第17話 惚れられた理由

「うぅん……」

「あ、イネ……大丈夫?」

 寝苦しさを感じたイネちゃんに声をかけてくれたのはリリア。

 あれ、イネちゃんいつ寝たんだっけ?

「リリア……?おはよう」

「今昼ッスよ」

 キュミラさんの指摘に少しイネちゃんは思い返す。

 寝る前って何やってたっけか……こう、動物関係のことでなにかやってた気がするんだけど……。

「イネ嬢ちゃんの彼氏候補ができたんやし、あまり全力拒否しないであげて欲しいんよ」

「ん、今イネちゃんの聞き間違いかな、彼氏候補とか聞こえたんだけどそんな人いたっけ?」

「都合の悪い記憶を消しているッス……」

 ちょっとキュミラさんの言ってることがわからない。

「まぁアレはヌーリエ様の言語解析が終わるまではシック預かりにすることにしたんよ。ちゃんと教育しておくからイネ嬢ちゃんは安心するとええんよ」

「アレって……」

 あぁ、思い出した。

 ということはムーンラビットさんの言った彼氏候補ってあの青年で、ムーンラビットさんなら情け容赦なく深層心理まで覗き見ただろうからあの人がイネちゃんに惚れてたっていうのは真実なのか……冗談であって欲しかった。

「でもシック預かりってことはヌーリエ教会が今回の件も全面に出るんです?」

「いや、今回は情報収集や物資面の援助という感じに裏方に徹するんよ。正直ここまで大規模な事件が続くと人員面の問題があって物理的に対応が難しいかんな。教会としても人的被害がなかったわけではないし、ここは各方面にその形でお願いすることになるんよ」

 物理的に難しいと言われてしまったら首を縦に振らざるを得ないよねぇ、流石にこの辺に口を出せるほどイネちゃんは政治とかを知らないし。

「そういうわけだが、長期間になりそうな捕虜の尋問とかそういう面に関しては私らが担当するのが1番楽やしな、情報共有に関しても書類1枚程度で照会できるようにしておくからイネ嬢ちゃんも安心しておくんよ」

「あぁいやまぁそこも知りたいことだったけど……なんであの人はイネちゃんのことを好きになったのかっていうのが知りたいかな」

 単純に一目惚れに理由なんてないのかもしれないけれど、その好意を一方的に向けられた人間としては知っておきたいことだからね、理由なしっていうことが聞けるだけでも今は十二分。

「強さに惚れたっぽいな。あちらの文化とアレの嗜好が合わさった結果みたいなんよ」

「あっちの文化って……わかったんです?」

「まぁ、アレ個人が認識している常識の範囲程度にはな。流石に表層心理に対しての防御訓練は積んでいても深層心理、無意識下を直接覗かれるのは防ぐ術を持っていなかったみたいだし私にかかれば楽なもんやったよ」

 流石尋問や交渉面で大陸最強なムーンラビットさん。

 夢魔の親玉でもあるしそのへん情け容赦なくプライバシー無視で根掘り葉掘りしたのか、あの短時間で。

「あくまで容疑者とは言え、捕まっている最中に小動物がアレに向かって集まってきていたことを考えると重要参考人、しかも黒寄りなのは確かやからな、場合によっては疑いが晴れる可能性があるんでってことは事前に通達してるんよ」

「通達って……リリアから聞いた感じまだ少し理解できてる程度で、そのへんの小難しい法律とかのお話は難しいんじゃ……」

「アレ、もうこっちの言葉は聞いた分の意味は理解しているんよ?まぁまだわかってなさそうなのはわかるように例えを変えてちゃんと理解させたからその心配は無用なんよ」

「えっと……つまりどういうこと?」

「まだリリアには尋問関係の仕事は早かったってことやね、下手に容赦をかけるとお互いのためにならないってことよ。深層心理の無意識を覗けば一発やったからな」

 あぁやっぱりリリアはあまり覗いていなかったんだね……まぁリリアはお人好しというか生粋の良い人みたいな善人だから仕方ないか。

「ともあれそんなリリアでも掴んだ情報のオーウって単語やけどな、正確にはオーウルって名前の、どうにも村の名前やね。簡単なイメージまで見た感じではかなり寂れた寒村で今日の食い扶持にも困ってるような村……まぁアレの出身地やな。それであいつ自身はそれほど学がないためか自分たちの世界のことは殆ど知らない感じやね」

「なるほど……」

 地球なら古代から中世、漫画とかでよく見る中世ファンタジー世界ではよくあるお話みたいな感じかな。

ということは青年も貧困に食うに困って誰かに利用されたとかそういう可能性があったりするのかな……大陸ではそれは免罪符ではないけれど情状酌量の余地としては認められる以上、あの人にとっては無駄な情報ではない。

