第27話 対動物防衛戦再び
イネちゃんが街壁の外にたどり着いた時には、既に動物の第1波が到達していて状況は凄惨と言っていい状況が広がっていた。
街に駐在している貴族の兵士さんと動物双方の死体が壁に叩きつけられたような形になっていて目を背けたくなるような絵面に死臭が混じっていて呼吸することすら普通なら難しい。
『イネ、少なくともここはこれ以上被害を出さないようにしないと』
イーアがそう言うけれど言われるまでもなく、イネちゃんが戦闘に加わる方面でならこれ以上味方側に被害を出させるつもりはこれっぽっちも存在していない。
「イーア、完全に壁のシミになっちゃいそうな人が回収できるように新規に壁を建造、そっちは任せる」
『いいけど、流石に限度があるからね。ビームの充填も進める必要はあるだろうし』
街の防衛設備に関しては今回イーアに丸なげでいいけれど……勇者の力も制限される今回の戦闘でイネちゃんにできることはそう多くはない。
勇者の力を全力で使ってという条件であるのならばイネちゃんは防衛戦においては無類の強さを誇ることができるのだけれど、その勇者の力がなければただの特殊訓練を受けて習熟している女の子でしかないわけで……まぁそれでも勇者という概念に当てはまらないヌーリエ様の加護で精神支配や毒のようなものは喰らわないし、勇者の力のデフォルト的な効果として物理的、魔法的な防御力がイネちゃんは極まっているので自分自身がどうこうという事態にはならないけれども、イネちゃんが来るまでの間ここで戦っていた兵士さんたちみたいな普通の人にしてみれば狼やクマの突進でごらんの有様と注釈が付いてしまいそうな事態になる。
それを庇いながらとなれば勇者の力を純然と全力発揮は不可能になるわけで……。
『少し前みたいになっただけだから、とりあえず危なそうなやつから削っていこう』
「まぁ……そうか、一気にやるのは避けるって皆に言った手前やるわけにはいかないしね、頑張る」
なんというかイネちゃんとしては今の状況はすごく久しぶりだな……守るは磐石という点においては違うけれども、イネちゃんとしてはむしろ大量破壊兵装や無差別に撃ちまくってしまう防衛タレットが使えないという点において難易度が上がっているんだよね、デッドオアアライブじゃなくて可能な限りアライブっていう条件は本当イネちゃんの能力と相性が悪すぎる。
「でもまぁ……動物たちにまだ本能とかがかけらでも残っていることを期待して、威圧をかける意味もかけて……」
地面から持ち手と発射機構全般をミニガンと同等のものに魔改造した対物銃を生成して安定性を確保するために
排莢に関しては通常の上面からのものから左右どちらの側面からも排出することができるようにしてあり、正直これはボブお父さんくらいがっちりとした体型の軍人さんなら運用できなくはないくらいには場当たり魔改造品とは思えないくらいには優秀だと思う。
まぁ実際に兵器廠で開発して安全性を確保しつつ実用ラインに乗せる必要があることを踏まえれば設計書の段階で破棄されるだろうけれど……主にコスト対効果という意味で。
個人携行武器にここまでの火力を持たせる理由が見当たらないからね、今、イネちゃんが置かれているような状況でもなければ。
「これはおまけだよ!追加でもっていけぇ!」
発射機構の部分に追加で魔改造を施して電磁加速化させる。
これでこいつはイネちゃん以外には扱うことが不可能な代物になったところで、こちらに向かってきている狼、クマの中でも一際身体の大きいやつに狙いを定めてその引き金を引く。
銃身内部で電磁的に加速されたビームコーティングの弾頭は音速を軽く超えた速度で発射され、その射線上に存在していたことごとくを貫いて遥か後方に空まで届くほどの土煙を発生させた。
これで動物が動きを止めてくれればそれでよし、そうでなければ……2射目も考えなければならないし、それ以外の手段にも状況次第で移らないといけない。
『止まらない。やっぱりこれは自然発生のものじゃない』
「まぁそうだろうね、自然発生でこういう暴走が起きたとしても超個体的なものや
異世界の人間による人為的な動物の意思を剥奪して操っているということ。
