第118話 お休みの日

「あ、イネおつかれ」

「リリアー……疲れたよぉ」

「はい、よしよし」

 ブロブの調査が始まって既に1週間。

 トラペゾヘトロンが動力になるというクトゥさんの言葉によって調査の担当として大陸の人間が中心に組まれた結果、イネちゃんはトラペゾヘトロンの調査にも関わることになったために作業量がかなり多くて毎日こんな感じになっているのである。

 ちなみに調査責任者は結局ムーンラビットさん、副責任者としてササヤさんが参加しているのでアングロサンとの直接交渉の方はココロさんとヒヒノさんを中心に編成されて、ジャクリーンさんもそちらに回されている。

「お昼休憩の時も勇者の力を使い続けないといけないからもう、本当疲れる……」

 クトゥさんが運び込まれたトラペゾヘトロンに関しては全部送信機能も停止していることを確認した上で改めて再調査という形で、イネちゃんの勇者の力を使ってその分子構成やらを調べているのだけれど、これがまた曲者でちょくちょく細かい組成が変わって固定されないのだ。

 トラペゾヘトロンに詳しいクトゥさんが言うには正体が確定される直前に変更して組成構造を変えるらしいから、今イネちゃんがやっていることはどのような変化をしてどういう影響が起こりうるのかということの調査ということになる。

「まぁ安全のためにってことだから」

「それはわかってるけどね……万が一放射性物質や超高密度エネルギー物質にでも変化しちゃった場合はイネちゃんがいないと色々消し飛ばしかねない代物なわけだし」

 幸いにもトラペゾヘトロンはアザトゥースの肉片とかではなく、れっきとした鉱物資源、つまり宝石であったのでイネちゃんの勇者の力で制御ができることだけは良かったのだけれど、逆に考えればブロブを作った存在はそんな超不安定なトラペゾヘトロンを完全制御して動力炉として組み込むだけの技術を持っているということになる。

 ちなみにアングロサンの主要動力はフォトンエネルギーで、イネちゃんはまだアグリメイトアームのエンジンとかを調査させてもらっていないので再現できない。

「ほら、パフェってやつ作ってみたから一緒に食べよ?」

「パフェってすぐ溶けちゃうじゃない?」

「うん、まだ材料の状態で私が買ってみた冷蔵庫ってやつにいれてあるからさ」

「あー……そういえばリリアって初めてのお給料で地球製の家電買ってたんだっけか」

「調理器具とレシピばかりだけどね。最近は裁縫道具とかも興味あるけど……場所がね」

「冷蔵庫だけでも結構大きいの買ってたもんね。流石に量販店のスタッフさんを大陸まで運んでもらうのもなんだからってイネちゃんがトラック運転したから覚えてる」

 あまりにのんびりしすぎてて日記を書き忘れた時期だったけど、あの時家電まとめ買いをしたもんだから店長さんが店先まで見送りに来てたっけか。

 冷蔵庫やレンジにトースター、ミキサーの類も揃えてた記憶なんだよねトースターと冷蔵庫に関しては日常使いしているし、レンジに関しても硬いお野菜を柔らかくするために使っているところはよく見てるけれど、リリアったらミキサーに関しては全部人力で済ませちゃうからあまり使ったところを見たことがなかったんだけど……。

「ちょっと生クリームっていうのを作ってみたくって。フードプロセッサーってやつも買ってあったけど使ってなかったからさ」

「フードプロセッサーで生クリーム?」

「うーん、確かにミキサーの方だけどちょっと他の部分にこだわりたいのと、アイスを作る過程で使えるからさ」

 何かできたっけ?とも思いもしたけれど、いざお料理のこととなるとかなりの凝り性なリリアのことだからもっと何かあるのかもしれない。

「んーまぁ楽しみにしとく」

「えへへー任された。じゃあ作ってきちゃうね」

 リリアはそう言って台所へと向かって行った。

 あ、そういえば今はシックから離れられないこともあって、イネちゃんたちが滞在しているのはリリアの家の別荘……というか多々良さんの生家である。

 元々がヌーリエ教会の中でも代々ヌーリエ様の加護が強い人が生まれる家系であったこともあって、相当に大きなお屋敷が市街地に建っていた。

 とはいえ放置されていたわけでもなく、毎年タタラさんがシックの収穫祭の時期に滞在するために使っていたり、ココロさんとヒヒノさんが勇者として活動を行う前に離れの1つとしても使われていたらしくところどころに多少なり痛みはあるものの、これもタタラさんが気づき次第補修を行っていて気がついたら大黒柱以外の取り替える作業ができる部分は翌年には直ってるなんてことがよく起きるとかなんとか。

