第104話 生態調査と観光の顔合わせ

「はい、それでは皆さん準備は出来ましたか。おやつはヌーリエ金貨1枚までで、バナナはおやつに含みますので注意してくださいね」

 どこからどう知ったのか、ジャクリーンさんが地球、特に日本でよくありがちな遠足説明をしているのは、ギルドの前。

 アングロサンの火星北部公国から派遣された駐留部隊と合流し、半日程準備をしてからイネちゃんたち4人が使っていた車両と、シックから転送してきたヌーカべ車に乗り込む前に確認をとっているのだけれど、これはちょっと駐留部隊の方に色々と誤解を与えそうなノリである。

「バナナ……それにおやつ?隊長、一体どういうものなのかご存知ですか?」

「いや私もよくは知らん。だが食料品であるってことは確かだ」

「レーションには数に限りがあります。この星に我々が可食できる食べ物があるのです?」

「むしろ食べられない食物の方が少なそうだ。お前らより半日程早くこっちに来ていた私が空腹に喘いでいないことが可食できる食料の存在の証明になるはずだぞ」

「なる程、それは確かに……それで隊長は何を食べさせられたので?」

「貝って食物だな。この町の名物なんだと」

 なんか盛り上がっているけれど、こっち側の誰かが介入しないとゴダン貝のビジュアルからすると結構な勘違いを招きそうな気がする。

 まぁ勘違いから入ったほうが興味心という点においてはいいかもしれない……あくまでイネちゃんの個人的意見だけど。

「はいそこ、雑談はそこそこにして準備が完了しているのかどうかしっかり確認してくださいねー。1週間近く町には戻れないのですから」

「なんでこんなガキが仕切ってんだよ、隊長」

「今説明をしてくださっているのは、この世界の貴族令嬢だぞ」

「は、後生大事に封建制を維持してる世界ってことだろう?」

「いやそれなんだが……」

「それもなにもねぇだろ、貴族とかいう生まれだけで威張り散らしている奴の指示なんざしったこっちゃねぇ」

 あぁうん、こういう反発する人っているよね。

「いえ別に構いませんよ。生身での格闘戦でよければ模擬戦という形で今すぐやれますが……どうしますか?」

「女子供を殴る趣味はねぇよ」

「でしたら黙って地位というものに従ってくださいね。話が進みませんし、遅れた分を取り戻しをするのは責任者である私なので、無駄な時間は省きたいですし」

「模擬戦は無駄じゃねぇってのかよ」

「その通りですよ。都度反発、反抗されるくらいなら最初に1時間程度時間を割いて分からせる方が早いですから」

 反発していた人はもうお顔バーニングっていいくらいに真っ赤にしちゃって……当のジャクリーンさんは涼しい顔してるし、これは煽り耐性勝負では圧倒的にジャクリーンさんの方が上だよなぁ、当然。

「武器の使用なし、無手であれば手段は自由、相手に致命傷を与えてはいけない。これだけで十分でしょう。あ、いや時間的にあまりかけたくないですから制限時間は5分でお願いします」

 5分。

 その単語を聞いた瞬間完全に頭に血を登らせたようで、中佐さんの制止を聞かず腕まくりしてジャクリーンさんの前に出て……先制攻撃をした。

「頭に血を登らせた暴漢程度の動きですね」

 ジャクリーンさんはそれを軽くいなし、更に関節を決めてコキュって感じにいい音を血気盛んなアングロサン側の隊員の肩で演奏した。

「がぁぁぁぁ」

「軽く外しただけです、すぐに戻せますので安心してください。……それで、まだ続けますか?」

「いや、隊長としてこれ以上は流石にさせられません」

「命令で止めるとなると納得しないように思えますが……」

「操縦専門で体術訓練をサボるからこうなる。そもそもこの世界の人間相手だと私でもまともに対抗は難しいからな。特に体の大きさなんてアテにできないし、性別で判断したら今のような目に合うことになるぞ」

「も、もっと強く、それに早く言っておいてくださいよ……いてぇ」

「言っても聞かないだろう。ジャクリーンさん、戻してやってください」

「そうですか、分かりました」

 その流れですぐに肩を入れてあげて、説明していた場所に戻り……。

「えー、それでは他の皆さんは特にありませんでしょうか。思うところがあれば今言っていただけると大変助かりますので、どうぞ仰ってください」

 沈黙。

 まぁ目の前で反発してた奴が一息で脱臼させられるのを見せられれば、何かあっても普通なら何も言えなくなるよね。

「ない、ということでよろしいでしょうか。それでしたら5分後には出発致しますので最終確認と搬入をよろしくお願い致します」

「私から1つ、いいか」

「イツキ中佐さん、質問をどうぞ」

「こいつらは今からどこに行くのか、私も含めて知らない。やることは聞いているがそこから不安に感じる者の方が多数だ。安心させるためにどこに向かうのかの詳細を教えてはもらえないだろうか」

