第16話 情報共有

「今までで判明した情報をまとめてみようか」

 数日後、みんなが揃っているタイミングでイネちゃんがそう切り出すと皆が動きを止めて目をぱちくりさせる。

「イネ、毎日書類にまとめてるじゃない?」

「そうだけどさリリア、イネちゃんの場合殆ど自分で集められない状況なわけでさ……皆が皆共有できてるわけじゃないからさ、うん」

「イネって休みたいってよく言うけどさ、いざ関われないとか自分の力が及ばないような状況になると手持ち無沙汰が嫌になって首をつっこもうとするよね」

 むぅ……流石というかリリアは的確にイネちゃんの心境を代弁してくれちゃう。

「実際暇なんだよー、今の状況で外敵のいなければカガイの治安維持に関してはイネちゃんが介入する必要なんて皆無だし、下水掃除とかやろうにもイネちゃんがやると新人育成に支障が出るからってマスターさんが斡旋してくれなくてさぁ」

「実は……ロロ、も……」

 ロロさんは元々ランカーだったから仕方ないのかとも思うけれど、こうもやることがないとロロさんとしてもやっぱり嫌なようだね。

 まぁロロさんの場合はジャクリーンさんと交代で尋問室の見張りという枠割りがあるのでイネちゃんよりはマシなのかもしれないけど。

「まぁ……勇者の方を雑用のような依頼に割いて万が一の時動けないでは困るとか考えてるんじゃないですかね、ここのマスターさんは心配性のようでしたし」

「それは否定できない……むしろ商団同士のいざこざの仲介任せようとか考えてる節もあるし」

 と、だいぶ話題がそれてきちゃった。

「まぁそれはそれとして話を戻すけど、イネちゃんは今日教会に行ってこようと思っててね、ギルドじゃマスターさんの思惑で情報収集すらまともにできないし、ムータリアスの出来事とか地球の情勢とかは教会で照会したほうが確実だしね」

「あーそれはそうだね、実際のところあの人が殆ど思考停止までしてきてくれちゃってるしで殆ど進んでないし、オーウって名前だけしか本当わかってない感じで困ってるから、別のアプローチはありがたいかも」

 実のところ、リリアはマスターさんに自分の責任で対応するって啖呵を切ったからか尋問の時間以外でも基本的にギルドにいるんだよね。

 そういう事情もあって現時点で他の世界の情報も殆ど入れられていない状態で、イネちゃんも教会で無条件で聞ける情報は特例で地球のものは取れるだけだからね、リリアに信任状を書いてもらいたかったのだ。

 正直なところ、イネちゃん教会はもうちょっと情報をオープンにしていると思ってたんだけどね、今までは基本的に実務トップであるムーンラビットさんから直接教えられるパターンだったからいろんな手続きをすっとばして把握することができていたんだなって思い知らされたよ、本当。

「わかった、書いておくよ。ごめんね、教会で取り扱う世界情勢関連の情報って重大なものになればなるほど管理が厳しくなるから、場合によっては町の神官長さんでも取り扱い権限を持っていないパターンだってあるから」

「いやまぁ機密情報を厳正に管理しているというのは信用に直結するから、悪くはないと思うよ。むしろイネちゃんたちが今までムーンラビットさんに甘えていたってことがわかっただけでもイネちゃんとしては十分かな、今後は手続きが必要であるのならちゃんとやらないとだし、早めに知ることができたのはむしろ良かったよ」

「ということは手続きするための信任状ついでにこっちの情報もあっちに伝えるってことッスか?」

 キュミラさんが口をもごもごさせながら質問してきた。

「まぁそうだね、オーウに関してはムーンラビットさんならもう把握しているはずだけれど、正式に情報共有するのならちゃんと情報保管される形が望ましいし」

 リリアの尋問内容もカガイの神官長さんが手伝ってくれて紙媒体で残してはあるけれど、これはあくまで備忘録のようなものだからちゃんと共有する手続きを踏まなければいけないらしく、教会が設備投資してできた電子データでの照会に関してもその手続きをした上で担当の部署が公開するかしないかを決めているらしく、共有されるという承認をしたとしても他の町や教会ではその情報を見ることすらかなわないっていうとても面倒なことになるんだよね。

