第101話 栄養レーション文化と美食文化

「じゃあドンドン焼いて行きますよー」

 リリアがギルドの厨房から七輪をいくつか持ってきて満面の笑みで火を点けた。

 七輪の上に乗るゴダン貝は、漁師さんのところで焼けるのを見ていたイネちゃんにとっても楽しい動きをしてくれる。

「う、動いてるぞ……生きているのではないのか……」

「生きたままじゃない傷んじゃいますから。傷んだ貝類は本当、危ないですからね」

「危ない!?」

 中佐さんが凄く面白い反応をしているけれど、七輪の上で踊るゴダン貝がいい匂いの湯気を出し始めてから更に……。

「なんだこの匂い……」

「アングロサン連合の食文化ってどんな感じなんです?」

「固形レーションがほとんどだが……」

 なる程、それならこういう反応も納得が行く。

 地球でも軍隊用固形レーションは栄養さえ取れればいいっていう国が結構あるらしいしね、日本の自衛隊の奴はずば抜けて美味しい……というか自炊用装備とかあるレベルだから比べるのは無理か。

 中佐さんは更にそれに加えて宇宙時代ということもあり、食品を無駄にしないため好き嫌いとかを無視できるように加工したり、栄養素とカロリーを完全計算管理したレーションが配給されている可能性だってありうるからね、それを考えれば今目の前でゴダン貝が焼かれて醤油を垂らされたりしている光景自体生まれて始めてかもしれないね。

「となるとまずはイネちゃんたちが目の前で食べれるって証明するのが1番かな……そもそもレーション以外食べたことが無い人にいきなり海鮮はハードルが高かったかもしれないし、お米とかあるといいかもだけど」

「お米?」

「穀物の1種で、えーっと……植物だよ」

 主食と言おうかと思ったけれど、そもそもレーションのみで主食や副菜みたいな概念も抜けている可能性に思い至り言い直したけれど……もうちょっといい例えがあった気がしなくもない。

「植物……戦場で孤立し、近くの惑星で生きる必要になった場合の非常食のことか?まずいとよく聞くが……」

 あぁ……それ多分茹でか焼きまでか、最悪生食してるパターンだ。

「お米ならもう炊けてるかも。米びつ1個もらってくるよ」

「炊ける……?」

 うん調理法自体を知らない感じ。

 でもゴダン貝を焼いている時はこんな反応はなかったので焼きの調理は残っているのかもしれないね。

「ゴダン貝のつぼ焼きは白米が欲しくなってくるんだよねぇ……あれ、なんか忘れているような気が」

「お箸……はあるけど、生姜とか刻みネギとか欲しかった?」

「あぁいやゴダン貝のことじゃなくて、何か忘れているような……」

「俺のことじゃないか、イネちゃん」

 あら、聞き覚えのある声。

「ティラー、おかえり……」

「いやロロも随分と軽いな……こっちは結構大変だったってのに」

「脳波と細胞データ、DNAと身体構造の調査を行っただけではないか。異物を外から入れるために必要な処置だ」

「受ける側にとっちゃ割と洒落になってなかったが……」

「未知の細菌、もしくはウイルスが存在した場合、最悪全滅もありうるからな。アグリーパイロットは艦に戻る時には全て受けることになっている」

 病原菌検査か……大陸出身者はヌーリエ様のおかげでそのへんを全部スルーしちゃっても問題ないけれど、そりゃ異世界の人、特に宇宙文明ともなればそこは慎重になるよね、完全に逃げ場がないんだから。

「あー検疫って奴だよね、それ。地球に行く時もやったし」

「地球?この世界には地球が存在しているのか?」

「存在はしてるけれど、まず間違いなくあなたたちは接触しないほうがいいよ。あなたたちの話を聞いてた限りでは旧世紀時代の技術レベルだから、確実に混乱を招いて大変なことになるし」

「旧世紀時代のって……」

「聴き慣れた単語を聞いても同一視しないほうが賢明なことは確か。こちらが知ってる地球のレーションは、多分そっちの思い浮かべているレーションとは完全に別物だからね」

「……あぁそうか、旧世紀末最終戦争以前と考えればいいのか」

 最終戦争とかまた穏やかじゃない単語が出てきた。

 ……いや、人類が完全に宇宙に生活圏を移しているような感じだし、もしかしたら既に中佐さんたちの世界の地球は存在しない過去の天体か、もしくはその戦争時の汚染で生命体の活動が著しく難しい状態に陥り、更にはその自然再生も期待するには些か問題が山積みなのかもしれない。

 最もこの辺りはイネちゃんの憶測でしかないし、存在はするけれどアングロサン連合という共同体にとって何かしらの特別な意味を持っていて近づいたり、趣いたりできないとか……もっと単純に観光地化していてちょっとお高いとかそんな程度かもしれないわけだしね、うん悪い方向に考えるのはやめておこう。

