第28話 捕虜とリオさんの関係

「地獄絵図から犯人と思わしき人間を捕縛してただいまだよー」

「おかえり……でもロロさんはまだ帰ってきてないよ?」

 鋼鉄の鎖で簀巻きにした人を勇者の力で生成した動力を積んではいない簡易的なリヤカーのようなものに乗せて帰還したイネちゃんを出迎えてくれたのはリリアだった。

「首謀者だろうこの人を捕らえた直後から動物の動きが変わったから、まぁロロさんなら大丈夫だとは思うよ。問題はヒルダの街の兵士がどれだけ犠牲になったかだね……正直、イネちゃんが到着した時には既に目をそらしたくなるような状況だったから」

 初動は当直の少人数だったとしても、ヒルダの街の規模は半径が約2kmの街でそれを囲う壁の大部分をカバーするためにそれなりの人数が詰めていたはずだから、少なく見積もって100人近い人が犠牲になっている可能性が高いからね、ヒルダの街の人口は確かおよそ1万くらいで、常備軍の人数が500くらいだったはず……有事の際にはこの地方を統括する貴族の軍事砦から増援が転送陣を通じて送り込まれる形だから常駐軍は結構少数になっているんだよね。

 ただまぁ5分の1が死んだとなれば被害は甚大、こうなってくると今後の調査次第では今回の事件を起こした世界の責任者連中に相応の責任を取らせるためにもしかしたら既にこちらから乗り込む準備を整え始めていてもおかしくない。

「ちなみにイネちゃんが何度か語りかけても言葉と思われる音は発声しないから会話ができてないよ。尋問する場合はやっぱりリリアやムーンラビットさんみたいに思考を読める人でないと無理だと思う」

 まぁその辺のことはイネちゃんが考えることでもないし、今考えたところで情報が少なすぎて間違える可能性が高いし、下手に考えた結果先入観が入ってしまう方が怖いので考えないようにする。

「うん……でもやっぱり、大変だったんだね」

「ビームの充填ができてれば、もう少しマシではあったのだけどね」

 もしくは殲滅OKだったのなら犠牲を減らすことは間違いなくできたと思う。

「他に人は?」

「いるにはいたけれど、関係各所で別アプローチで取り調べる方針らしくってイネちゃんたちは総合担当。ほら、ギルドとヌーリエ教会、それに貴族が全員集まっている環境だから便利に使われてる感じ」

 一応キュミラさんでノオ様信徒枠もいるにはいるけれど、キュミラさんはあまりそっち関係に明るくなさそうだしそちらからの見解はノオ神官であるウェルミスさんがいるギルドの担当になるかなぁ。

「便利って……なんとなくわからないでもないけれど……まぁわかったよ、でもとりあえずその拘束ってなんとかならない?」

「難しいかな、今回はリオさんとは違って明確な敵意の元に犠牲も出ちゃってるし」

「そっか……」

 リリアはまだ犠牲の数は知らないはずだけれど、流石にイネちゃんの様子で色々感じ取ったんだろうね、靴下とか色々返り血とかついちゃってるし……あぁもう、お洗濯しても絶対落ちないよなぁ、これ。

 イネちゃんはそんなことを考えつつ、鋼鉄のチェーンで簀巻きにされた捕虜の人をリリアに引渡しながらマントを外す。

 イネちゃんのマントは、イネちゃんが大陸で傭兵と冒険者登録をした旅立ちの日に合わせてお父さんたちが用意してくれたもので、ヌーカベの毛で編まれた最高級品な上に軽量化の付与魔法が付けられているし、更にはタタラさんたちも手伝ってくれて更にすごい完全な一品もの。

 でもそんなすごいものでもお洗濯系の付与魔法はかかっていなかったらしく少し染みが目立ってきているところに今回の血の汚れ……。

 一応ヌーカベの体毛ということもあってイネちゃんの勇者の力で強引に汚れを落とすことはできなくはないけれど、それをするとせっかくお父さんたちがつけてくれた付与魔法が剥がれてしまいかねないからね、いつも手揉み洗いで洗っていたのだけれど流石にそれでも落ちない汚れが増えてきていてすごく気になってしまう。

『確かに専門業者に頼みたい案件だけれど今は』

「まぁ……そうだね、イーアの言うとおりリオさんと捕虜にした人たちの関係は今後を考えればかなり重要なことだからね。でもイネちゃんができることは殆どないよ」

 リリアが簡易的に調査してくれるかもしれないけれど、それはそれで詳しいことまでわかることはないと思うしね、名前くらいはわかるかもしれないけれど。

 ただ名前が分かればいい方で異世界の社会構造次第では捕虜にした人たちは使い捨てで名前どころか番号すらない可能性だって否定できないからなぁ、人権を剥奪するタイプの奴隷制だとその可能性は否定できないし、SF的な世界でもいっそ個体識別のための名前を番号に置き換えてたりとかなくはないだろうし。