 この辺もムーンラビットさんが殆どつきっきりのようだったちょっと前までならこの共有手続きに関してもトップダウンで即応だったってことだから本当、頼りきりだったことになる。

「まぁ実際のところオーウのことも分かっていないから、捕縛しているここでなんとかしなきゃいけないんだろうけれど……」

「別にそんな気負うことなんてないんよー」

「うわぁ!?」

 リリアがちょっと落ち込む感じに決意を新たにしようとしたタイミングで、イネちゃんの後ろ、しかも耳元で声がしたものだから本当に驚いた。

「ばあちゃん!?」

「いやぁムータリアスで動物による被害があったしな、地球の方は事前に現地の軍が対応したんやけど、その首謀者のひとりを捕まえたっていう連絡受けたら私が来る可能性が高いってわかるやろ?」

「いやそうだとしてもいきなり出てきて驚かさないでくださいよ……」

「ハッハッハ、久しぶりやったしサプライズしたほうがええかと思ってな。とりあえずその捕らえた奴に会わせてもらってええかね、イネ嬢ちゃんの求める情報共有に関してはその後ってことでごめんなー」

「別にいいですけど……なにか気になることとかあるんです?」

「言語を未だに把握できていないことにな。いつもならあの子……ヌーリエ様が言語解析してさっさと加護を受けてる人間にはその言葉を理解できるようになるし、喋れるようになるかんな、受けてる報告だとどうにもそれが遅れている感じがするんよ」

 えっと今のムーンラビットさんの発言を補足すると、大陸の人たちは昔からいろんな世界と繋がったりしていたようで、その度にヌーリエ様が解析してリアルタイム通訳みたいな感じになるようにしてくれたりしたんだけど、今回はそれがすごく遅いってことを言っているんだよね。

 錬金術師事案の時にイネちゃんたちが趣いたムータリアスも最初は言語は違ったから困惑したけれど、すぐにヌーリエ様のおかげで普通に会話することができるようになったからなぁ……あ、ちなみに地球の方は大陸の言語自体が日本語に類似していたためにそもそも翻訳がほぼ必要なかったらしい。

「それじゃあばあちゃん、こっちだよ」

 リリアに案内されてムーンラビットさんが尋問室へと向かったのを見送ってからイネちゃんは椅子に深く座り直すとため息を一つ強く吐いた。

「どうしたんッスか?」

「いやぁなんというか、イネちゃんってヌーリエ様との繋がりが1番強いはずなのにムーンラビットさんに言われるまで言語解析と翻訳のことをすっかり意識になかったなって」

 イネちゃんの勇者の力はヌーリエ様の力の一部を行使する力で、行使する際にヌーリエ様の声を聴いたりするくらい深く繋がることになる。

 その影響かイネちゃんは結構ヌーリエ様の声を聴いたりしていたのだけれど、ここ最近はまったく聞いていないんだよね、存在は感じるけれど。

「まぁ、最終決戦の時にヌーリエ様がイネさんの身体に負担をかけすぎたのでって言ってましたし、その流れでヌーリエ様が遠慮なさっているんじゃないですかね?」

「いやいやジャクリーンさん、それイネちゃん知らないんだけど」

「私も聞いた話ですがその場に居た方々にヌーリエ様ご本人がそう告げたとか」

 ということはリリアとロロさんも知ってるのか。

 そう思いイネちゃんがロロさんの方へと見ると。

「ロロ、よく……わからなかった」

「まぁ……急に知り合いが神様名乗りだしたらそれだけで混乱するしよくわからないっていうのも当然か」

「イネ嬢ちゃんイネ嬢ちゃん!」

 会話が途切れたタイミングを狙ったかのように、尋問室に向かったばかりのムーンラビットさんがイネちゃんの名前を呼びながら珍しく駆け寄ってきた。

「どうしたんですかそんな慌てて……」

 イネちゃんがそう聞くと、ムーンラビットさんはニヤニヤしながらイネちゃんの肩に手をおいて。

「おめでたです」

 この時、イネちゃんは完全に思考停止した。

「ばあちゃん!」

「あぁうん、言葉選びを意図的に間違えた。アレは完全にイネ嬢ちゃんに惚れてるわ」

 ムーンラビットさんの言葉に、イネちゃんは更に深く思考を停止して、意識を失った。

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