第103話 パーティー交流
「ゴブリン以前のダーズ周辺における生態系の資料に目を通して置きましたが、概ね小動物中心で狼とハルピー種が少数、水資源が豊かではあるものの大型動物は町周辺にはほとんど近寄らないと言った感じでしたね」
ジャクリーンさんの資料丸暗記における説明を聞きながら、イネちゃんたちは町壁の近くにある森の外周部で簡易的なキャンプを張っていた。
「ということはとりあえず資料通りかの確認でいいのかな」
「ですから、まずは現地ハルピーとコンタクトを取るために先行してキュミラさんには森に入って頂きたいです」
「1つ、いいか?」
「はい、イツキ中佐、質問をどうぞ」
「そのハルピーっていうのは一体なんなんだ?そこのキュミラと呼ばれている人とは完全に違う存在であるのは理解できてはいるのだが……」
「ハルピーというのはですね、人間とは違い鳥類から独自進化した亜人の総称のことをいいます。細かい分布はあるのですが、当人たちはひとまとめでハルピーでいいと言ってくださっているので便宜上ハルピーと呼ぶようになった……で合っていますよね?」
「それでいいッスよ。でもこの近くにハルピーがいる感じはないッスけれど……」
「最初からつまずきですか……」
「ま、気配を消すタイプのハルピーもいるッスから、実際近寄らないとわからないこともあるッスけどね」
とまぁこんな感じにジャクリーンさん主導で進んでいくから、イネちゃんはかなり楽に雑用を進められている。
中佐さんも気になった単語に対して積極的に質問を行い、答えられる人がいれば質問に答える形式をとっているので、多少時間はかかっているものの異文明交流という意味では今のところ円滑に進んでいるんじゃないかとも思う。
「中佐さん、いい人だね」
「戦争やってる世界だとしても、個々人まで好戦的ってわけじゃないしね。少なくとも中佐さんは好奇心が強いタイプの、本来なら学者とかになってた人なんじゃないかと思うよ」
資源確保に異世界まで小規模艦隊を派遣してしまう程情勢が切迫しているともなれば、職業選択の自由なんて実質機能しなくなってるだろうしね。
それでも適正とかを見た上で派遣は決めてるだろうけれど……そこまで切迫するとなれば結構戦争末期な気がするのはイネちゃんの考えすぎだろうか。
「そんな人が戦わないといけないって、悲しいね……」
「悲しいと思うのはいいけど、押し付けないようにね」
「わかってるって。ムータリアスのときだって私、できてたでしょ?」
「そうだった、ごめんごめん」
ムータリアス……イネちゃんにとっては大陸と地球を除く始めての異世界ではあったけれど、大陸の人間以外にとってはそこにいるのも辛いくらいの汚染した地域を開拓して肥沃な都市に変える事業をやったわけだけれど、ちゃんと現地の人がその場所で営みを繋いでいけるようなシステムを構築して引き継ぎもやったからね。
まぁ、その時思いっきり後ろ髪を引かれる感情で涙目になってたのだけれど、それでもちゃんとやることはやっていたのだから大丈夫だとわかる。
「でも、大陸だって立て続けに色々起きてまともに動ける人は少ないのに……こっちに人員を割きすぎなんじゃないかな」
2人で和んでいるところにヨシュアさんがやっぱりというか落ち込んだままのテンションでイネちゃんに聞いてきた。
「割きすぎって程でもないと思うけど……直近の驚異はここだけなわけだし、地球とムータリアスは非常に協力的、滅んだ世界の人たちは海の向こうでサポートはシックから派遣されている夢魔の人たちの対応で最少人数なわけだからね」
「でも、同時に悪意のある異世界が攻めてきたらどうするんだい」
「今回ココロさんとヒヒノさんはシック待機してるから大丈夫じゃないかな」
というか今までガッツリ裏で色々動きまくってたわけだし。
ムータリアスとやりあってたときには既に今回のアングロサンに、ミスリルを生んだ滅んだ世界が暗躍していたわけだからね、うん。
どちらにしろ実際に悪意たっぷりな行動をしなければ難民みたいな感じに受け入れるっていうのがヌーリエ教会の基本的な方針らしいし、イネちゃんとしてもそのまま大陸の文化を破壊しないように溶け込んでくれるのであれば別に事を荒立てる必要はないと思っているわけで……。
「多分だけど、イネとヨシュアさんは考え方の違いなんだと思う。イネの考え方……はまぁそのまま教会の考え方と言っていい感じにしてくれてるからだけど、問題点は今ヨシュアさんが言った通りで広範囲で問題が起きたときの対処は確かに遅れる。でもヨシュアさんの言ってることも問題がないわけじゃないのは、本人もわかってるみたいだからあまり言わないけれど、ゴブリンみたいに数で押された場合何も守れなくなる……」
間に入ってくれたリリアはゴブリンを例に出したときにイネちゃんに視線を移した。
ただ今回のリリアの目はいつものイネちゃんやロロさんの前でゴブリンの話題をするときとは違っていて……。
「これは父さんから聞いたんだけど、昔はヨシュアさんの案の通りに広く人員を配置していたらしいんだけど、丁度地球と繋がってばあちゃんは対話、母さんと姉ちゃんたちは攻めてきた軍の対応に回っていたときにゴブリンが活性化して……その時に今のオワリ、つまりイネの生まれ故郷やロロさんの村が襲われたらしいんだ」