となれば動物操作系の能力に関してはその異世界にとっては普遍的と言っていいレベルの技術なのか、秘匿系だとしてもそれを扱う能力を保有する人たちが協力しているということになるわけで……今回、万が一イネちゃんが乗り込むこととなったら今回は世界まるごと敵という可能性が出てくる面倒くささを感じざるを得ないよね。
『イネ、今は目の前の対処優先!それにもしそうなったとしても最初にその世界に行くのは私たちじゃない!』
イーアの叫びに似た声でイネちゃんは目の前のことに戻して状況を判断する。
動物たちはイネちゃんの放った強力な一撃でも動物としての生存本能が呼び起こされなかったということを考えたら、動物を生かした状態で突撃をやめさせるとなれば事が終わった後に治療を施してその後生きていられる程度の攻撃を加えないといけないということで……。
「むちゃくちゃ面倒くさい!」
トラバサミのようなものを用意するのもひとつの手ではあるけれど、目の前の動物の数はさっとミア渡しただけでも3桁、街の周囲360度全方位から突撃してきていると仮定すると4桁を越える可能性すらあるものは流石にトラップで何とかできる範疇を軽く飛び越えている。
その上でイネちゃんの能力でできて、動物を生存させられる手段となれば博打に近いものだけが頭に思い浮かんでくる。
『仕方ないから、イネの考えの中でひとつづつ試していこう』
「了解、じゃあまずは……」
地面を隆起させて動物たちの足止めをしつつ、イネちゃんの目の前辺りを崖の形になるまで地形変動させる。
これなら最初に落ちる動物は落ちどころが悪いと死ぬけれども、目の前の数をまとめて対処するなら1番手っ取り早いし、後ろの方にいた連中は最初に落ちたのがクッションになって軽く怪我はするかもしれないけれど生かしたまま動きを止めることができるからね。
ただ問題はカガイの時のような操っているだろう犯人がいた場合のことを考えた場合はこの対処法だとどうしても確保する難易度が激増するという点がデメリットになる。
『とりあえずこれで様子見、ちょっと広めに感知してみるけれど……街の近くじゃないと積雪で鈍くなるのは覚えておいて』
「分かってる、イネちゃんは目の前の対応、感知はイーア、お願い」
『了解……でも今回やっぱり阿鼻叫喚というか凄惨というか……ビームの使用が制限されるとこんなことになるんだね。と、イネ人間が混じって落ちてくると思う、注意して』
「感知できてるから大丈夫、チェーンで一時的にセーフネットを作る」
そしてこの状況、最初の狙撃による軸線上には存在しなかったことは確認していたものの、そのいくつかの射撃候補ラインに存在していたのはわかっていたのだけれども、それが結構後方だったこともあって今まで対処はしなかった。
想定よりも早く、人間の気配がイネちゃんが作り出した崖の部分まできていたことに関しては驚きだけれど、動物側にいて、動物に襲われていない人間に関してはどうしても捕縛したかったわけではあるけれど……。
「まぁリリアには約束したけれど、イネちゃんの絶対条件はあくまで皆を守ることだから……」
『今回はいい方にサイコロが転がってくれたけど、できれば今回みたいな博打はやめてね』
「可能な限りそうしたいのはイネちゃんもだから……さて、じゃあ落ちてきた人間の顔を拝みに行こうか」
イネちゃんは頭の中でイーアとそう会話してからP90をいつでも撃てるようにしながらもまだ動物が落ちてきている場所へと向かった。
まだ戦闘中で、尚且つ状況的にはトドメを刺しに向かうような状況なのだから相手からすればイネちゃんが慢心、油断、傲慢で近づいてきているという認識になってもおかしくはないからね、改めて気を引き締めながら落ちてくる動物への対処もしつつ近づく必要があるから、何もしていない感じではあるけれど消耗は結構激しくって……できれば動物の方はもうそろそろ打ち止めになって欲しいところではある。
鬼が出るか蛇が出るか……とにもかくにも最大の警戒のままイネちゃんは捕縛した人間の場所へと足を進めたのだった。
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