第26話 勝手に始まる身の上話
「ロロさんお疲れ様」
皆が寝静まってから2時間半経った頃、最初に見張ってくれているロロさんに挨拶をしてからポジションにつく。
「動き、ない」
「このままイネちゃんたちの心配が徒労に終わってくれればそれでいいんだけどね」
実際のところ今イネちゃんたちが徹夜をしている理由は完全に最悪を想定してのことだから、何も起きない可能性も高い。
とはいえ何もせずにいて何か起きちゃったらそれはそれでイネちゃんとしては責任問題になりそうだし……一応立場的には教会に引き渡した時点でヒルダの神官長であるマルメラさんに移ってはいるのだけれど、勇者という肩書きの上初動を担当した流れがあるし、同じ場所で宿泊するのであればイネちゃんに責任がないわけではない。
まぁこういう書き方をすると責任逃れしてるだけなんじゃないかって思う人もいるだろうけれど、昨日ごっそりと使ってしまったビーム兵装の充填をまとめてできる環境とも言えるからね、流石に寝ている最中は充填できないし。
「今、よろしいでしょうか」
イネちゃんがポジションについて椅子に座ろうとしたタイミングで部屋の中から声が聞こえてきた、面倒事が話しかけてきたよ……。
イネちゃんとロロさんが無言で応えるとリオさんは承諾と捉えて勝手にお話を続けた。
まぁ、話すも話さないのも自由だから別にいいんだけどさ。
「私、リメオンティウスは既にお察しのとおりこの世界の人間ではありません」
まぁ……完全にそれ前提の上に会話も完全異世界出身扱いだったからさ、うん。
「私はそこで王国の見習い術師をしておりまして……こちらの世界に送り込まれた理由があるのです」
資源確保か……はたまた少し前にイネちゃんに一目惚れしたアレと同じ世界で対立してたりするのとか……どれにしたってイネちゃんたち大陸からしてみれば迷惑この上ないものである。
「今私たちの世界は存亡の危機に瀕しており、既に存在する戦力ではいかんともしがたく、伝説に語られる伝説の勇者様を探すために言語習得に優れたもの、言葉がなくとも意思の疎通が可能なものがそれぞれ別の世界へと旅立つことになったわけです」
となると……これは多世界異変の元凶だなぁ、この人ら。
そして言語なしでも意思の疎通が可能なっていうのはあの動物使いが該当するからね、そうなってくると益々リオさんの世界は無自覚なテロ活動をしていることになるわけだけど……でもまぁ問答無用で他の世界から召喚して強制的に戦わせるとかよりは多少はマシなのかな。
「そのために不意打ちの形で世界の平均的な実力を見極めさせていただいたことに対しては、然るべき罰を受けます。ですが……」
「自覚しているのなら弁明や自己弁護のような大きな独り言はやめてくれないかな」
ちょっとあまりにも身勝手な理由だったから思わず声を出してしまった。
でもさ、これって問答無用で召喚して死ぬまで戦えとか、それよりも被害規模で言えば広がり続けるからちょっと頭にきてしまったのだ、仕方ないよね。
「それにそういう話はここでするよりもお偉いさんの前でしたほうがいい、場所を間違えなければ聞ける度量があるのがこの世界だから。誰彼構わずなんて手段を取ったほうが道が遠くなる」
リオさんが静かになった。
思わず言ってしまったけれど、事実でもあるんだよね。
大陸ではヌーリエ教会のお話を聞く体制は非人道を極めたような錬金術師のグワール相手にすら機会が与えられるくらいだから、大陸での被害がほぼない現時点であるのならそうそう酷い流れにはならないと思うし、勇者という単語にすがる形でイネちゃんにまくし立てられても困るだけなのである。
「それでも……それでも知っていてもらいたかったのです」
あ、これゲームでよくあるループの流れだ。
あまりゲームをする機会がなかったイネちゃんでも、コーイチお父さんのプレイを後ろから眺めていたから知識だけはあるよ、イネちゃんが許諾するまで続くやつだこれ。
「その場で処断することもできたにも関わらずあなた方はこうして一定の自由を認める形で対応してくださっているのですから、信用できる人なのです」
うん、上から目線。
