第18話 捕獲した動物の状態
「え、動物たちの様子を見るの?」
カガイでの大きな出来事の大半の問題が解決して、ムーンラビットさんが重要参考人であるあの青年をシックに移送するのを見送ってから荷造りをしていたらジャクリーンさんから生態調査の一環として確認しておきたいと言い出した時、イネちゃんは思わずそう言葉が出ていた。
「はい、あの人を捕らえたことで私もロロさんと交代で看守の真似事をしていたので動物の方の調査は満足に出来ていませんでしたから、元々生態調査として動いていましたのでやっておく必要があるかなーと」
「あぁ……そういえばそうだよね、色々ドバっと押し寄せてきたからすっかり忘れてた」
「イネさんは特に矢面な感じだったッスものねぇ」
「キュミラさんが変わってくれてもいいんだよ?特に恋愛ごとの方をお願いしたいし」
「遠慮するッス。というか私はそんな強くないッスから、あの人の恋愛対象からは外れるんじゃないッスかね」
キュミラさん、絶対に他人事だから楽しんでるな。
「ま、まぁそういう悩み事から離れる意味でも、調査してみるのもいいんじゃないかな。動物と触れ合うことでリラックスとかできるらしいし」
「……リリアの言うことも一理あるか、わかったよ。今やってる準備は別にすぐどうこういうものでもないし」
今準備していたのは銃とかのメンテナンス用の道具だったしね、食べ物だったら断固拒否してたけど。
正直、勇者の力で銃弾やら火薬は作れるし、無機物系の本体のメンテナンスはできるのだけれど、イネちゃんの勇者の力でカバーできないところの道具は未だ必要なんだよねぇ。
例えば焼夷グレネードなどの鉱物資源に含まれないものが重要な武器、燃焼材に関しては買わないといけないからね、使いどころが結構多いものだからイネちゃんは勇者として覚醒したあとでもここにはしっかりお金をかけている。
他には布製品とかだよね、化学繊維だって石油……化石燃料は動物性のものが大元だから勇者の力でカバーすることが難しいんだよねぇ。
話がそれたけれど、概ねイネちゃんが旅支度をするとなればそのへんのメンテナンス器具やそれそのもの、もしくは食料や医薬品になってくる。
「それで、動物ってどこに?」
「万が一のことも考えて町の軍兵舎の中ですね、それほど大きくはありませんが、調査に必要な最低限の数を収容できるということで曲がりさせてもらった形です」
あー……イネちゃん始めてその事実知ったよ、だからカガイのギルドマスターさんはあんなに解決を早くしてくれって言ってたんだね、うん。
「でも最低限ってことは捕縛した動物の大半は帰したってことかな?」
「流石に全部が全部は無理でしたけどまぁ概ねそうですね、リリアさんが教会に掛け合ってくださったの大半は元々の生息地に帰されましたよ」
「……でもちょっと待って、今から動物たちへの影響を調べるってことはなにかあったらその帰した動物たちにもなにかしないといけないんじゃない?」
イネちゃんの疑問にジャクリーンさんの動きが止まった。
ヌーリエ教会が関わっている以上は既に治療済みだったり、そうでなくても処置ができるような環境を整えているんだとは思うのだけれども、ジャクリーンさんはそこを確認せずにリリアに任せたのか……。
「大丈夫、1度シックでばあちゃんの部下の人たちが検査をしてタグをつけてたから検査に漏れがあっても改めて追うことはできるよ」
「なるほど……ってそれだと今からイネちゃんたちが調査することなんて殆どないと思うんだけれど」
「ううん、カガイに残された子たちは検査を受けてない子たちだから……ヌーリエ教会が処置をしなかった場合どうなるかの調査にはなるよ。あの子たちには悪いと思うけれど常に教会が最速で治療できるわけじゃないからその影響は調べておかないといけないからね」
「あー……ただでさえ人手が足りない状況だから初動が遅れる可能性が高いのか」
そうなるとヌーリエ教会の神官が使う自然魔法に頼ることができないし、普段から人材不足気味な夢魔の人たちなんて余計に要請したところで来れるかどうかなんてわからない。
対処できる人たちが来られないのなら、現場で応急処置的なものであっても効果が期待できる手段を見つけて、誰でもそれを行えるように確立しておかないと初動が遅れに遅れて、それこそ第2のゴブリンのような存在が生まれてもおかしくないからね。
