第25話 マルメラさんのおもてなし
「はぁい、勇者様もリリアさんも皆さんも、当然、異世界からの訪問者さんもどうぞ、どん!どん!食べてくださいねぇー」
マルメラさんの元気な声と共にイネちゃんたちの目の前に広がる光景は、料理で埋め尽くされるテーブルだった。
一品一品の量自体は少なめではあるものの驚くべきはその種類で、明らかにひとりで作るには多すぎる多さなのだけれど……。
「私も手伝ったから皆も食べてね!」
リリアがそう言ったのでイネちゃんたちは色々と察して、いただきますをしてから箸をつけたのだけれど、当然ながら異世界から来たばかりらしいリオさんは困惑の表情を浮かべているのであった。
「料理でおもてなしすること自体は一般的なことだから食べな。それとも相手の善意を受け取らないのがそちらの流儀なのだとしたら、この世界ではその考えは改めて置いた方がいい」
「雪国でこれほどの食べ物が……種類が……しかしこの棒2本でどう食べればいいんだ……」
「あら、お箸は使ったことがなかったのかしら……ちょっと待っててねーナイフとフォーク、それにスプーンも持ってきてあげるわぁー」
「あ、いえ……」
「遠慮しないでいいのよぉ」
マルメラさんは笑みを浮かべながら台所まで食器を取りに席を立った。
「あれが神官……」
「あなたの中の神官がどうなっているのかは知らないけれど、この世界では割と一般的な方だよ」
「そう……なのですか」
うん、割とがっつり政治的に俗物ってるっぽいな、リオさんの世界の宗教。
もしくは完全無視の独立路線だろうけれど……どちらにしろヌーリエ教会みたいに政治に口は出すけど責任もしっかり取るみたいなスタイルとは違いそうだ。
「ヌーリエ様の教えは皆仲良く、美味しいご飯を食べましょうが基礎になっていますので、このおもてなしはヌーリエ教会では基本です……まぁ私も久しぶりにいろんな食材見て張り切りすぎちゃったのはあるけど」
あ、この種類の多さはリリアも張り切ってしまった結果か。
ところどころ見覚えのあるお料理があると思ったらそういうことだったか、最も見覚えのないお料理も普通に美味しいけど。
マルメラさんの作ったお料理は雪国らしく大根やカブと言った材料が中心で揃えられていて、田楽やおでんといったスタンダードなメニューから大根ステーキのような珍しいメニューまで揃っている。
しかも大根のステーキがお肉に負けず劣らずのジューシーさで、食感は大根のしっとりした感じなのだけれど味はとっても濃厚で大根……いやお野菜とは思えないほどの、まるでお肉を食べているような感覚になる。
スタンダードなメニューに関しても味はとっても安定していて、大根ステーキでこってりした口の中をさっぱりとリフレッシュしてくれて……。
「これはやばい、止まらなくなるやばい」
「やばいッス、やばいッス……食べ過ぎて一時的に飛べなくなるかもしれないッス」
「あ、あ、あ……流石にこれ以上はいくら大根でもまずいのに……いくらでも入っていく」
っていう感じでイネちゃん含めてひとりを除き食事を楽しんだ。
「えっと……お口に合わなかったでしょうか」
マルメラさんがリオさんに向かって聞いた。
そう、お箸が不慣れなのは仕方ないにしても、ナイフとフォークで食べていたリオさんの手があまり進んでいない……というより止まっていると言っていいくらいになっていたのだ。
「ちょっと味が濃いのが……」
「あらあらあらごめんなさいねぇ、それじゃあさっぱりしているものを新しく作ってくるから、無理に食べなくても大丈夫ですよぉー」
「あ、いえ……そういうことでは」
「他に食べたいものがあったら遠慮せずに仰ってくださいねぇ、ある程度のものなら作れると思いますのでぇ」
100%の善意というものを受けることに慣れていない感じがするね、いやまぁそれこそ大陸以外ではそうそうお目にかからないものでもあるけれど。
「……あなた方は何故、素性もわからない、しかも攻撃をしてきた私に良くしてくださるのですか。これでは勇者と呼ばれているイネさんのような態度をとられた方がこちらとしては……」