 正直なところササヤさんの万能感に隠れてはいるけれども、タタラさんも相当に能力が高いんだよね、方向性がササヤさんとは別というか……普段イネちゃんと一緒にいる時のリリアみたいな立ち位置に必要な能力が高止まりしている感じだよね、お料理に関しても実の娘であるリリアの言葉では自分よりも上で作ったことがなくてもレシピと材料が揃っていればなんでも完成させられるレベルだとかなんとか。

 実際にそうなのかはお父さん大好きリリアの色眼鏡の部分もありそうだから怪しいけれども、オワリに滞在している時に食べさせてもらったタタラさんのお料理を食べたことがあるイネちゃんとしてもその腕には舌鼓を打たせてもらったので疑う余地はない。

 それ以外では物づくりに関しても農具やら包丁やらを自作したり、オワリの町で開拓事業全盛期の時には鍛冶屋みたいなこともやっていたらしく、ギルドの冒険者の中では結構有名な話だったようである。

「おまたせー、何考えてたの?」

「んー……ササヤさんに隠れてるけどリリアの家族って皆優秀だよなーって」

「あまりそういうのは考えたことないなぁ……家族は好きだけど。そういえばオオルとは最近ずっと会ってないな、見習い試験がヴェルニアの復興事業だったっていうのもあるし、オオルはひとりで行う形になってたから離れられなかっただろうってこともあって帰ってきてなかったし」

 そういえばリリアの弟であるオオル君ってキャリーさんとミルノちゃんの統治するヴェルニアという都市で教会を新規立ち上げするために住み込みで動いている……らしいのだけど、イネちゃんはあまりオオル君とお話したことが無いのでどういう子なのかは知らないんだよね。

 会ったことも数回、オワリの教会にいたときのことだし、その時もあまり積極性を感じなかったからもしかしたらササヤさんやリリアのような社交性はあまり無いのかもしれない。

「そういえばそろそろシックで収穫祭だし、その時期ならオオルもこの家に泊まりに来るかもね」

「イネちゃん収穫祭見るのは初めてだけど……大陸の神官さんが一斉に集まって収穫してドンチャンする感じなのかな」

「もうちょっと厳かかな。大体タケルおじさ……司祭長様か、加護が一番強いってことで父さんが最初の畑を収穫してヌーリエ様に奉納したあとは一斉に収穫していくのがいつもの流れだから」

 奉納する最初の収穫が畑1面丸々の時点で結構な規模ではあるけれど……でもそうだよなぁ、去年は色々とシックも襲撃を受けたこともあっていつも以上に収穫高が落ちる見込みというのは素人のイネちゃんでも予想はつく。

 ただそれでもアメリカで行われているような大規模農業規模を毎日人力で手入れしていて、更に1つ1つの苗から取れる作物の量と質が小規模無農薬並で重くなっているものばかり……毎年シックで行われている収穫祭のときの収穫だけで大陸全体でその年は食べるに困らないほどの食べ物ができると言われてる……というのも本で読んだ記憶がある。

 それほど収穫する大陸だからこそ、保存食関係の技術が地球のそれよりも圧倒的に数が多く、栄養学の面でもかなり優れているらしいことは大陸と日本が交流を初めて半年くらいした辺りから徐々にそういうことを取り扱う番組が増えて行ったっていうのはステフお姉ちゃんから聞かされたようなおぼろげな記憶があるけど……その頃のイネちゃんはまだ心が壊れて再構築している最中だったからあまり記憶が鮮明じゃないんだよね、病院のベッドの上だったし。

 ただお漬物とか乾物に関してはリリアが作っているものも絶品だし、町ごとに特色があったり、開拓事業で人が集まった時に更に変化していってというのを繰り返した結果、元の保存食の種類も残しながらねずみ算的に保存食が増えていった……というのが地球の歴史学者の見解だとか。

「パフェ、溶けちゃうよ」

「おっと。とりあえずリリアもその収穫祭に参加するの?」

「参加はするとは思うけど……他に重要な仕事が任されている場合はその限りじゃないからね。ほら、去年はムータリアスで開拓中だったからさ」

「なる程……そうなるとオオル君は来られないのかな、ほらヴェルニアの復興と周辺環境の改善とか色々やること多そうだったし」

「私もどうなってるかは知らないからなぁ。来てたら大丈夫でこなかったら忙しいってことだと思う。でもそうだなぁ……今回の生態調査の仕事が一段落したら会いに行ってみようか、ヴェルニア周辺ってマッドスライムの実験場にされてたこともあって大きく変化しちゃってるかもだしさ」

「そっか……そうだね、キャリーさんたちにも久しぶりに挨拶もできるし終わったあとジャクリーンさんに言ってみようか」

 こうしてイネちゃんはのんびりとした休日を過ごしたのであった……最もこの日からしばらくはゆっくりする暇なんてなくなったのだけどね。

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