感じにやったしな」
大陸の勇者というシステムがヌーリエ様に力を授けられるみたいなところがあるからこそか……大地に根ざして暮らしている以上はその恩恵をすべからず受けている大陸だからこそとも言えるけど実際に選ばれた側になったらこれはこれで凄く大変な出来事である。
まぁ逆の立場だったらイネちゃんも勇者様の姿を見たいとか思うだろうし、収穫祭という大陸でも最大級のイベントは絶対楽しみになるだろうことは思っちゃうし。
「あぁそれと……アングロサンの人たちってどうなってるんです?駐留部隊だった人たちは母艦が戻ってきてすぐに戻っちゃいましたから知らないんですよね」
中佐さんたちも母艦が戻ってきたら最初からそう決められていたようで挨拶も簡単に済ませてさっさと戻ってしまった。
まぁそれでも食事だけはしっかり食べていった辺り、あちらのレーション文化と大陸の美食文化の違いは強く思い刻んで帰っていったことは想像できるけれど、こちらの文化というものをちゃんと理解してくれていたのかは殆ど交流ができなかったからね。
「収穫祭に招待してるんよ。今年はムータリアスから人類代表も来ることになってるしこちらの文化を紹介するという意味では時期的に丁度良かったんよ、楽できるしな」
本音が漏れた気がしたけれど、実際今イネちゃんが練習している刈り入れに関しては大陸の文化を象徴する1つのイベントでもあるからね、楽ができるというムーンラビットさんの言葉選びはアレだけど、実際見てもらえれば大陸という世界の基礎を形作っている価値観を伝えることができるわけだ。
しかしまぁそうなると主役だとか言われているイネちゃんへのプレッシャーはとてつもないものになってきているけれど……いっそ今回の収穫祭はイネちゃんとしては自身がどれだけ勇者の力を平和的に精密で制御出来ているのかっていうのを試せる場でもあるわけだから、今後宇宙空間で戦えとか言われる可能性が否定できない情勢なわけだし悪い話でもないわけだ。
「いやぁイネ嬢ちゃんがアングロサンの世界に乗り込むっていうのは今は考えてないんよ。流石にあちらの文明に対して相性が良すぎて驚異としか思われない可能性が高すぎるかんな」
「ムーンラビットさんがそこまで言っちゃうほどにです?」
「普段はあまり言わんがな。ヒヒノのこともあって本気で敵対するとなればヒヒノの本気で相手の全てを焼き尽くすなんざ半日あれば十二分やし、相性がいいだけっていうならまぁ、戦闘だけ考えればヒヒノかササヤでいいになっちまうしな」
つまりは平和的に和平条約を結びたいということである。
「平和の使者が相手の文明が作り上げたものを軒並み同化制御しちまうとなれば敵対行為扱いされても不思議じゃないから凄く面倒くさいんよ。まぁそういったデリケートなパターンは基本ココロに丸なげしちまうから私の仕事はそれほど増えたりはしないんやけど」
ココロさんかわいそう。
「いっそのこと相手が脳筋の方が楽やからなぁ、ササヤに殺さないように暴れろって指示だけであとは何とでもなるから。地球の場合はくにや地域に合わせる必要があったんでひたすら時間がかかったパターンやね。アングロサンも一枚岩じゃないみたいやけど一応は統一政府があるわけやしそこを中心に交渉すればええしな……ま、ココロにはその事前調査と取り決めをしてもらうだけやからそこまでかわいそうってこともないんよ」
「そういうものです?」
「ま、イネ嬢ちゃんのこと好きになったーとかそういうのも出てこないわけではないが、それを言ったら誰でも一緒やしな」
「そういえばそんなこともあったっけか……」
「今移住先の島でこの世界に順応しようと率先して動いてるんよ。順応って言っても気候風土は基本的に滅びた世界とほぼ同一で地面にはヌーリエ様の加護があるくらいの差しかないんだが……流石にまだ収穫祭に出席するだけの余裕はないからな、今年は見送るらしいんよ」
「まぁ……自分たちの生まれ故郷が滅びてるんですからねぇ」
「そういう時ほど明るいイベントってのは必要だとは思うんだが、そのままスライドさせて強制移住みたいに救っちまったからな、あちらの権力構造とかが色々と交流を阻害しているみたいなところはあるんよ。他にも思うところは多いやろうし……部下に任せてはいるがまだどうなるかは読みきれない感じやね」
うーん、ムーンラビットさんも今は滅びた世界とアングロサンの2方面同時進行で、更に旧来からの大陸の催事もしっかりやって……やっぱりやること多いよなぁ、イネちゃんが想像できないような細々した仕事も多いだろうし。
「私のことを心配する前にちゃーんと収穫祭の方を成功させることを考えるんよー」
「そうだった……」
このあともめちゃくちゃ練習することとなった。
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