第20話 カガイ出立

「それじゃあ残りの子たちもシックまで移送する書類はこれで、今まで管理してくれたことに関しての料金支払いの書類はこちら、ギルドだけじゃなくカガイの町を取り仕切ってる組織の数だけ用意してきたんで書類が整い次第教会に提出して欲しいんよ」

「はい、確かに。ギルドとしても今回のカガイの件ではそれなりに無理をしましたので、この内容は大変ありがたいです」

 イネちゃんたちは今、カガイの代表としてムーンラビットさんから書類を受け取っているギルドマスターさんの笑顔を見ていた。

 まぁあれだけ厄介者扱いしていたイネちゃんたちと動物たちがいなくなるってだけでストレス面ではかなり楽になるだろうし、理解はできるけれどこう、思うところはあるよね。

「本当なら私が直接配って押印してもらうのがベストなんやけどな、流石にまだ錬金術師事案が一応の決着を迎えてまだひと月、各所の復興に人員を割かれていてな、そこはこっちの都合で遅れたりして申し訳ないと思ってるんよ」

 ムーンラビットさんが下手に出る必要もないのに頭を下げている以上はイネちゃんたちがあれこれ言うのは話をこじらせるだけなので流石に文句や愚痴をこの場でこぼすことはしないけどね。

 というか関係各所の面子をイネちゃんが出しゃばって潰したってだけで表裏関係なく圧力かけてくるくらいだから……本当ならカガイのギルドマスターさんだって被害者って捉え方もできてしまうし、ここで何を言ったところで解決はしないし。最悪の場合イネちゃんたちがカガイ出禁なんて処分を受ける可能性があるからね、うん。

「それじゃあ……ロロたち、出発……」

「正直に言いますと、次の襲撃がないだろうと言われても市民の心情的には鉄壊には町を離れて欲しくはないのですがね」

「ギルドマスターさんや、それはギルド本部の定めた契約で言えば違反じゃないんかねぇ」

「教会から言われなくてもわかっています。私の本音でもありますが、ギルドから破門されたほうが町にとっては打撃ですから引き止めることはしませんよ」

 つまり本音をぶちまけて自由意思で留まるという体裁を取ってくれと要望しているということである。

 完全民間運用の巨大組織だからこういう人もいるっていうのはわかるけれど……実際のところカガイの町でギルドの信用度が低いのってこの人が原因のひとつなんじゃないかって思えてくる清々しさだよね、うん。

「悪い……けど、ロロ、調査……依頼」

 うん、ロロさんはなんだかんだ安定してるね、既に請け負っている大陸にとっては重要になる仕事を既に受けているということでギルドマスターさんの思惑を回避してる。

 伊達にギルドのランカーだったわけじゃないよね、こういう時は大変頼りになってくれる。

「むぅ……」

「ハッハッハ、あんたの負けよー。しばらく待機してカガイを守ってもらいたかったんやろうが、この子たちは最初の段階で大陸の生態調査依頼を受けてるからそっちを優先するのはギルド規約上でも当然やしな」

「わかりましたが……それではムーンラビット様、ヌーリエ教会は無理だとしてもカガイを守るための人員を最低限でもいいので融通していただけないでしょうか。今のカガイでは冒険者も、それこそ傭兵ですら鉄壊と勇者を除けば新米ばかりなのです」

 これはギルドマスターさんの言い分も理解はできる。

 ベテランはより危険な復興現場や新規開拓地に駆り出されていて比較的安全なカガイには経験不足な新米が仕事を求めて集まってるってことなんだろう。

 他の世界では逆になりそうなものだけれど、大陸だと人の嫌がることをやりましょうは道徳的に正しい意味で浸透しているからね、だから今回のカガイのような状況はまま発生したりする。

「人の流動が激しいカガイならでわの悩みとは思うが、カガイのために他の全ての地域を危険に晒すわけにはいかないかんな、ここはいい機会と割り切っていっそ定住希望の新米を全力で鍛えるのもありだと思うんよ」

