第22話 遭難

「どうしてこうなった……」

 えー実況する感じに言うとイネちゃんたちの周囲は真っ白で、指先ですら頑張らないと肉眼で見ることができないほどで、イネちゃんの装備は全天候対応型のマントがあるから大丈夫なんだけれど……。

「ちょ、ちょっとこれは寒すぎない……」

 目の前のリリアは降雪地帯に向かうような服装ではなく、いつものホットパンツにへそ出し状態のシャツと革のベストだから明らかに防寒不足で、かなり寒そうにしている。

「リリア、とりあえずイネちゃんのマント使いな。イネちゃんなら装備不十分な状態での雪山サバイバルも……まぁお父さんたちのバックアップ有りではあったけれど経験あるからなんとかなるし」

「そんな……それだとイネが……」

「イネちゃんは大丈夫だよ、リリアは薄着気味なんだから今すぐ体温を下げないようにして」

 イネちゃんはリリアにマントを渡しながら、そのマントから焼夷グレネードをいくつか取り出して信管を外し、中身の燃焼材がこぼれないように簡易的に雪で蓋をしておく。

「イネ、それって……」

「継続的に燃やせるものが見つかればこれで火をつける。これなら気温や湿度に左右されないからね」

 この手の燃焼系兵器には空気中酸素濃度が低い場所でも威力を発揮できるように酸素材が盛り込まれている。

 これなら今のような吹雪の中でも発火するので、風を防げる環境を作り出せば簡易的にではあるけれど暖を取ることができるようになるのだけれど……。

「でも燃やせるものがないよ」

「うん、1番いいのは使わずに助かること。ヌーカベ車に戻れればそれが1番だけれど、これはちょっと難しいと思う。幸い他の皆が戻ったタイミングだったから皆は無事だと思うし、ヌーカベは今みたいな環境でも大丈夫だろうから、完全に埋まったりしなければ生き残れるから」

 最悪の場合は積もった雪を掘って固めて簡易カマクラを作ることになるだろうけれど……勇者の力があまり発揮できなくなってるというのはちょっと辛いなぁ、使えれば建物を無理やり作れるから安全確保が楽なのだけれど、能力が中途半端になってる感じな以上はあまり頼りにすることも難しい。

 それこそ中途半端な状態で止まってしまうと殆ど防寒、防風の意味合いが薄くなるからね、壁1枚で終わるとかイネちゃんの体力だけ消耗する結果になっちゃうからね、流石にそれは避けないといけない。

「とりあえず風よけ程度には掘るから、リリアはイネちゃんに掴まっておくこと。この吹雪だと離れたら終わりだからね」

「終わりって……」

「言葉通りの意味、リリアの方も感知、鈍くなってるんじゃないかな」

 リリアは夢魔の人たちのトップであるムーンラビットさんの孫だからね、それ相応に夢魔としての力を持ち合わせているし、そのムーンラビットさんからの評価が贔屓目なんじゃないかと思ってしまうほどに高い。

 最も、リリアの場合は何度かそれを証明して見せているのでイネちゃんからすれば贔屓じゃなく本音なんだろうというのはわかるけれど……そんなリリアがイネちゃんから離れようとしないのと、他の皆を探すように周囲を見渡しているのを見る限りには遠くまでその感知能力をまともに発揮できない状況なんだろうと思わせられる。

「とりあえず頑張って掘るけれど……少し時間がかかるかも。土肌が見える部分まで掘れればイネちゃんが勇者の力で無理やりなんとかするから、もうちょっと我慢してね」

 リリアにそう言ってから銃床で雪を掘り進めるけれど、そこで始めて違和感に気づいた。

 いくら銃床で掘っているとは言っても既に雪が氷のように硬く、まともに掘り進めることができないのだ。

「……リリア、もしかしてこの吹雪って人為的だったりしないかな」

「え、どういうこと?」

「人為的に能力の阻害効果があるのなら、今イネちゃんが勇者の力の出力が下がっているのも、リリアの感知があまり発揮できてないのも多分そうだよね」

 ただイネちゃんたち自身に対しては今イネちゃんが言ったような不調は感じない。

 これはヌーリエ様の加護があるからだけれど、それなら外部的に能力が発動できないようにってできなくはないはずだからね、イネちゃんの場合地面に接地できなければかなりの部分が制限されるわけだし。

「でもどこにも違和感なんてないよ!」

「うん、イネちゃんだって体調にこれといった違和感なんてないよ。問題は周囲の状況。もしかしてリリアって極端に悪化している状態だとまともに感知とかできないんじゃない?」

