第24話 ヒルダの街
ヒルダの街。
人口は大陸でも少なめなおよそ1万人。
現代地球でもない中世的な文化が中心なファンタジーな世界と考えれば首都クラスに多いと言えるかもしれないけれど、食糧事情や社会体制の安定度が極めて高い大陸では1万人は街と定義されるには割とギリギリな数値である。
「近くにこんな都市があったなんて……」
と驚いているのはリメオンティウスと名乗ったイネちゃんたちが確保した人。
「あなたの世界がどういう状況で平均人口がどのくらいかなんて興味はないけれど、少なくともこの世界では都市というには少し寂れてるけど、村というには規模が大きすぎると言った範疇だよ」
「これで……」
「これで驚くってことはよく調べもせずに仕掛けてきたってことだよね。なんで異世界の人はそうなのか……」
大陸では予めしっかり相手の文化水準などをしっかりと調べてから対話を始めるからね、その調査段階では相手のルールに従って動くから社会基盤がゆるゆるな世界か、地球のようにガチガチに固められているかのどちらかの方がとても動きやすくなる。
これは前者なら素性の知れない人間が増えたところで誰も気にしないという意味で、後者は最初から組織的な対話が見込めるという意味でしかないけれど、それだけのノウハウが固定化される程度には大陸って他の世界と繋がってるという証左になっている。
「そういえばこの人ってどっちに渡すの?」
「教会。人権が確実に保障されて言語の認識が中途半端だったとしても専門家が多い方を選んだ方が確実だし」
正直、人権に関しては後々の面倒を避けるためである。
最初に捕らえた捕虜を自分たちの文化水準で尋問をしたら戦争になりました、なんていうのは出来るだけ避けたいからね、正直世界が同じでも言語が違えば起こりうる内容だからこそ、出来るだけそこには注意しておきたいし。
「教会……」
リメオンティウス……リオと呼んでくださいって言ってたから次からはリオさんと表記するけれど、教会という単語に反応している。
あくまで予想の範疇を抜けないけれど、もしかしたらリオさんの世界では教会が俗物的で割とろくでもないことになっているのかもしれないね。
「よし、到着。それじゃあロロさんにイネ、お願い」
リリアが到着を知らせるとほぼ同時、呼びかけられる前にイネちゃんとロロさんは立ち上がりリオさんの両脇を固める形で既にドアに手をかけていた。
この手の面倒事は早く手元から離した方がいいからね、ろくに踏み込んだことも……できなくはないけれど、尋問から先の対応は難しいからね、それなら報告書をまとめる作業を省けるだけ最初の初動段階で引渡しをしておいた方が断然公益にかなっている。
「それじゃあ行ってくるよ」
イネちゃんが先導の形をとって、ロロさんが後方を固める形でヌーカベ車から出ると。
「これは……木造……?雪国でこれほど外へ出られる場所が多い構造なんて防寒面で考えられない……」
「茅葺き屋根、まぁ珍しいものではあるけれど全く知らないのは完全に大陸の人間じゃないってことだね。これ自体が観光資源になってるくらいには有名だし」
イネちゃんは今茅葺きと言ったけれど、厳密には合掌造りの屋根で大雪でも屋根に殆ど雪がたまらない作りになっている。
地球でも日本の雪国では見られる構造ではあるけれど、少なくともリオさんはこの手の建造物を知らないということは、既に大陸と繋がっている地球とは別の異世界、ムータリアスの住人である可能性はなくはないものの、それならそれで大陸という世界が介入したことで長年続いていた生存戦争である人と亜人の戦争がひとまず休戦に至ったことを知らないはずがないし、ムータリアスでは未だに亜人に対しての恐怖感や嫌悪感を持つ人間が少なくないため、キュミラさんの姿を見て何も反応しなかったことを考えれば可能性は極めて低くなる。
「すみませーん、ちょっと政治的に曖昧で怪しい人の引き取りお願いしまーす」
「勇者……直球、すぎ……」
「いえいいんです。実際素性の知れない強い力を持った人間が警戒されないわけはないのですから」
なるほど、リオさんの世界の社会構造はある程度はしっかりと構築されている世界ということかな。