「まぁとりあえずはい、どんな感じがいいのかわからなかったから白米と白粥、それに塩粥の3つ、他にもおにぎりとお漬物も用意しておいたけど……どうかな?」

「あ、イネちゃんは白米で」

「ロロ、おにぎり」

「そういえばお二方はご自身の名前が一人称なのですね、精神年齢が低いわけでもなさそうなのに……不思議です」

 あぁ目の前の料理よりもそっちに気が行っちゃったか……。

「ロロと、勇者……ゴブリン、被害者……だから」

「ゴブリン……空想の小鬼だったか?」

「まぁ……それ以外にもいたけどね、イメージとしてはそれで問題ないよ」

 そして当然というか……何も知らない中佐さんと、既に何かしらの形で割り切りが済んでいる当の被害者本人であるイネちゃんとロロさん以外のテンションが目に見えて落ちていく。

 その空気を察したのか、中佐さんが。

「……申し訳なかった、聞いてはいけないことだったようだ」

「ロロと、勇者は……気にして、ない」

「本人たちはもう割り切っているんだけどね、まぁそっちにわかりやすく言い直すのなら戦争孤児とか、そんなのを思い浮かべてもらえればいいかな」

 実際にはそこに悪性生命体の子供を孕んでいるんじゃないのかとかの恐怖とかで忌諱されたっていうのも含まれるけれど……でもまぁ嘘は言っていないし大丈夫。

「それは……本当にデリケートな話題だったな……」

「ゴブリン問題自体はもう解決済みだから、本当気にしてないんだけどね」

 イネちゃんの言葉に賛同するようにロロさんは首を縦に振って同意をする。

 皆優しいから当時のことを思って悲しんでくれるんだけれど、どうせならお墓とか慰霊碑で一緒に黙祷してくれれば、イネちゃんはそれでいいんだけどね。

「さ、空気が重くなったときは美味しいものを食べて気分転換!ちょっと焼けすぎちゃってるゴダン貝もらうよ」

「高菜……美味しい」

 しかしロロさんもちゃんと割り切れてるね、決戦の時にゴブリンの生みの親である錬金術師と対峙できなかったから、何かしら思うところがあるだろうと勝手に思っていたけれど、今の会話とおにぎりを頬張る様子を見る限り問題ないみたいでよかった。

 まぁ、何かしら思うところがあればこれまでにもムーンラビットさんや部下の夢魔の人たちが気をきかせて対応してただろうしね、イネちゃんの心配は杞憂である可能性が高いと思ってたので、改めて思いを口にしたりする必要はない。

「たかな……?」

「ん……この、緑色の……漬物」

「いや漬物が何かがわからんのだが……」

「高菜という植物を、お塩や唐辛子などで漬け込んだ保存食の1つですよ。最も、他のお漬物と比べると正しく保存しても冬を丸々越せるほどの保存ができないので、基本的には日々の食事に一品加えると言った消費のされかたをしますが」

 真っ先に復活したのはリリアか……話題がお料理のものだったし、当然かな。

「保存食……」

「あー……そちらの世界でも、元々はレーション自体保存食から発展したものだと思いますよ。人口増加や生産性向上の限界とかで、食料総数の管理と人口統制が必要になったとか、歴史にあったりしない?」

「なる程。数百年前に食料危機に直面したとハイスクールで聞いた記憶がある」

 むしろハイスクール……つまり高校までそういった歴史の授業がないってことか。

 大陸みたいに特殊な組織構造にでもなっていなければ、基本的に治世者にとって都合の悪い事実は歴史等では教えられない。

 これはいくら民主主義が進もうが同じで、そっちのほうが統制しやすいし、外交だってやりやすくなる。

 最も、弊害も色々とあるし、民主主義が基本の社会なら歴史資料の処分までには至らない事の方が多いので、後の学者が隠したことの是非を叫んだりする……っていうのはステフお姉ちゃんの受け売りではあるけれど、そういったことはむしろ地球文明よりも遥かに進んでいるだろう中佐さんの、アングロサン文明の方がより活発に行われていることは容易に想像ができてしまう。

 まぁ中佐さんの言動から察するにもしそうだったとしても知っているのは本当にごくごく一部の支配者層だけだろうし、ここで聞いたところで答えなんて絶対返ってこないから聞かないけどね、それにこれ以上暗い話題の方向性になってせっかくの久しぶりのリリアの手料理をおいしく味わえないとかそれこそ絶対に嫌だし。

「先ほどの失礼の贖罪……というわけではないが、始めて嗅いだこの匂いは確かに空腹を感じさせるものだ、食べさせてもらっても?」

「どうぞどうぞ、むしろ皆で食べるために作ってるんですから食べてもらわなくっちゃ」

「それでは……ところで1つ質問させてもらってもいいかな」

「なんですか?」

「その2本の棒で、食べないと駄目なのか。食事という行為は手づかみとスプーン以外に使ったことがなくてな」

「お箸からですか!」

 リリアの大きな驚きの声に、イネちゃんは笑いを堪えずに吹き出してしまった。

「なる程、それもそっか。レーションってことは食べやすさ、吸収しやすさを最優先だもの、お箸で食べるご飯とは対極と言っていいですもんね。リリア、今日はフォークを出してあげればいいんじゃないかな」

「フォーク……そうだね、うんわかった」

 食文化が違えば食器も違う。

 あれこれ難しく考えすぎてて、そんな簡単なことにも気づけなくなっていたってことか。

 異文化交流の始まりとしては、その意義を大きく果たせる内容になったかな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る