「……確かに今皆の気配を強くは感じられないけれど、でもそんなことってできるの?」

「できなくはないよ。でもそれにはこっちの力の特性や性質を正しく理解しておかないといけないから、あの動物を操っていた人とは別口だとは思うけれど……」

「でもそんなの今まで繋がっていなかった異世界の、それも言葉すら伝わらない世界の人たちができるものなの……」

「わからない。でも、だからこそってこともありえるからさ」

 こういう時ムーンラビットさんやササヤさん、それに超常に頼らずに強いお父さんたちがいればもっと的を得た感じの仮定にたどり着いたり、そもそも前の2人なら歯牙にもかけず解決できちゃったりするのだろうけれど……イネちゃんにはそれほどの無敵な戦闘能力も、経験も足りていない以上は思いつく限りの最悪を想定して動くべきである。

 今回の場合はイネちゃんたちの能力の性質を知っている誰かが人為的にこの吹雪の状況を作り出したと想定しているわけだけれど、何もイネちゃんだって理由なしに突然そう思いついたわけではない。

「雪が氷のように硬くなってる。最初に積もっていた部分がそうであるのならそこまで気にする要因ではないけれど、この吹雪で積もった新雪がそれだったからもしかしてってこと」

 しかしそうなってくるとロロさんはともかく他の皆の身の安全が不安になる。

 そしてそのロロさんだっていつものフルプレートではなくかなり軽量な、薄い鋼鉄に動物の革を利用したものになっているからね、防御力という面では間違いなく落ちているし、この吹雪ではロロさんがいくら経験があるとは言っても自分の手のひらですら怪しくなるような猛吹雪は流石に経験がないだろうし……1度気にしてしまうとイネちゃんの思考があまりまとまらなくなってしまう。

 一応ロロさんの場合は純粋に防具に頼り切る感じの戦い方ではなく、必要なら攻撃をいなすこともできる実力者である。

 それでも吹雪く音が原因で不意打ちをもらった場合、単純な力押しの応酬になりかねないからね、その状態でキュミラさんが動けるわけはないし、そこを援護できそうな人材だって今、イネちゃんとリリアが1番欲している状態だからね、うん。

「でも……うん、今イネが言ったのを前提にちょっと試したいことがあるからやってみる。イネはこのままお願いできる?」

「うん、でも無理はしないで」

 そういうイネちゃんは、今叩いているのが雪ではなく氷であるのなら先ほど信管を外した焼夷グレネードの中身を少し使って溶かしたりするのが有効かもしれないと思い、少し危険ながらも今はなんでも試してみるのが必要な気がするし、着火に関しては銃の撃鉄でもいいし、サバイバル用にお父さんから譲り受けているジッポライターでもいいからね、まぁ壊れるのが怖いから以前買っておいた剣で火花を作るけど。

 リリアの方は力を使った時に感じるねっとりとした感じの魔力が目視確認できるくらいに漏れていて、その瞳も真紅に光り輝いている。

 正直、ここまでやっても埒があかなかったらイネちゃんがしばらく動けなくなる可能性があったとしても、勇者の力を使ってでも無理やり状況を切り開くしかない。

「イネ、皆はヌーカベのそばにいる!流石にここまで強く力を使えば問題ないみたい!」

 逆に言えばリリアが現時点で制御できている限界点近くまで力を使わないと近くにいる人間の生体反応の把握が難しくなるとなれば、これはイネちゃんが想定している最悪の方向の事象なのかもしれない。

 イネちゃんにそれを思わせる要因としては、今まさに目の前で焼夷グレネードの燃焼材に火がついて燃えているにも関わらず、溶かそうとしている分厚い氷のような硬さの雪は溶ける様子がこれっぽっちもないのを見ると、どうしてもこの吹雪が自然界のものではないと思わせられるんだよね。

「こっちはダメ、溶けない。仕方ないから飛ぶよ、リリアはしっかりとイネちゃんにしっかり掴まって」

「う、うん……でもイネの知識でなんとかならないことって」

「いっぱいあるよそんなの。むしろイネちゃんはひとりでできることのほうが少ないから」

 リリアはイネちゃんを過大気味に評価してくれているけれど、リリアの評価通りの強さをイネちゃんが持てれば今回ももっとスムーズに問題解決まで行けたのだろうし、イネちゃんは勇者としての力という世界的にも上位に入るような強さを手に入れたとしてもこれだからね、今後はもっと、勇者の力に頼らずとも今回みたいな件でも対処できるように精進しないといけないか……。

 コーイチお父さんの持っているアニメに出てくる巨大ロボットのように空へと飛翔しながらイネちゃんはそんな決意に似たようなことを思っていたのだった。

 ……しかし、予め充填済みの、消費が激しいはずのこれは使えるということはやっぱり外部的阻害なのかなぁ、完全に妨害されているわけじゃない辺りこちらの方が上位なんだろうけれど、それでも明らかに面倒なことになりそうだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る