「はいはいはーい、お客様なんて久しぶりで、あぁ関係ないですよねごめんなさいねー」
そして教会の奥からはなんというか、おっとりした感じの割烹着を着た女の人がおっとりした口調や手の仕草とは違い慌ただしく姿を現した。
「失礼ですが、ヒルダの神官長さんですか?」
「はいー、ヌーリエ教会ヒルダ支部、神官長のマルメラさんは私のことですー……って勇者様じゃないですかぁーあらあら大変、おもてなしの準備がまったくできていないわぁ」
「いやおもてなしは別にいいので不審者の引渡しをしたいのですが……」
「あらあらあらあら、少し待っててねぇー今シックに連絡を入れてきますからねぇー」
そう言ってマルメラさんが教会の奥へと戻っていくのを待ってから、リオさんが口を開いた。
「勇者……あなたが?」
「あなたの世界に同じ言葉があったとしても、絶対同じ意味じゃないから変な考えはするんじゃないよ」
大陸で勇者と言えばそれは、大陸の価値観や生命を守るためにヌーリエ様に力を授けられた人を指す言葉で、地球の定義で考えても明らかに外れてると思うからね。
むしろ聖騎士とか親衛隊とか、そういった体制側の治安維持機構に近いものがあるからね、まぁ勇者に関してはヌーリエ様から直接指名されているという裏付けが、ヌーリエ様という神様の実在証明が完全になされている大陸ではかなり重要で、場合によってはヌーリエ様を崇めているはずであるヌーリエ教会ですら、その力を行使する対象になりうるのだけれど……まぁヌーリエ様が顕現していた時からの知り合いであるムーンラビットさんが実務トップに居座っている間はそういうことはないとは思うけどね。
「勇者とは世の中が乱れた時、それを正す人のことではないのですか」
「その正す意味がこちらとしては気になるかな、その正すってどちらか片方を言い分すら聞かず滅ぼすって意味だったりしない?」
「人を滅ぼそうとする者がいれば、それを拒絶するのは当然では?」
「嫌悪感は抱くけど理由を聞かない理由にはならないかな。後の時代に禍根を残さずにやるとなると生まれたばかりの赤ん坊ですら手にかけないといけないわけだしね」
割とこの辺に思考が及ばない人が多いけれど、よく中世ファンタジーな世界の物語にあるような勧善懲悪な物語なんて現実にはそうそう存在しない。
というか現実でそういうことをやろうとするとただの虐殺を何度も何度もやって本当にDNAの1片も残さないって勢いでやらないと、そういう事実があったってだけで何かしらの動乱の元になるからなぁ、まぁその勢いでやったとしてもそれをしたという事実自体が支配体制に疑問を抱かせるに十二分な材料になるから、生存戦争で相手を滅ぼすなんていうのはただの感情任せの争いでしかない、っていうのがイネちゃんの考えである。
正直そんな不毛なことをするのなら、しっかり要望を聞いて、無理であるのならどうして無理なのかを懇切丁寧に説明したほうが建設的だからね、理解されるかどうかは別にしても話し合おうとする姿勢自体は後の世に禍根を残しにくいものだからね、よほどの相手じゃない限りは。
「はーい、連絡はしましたので明日には引き取りに来ると思いますよー。それで申し訳ないのですが……今からおもてなしするために少々収穫と一部の調味料の買い出しに行きたいのですがぁ……」
「いや別におもてなしとかは……まぁ、外のヌーカベ車にまだ人がいるので人手が欲しかったら声をかけてってください」
「この人……見張る、し、留守番……する」
「あ、他にもいらしたのですね、ありがとうございますー」
そう言って出て行ったマルメラさんの素っ頓狂な声が聞こえてきたのはすぐ後だったけれど、とりあえず今イネちゃんとロロさんがとっているこの体制は維持が必要みたいだなぁ。
神妙なリオさんの表情を見ながらイネちゃんと、どうやら今回はロロさんも同じ心境だったらしくイネちゃんと目があったときにため息をついたような仕草をしていたのだった。
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