第21話 雪景色

 カガイの町を出発してから数日、次の人里に着くまではまだもう少しかかるといった頃合でイネちゃんたちの視界にそれが飛び込んできた。

「そろそろ降雪地帯ですね、防寒具の準備とかは大丈夫ですか?」

 そう、ジャクリーンさんが言うように街道付近にちらほら雪が見えてきたのである。

 大陸の気候は基本、安定していて1年中農業、畜産業、林業などの一次産業が活発に行われているのだけれど、一部地域ではこうして雪が降ったり、砂漠だったり、はたまた荒野だったりしている。

「となるとそろそろあのドラゴンさんの故郷が近いってことッスか」

「どうでしょう……降雪地帯は私も始めて来ましたので」

 キュミラさんとジャクリーンさんがそんな会話をしていると、リリアが。

「規模で言えばオワリとカガイの間くらいの半径で円のような感じだから……流石に降雪地帯に入ったからってすぐというわけにはいかないんじゃないかな」

 流石大陸全域の知識においてはイネちゃんたちのパーティーの中で1番のリリアだ、見事な教科書の内容っぽい説明をしてくれた。

「ロロ、2度目」

「へぇ、最初はどういう用事だったんです?」

「火吹きトカゲの……撃退」

「ん、ということはロロさんは火吹きトカゲとナガラさんの出身地を知ってるのかな」

 ロロさんとジャクリーンさんの会話にイネちゃんが割り込む形で聞いたけれど、ロロさんは首を横に振って。

「来たの……ヒルダの、街……だった、から」

「あーそういえば火吹きトカゲが人里に降りてきたとかいう話を以前聞いたことがありましたが、もしかしてその時解決したのがロロさんでしたか」

「トーリスと、ウェルミス……ロロ、その時……強く、なかった……から」

「傭兵に成り立ての時期だったの?」

 ロロさんは首を縦に振った。

 ということはロロさん本人は周囲を気にするほどの余裕はなかっただろうし、何よりお父さんたちの養子として地球に引き取られたイネちゃんとは違ってずっと、大陸でゴブリンに復讐することを考えて強くなるってことだけを見据えて努力を始めた頃だからドラゴンの居住区とか聞いていたとしても、頭でしっかりと認識できていたかは別問題……というか覚えてないって方が当然な気もするよね。

「でも、ヒルダの街……覚えてる。故郷、出て……始めての、長期……だった、から」

「どのくらい居たの?」

「半年」

 それはまた結構な長期間。

 大陸の冒険者や傭兵はよほどの理由があるか、そもそも生まれ故郷とかで定住前提でもないと長くて平均3ヶ月くらいで、ちょっと前までのイネちゃんたちみたいな開拓護衛系の依頼があるから平均が伸びてるだけで、開拓関係を除いた平均値は……公表されていないからイネちゃんとしての体感だけれど、概ね長くて1ヶ月くらいだから半年というのは本当に長いことになる。

「元々、ウェルミスの……故郷が、こっち……だった、みたい、で」

「あー……ウェルミスさんにとっては里帰りだったのかな」

「この辺ってヌーリエ様とノオ様を半々ぐらいで恩寵があるらしいから、ほら、高度が高いからさこの辺」

 なんだか色々な言葉が出てきたけれど、ウェルミスさんはロロさんの身元引受人になった傭兵さんのひとりで大陸での空の神様と言われているノオ様の神官で、ノオ様が信仰されているのは山の上層部分に住む人だったり、キュミラさんのようなハルピーの人たちもノオ様を信仰している……はずなんだけどキュミラさんは割とフリーダムでなんでも信じてる感じである。

 この辺はヌーリエ様の恩寵が生きる上に必要な食べ物に直結しているっていうのが影響してそうではあるけれど……別にヌーリエ様は自分を信じていない相手だからって恩寵を与えないなんてことはしないし、割と積極的に人の世に関わってるからこそ大陸の殆どの人がヌーリエ様を信仰するに至っている。

「しっかりこの雪、あまり美味しくないッスね」

「ちょ!?キュミラさんなんで雪食べてるの!」

「いやぁなんというか葉っぱに乗ってるのが美味しそうに見えたんでついッス」

「雪を直接食べるのは体温を著しく下げちゃうし、ハルピーの人なら大丈夫かもしれないし大陸だからそうそうないとは思うけれどあまり衛生上よろしくはないからね。雪を口にしなきゃいけない状況になったとしても可能なら1度沸騰、煮沸してからの方がいいんだよ」

