第105話 車両内での探り合い

「いやぁ、やはり緊張するものですね、異世界の方々を前に責任者をするというのは」

 車両の助手席に座っているジャクリーンさんが呟くように漏らす。

「別にジャクリーンさんじゃなくてもいいんじゃないの?」

「あぁいえ、元々生態調査自体は私が受けていた依頼ですし、そこは受け入れてはいるのですが緊張感というものがいつもと違うので」

「疲れ方が違う?」

「そう、それです。他の貴族相手であれば相手の作法などの知識があるので後は流れを構築していくだけですからね」

「まぁ……異世界の、しかも地球よりも高度な文明世界相手となると勝手が違いすぎるよね」

「世界が違えば作法も違う。地球の方々相手の方がまだやりやすかったですよ、こちらの文化やマナーといったものも考慮してくださっていましたからね、アングロサンの方からはどうしても『相手の方が下』という意思が透けて見えてしまうので」

「艦長さんや中佐さんはそんな感じしないけど……」

「多分、本心からこっちに敬意を払ってくれてるのは中佐さんだけだよ。私も改めて力の制御の修行してるから少し見させてもらったけれど、艦長さんもそういう対応ができるってだけでこっちの世界はいつでも武力制圧できるって思ってる節が見えたから」

 運転席での会話にリリアが入って来た。

「イネさん、少し調べてみてはいかがです?接触した私に何か仕掛けられていないかどうか」

「盗聴ってこと?まぁありえるとは思うけれど……仕掛けられていたのならそれはそれで腹を割って話し合うきっかけになるんじゃないかなぁ」

「私もそう思っていますよ。なのであえて私の服に関してはあのあと身だしなみを整えることすらしていませんから、仕掛けられていればあちらも私たちの本音を知りたがっていると断言できるでしょう」

 意図的にあちらをはめようとしていないアピールもできるってことかな。

 まぁそれならそれで別にいいけど……イネちゃんの勇者の力が金属系に対してあれやこれやできるって誤解を与えることもできそうだし、腹の探り合いをオープンにやることになるのならそれはそれで難しいことを考える必要が1つなくなるわけだから損はしない……はず。

 運転しながら勇者の力を発動してジャクリーンさんを集中して調べてみると、いつもどおりの暗器満載のものとは別に、地球とは違う方式のマイクらしい物品を2つ程確認することができた。

 宇宙文明って言ってもやっぱりマイクの方式はあまり変わらない辺り、物理法則という点においてはそれほど大きく……いやビームの方式が違ってるからそこそこの違い程度で収まっていると言ったほうが正しいか。

「マイクが2つ、襟とお尻のポケット」

「なる程、セクハラついでに襟にまで仕掛けられていましたか。生態調査はさっさと終わらせてシックに連れて行った方が良さそうですね、性欲処理という点においてシック以上の都市は存在しませんから」

 この発言はあちらに誤解を与えそうではあるけれど、間違ったことを言っているわけではないのでイネちゃんは言葉では突っ込まない。

 シックはヌーリエ教会を中心に発展した街ではあるものの、ムーンラビットさんの部下である夢魔の人たちが大陸で最も多く滞在していることもあって公的な歓楽街が存在している。

「なんだったら、夢魔の人向けの飲食店を紹介して挙げてもいいんじゃないかな」

「あぁいいですね、絶対アングロサンには存在しないであろう店で大陸らしいとも言える場所ですからね」

 リリアが提案した夢魔の人向けの飲食店というのは、夢魔の人がお金を払って人から精気をもらうというお店である。

 お店の構造や形式自体は歓楽街にあるような風俗店みたいなものだけれど、立場が完全に逆というか……基本的に大陸で取れる農作物は夢魔の人のお腹も満たせるものではあるので、夢魔の人たちからしてみれば高級な飲食店であるのと、異世界から移り済んだ人や、罪人がその精気を提供することが大半であるという点で色々違っているのだと思う。

 イネちゃんも正直知識でしか知らないけどね、シックに滞在しているときにリリアから説明を受けただけだから。

「あぁイネさん、そろそろですよ。合流予定の方の姿が見えてきました……ですがやはり2人できてしまっていますね」

「2人って……」

 ジャクリーンさんに促される形で前方を見渡してみると、棒を持った長身の女性ともうひとり、こちらに手を振っている女性が立っていた。

「あの2人って……」

「はい、ココロさんとヒヒノさんですよ。以前様と及びしようとしたら笑顔の圧力をかけられたのはいい思い出です」

 イネちゃんの知らないところで何をしていたのか……。

 まぁそこは別にいいにして、とりあえずは道中何事もなく到着できたということでスピードを落とす。

「到着後の行動ですが、まずは野営地の造成をして柵も作ってしまいましょう。この柵に関してはイネさんの力は使わないでくださいね、彼らを自然に触れさせるという意味もありますので、イネさんがやってしまったら全部終わってしまいますから」

