第102話 交流内容

 食事を終えた後、地上に降りてきたあちらの艦長さんとお話をしたムーンラビットさんが皆を呼んだ。

「さて、とりあえずアングロサン連合火星北部公国とは今後文化交流を基礎として文化的な交易であちらからは戦争とは無関係な文化を、大陸からは対等な対価として物資を融通することに決まったんよ」

「最も、我々としては文化と呼べるような娯楽はあまり持ち合わせていなかったため、本国に帰還後火星開拓時のアーカイブから現在の媒体へとコピーしたものを提供することとなる。それ自体は少人数……艦が先ほどの戦闘で損傷したので艦隊は戻ることになるが、先ほどの話し合いでこちらからも文化交流の先遣隊となる人員を20人程度駐留という形で残して行くことになった。そこでイツキ・ウメハラ中佐をはじめとした駐留部隊を編成し、この地に残ってもらうこととなる」

「駐留する場所はダーズではなく、シックにすることにしたんよ。そっちのほうが一般人からの精神的不安は少なくなるっていう配慮と、物資を集めやすく文化発信もしやすいと判断した結果やな。既にタケルには許諾をもらってるから、関係者は余計な心配しなくてええよ」

「駐留部隊となるものも、この世界最大勢力であり温和であるヌーリエ教会という組織の賓客扱いということとなるため、そこまで不安になる必要はない。だが彼らが温和であることをいいことに欲望をぶつけないことは忘れないで欲しい。あくまで我々はこの世界では客であり、神などではないのだから」

「ま、食欲と性欲に関してはシックに滞在する以上不満にはならんから安心してな」

 そこで性欲とか入れちゃうと中佐さん、混乱しちゃわないかな……ムーンラビットさんの言うところの性欲って、夢魔の人がやってるお店とか、夢魔の人向けの飲食店のことだろうし。

「そこは現地でちゃんと説明するから心配しないでええんよ、イネ嬢ちゃん」

「しれっと思考読んで質問してない内容まで答えなくていいですから……」

「代表で思ってくれてたからついな。ふわっとした感じのことは皆同じ感じに思ってたから具体的に思考してたイネ嬢ちゃんを名指ししたわけよ」

「まぁ……別にいいんですけどね、うん。ムーンラビットさんだし」

 流石にもう慣れたよね、思考読まれて先回り。

 むしろそのおかげで物事が円滑に進んでくれてるわけだし、イネちゃんの中でヌーリエ様が本当にムーンラビットさんのことを信頼しているのも繋がっている時にこっちに流れてきたから、大陸やそこに住んでいる人たちの悪いようには絶対しないって確信が持てるのはありがたいしね。

「そういうことなんで、あちらさんから派遣されて大陸に残る連中に感情とかぶつけないようにな。まだ他の異世界とは違ってまともな協定も同盟も結ばれていない状態やから」

「イツキ中佐、君が現場最高階級となる。最も、他の連中がやらかした場合でも君への責任はそれほど重くはならないがな」

 それならそもそも最初から問題を起こしそうな連中は派遣しなければいいのにと思ってしまうのだけれど、主戦派の中心人物を艦に残した状態で反戦派の人員を減らしたくないっていう思惑があるのかもしれない。

 中佐さんはあくまで任務に忠実なだけだし、さっきの降下作戦においてもあまり乗り気ではなかったけれど、命令だからって感じだったしなぁ、でなければイネちゃんとの実力差を把握してすぐに停戦命令を出したりしないしね。

 まぁ、イネちゃんとしても人型兵器相手に圧倒レベルの戦闘状況になったのは自分自身でも少し驚いてるけどね、特にビームについて解析できていなければあちらの射撃は避けるか、こちらのビームを完全に防ぎきって尚余裕があるレベルで防御を構築するしかなかったわけだし。

「それじゃ解散。シックに移動するのは1週間後ってことになってるんで、ダーズでやるべきことが残っているのであれば手早く済ませてなー」

「やるべきことって……」

「生態調査だよ、勇者殿」

 イネちゃんが質問しようと思ったら、思考が読めないはずのジェイルさんに先回りされた……いや絶対この質問が出るってあらかじめ予想できるだろうことはわかるけれど、せめて全文喋ってからにして欲しかった。

「我が愛する妹がダーズから出られなかったのだから、近隣における森や平原での調査はまだできていないはず。内偵の意味もあったが、生態調査も王侯貴族だけではなく大陸全体において必要なことだからね、1週間という短い期間ではあるがよろしく頼むよ」

「1週間でいいんです?」

「勇者殿は交渉の場で後ろに控える必要があるだろうからね」

 それは威圧効果が強すぎるんではなかろうかとも思うけれど……いっそその場にいることでどこから攻撃されるのかわからないとか、外に控えているハイヤーを破壊されたりしないだろうっていう安心感を与えたりできるってことなのだろうか……そのへんの政治的なあれこれはイネちゃんにはわからないけれど、まぁそれなりの意味が存在しているのだろう、そう思っておくことにしよう。

「最も、ダーズの情勢を安定させるために国王と私が一時滞在して詳細を調べるからね、勇者殿たちは異邦人の方々の観光がてらやればいいよ。まぁ分布程度の情報は集めてもらいたいけどね」