「そういうこと。薬理的なら楽なんだけどね……魔法的なものならその性質をしっかり調べておかないと対処は不可能だから、報告結果とかをばあちゃんに送って解析してもらわないといけないし」
「予防的調査ってわけか、わかったよ」
「まぁ……地球と繋がる前はそんなこと考えすらしなかったっていう人の方が多かったみたいだけどね。ヌーリエ様の加護があるし」
そうなんだよね、大陸ではヌーリエ様の加護のおかげで寄生虫を含む病気というものとはほぼほぼ無縁だったから、外傷的なものの治療は魔法的治療が極めて高いレベルにはあるけれど、外因的な病気に関しての予防医療が無いと言えてしまうレベルで存在していなかったからね。
今まではそういうものが必要ではなかったけれど、地球や他の異世界と繋がった際に絶対に防げるという保障がなくなったためにヌーリエ教会主導で地球の予防医学を取り入れて事前に対処法を確立させておく流れになったらしく、大陸でその教育を受けた第1世代というべき存在がイネちゃんやリリアになる。
そういう視点で今回の件を見ればなるほど確かに、ムーンラビットさんが以前と違って生態調査での旅を優先してくれた理由も納得することができるよね。
「私はそこまで考えていなかったんですが……この生態調査ってそんな深い意味あったんですかね……」
「依頼を持ってきたジャクリーンさんがそこを知らないのか……まぁ予防医学、大陸では殆どこの分野は育っていなかったから仕方ないのかもしれないけれど、もうちょっとどういう依頼か調べてから受けたりしようよ」
「いやぁ流石に実家からの依頼だったので断る選択肢がそもそもなかったので。でもイネさんに協力をお願いしたのは正解だったってことですね」
「まぁそういうことになるね、うん。多分そのへんも把握した上でジャクリーンさんに生態調査の依頼を渡したんじゃないかな」
王侯貴族は教会とは別組織として統治を行う関係上どうしてもヌーリエ教会に頼らないといけない案件については初動の遅れが発生してしまうからね、特に予防医学について積極的というのは理解できるからね、即応手段を増やしておくことは必要なことだし。
「じゃあ行きましょう!調べるにしてもどのみち魔法で健康状態を調べたりするだけですしね!」
「今回はばあちゃんが置いていった地球の機械も使うことになるから、ジャクリーンさんもちゃんと動いてくださいね」
「……はい」
ジャクリーンさんとリリアのやり取りを笑いながら、イネちゃんたちは動物が収容されている場所へと向かったけれど……。
「うん、獣臭い!」
「いやイネさんこの臭いの中心に居たじゃないッスか……」
まぁ当然獣臭かったよね、うん。
特に野生動物しかいないから尚更とも言えるほどだし……もしかしたらこの臭いもギルドマスターさんがあそこまで強く要請してきた理由なのかもしれない。
「それじゃあ私たちは調べてくるよ、イネたちはここで待ってて」
「動物、暴れたりしない?」
「大人しいものだよ、それに動物相手なら私の魔法でなんとでもできるし」
まぁ……いざとなればリリアはやるからなぁ、それこそ慈悲の欠片も情け容赦も無いレベルで。
そのリリアが大丈夫という時は、それをやる可能性も含めて言う……ようになったのも最近のことだけれど、リリアはイネちゃんひとりに負担を集中させないためらしいけれど……イネちゃんとしてもリリアが矢面に立つのは心配なんだけどなぁ。
「まぁ……いざという時はジャクリーンさん任せたからね」
「えぇ!?……あぁでもそこまで危なくはないですか、捕獲されているのは大人しいものを中心にカガイでって流れでしたしね」
そんな流れだったのか……ムーンラビットさんが関わってたし予想はできたけど、余計な心配だったってことか。
「それじゃあイネちゃんたちは今までの情報を出来る範囲でまとめておくから、終わったら教会の食堂でね」
「うん、わかった」
そう言ってリリアとジャクリーンさんを見送られながらイネちゃんたちは教会へと向かったのだけれど……改めてイネちゃんたち、ゴブリンの時みたいに事態の最前線に立っているんじゃないかと思えてきてちょっとうんざりするよね。
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