「ダーズ東門から出て南東に10分程移動した草原と森の境です。バードウォッチング感覚で参加してくだされば問題ありませんよ」

「バードウォッチングが何かわからんが……了解した。申し訳ないがもう1つ、危険はないのか。こちらは武装解除の状態で駐留という実質捕虜のような立場なこともあり場合によっては簡単に全滅することも考えられる」

「客人扱いですので、守りますよ。それでも不安な場合は皆さんが乗られる馬車に既に搬入しているナイフ等で武装して頂いても構いません」

「武装してもいい……舐められてるな」

「静かにしろ。身を守る手段を与えてくださるのは大変嬉しいのですが、我々はご存知のとおり刃物の扱いには慣れておりません。それで身を守れと言われても心もとない」

 宇宙文明で近接武器術が完全に廃れる……なんてことは無いとは思うけれど、基本的にビーム兵器で応戦したり、アグリメイトアームというロボット兵器があるのだから比重としてはどうしても低くなったりするのかな。

 中佐さんの今の言葉を聞く限り、刃物の扱いに慣れている人がいるってことだろうし……人口が多い分役割分担を徹底してるのだろうか。

「こちらは基本的に武器術を習得している身ですので、ご希望がありましたら指南致しますよ」

「だが指揮役があれもこれもと手を煩わせるわけには……」

「ご安心ください、私以外にもティラーさんにイネさん、それにミミルさんも基本は習得しておりますし、現地にて合流予定の、大陸でも随一の武器術の使い手がいますから」

 現地で合流?

「そんなマスタークラスが?」

「はい、当初予定にはありませんでしたが、1週間という短い期間での活動で最大限効率的に行くために人材を投入しているだけなので大丈夫ですよ」

 何が大丈夫なのかって疑問に思われそう。

 でも武器術のトップレベルの人って……イネちゃんの頭の中に該当者が数人いるものの、誰だろうっていう特定が難しい。

「どのような方がこられているのかは現地での楽しみの1つということで……さて、少し時間が遅れてしまいましたね。最終確認は本当に5分でお願いします」

 時間を細かく切ってたのは現地で人が待ってるからだったのか、でもそういうことなら誰だとか今聞くことはないかな、ジャクリーンさんが明らかに急ぎ気味になってきてるし。

「それじゃあ既に準備が出来ている方は車両の確認を、お客人はギルドの受付にてこちらの用意しておいた装備を受け取ってからヌーカベ車へと乗り込んでください」

「俺たちがあの車両じゃなかったのか?」

「あれは実質個人所有のものですので……それとヌーカベ車の方が快適ですよ」

「それにヌーカベというのは……あの毛のことか?」

「はい、その毛のことです」

 ヌーカベのことを毛って言う人は始めてだ……まぁ、分からなくはないけどさ、モッフモフだし。

「歴史の教科書で似たようなのを見たことがある、牛に引かせるやつだ。つまり遅いんだろ」

「本気で走らせればあちらの車両よりも圧倒的に速いですよ」

「流石にその嘘は信じねぇ。ここがいくらファンタジーだっつってもそれはねぇよ」

「まぁ、信じないのなら別にそれでも構いませんが。車内にいれば安全ですし」

「へぇへぇ了解しましたよ」

 煽ったつもりなんだろうなぁ……こっちはただ事実を伝えただけだからあくまで事務的にならざるをえないから温度差がすごいけど。

「ファンタジーだから何でもありと言ってた奴がファンタジーを否定するのね……」

 あちらの部隊でもついツッコミを入れてしまう人が出てくるレベル……でもあぁいう人が普通に生きていられる世界ってことは、アングロサン文明は社会としては上位と考えていいはず。

 少なくともあちらの規律を逸脱するような行為はしないし、命令をすぐに受け入れるだけの能力があるわけだから、あの性格をそのままで軍隊という形を成立させる文明社会が高度ではないと考える方が不自然だからね。

 さて、普通の生態調査ができるのかどうか……イネちゃんはちょっと不安になりつつも楽しみになってきたよ。

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