「そういう世界だから。それ以上も以下もないよ。それとイネちゃんに関しては出自とか育ちが特殊だから大陸のやり方以外もできるというだけ。その上であなたにはこっちのやり方の方が受け入れやすいんだろうと思っただけだからね」
というか大陸のやり方を最初から受け入れられる世界の方が圧倒的に少ない気がするからね、イネちゃんは地球でお父さんたちにあれこれ仕込まれた上に、創作物から得たウェットに富んだ対応もあれこれ知識としては持っているので、正直なところそれを真似ているだけである。
「はーい、さっぱりしたものを作って来ましたよぉー」
ちょうど会話が途切れて少し気まずい雰囲気になりつつあった食事の場が、マルメラさんのおっとり具合で和んだところで運ばれてきたお料理に皆の視線が集中した。
「大根を中心にしたサラダに、お野菜スティック、それに大根おろしですよぉー」
「一気にさっぱりしすぎじゃないですかね!?」
ちなみに大陸のお野菜でしかも新鮮なので美味しいのは確かなのだけれど、今まで味の強いお料理を食べていたものだからどうしても物足りない感じがある。
「私のために……ありがとうございます」
「いいえー私も好きでやっているだけですしぃ」
マルメラさんとリオさんの会話を眺めつつ、イネちゃんはロロさんとジャクリーンさんを近くまで移動して耳打ちするくらいの声量で相談を持ちかけた。
「とりあえず今のところ問題はないけれど、夜中に逃げ出す可能性は否定できない以上今日は……」
「見張り……当然」
「私の得意分野ですので、交代制でいいですかね」
うん、この2人は話が早い。
キュミラさんは最近出てきていないけれど根っこの性格が小物だし、リリアは相手がよほどの悪人だとか、人の命を害そうとするような人でもなければ本気を出さないからね、そうなると頼りになるのはこの2人ということになる。
ロロさんは傭兵としての経験から徹夜もできるし、必要であるのなら先制攻撃で相手の動きを止める判断もしてくれる上、装備の関係上非殺傷もお手の物。
ジャクリーンさんの方は元々フルール家の暗部仕事を請け負っていたこともあって完全に得意分野というか専門分野に該当する。
ちなみにジャクリーンさんは尋問とかは担当していなかったらしい。
「それじゃあイネちゃんは2時間ごとに30分寝るって形をとるから、2人は2交代制でお願い」
2人は何か言いたげな感じの表情はしたけれど首を縦に振って同意してくれた。
まぁ多分イネちゃんの体調とか気にかけてくれているんだろうけれど、実のところ今日は消費してしまった切り札のひとつである自立ビーム兵装の中身の充填がしたいのでどのみち徹夜だったからね、イネちゃんとしてはリリアも理解を示してくれる、はず、多分、きっと。
「そろそろお料理もなくなりましたね、追加で何かお作りしますかぁー」
「うーん、こっちは大丈夫だけれど……殆ど食べていなかったのは……」
リオさんである。
目の前の料理が食べられるのかがわからなかったのか、最初は警戒、イネちゃんたちが美味しそうに食べた後も遠慮しがちで殆ど口に運ばれていなかったし、サラダメニューに関してもそもそも生で食べる習慣が殆どないらしくこちらには手を付けることすらなかった。
「私は大丈夫ですから」
「そう?だったらお夜食で食べれるものを何か準備しておくわねぇ、おにぎりにしようかしら、それともパンの方がいいかしらねぇ」
「あぁだったらパンの方がいいかもですね、特に堅パンみたいな質素で保存が効くものの方がこの人には馴染み深そうですから」
「え、あの……」
「はぁい、わかりましたよーそれじゃあ今から作ってきますねぇー」
リオさんの困惑したような言葉をスルーして皆がそれぞれ行動を始める。
「ごちそうさまでした」
イネちゃんもとりあえずごちそうさまをしてから動き始める。
今日は長い1日にならないと……いいなぁ。
そう思いながらイネちゃんたちはその夜を迎えることになったのだった。
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