 まぁイネちゃんたちとしては殆ど重要情報が得られないとわかったため残念な状況である。

「新しい異世界はまぁ……地球やムータリアスとは違うというのは間違いないとは思うがな、今まで大陸と繋がっては拒否した世界と状況は似通っている気はするんよ」

「どういうこと?」

 今のムーンラビットさんの発言にイネちゃんだけじゃなく居合わせた皆がキョトンと言った表情。

「あぁそうか、地球の前に繋がった事例は100年以上前やったか。それなら知らないほうが当然というか、貴族でもちゃんと専門の教育を受けて調べないと知らないパターンもあるくらいやしな……説明、いるか?」

「重要かどうかわからないけれど、欲しいかな」

「まぁ、そうやね。大陸の本当の名前、地球の空想の楽園の名前なのは錬金術師事案の最後、あの子……ヌーリエ様が顕現した時に居合わせた連中は聞いたと思うが、まずもって大陸は他の世界と繋がりやすい性質を持っているのが原因なんよ。そのおかげというかなんというか……大陸は他の世界から楽園だとか神の世界だとか適当な感じに呼ばれてるんよ」

 ちなみに大陸の本当の名前というのは、ヌーリエ様の口から出た名前はマヨヒガ。これは地球の遠野物語という創作物語に出てくるあやかしの住む家、もしくは村のことを指していたとイネちゃんは記憶している。

 もしそうだとすると大陸の実際の大きさは村やら家というには流石に大きすぎるわけで……となるとムーンラビットさんが後ろの方で言ったように適当な感じに呼ばれているというのもあながち間違いじゃないのか。

「エルドラド、ヴァルハラ……まぁそんな感じだったと思うんよ。そこはその世界の文化とか言語体系によって変わるからあまり重要じゃないな。それで最初の辺りに話を戻すが、イネ嬢ちゃんに惚れたアレの世界は今まで繋がった記録のない世界やね」

「う、せっかく忘れかけてたのに……」

「ま、最初に世界の文化風習とかの問題って言ったがな、年齢はほぼほぼ関係なしで強い相手に惚れるのが自然……そういう文化みたいなんよ。そんなこともあって動物による大群をひとりで蹂躙しきったイネ嬢ちゃんに惚れてしまったってことやね」

 強者絶対主義かな?

 なんにせよとてつもなく面倒なことになったのだけは理解できたけど……そういう文化もあるんだなぁ。

「そこにアレはイネちゃんのような体躯の子が好きだったのも重なってあぁなったってことよ」

「なんというか……その好意を向けられたイネちゃんはかなり面倒事になったっていう感じがすごいんですが」

 ようは根っこがすごく深い一目惚れをされたってことだからなぁ……イネちゃん、そんな軽そうで軽くないすごく重い一目惚れとかご遠慮願いたいんだけど。

「まぁそこまで邪険にせんでもええと思うんよ、考えれば告白を受けた側に選択権が存在するってことでもあるしな、相手が強い以上強引に行くこともできないんで少し考えてみるとよくできたシステムだとも思うんよ。ちなみに強者側は告白できないらしいから、変なトラブル回避も考えられてる文化やな」

「強者は元々告白される側だから意図的に奪うようなことはやめようってことかな?」

「まぁ性善説に則った制度は、大陸以外じゃよほど社会が成熟してなきゃ成立しにくいかんな、土着信仰的に機能している場所があったとしても、世界全体で見れば例外中の例外なんてこともよくあることなんよ。まぁ大陸だって野盗とかに身をやつす奴がいるくらいやからあまり気にしてたらやっていけないんよー」

「当事者としては気にしないといけないんですが……」

「さっきも言ったが、アレの世界全体でどうかは知らん。だが少なくともアレはその風説を心の底から信じていてイネ嬢ちゃんに迫ったわけやからな、イネ嬢ちゃんは嫌なら拒否を続ければいいだけの話なんよ」

「それも結構な胆力が要求されそうな……泣かれたら絶対面倒な流れになるし」

「ともあれアレの身柄はシックでしばらく預かることにはなるから、当面はイネ嬢ちゃんたちの当初の目的というか、気ままな旅を続けてくれて構わないんよ。必要なら声をかけるしな」

「これ絶対後々ガッツリお仕事投げられるパターンだ……」

 イネちゃんは今後のことを考えると少し頭が痛くなりつつも、当面惚れた腫れたの問題は見送れることに安堵していたのであった。

 無縁だと思っていた問題に急に襲われるとこう、なんとも言えない気持ちになるというのを実感した事件だったよ、うん。

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