信用云々をできるできないで語る時点で立場を間違えてるよね、現時点でリオさんが信用を口にする場合は信用してもらうためにとかそういう立場だとイネちゃんは思うんだ。
正直、リオさんがイネちゃんたちから信用を勝ち取る道は簡単で、何もしなければ恐らくはムーンラビットさんたちがよろしくやってくれる流れが見える。
むしろリオさんが何かするたびに信用という流れがどんどん遠ざかっていくのだけれど……まぁこの辺は文化や常識の差かなぁ、先ほどのリオさんの説明が全部事実だと仮定するとリオさんは言語習得能力が極めて高いわけだろうし、こちらの言語でそのまま自分の世界の常識行動をなぞれば今の状態が適切となるのかもしれないしね。
ただなんというか、リリアなら多分こんな態度のリオさん相手でも親身に話を聞いちゃうんだろうなっていうのが予想できてしまうので、相手を選べばあながち大外れでもないのがなんとも……一応最初の襲撃以後は武力で訴えるってことしてない点においてはイネちゃんだって評価する項目だよ、うん。
イネちゃんとしてはこんな感じに大きな態度を取る時はよほど頭にきているときだけにしたいのだけれど……イネちゃんの怒りの沸点がちょっと下がってる感じだから意識的に自重しないとだね。
「イネさんにロロさん」
「ジャクリーンさん?まだ交代の時間には早いと思うけど」
交代の時間まではまだ1時間くらいあったはずなのでかなり早いタイミングだから驚いた拍子に変な声で名前呼んじゃったよ。
しかしながらジャクリーンさんはそれを笑うでもなく真剣な表情からまるで表情を動かさずに続けた。
「少々まずいことに。街の外に動物……狼とクマが集まっていると先ほど連絡が入ってきました」
「先ほどってどのくらい?」
「私がマルメラさんに起こされる少し前ですから、およそ10分程度前でしょうか」
まずい、ビーム兵器はまだ充填できてない。
そうなると瞬間的な正確な超火力で一気に殲滅することは難しい……イネちゃんひとりでは街全体をカバーするような立ち回りはほぼ不可能。
「……ジャクリーンさん、申し訳ないけれどここは任せていいかな。ロロさんは多分ギルドから要請が飛んでくるだろうから」
「わかりました。ですが彼の拘束は少し強めにしても?」
「状況が状況だし、こちらに信用してもらうためなら少しは我慢してくれるでしょ。だよね!」
返事がない、怪しさ爆発し始めてる。
「万が一に備えてキュミラさんにも来てもらって。マルメラさんは万が一になったら避難民の受け入れするだろうし、リリアもそっちを手伝うことになるだろうから……今の面子だとこれがベターだと思う」
まぁ、マルメラさんかリリアがこっちに来るくらいするかもしれないけれど、流石に暴走している動物の対処に関しては街壁の外になるためイネちゃんや街軍、それにギルドに滞在している傭兵と冒険者になるはず。
「とりあえずイネちゃんは先行して街の外に向かうから、ロロさんはギルドから要請が来るまでここで待機しつつ、ジャクリーンさんの手伝いをお願い。拘束を強めるのはいいけれど、そのタイミングは外の動物が彼の仲間が仕掛けたものなら逃亡タイミングになるからね」
イネちゃんは敢えてリオさんに聞こえるように指示を出してから椅子から立ち上がる。
「わかった……勇者、気をつけて」
「うん、ロロさんありがとう」
「相手は動物です。万が一にも人が含まれないとは思いますが……」
「生態調査の一環だから殲滅は不可ってことでしょ?大丈夫、イネちゃんだって殲滅したいなんて思ってないし、その万が一も考えて動くから」
非人道なあれこれは訓練中いくらでも想定していたし、実際そういうことをやらかす錬金術師グワールを相手にして嫌というほど体験させられたからね、そういうやからのあしらい方はなんというか慣れてしまっているところがある。
とはいえ慣れてきているタイミングが最も危ないとも言うし、イネちゃんは自分の頬を2、3回パンパンと叩いてから現場へと向かうのだった。
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