「勇者……おつかれ……」

 イネちゃんがそんなどうでもいいことを考えていると後ろからロロさんの声が聞こえてきた。

「ロロさん、そっちはどんな感じだった?」

「トーリスとウェルミス……来てくれた、から……なんとか……なった」

 むしろその3人で何とかなったのかとも思うけれど、確かノオ様の加護における魔法は基本的に戦闘向きのものが多くて対多数の戦闘の方が本領を発揮できるんだっけか。

 となるとロロさんを最終防衛地点にしてトーリスさんが露払い、ウェルミスさんが一撃を持って制圧したって感じかな、風雨と雷が中心の魔法体系だと生かしたまま無力化の流れはイネちゃんのように大地や金属メインのものと比べれば圧倒的にやりやすいからね。

「他にも……カイルが、いたから……」

「カイル……って誰だっけ?」

「儂じゃよ」

「うわぁ!?」

「うわっはっはすまんすまん、勇者様とは言っても戦闘後のリラックス中には隙ができるんじゃな!」

「ぐきゅるぅ」

 あぁ思い出した……確かロロさんの故郷でムータリアスの先発隊と戦ったときに助太刀してくれた人……ギルドのランカーで飛龍乗りの……。

「竜騎士カイルじゃ。儂とこいつの故郷の警戒のために滞在しておったら今回案の定じゃったわ。そして勇者様とロロ嬢ちゃんにあのバカップルには感謝しかないのぉ」

 バカップルってトーリスさんとウェルミスさんのことか……確かに男女ペアの傭兵で常に一緒となれば恋愛感情が芽生えるかもしれないけれど、その2人と行動していたロロさんの反応が殆どないことが気になる。

「まぁそれはさておき、捕虜にした連中から情報を得られるかどうか、今回は怪しいところじゃな」

「言葉……知らない、様子……だった」

「あぁそっちもか……イネちゃんの方は5人捕まえたけれど全員そんな感じだったよ」

「こっちは2人が限度じゃったな、人手が足りんかった。ロロ嬢ちゃんの方はどうだったんじゃ?」

「4人」

 少なくとも11人、今回の動物暴走の首謀者と思わしき人間を捕らえているわけだね、でもそのことごとくが軒並み言語を操ることができないというのはすごく気になるところだけれど……。

「そういえば嬢ちゃんたちが連れてきたのは、大陸の言葉をしっかり操っておったのじゃろう?何か関係があったりせんかのぉ」

「そこはこれからの取り調べ次第じゃないかな、カガイのときに捕らえた人の取り調べでムーンラビットさんは動けないかもしれないけれど、流石に今回は規模と会話が可能な人との関係性が疑われる状況だし、夢魔の専門家さんが来るだろうから」

「ま、そうじゃな。儂らがあれこれ考えたところで間違える可能性の方が高いからのぉ。相手がゴブリンならただただ殲滅すれば良かったのもあって、こういった交渉や取り調べなんちゅう技術を儂は持ち合わせておらんしな」

「そこで速報をお持ちしました。厳密にはイネさんにお伝えして現時点の依頼と並行して進めていただきたいために持ってきたのですが」

「うわぁぁ!?」

 今回は本当にびっくりした、完全に気配がなかったのに突然耳元で囁かれたからこう……背筋がぞわわーってなった!

「やめてよスーさん!」

「私も伝達を終えたらすぐに戻らなければならないので要件だけで構わないでしょうか」

 だったらお茶目して耳元囁きとかやめてくれませんかね。

「先日カガイにて捕縛したものはビーストテイマー、人語を操る能力をある程度制御して動物の言語に変換する血統の人間と判明いたしました。そして今回ヒルダにおける動物の大量暴走に関してもビーストテイマーが関与していることが、皆さんが捕縛してくださったおかげで確定的です。そして、今ヒルダの教会において保護しているリメオンティウスと名乗った異世界人は彼らと同郷であることを私が直接確認いたしました」

「それで、それをイネちゃんに伝えるってことは……」

「はい、生態調査はそのまま継続、それと同時に本来の生態系から変化した地点において新たなゲートが開いていないかの確認と、他にビーストテイマーが大陸にいた場合の捕縛か無力化をお願いします」

「まぁ、既定路線だよね……」

 一応は生態調査をするついでに全部できなくはないことではあるけれど……生存前提の条件が面倒だなぁ。

「ムーンラビット様は今回の依頼は受けるも受けないも自由であるが、可能な限り受けて欲しいと仰っておりました。最悪やらなくても大丈夫ですが……」

「大丈夫、やるよ。なんというかここまで立て続けだと確実に生態系の変化と直結してるだろうし、ついでだよ」

 こうして、イネちゃんたちの生態調査に新たな条件と目的が追加されたのだった。

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