 ベースとなる情報は欲しいってことじゃないか……かなりの重要なところを要求されているんですがそれは。

 となると1週間っていう期限は普通に短い気がしてならないのだけれど、そこらへんにも考えがあったりするのだろうか……。

「ともあれもう解散を宣言しているから、これ以上拘束しては客人にも失礼だ。質問に関しては後で私的にしてくれればと思うよ。私たちはもう少し詳細を詰めなければいけないからね」

 そう言うとジェイルさんたち偉い人たちは再び来賓室へと歩いて行く。

 来賓室がそのまま会議室……一応掃除とか色々やったけれど、あそこで尋問したから結構な臭いがついちゃってたけど大丈夫だったのかな……。

 大陸のことを本気で考えている人たちなんだしその程度気にしないだけなのかもしれないけれど、少し申し訳ない気持ちになるね。

「なんというか、丸なげのような感じに解散になったわけだけれど……」

「いやぁ困りましたね。とりあえず生態調査を続けるにしても観光案内のコーディネーター役もやらなければならないわけですし……」

「うん、ジャクリーンさんはあっち側だと思ってたけれど、なんでこっちにいるのかな?」

「お兄様がいますので、私である必要性がありませんからね。当主本人がその話し合いを目的として体を持ってきている以上は外回りの私に出番はありませんよ」

 国家元首が直接会議に参加しているのに事務次官が出しゃばるかどうかって感じなのかな……政治はよくわかんないや。

「とりあえず……生態調査依頼を継続するのはいいけど、それについてくるメンバーってどうなってるのか整理していいかな」

「はい、私とイネさん、それにロロさんとティラーさんに関してはもとよりダーズ周辺の生態調査を行う依頼を受けていたのでそのまま継続という形であるのは確定なので、捕らえられていたティラーさんには申し訳ありませんがお付き合いください」

「俺は別にそれで構わんが……コーザ……ぬらぬらひょんの連中はどうなる?」

「あの方々はダーズ駐留で復興までの防衛を行う予定だとムーンラビット様が仰っていましたよ」

 そういえばぬらぬらひょんって今はヌーリエ教会の兵士扱いなのか。

 ティラーさんが居たパーティー……いや規模的にはクランとかそんな感じではあったけど、実力不足を補うためにシックで修行をするって言って別れてたんだよね。

「教会や亜人の活動に支障がなくなったのなら、私たちも一緒の方がいいよね」

「でもリリア、お料理するにも材料が豊富にあるのってシックからの救援物資とゴダン貝くらいだよ?」

「素材が少ないからこそじゃない?私ならその種類でも飽きさせないように頑張れると思うし、何より野生動物の観察って自然に直接触れるわけでしょ?それなら、さ」

 なる程、ヨシュアさんたちのメンタルケアも含めてなのか。

 そういうことなら断る理由もないね、都市部にいても経験できないことこそが旅……とはまた違うけれど、野外活動の醍醐味でもあるし、思いつめすぎてるヨシュアさんにとっては宇宙文明の人たちの考えに触れることも自分を責めていることを和らげることもあるかもしれない。

「わかったよ、でも危険がありそうならちゃんと下がること、いいね」

「つまりいつもどおり、だよね」

「さて、そうなると先ほどの4人に合わせてリリアさん、ヨシュアさん、ウルシィさん、ミミルさん、キュミラさんの5名が合流して9人ですね」

 また大所帯になってる……イネちゃんの日記録だとどうしてもみんなの会話がところどころ抜けてしまうから、あまり大人数だと全く喋ってないみたいになっちゃう人が出てきちゃうんだけどなぁ。

「こちらの駐留部隊だが、艦長たちによる編成が本日中に行われるだろうが、辞令が出るタイミングの都合降りてくるのは明日になると思うのだが……その生態調査は今から行うのか?」

「駄目なの?」

 別に全員揃ってから観光しろなんて言われてないし、中佐さんが最高階級……つまり現場指揮官になるのであれば事前調査扱いで問題なさそうな気がするのだけれど。

「……いや考えてみれば確かに、問題はなかった。止めてしまってすまない」

「ううん、報告が必要なら現場指揮官として事前に現地における活動補助資料のための最低限の調査扱いでいいんじゃないですか?それに現地住人との円滑な関係をあらかじめ築いておくって意味も含めれば怒られることは無いと思いますし」

「その通りだ。アグリーに関しては流石にここに置いていくしかないだろうが……」

「誰にでも起動できちゃったりするんです?」

「いや、生体認証だからあの機体は私以外には動かせん」

「だったら問題ないと思いますよ。流石にあんなの強引に盗もうとする人はいないですし、いたとしてもギルドの裏庭に待機させておけばギルドの責任で保管してくれますので」

「とはいえ外観から得られる情報も機密扱いなのだが……」

 それは流石にイネちゃんなんとも言えないけれど……このままだといつまでたっても動けそうにないので強引に進める。

「ファンタジーって中佐さんがご自身で言ってたじゃないですか。機械文明とか興味はあっても魔法で事足りることならそこまで気にしませんよ」

「万が一も考えなくてはいけないのだが……艦長もいることだし大丈夫か」

 中佐さんは中佐さんなりに納得してくれたようで、ようやくイネちゃんたちはこの日のおやつ時を回ったくらいの時間になってようやく、自由時間となったのであった。

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