それは初耳……。
「結果的にゴブリンの数に負けて多くのものを守れず、しかも母さんと姉ちゃんしか地球の軍に対応できなかったからいくつかの貴族領を守ることができなかった」
「つまり……」
「その時から目の前の問題を最短最速で解決しつつ、別の場所で問題が起きた際には素早く情報伝達を行って人員移動を行うって仕組みを再構築したんだよ」
大陸は、結構大きいし広い。
地球で言えば南極くらいの大きさに日本の気候や地中海くらいの気候がところどころに存在しているような世界なのである。
開拓事業が公共事業として存在しているのもその自然を保持しながら人の住める場所を増やし、同時に現地の亜人や動物と共存できるように一緒に田畑を耕すみたいなことをしていて……実のところ
まぁギルドの依頼欄にはその開拓事業の手伝いや、現地定住型の護衛依頼なんてものも何度か見ているので全部が全部ヌーリエ教会が関わっているわけではないのだろうけれど、それでも人の方が足りていないのは事実。
「イネ……ごめん」
「いや当時の状況とかイネちゃんいま始めて知ったからね、別にそこは謝る必要はないよ。人員配置とかのアレコレだって地球でお父さんたちから叩き込まれてなければイネちゃんだってヨシュアさんみたいな考えの方が絶対いいって思っていたかもしれないわけだしね」
でも今回は相手が悪すぎる。
いやイネちゃんが関わった相手だとどの相手でも広範囲カバー型の部隊展開は、最高戦力の質が圧倒的に上だけど平均的な戦力差があって、更に人員不足な大陸の場合は一極集中の一点突破、やっぱり最短最速で起きた出来事を解決していく即応体制の方が的確となる。
「でも……それだと戦える人への負担が大きいし、何より強制的とも言えるような環境じゃないか」
「んー……イネちゃんは他の人のことは代弁できないから、イネちゃんの考えだけで答えるけれど、もし勇者の力がなくったってイネちゃんはあのままムータリアスの事案には関わっていたとは思うし、その後のことだって勇者の力で力押ししたから何とも言えないけれど……それでも参加はしていたと思うよ」
「どうして……」
「どうしても何もまた奪われるのは嫌だし、そのためにお父さんたちに鍛えまくってもらっていたわけだからね。まずは自分を、力が及ぶ範囲で守れるのであれば1人2人は守って見せるだけの実力は、勇者の力がなくったって持っていると思う程度には増長してるよ。それに大陸のご飯は美味しい。戦う理由なんてその程度でいいんだよ、本当」
うーん、言葉選びが難しい……平々凡々な日常を守れるなら守るって考えはあまり伝わっていない気もするし、なんだかんだわかってくれている感じの表情をヨシュアさんから感じられなくもないっていう凄く微妙な状態。
「2人とも大丈夫、考え方が違うだけで向いてる方向は一緒だからさ。イネもヨシュアさんも誰かを守りたいって思ってる」
「リリア……しれっと頭の中身覗いてたなぁ」
「えーっと……だって、2人とも意見は平行線になってるじゃない?だから方向性は一緒だよって教えてあげたくて……」
「リリアはイネと別れた後、シックでずっと僕とイネの関係で心を痛めてたから……僕が提案してみたんだ」
「全く、つまり言葉だけでは信用できないってことでしょ」
「違う……」
「うん、今のはちゃんと冗談。それを壊しちゃったって1番思ってるのがヨシュアさん自身だってことも承知している状態で意地悪で卑怯な冗談だけど……それでおあいこってことで、いいよね」
ヨシュアさんは少し驚いた顔をして、ようやく少し笑顔を見せてくれた。
「……うん。でも僕が言ってることは曲げないけどね」
「それでいいよ。むしろヨシュアさんが大陸にいれば動いてくれるって信頼になるから。それにヨシュアさん、あのアグリーってロボットに有効打、多分だけど与えられるからね」
「え、僕はそんなに強くは……」
「前戦った時、イネちゃんのお腹に風穴空けたあれならロボットの装甲を盾ごと貫通できると思うし、大丈夫だよ」
「うっあの時は本当ごめん……」
「謝らなくていいって。ほら、ちゃんと治ってるし何よりイネちゃんの防御を貫通できるだけの攻撃を持ってるって時点で誇ったほうがいい。大陸の勇者に対して一矢報いるだけの力が、ヨシュアさんにはあるってことなんだから」
しかもイネちゃん、ココロさんとヒヒノさんに比べてかなりの防御特化みたいなところがあるので、ヨシュアさんのあの魔力砲に関しては本当、味方であるのなら凄く心強い。
というか敵だった場合イネちゃんでも後ろの人間まで庇うのがものすごく難しいってことだから、味方でいてくれないと困る。
「なんていうか……あまり誇りたくないような気もするけれど。ちょっとずれた感じの励まし、ありがとう」
「あ、ようやく終わったッスか?なんか途中すごかったッスけど、もう大丈夫ッスよね?リリアさんおかわりッス!」
なんかいい雰囲気になったと同時にキュミラさんが空気を壊してきた。
「……それにさ、なんか難しく考えてるのがバカらしくならない?見てるとさ」
「はは、それは確かに」
キュミラさんの性格にかなり助けられていることを自覚しながら、皆で大笑いしたのだった。
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