 この辺はサバイバルの範疇だからね、イネちゃんはお父さんたちにしっかり仕込まれている。

 ちなみに水分多めの枝から火を起こす方法とかも教えられているからイネちゃんにとってはそれほどの障害ではないのだけれど、普通に考えれば降雪地域でまともに火起こしができるとか思いつかないだろうし、そのまま食べるという選択をしたキュミラさんは単に知識がなかっただけなんだろう。

「でも本当、雪って始めて見るから……テンション上がるよね」

「リリア……気持ちはわからないでもないけれど、雪ではしゃぐと体力持っていかれるし、体温下げることになるからすぐに温められるようにしてからにしようね」

 ここで遊ぼうとするのを止めるような無粋なことは言わないよ、だってイネちゃんだって地球にいたときに数回見てはいるけれど、それは大抵訓練の時だったからね、気兼ねなしに遊んでいいってなればイネちゃんだってテンションは上がるし。

「でもこの辺で体を温められるような環境って準備できるッスか?」

「できなくはないよ。一応火起こしは不可能じゃないし、なんだったらイネちゃんがビーム使って人工的に温泉作ってもいいからさ」

 ちなみにイネちゃんが1番使うビームは重金属粒子を圧縮、縮退させたもので一応は放射性物質まではいかないにしてもあまり人体に対して有害とも無害とも言いにくい代物なんだよね。

 大陸の人間であるのなら放射能とか毒素とかは無視できるけれど、本来なら切り札というレベルのものなんだよなぁ、錬金術師事案のときはその使い勝手の良さでバカスカ使ってたけれどね、うん。

「あ、それならちょっと遊んでもいいかな……」

 すごく目をキラキラさせながらリリアが聞いてきた。

「なんというか……リリアも遊びたかったんだね」

「だって……私、雪って始めて見たから」

「わかったよ、でも遊ぶならヌーカべにもご飯あげないと。雪原でも大丈夫ならいいんだけれど、ここって草が少ないでしょ?」

 イネちゃんたちが乗ってきていたヌーカベ車というのは、地球などでは馬車や牛車に該当するもので、このヌーカベというのはヌーリエ教会が指定する神獣である。

 かなり生物としては特殊な生態をしていて、生存に必要な食料は他の動物と比べて必要量がすごく少ない。

 それこそあまり草の生えていない場所で放牧しても問題ないくらいで、有機物から得るエネルギーの変換効率が凄まじいらしくってそれこそ鶏に与える飼料だとか馬に与える飼葉の1食分だけでも1週間くらい大丈夫らしいからね。

 なので降雪地帯でもまだ雪の量が少ない今いる街道辺りでヌーカベに食べさせておきたいというのがイネちゃんの気持ちなのだ。

「あ、それもそうだね。今まで気にしてなかったけれど……確かに、野草がない場所だとヌーカベの食べ物に困っちゃうわけだ。何かしら考えないとだね」

「考えるのは人里についてからでもいいとは思うけどね、この先の街道は雪が積もってもわかるように整備されてるみたいだから迷うことはないだろうし」

 向かっている先を見ている限り、背の高い人工物が一定間隔で立っているのが見えるから、よほどのことが起きない限りは遭難とかの心配はしていないし、いざとなればイネちゃんが勇者の力を発動してでも対応するつもりなのである程度は大丈夫……なはず、多分。

 一応地面に接地していなくてもある程度の力の行使はだんだんとできるようになってきたけれど、それでもホワイトアウトのような完全に雪に視界が奪われてしまうような感じだとしっかりと使えるのかはわからないからね、なってみないとわからない以上は今心配したところで仕方ないことだけれど。

 でもまぁ、まだカガイから数日程度の場所だしそれほど酷い吹雪にはならないだろうね、ハッハッハ。

 雪ではしゃぐ皆を見ながらイネちゃんはこの時そう思った。

 そう……この時はこう思っていたのだ、それがあんなことになろうとは本当、思いもしなかったんだよ……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る