「それができれば苦労はしないのですが……」

「教会に希望を出してくれれば、相応の人材は派遣するんよ。現時点で育成、調練担当の人材はむしろ余り気味やしな」

「そこ……余ってるんだ」

 ギルドマスターさんとムーンラビットさんの会話につい突っ込んでしまった……。

「常に余力があるように配置すると指導係が余るようになるんよ。人材は常にウェルカムしてるし、そこの人材が動けないとジリ貧になるだけやしな」

「それでも一朝一夕じゃ不可能なんじゃないかな……最低限でいいと思うけれどそこが難しいと思うのだけれど」

 それこそ地球の軍隊、それも1番厳しいレベルのものでもなければ短期間でまともに軍人として運用できる兵力にはならないから。

 イネちゃんだってお父さんたちに10年かけて鍛えてもらったからこそ大陸で傭兵と冒険者として登録して活動することができたわけだし。

「イネちゃんの言うとおりだが地球式のをいくつか採用してるから、比較的短期間で最低レベルには持っていくことはできる人材は用意できてるんよ」

「へぇ……でも地球式って結構対人特化してるし大陸だと以外な気がする」

 特に装備自体が違うから、訓練を活かそうと思うと地球から武器を仕入れなければならないこともあって普通に敷居が上がりそうなものだけど……特に大陸は地球と繋がった直後は当時の大国のいくつかが大陸の資源を狙って進行していくつかの貴族領が占領、破壊された記憶もあるだろうし。

「そこはまぁ、既に結構イネちゃんが暮らしていた国とはそれなりに深いお付き合いにはなってるかんな、教導員の融通くらいお願いできるし、あちらも大陸式を理解している人材を選んでくれるやろうからそのへんは大丈夫なんよ」

「なんだろう、今の説明でイネちゃんが知っている人が来そうな予感しかしない」

「ま、そういうことやからな。カガイ側もそういうことで今は飲み込んで欲しいんよ。この子らの今やってる仕事は今世界的に起きてる動物関係のことを、人為的な要素でない場合の切り札になりうるかんな」

 ムーンラビットさんは流石に盛りすぎじゃないかなとも思うけれど、でも生態調査というのは基礎研究の分野だから全ての土台になる仕事のひとつであるのも確かだから切り札とまではいかなくとも後手に回った際の対策を立てるための基礎情報になるから……あながち間違いでもないのかな?

「地球の教導員ですか……できれば早く着ていただけると大変嬉しいのですが、各所への説明もありますし」

「既に手配済みやからあちらの手続き含めて1週間以内には来ると思うんよ。その上この子らをちゃんと送り出してくれるのならその間は私が駐留するおまけもつけてあげるんよ」

 なんだかいたせりつくせりで余計に心配になる奴じゃないかなこれ。

 ムーンラビットさんがいる時点で安泰、その後も既存の貴族の持つ戦力を少数で上回れる地球の兵隊を期限付きとは滞在してくれることが確約されるわけだから、全てを望まなければ即断しても他のお偉いさんから怒られないレベルだと思うくらい。

 ギルドマスターさんも難しい顔で悩みつつも……。

「そこまで仰られるのでしたら……」

 と渋々ながらムーンラビットさんの提案を飲んでトボトボという擬音がしっくり来るような足取りでギルドへと帰っていった。

「でもばあちゃん、いいの?」

「いいのいいの、私が言ったことは事実やしな。現段階では人為的な可能性が高いが、急激な環境の変化で自然に激変したって可能性も完全否定されたわけじゃない以上は王侯貴族側が主導で動いている生態調査は教会側としてもこのまま進めて欲しいかんな。現段階では教会だってあらゆる可能性は否定しない形で進めてるから、定期的に現地の教会にも報告を入れてくれると嬉しいというところよ」

 嬉しい、ということは義務じゃないということではある。

 いやまぁ元々イネちゃんたちは関係各所に報告してはいたけれどね、うん。

 いくらイネちゃんが勇者だったり、ロロさんがランカー傭兵だったり、リリアが次期教会の司祭候補だとしても、イネちゃんたちでなんとかできる物事なんて限られてるからね、いざという時にイネちゃんたちだけしか対応できないとかいう最悪の状況を生み出さないためにもそういうところで手を打っておかないと取り返しがつかない事態になったら大変だもの。

「イネ嬢ちゃんはちょっと慎重すぎる気はするけどな、ま、そういうことだし出立できるのなら早めにしたほうがええんよ、あの様子だとまだ諦めたわけじゃなさそうやし」

「それは……なんだか逃げるみたいでちょっとアレですね」

「気持ちはわからんでもないがな、ここは言葉に甘えておいたほうがええと思うんよ」

「勇者……ロロも、そう……思う」

「まぁあの人の言動はそんな感じだったッスよねぇ……」

 キュミラさんはともかくロロさんまでもか……ほぼ全会一致って感じだね、うん。

 確かに生態調査で必要以上に一箇所に留まるのはまったく進まなくなることを意味しちゃうからね、仕方ない。

「それじゃあ行ってらっしゃいなんよー」

 こうして、ムーンラビットさんに見送られながらイネちゃんたちはカガイの町を急いで出発したのだった。

 決して、決して逃げたわけじゃないからね!

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