「じゃあイネちゃんがやることって何かあるの?」

「生身の体を動かしてください。資材の確保をお願いします」

 戦闘特化の力だって誤認させるためかな。

 でもそれをする必要ってあるのかどうか……いやあくまで政治的なカードを保持しておきたいってことかもしれないし、頼まれた以上やるけどね、うん。

「ヨシュアさんと森の民であるウルシィさんとミミルさんにもお願いします。リリアさんとティラーさん、それにキュミラさんには私と一緒に造成と炊き出しを」

「その編成の意図は?」

「ココロさんとヒヒノさんがおられるのですし、リリアさんがアングロサンからのお客人と一緒にいた方があの方々も動きが違うでしょうからね」

「でもまーたあの人が喧嘩売ったりしないかな」

「それはそれで。ココロさんが負ける姿を想像できませんので」

「それは……そうだけど、アグリメイトアームを転送できない保証もないのに大丈夫かな」

「イネさんはあのロボットにココロさんが負けると?」

「思わないよ。でも全員を守りながらってなるとちょっとね」

 被害が出る可能性が出てくる。

 まぁその心配も無用なんだろうけどさ、ヒヒノさんが炎で守ってくれるだろうし。

「全く、ここまで聞こえていましたよ。会話して考え込みながらもしっかりと停止操作をしたことは褒められますがね」

「あ、もう着いてた?」

「着いてるよー。でもさすがにココロおねぇちゃんがその程度で負けるってことはないと思うよ、うんうん」

「お久しぶりです……って言うほど久しぶりでもないのかな?」

 最後に会ったのっていつだったっけか。

「それでは早速動きましょうか。早くしないと最低限の寝床しかできなくなってしまいますし。それと安心してくださいイネさん。私は師匠に鍛えられて、一応は免許皆伝をもらっておりますので、最もその程度では心許ないかもしれませんが……」

「いやササヤさんの免許皆伝ってどんな化物なのかってむしろ気になるくらいですが……でも、はい、安心しました」

 あのデタラメな強さの人ササヤさんが実力を一人前……とは違うかもしれないけれど、少なくともココロさんが習得している武術系の技術に関してはどこに出しても恥ずかしくないと太鼓判を押しているってことだもんね、うん。

「ヒヒノ、異世界の方々を……そうですね、最初は賓客のように扱ってさしあげましょう」

「りょうかーい、ヌーカベも久しぶりに見るなぁ。あとでモフっていいよね?」

「いいですよ。それではジャクリーンさん、指揮をよろしくお願いしますね」

「あ、やっぱり私でないとダメですか?」

「ダメです。彼らは勇者という単語には従わないでしょうが、貴族という肩書きには最低限の敬意は払うでしょうから」

「至極まっとうな正論です……はぁ」

 ジャクリーンさん……それしっかり盗聴されてるのわかっていながらなんだよなぁ、本当腹芸という面だけで考えたら相手の頭の中を読めるリリアと比べてもジャクリーンさんの方が色々と有利に進められるね。

 リリアは相手の思考が読めても優しすぎるから、今回みたいな腹芸とかには色々と向いていないんだよね、うん。

「それじゃあ、車両はここに置いたままでいいんだよね?」

「あ、はい。イネさんは資材をお願いしますね」

「ココロさんも一応気をつけて。あの人たちは肉弾戦は弱いけど、銃とかそういった武器の扱いには凄く長けているし、何よりも大型の人型兵器を呼び出せる可能性があるからね」

「情報、ありがとうございます。ですが大丈夫ですよ……むしろ師匠なら軽くいなせるようになれと仰るでしょうからね」

 うん、笑顔だけど目が凄く遠くを見てる感じがする。

「あ、じゃあ……イネちゃんたちは森に行くから」

「分かりました、そちらもお気をつけて。ミスリルによる暴走は落ち着きましたが火吹きトカゲの大移動、私とヒヒノの独自調査では全てが全てミスリルが原因ではないと思われるという結論に至っています。火吹きトカゲが出てきた場合は計画を変更してでも迎撃してください」

 最後、イネちゃんにだけ聞こえる距離と声量でココロさんはそう言いすぐに駐留部隊の人たちの元へと歩いて行った。

 動物の生息域の移動が全部ミスリルってことはないだろうとは思っていたけれど……ドラゴンの人たちにある程度統制されているはずの火吹きトカゲがその限りではないって言われるのは何か深い意味があってのことなんだろうというのはわかる……けど。

「別れ際にっていうのはさすがに気になりすぎて困るんだけどなぁ」

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